僕の価値

 ということで、僕とリズベット、ファールクランツ侯爵の三人で、庭園のテーブルを囲んだ……んだけど。


「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」


 ……うん、気まずい。


 でも、こんな空気になるのも当然だ。

 だって、今回の件で僕はアリシア皇妃に対し、僕と手を組むことで帝国の武であるファールクランツ侯爵の協力を得られるといった趣旨を提案したけど、そもそも僕は侯爵にこの件についての了承を得ないで勝手にしてしまったのだから。


 特に、ファールクランツ侯爵はどの皇子の派閥にも属さず、ずっと中立を保ってきたのは、帝国最強の軍事力を誇るファールクランツ家が誰かにつけば、微妙に保たれていた各皇子の陣営のバランスが、それだけで崩れてしまうからだ。


 それを……僕は台無しにした。


「……お父様。ロビン殿下の件につきましては、アリシア妃殿下が足を運ばれた以上、引き渡さないという選択肢はありませんでした。むしろルドルフ殿下と私にとって、これ以上の条件は引き出せなかったと思います」

「お館様、リズベット様のおっしゃるとおりです。無条件でロビン殿下を引き渡せば、それこそ侮られ、リズベット様がより危険な目に遭う可能性もありました。逆に、こちらから譲歩を示さなければ、アリシア妃殿下とより確執が生まれたかと」


 リズベットとマーヤが、今朝の状況を踏まえてフォローしてくれた。

 というか二人とも、よく僕の思惑が分かったなあ……すごく嬉しいんだけど。


「そのようなことは、言われずとも分かっている。交渉材料としてルドルフ殿下が私の名を使われたことについても、別に構わん」

「であれば、どうしてお父様は先程から、そのような顔をなさっているのです」


 腕組みしてジロリ、と睨む侯爵に対し、リズベットは逆に氷の視線を向ける。

 この二人、本当はお互いに仲が良いくせに、不器用で頑固なところがあるから衝突することがよくあるんだよね……。


 といっても、そのほとんどが僕のせいなので、申し訳なくて仕方がない。

 一方で、マーヤはそんな二人のやり取りを面白がっている部分もあるけど。この専属侍女、どうかと思う。


「……時に殿下、伺ったのですが皇太子の座に……皇帝の玉座には興味がないとか」


 あれ? 僕はこのことを侯爵に話したことはないはずだし、知っているのはリズベットとマーヤだけなんだけど……。

 不思議に思い、二人を見やると……あ、目を逸らされた。どうやらそういうことらしい。


 まあ、侯爵にはいずれ説明する必要もあったし、知っているなら話は早い。


「そのとおりです。僕は、皇帝の座に……いえ、皇族そのものに興味がありません」


 リズベットと同じ侯爵の淡い青色の瞳を見据え、僕ははっきりと告げた。

 ひょっとしたら侯爵は、僕の皇族の血に何かしらの思惑があるのかもしれないけど、生憎あいにくその期待・・には応えられない。


 僕はこの皇族の血しか、侯爵に見返りを用意することができないというのに。


「……申し訳、ございません」


 膝に手をつき、僕は深々と頭を下げる。


 すると。


「クク……それは重畳ちょうじょう


 何故か侯爵は、嬉しそうに笑った。


 これは、どういうことだろうか。

 僕は唯一の価値すらも放り出したというのに、何故ファールクランツ侯爵は、僕が皇位継承を放棄するようなことを喜んでくれるのだろう。


「あ、あの……」

「ルドルフ殿下はご存知かどうか分かりませんが、我がファールクランツ家には、リズベットのほかに後継ぎがおりません。なので、殿下と婚約した時点で分家筋から養子を迎えることを視野に入れておったのです」


 おずおずと声をかけた僕に、ファールクランツ侯爵はお茶を口に含みながら僕の疑問に答える。

 でも……そうか……。


 侯爵は、僕を婿養子にしたいと考えてくれているんだ。


「それに、この半年の間、殿下は私の指導を受け、剣の鍛錬に全力で打ち込んでおられる。その成果もあって、リズベットほどではないにせよ、同年代の子息の中ではかなりの腕前であらせられます」

「え……?」


 意外ともいえる侯爵の評価に、僕は戸惑ってしまった。

 だって、先程の訓練でも侯爵に手も足も出なくて、しかも僕の前世は村人で、剣の才能なんてあるはずがないと思っていなかったから。


「ルドルフ殿下、お父様のおっしゃるとおりです。いずれ殿下は、お父様をも超える剣士になると、私は確信しております」


 リズベットは胸に手を当て、アクアマリンの瞳で僕を見つめる。

 あ、あはは……二人とも、僕のことを過大評価し過ぎじゃないかな……っ。


「それに、あの・・アリシア妃殿下との交渉におかれましても、見事に立ち回っておられました。それはこのマーヤが、しかと見届けております」

「ええ、そのとおりです」

「クク……なら、申し分ないですな」


 さらにはマーヤまでもが僕を誉めそやし、三人は微笑みを浮かべた。


 ……僕は、自分に価値がない・・・・・ことを知っている。

 アリシア皇妃だって、僕の背後にファールクランツ侯爵がいるからこそ、交渉に乗ってくれただけなんだ。


 なのに……なのに……っ。


「ルドルフ殿下……」


 リズベットが、そんな僕の頬をハンカチで優しくぬぐってくれた。


「あ、あはは……ありがとうございます……」

「いえ……ですが、私にとってあなた様は、世界中の誰よりも価値があることを……かけがえのない御方であることを、どうかそのお心に留め置きくださいませ」

「うん……」


 そうだ……僕には最初から・・・・、リズベットが見てくれているんだ。

 だから、僕が僕自身のことを否定しちゃいけないんだ。


 僕のことを誰よりも信じてくれている、リズベットのために。


「……では、私もそろそろ行きますかな」

「あ……か、閣下、お構いもできず、申し訳ありませんでした」


 席を立つファールクランツ侯爵に、僕も慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。


 その時。


「殿下、頑張るのですぞ」

「あ……」


 侯爵が、僕の頭を撫でてくれた。


 大きくてごつごつした、僕の大好きな手で。

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