この世界に、二人もいらない② ※ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエ視点

■ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエ視点


 その後、俺は女の子が誰なのかを知った。


 女の子はバルディック帝国の武を支える名門、ファールクランツ侯爵家の令嬢でリズベットという名前らしい。

 まあ、ファールクランツ侯爵にまで媚びへつらっているヨーランに合流した時、皇宮の使用人に遅れて連れられてきたのが、リズベットだっただけなのだが。


 彼女は父親である公爵に叱られている最中もどこかうわの空で、時折何かを思い出しては頬を赤らめ、口元を緩めるなどしていた。

 どうやら、リズベットはあの暴行を受けていた男の子を好きになったようだ。


 その事実もまた、俺の心をざわつかせる。


「ヴィルヘルム、行くぞ」

「……はい」


 ファールクランツ侯爵との会話を終えたヨーランは、パトリックと俺を連れて皇宮を後にした。

 その帰り……俺は、こう思ったのだ。


 ――あの二人の関係を、壊してやりたい、と。


 とはいえ、この時の俺はまだ五歳でしかなく、何の権力も自由も与えられてはいない。

 それどころか、ただでさえヨーランにうとまれているのだ。俺にはどうすることもできなかった。


 だが、俺の中にはあの二人に対する黒の感情だけが渦巻き、月日が経つにつれてそれが大きくなっていった。


 どうしてあの二人に、そんな感情が芽生えたのかは分からない。

 ただ俺は、あの二人……いや、男の子に、憎しみを覚えてしまったのだ。


 だから俺は、俺と同じ奴・・・・・から奪ってやりたかった。


 そして、その機会はあの日・・・から八年後……ファールクランツ家で行われた、リズベットの十三歳の誕生パーティーで訪れた。


 ヨーランに対し徹底して従順なふり・・をすることで一定の自由を与えられた俺は、そのヨーランの名代としてパーティーに参加することになったのだ。


 といっても、本当はパトリックの奴が参加予定だったのだが、偶然にも・・・・怪我を負ってしまったので、俺に出番が回ってきたというわけだ。


 当然、俺はこのチャンスを逃すつもりはない。

 リズベットの心の中からあの男の子の存在を消し去り、男の子と再会を果たした時には、恋心が敵意に変えてやるとしよう。


 だから。


「ようやく逢えた。俺の運命の女性ひと


 俺は、彼女の前に立つなり、そう言い放ってやった。

 するとどうだろう、リズベットはアクアマリンの瞳を大きく見開き、今にも泣き出しそうな表情を浮かべるじゃないか。


 だが、リズベットも馬鹿ではなかった。

 すぐに平静を取り戻し、どういうことかと尋ねるが、俺もここで引き下がるつもりはない。


あの日・・・、皇宮で出逢ったことを今も覚えている」


 続けて放ったこの言葉に、リズベットもようやく理解……いや、勘違いしたようだ。


 この俺こそが、あの日・・・の男の子であると。


 それから、俺とリズベットの月に一度の逢瀬が始まった。

 俺としては表立って会ってもよかったが、まだ成人も迎えていない貴族令嬢が、同い年の男と会うことを良しとはしないのも当然だ。


 まあ、スヴァリエ家での俺の立ち位置をより良くするために、ヨーランにはリズベットとの関係については伝えたがな。

 そのおかげで、ファールクランツ家との繋がりが欲しいあの男は、この俺を支援するようになった。


 リズベットに会う度に高価なプレゼントを用意し、顔を合わせれば歯の浮いたような台詞セリフを告げる。

 緊張しているからなのか、あの誕生パーティーの時のようにリズベットは表情を変えることはなく、ただ淡々と俺に付き合っているだけだった。


 そのアクアマリンの瞳は、まるで俺の心を見透かしているように。

 まるでこの俺を、突き放すかのように。


 この俺とあの男の子で、一体何が違うというのだ。

 それが余計に、俺の心を掻きむしった。


 ああ……そういえばリズベットは、あの日・・・に男の子に渡した物について、しきりに尋ねてきたな。

 さすがにあれ・・に関しては確認できなかったので、適当にはぐらかした。五歳の女の子が持っていたものなんて、大した代物ではないだろうし、いずれ会話の中で聞きだせばいい……そう思っていた。


 だが……まさか、それが俺の嘘を見破る結果になるとは、思いもよらなかった。


 結局、リズベットの使いの女から問われ、俺は苦し紛れに『ブローチ』と答えたのだ。

 満足したその使いの女は、俺に絶縁状を手渡して去って行った。


 その直後、スヴァリエ家の屋敷が火事となり、家財の多くを失ってしまった。

 おそらくは、あの使いの女がしでかしたことだろう。


 つまり俺は、リズベットから騙したことへの報復を受けたのだ。


 ◇


「……そして、あのルドルフとリズベットは、晴れて結ばれた、か……」


 パトリックを入れた棺が土の中に埋められる中、俺はポツリ、と呟いた。

 長男がこうなった以上、家督を継ぐのは俺しかいない。


 いかにヨーランが、この俺をさげすんでいても、だ。


 そう……俺は、このスヴァリエ家の全てを手中に収めることになる。

 それも、近い将来・・・・


 そうなれば、俺は“けがれた豚”……ルドルフ=フェルスト=バルディックから、リズベットを奪う準備が整う。


 あの男に恋い焦がれるリズベットと同様に、ルドルフもまたリズベットに焦がれている。

 そんなアイツからリズベットを奪えばどうなる? ひょっとしたら、心が壊れてしまうかもしれないな。


 リズベットを奪われた、俺のように。


「フフ……楽しみだな」


 全てを・・・知った・・・今となっては、どうして俺があの男が憎いのか、よく理解できる。

 あの男は……まさしくなのだ。


 だからこそ。


 ――俺という存在は、この世界に二人もいらない。

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