ロビンもいい加減弁えてください

「さて……これで用件は終わりましたので、どうしましょうか?」


 サロンから出ると、リズベットに尋ねた。

 というか、パーティーの会場なんかに行ったらヴィルヘルムとロビンの奴がいるから、最初から天蝎てんかつ宮に戻るという選択肢くらいしかないんだけどね。


 そう、思っていたんだけど。


「でしたら、処女宮の庭園に行きたいです」

「あの庭園、ですか?」

「はい……今日は、ルドルフ殿下に愛の告白をしていただいた、最高の日ですもの。あなた様と初めて出逢ったあの庭園で、もう一度喜びを噛みしめたいのです」


 リズベットは、僕の顔をのぞき込んでニコリ、と微笑む。

 そんな嬉しいことを言われたら、僕も大喜びで行かせていただきますとも。


 ということで。


「綺麗……」


 月明かりに照らされたジャスミン……は、残念ながら季節じゃないので咲いてはいないけど、代わりに咲き乱れるノースポールの花が、庭園を彩っていた。

 これもジャスミンと同じく白い花で、清楚で凛としたリズベットにとてもよく似合う。


「殿下、一ついただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろん。こんなにたくさん咲いているのですから」

「ふふ、ありがとうございます」


 リズベットは花を一つだけもぎり、香りを楽しむ。

 このやり取りも、あの日・・・と同じだ。


 そういえば、あの時はここでロビンがやって来て、僕は慌てて彼女を草むらの陰に隠したんだっけ。

 今もそうだけど、どうして僕の邪魔をするのは、いつもロビンなんだろう。呪われているのかな? ……って。


「ルドルフ殿下、何を考えていらっしゃるのですか?」

「九年……いえ、十年前のことを思い出していたのです」


 僕とリズベットが再び出逢って、もう既に一年が経とうとしている。

 最初の三か月は、僕は『ヴィルヘルム戦記』のように彼女に暗殺されるのが嫌で、婚約解消をどうするかとか、せめて暗殺されない程度の浅い関係を目指したりしていたなあ。


「あははっ」

「むう……今度は笑い出して、どうしたのですか」


 どうやら彼女は、僕がよからぬことを考えたと思ったみたいで、少し口を尖らせた。


「いえ、今だから白状しますけど、君の誕生パーティーであの日・・・の女の子だと気づくまで、僕はいかにして君と婚約解消するかを考えていたんです」

「ええっ!?」


 そう告げた瞬間、リズベットの表情が絶望に変わる。

 お、おっと、誤解させちゃったな……。


「そ、その、僕はでリズベット殿がヴィルヘルムと恋仲だと勘違いしていまして、まるで奪ったような形になってしまって申し訳ないなあ、と……」


 さすがに史実ではリズベットが僕を暗殺するなんてことは言えないので、そこだけ上手く確認して説明した。

 この勘違いだって、事実だからね。


「……その噂を流した者は、絶対に許しません」

「あ、あははー……」


 一層険しい表情になったリズベットに、僕は恐怖で顔を引きつらせる。

 うん、彼女を敵に回すことだけはしないでおこう。といっても、そんなことは絶対にあり得ないんだけど。そうだよね? そうだと言ってくれ。


「とにかく、もうあの男の話はおやめくださいませ。私は、ずっとあなた様だけを想っていたいのですから」

「ひゃ、ひゃい」


 頬を膨らませて僕の顔を両手で挟むリズベットに、僕は慌てて返事した。

 でも……彼女のこんな表情も、すごく可愛いなあ。


「もう! もう! どうしてまたお笑いになるのですか!」

「ご、ごめんって!」


 とうとう顔を真っ赤にさせたリズベットが、ポカポカと叩く。痛い。

 などとじゃれ合いながら、僕とリズベットは処女宮の庭園で思い出に浸りながら、目一杯楽しむ……んだけど。


 ――ひゅう。


「……少し寒いですね」

「はい……」


 突如吹いた北風に、リズベットも身体を抱きしめる。


 なので。


「あ……」

「僕の大事な君が、風邪を引いてはいけませんから」


 上着を脱いでリズベットに羽織ると、彼女はとろけるような笑顔を見せてくれた。

 僕の婚約者、世界一可愛いだろ? 異論は認めないよ。


「名残惜しいですが、そろそろ戻りましょう」

「ふふ……楽しかったですね」

「はい」


 リズベットの手を取り、僕達は宮殿の中に入ろうと……っ!?


「ルドルフ!」


 僕達の前に立ちはだかるように現れたのは、あろうことかロビンだった。

 ええー……コイツ、僕達がここに来ると、どうしていつも邪魔してくるんだよ……これ、狙ってるだろ……。


「貴様! よりによって母上を騙し、俺とリズベットの仲を引き裂こうとするなんて……! “けがれた豚”の分際でッッッ!」


 どうやら、アリシア皇妃が早速手を打ってはくれたみたいだけど、ここにコイツがいる時点で失敗なんですけど。もう少し、しっかり管理してほしい。


「ロビン兄上……もういい加減にしてください。アリシア妃殿下からも、僕とリズベット殿に近づかないように言われたのでしょう? だったら……」

「黙れ! 豚のくせにおごりやがって! 貴様なんぞ……っ!?」


 殴りかかってきたロビンを、僕はリズベットをかばうようにしながらヒョイとかわした。

 このような状況にもかかわらず、彼女が僕の腕の中で口元を緩めているけど、喜んでくれているようで何よりだ。


「いい加減、気づいてください。僕はもう、以前の僕ではないんです。僕やリズベットに手を出すということは、僕達だけでなくファールクランツ閣下を敵に回すことになり、アリシア妃殿下、それにフレドリク兄上にも迷惑をかけるということなんですよ」

「う、うう……っ」


 ここまで言われようやく思い至ったのか、ロビンはうめき声を上げる。

 いや、第三皇子で僕よりも年上なんだから、それくらい分かっていてほしい。


 ロビンはしばらく顔を歪めながら、僕を睨んでいたかと思うと。


「……それなら、こっちにも考えがある」


 そんなことを呟き、ロビンはこの場を去って行った。

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