君が、好きです

「……私の、負けです」


 僕の剣の先がリズベットの細く煽情せんじょう的な喉元の寸前で止まり、彼女は静かに敗北を宣言した。


「はああああ……」


 それを聞いた僕は盛大に息を吐き、握りしめていた木剣を放して膝から崩れ落ちる。

 この一撃に全力をかけていたから脱力したというのもあるけど、やっぱり彼女に剣を向けるのは、この上なくつらい。


 たとえこれが、お互いの想いをかけたものだとしても。


「本当に、お強くなられましたね。その心の強さはあの日・・・から知っておりましたが、まさかこの私が後れを取るとは思いませんでした」

「あ、あはは……」


 微笑むリズベットが差し出した手を借りて、僕は立ち上がった。

 表情とは裏腹に、そのアクアマリンの瞳は悔しさをにじませているけど。


 でも……これで、準備が整った。

 あとは、僕が告げるだけだ。


「それで、ルドルフ殿下が私との立ち合いを求められたのには、どのような理由があったのですか?」

「ああ、うん……」


 問いかけるリズベットに、僕は姿勢を正して彼女の前に立つ。

 さあ、言おう。僕の、この想いを。


「僕が君と立ち合ったのは、覚悟を証明したかったからなんです」

「覚悟を証明、ですか……?」

「うん。君も知ってのとおり、僕は私生児の第四皇子で、この皇宮にはしかおりません……いえ、皇宮の外に出ても、ファールクランツ家を除けば、同じく全てです」


 リズベットが、キュ、と唇を噛んだ。

 おそらく、僕のために口惜しいと感じてくれているんだろう。


「そんな僕の隣にいるリズベット殿にも、僕のように危険な目に遭う可能性があることは、想像にかたくありません。君の安全を考えるなら、僕のそばから離れるのが一番なんです」

「っ! お待ちください! 私は……って、殿下のおっしゃりたいことは、そうではないのですよね」


 声を荒げて僕の言葉を否定しようとしたけど、察したリズベットは口をつぐむ。

 そうだ。僕が言いたいことは、そういうことじゃない。


「だから僕は、強さが欲しかった。強い君を、守れる強さが」


 そんな強さがあれば、僕はリズベットと離れなくてもいいから。

 僕が、リズベットと離れたくなかったから。


「僕なんてまだまだだけど、それでも、リズベット殿に……君に、勝つことができました。だから」


 僕は、リズベットの潤んだアクアマリンの瞳を見つめた。


 そして。


「僕は……君が好きです。愛しています。もう、君なしには生きていけないんです」


 ありったけの想いを込めて、世界一大好きなリズベットに告げた。


 すると。


「……やっと」

「リズ、ベット殿……」

「やっと……あなた様から、そのお言葉をいただくことができました……っ!」


 淡い青色の瞳から大粒の涙があふれ、普段はあまり表情を崩さないリズベットが、綺麗な顔をくしゃくしゃにする。

 ああ……僕はこんなにも、彼女を待たせてしまったんだ。


 おそらく、リズベットはずっと僕の言葉を待っていたに違いない。

 僕はその月日だけ、彼女を不安にさせていたんだな……。


 たとえ、僕が誰よりもリズベットのことを想っていると、知っていても。


「嬉しい……嬉しいです……こんな嬉しいことはありません……っ」

「次は、君の答えが聞きたいです……」

「もちろん、あなた様が大好きです! 愛しています! 世界中の誰よりも、未来永劫、誰よりも……!」


 リズベットが僕の腕の中に飛び込み、濡れた頬を寄せる。

 僕は、この愛おしい女性ひとの温もりを確かめるように、強く抱きしめた。


 ……この僕が、誰かにこんなにも愛してもらえるなんて、思わなかった。

 僕は私生児で、“けがれた豚”で、存在してはいけなかったから。


 でも、君が……リズベットだけが、僕を見てくれて、僕がここにいていいんだって、教えてくれたんだ。


 そして今、君がこの僕を愛してくれている。

 僕は……君に出逢うまでは不幸だったけど、君と出逢って世界一の幸せ者になりました。


「え、えへへ……」

「ふふ……ルドルフ殿下、泣いておられるのですか……?」

「もちろんですよ……だって、君が僕を好きって言ってくれたんですから。そういう君も、こんなに泣いているじゃないですか」

「あなた様が、泣かせたんです。私を、こんなにも幸せにしてくださったから」


 僕達は泣いているはずなのに、どうしても顔がほころんでしまう。


「ねえ、リズベット殿……」

「なんですか……?」

「僕を見てくれて、ありがとう」

「私こそ……私を見つけてくださって、ありがとうございます」

「えへへっ」

「ふふっ」


 僕とリズベットは、おでこをこつん、と合わせ、お互いに強く抱きしめ合った。

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