手を結ぶ相手
「うん。僕は第一皇子の、フレドリク兄上と手を結ぼうと思っている」
「「っ!?」」
僕の答えを聞いたリズベットとマーヤが、目を見開いて息を呑んだ。
まあ、二人が驚くのも無理はない。
フレドリクは放っておいても皇太子の最有力候補だし、何より第一皇妃も弟のロビンも、この僕のことを毛嫌いしているんだ。フレドリクの陣営に加わっても、良いことなんて一つもないように思える。
だけど。
「僕は知っています。あのロビンは、純粋な実の兄であるフレドリク兄上に対し、常に嫉妬を抱えていることを」
そう……ロビンは、フレドリクに嫉妬している。
頭脳、能力、容姿の全てにおいて数段も勝るフレドリクに劣等感を覚え、しかも第一皇妃であるアリシア皇妃はフレドリクにご執心で、ロビンには何一つ期待していない。
それは皇帝も同様で、あの男にとってロビンの存在など、この僕よりほんの少し上程度にしか評価していないんだ。
だからこそロビンは自分よりも下の存在である僕に対し、あそこまで執拗に
また、ロビンがフレドリクに下についているのも、母親のアリシア皇妃の指示だと僕は踏んでいる。
そうすることで、母親の関心を引くことができると、ロビンはそう考えたのかもしれない。
リズベットを除いて誰からも見てもらえなかった僕は、アイツの気持ちが理解できないわけじゃない。
……だからといって、僕がアイツに同情することは決してないけど。
「そして、ロビンが最も下に見ている男が自分に劣等感を植えつけたフレドリク兄上と手を結べば、どう思うでしょうか?」
「自分よりも劣る者を引き入れることは、ぎりぎり保っていたプライドがこの上なく傷つけられてしまいますね……」
「ええ。なら、自分を守るためにはどうするか……それこそ、フレドリクと敵対するしかなくなるんです」
そうなれば、ロビンは第二皇子のオスカルと手を組むことになるだろう。
その時は、自分を裏切ったフレドリクやアリシア皇妃に
ロビンは、自分をこれ以上ないほど傷つけた二人を、絶対に許さないはずだ。
「……ですが殿下、そう上手くいくでしょうか。フレドリク殿下からすれば、第四皇子であるルドルフ殿下と手を結ぶより、ロビン殿下を従えたほうがメリットも多いと考えると思いますが。何より、アリシア皇妃がそれを認めるとも思えません」
リズベットの懸念もよく分かる。
確かに僕だと醜聞がつきまとい、少なからずフレドリク陣営にとって悪影響が出るとは思う。ひょっとしたら、一部の貴族が離反することだって考えられるだろう。
アリシア皇妃だって、憎きベアトリスの息子と手を組むなんて、髪の毛を掻きむしりたくなるほどおぞましいと思うに違いない。
でも……僕だって勝算がないわけじゃない。
「フレドリク兄上は、僕と手を結びたいと考えているはずですよ……いえ、少し違いますね。僕の後ろにいる、ファールクランツ閣下と手を結びたいですから」
「私の父と手を結ぶために、そこまでなさるでしょうか? 何より、ルドルフ殿下と手を結んでまで父を引き入れたいのでしたら、父にもっと積極的に働きかけを行っていると思いますが」
リズベットはマーヤが淹れ直した紅茶を口に含み、淡い青色の瞳で僕を見つめた。
「それでもファールクランツ閣下が袖にされ続けてきたからこそ、フレドリク兄上も諦めていたのでしょう。ですが、僕の後ろ盾となったことで陣営に引き入れる可能性が出てきた。なら、それを見逃すはずがありません」
「……どうしてそこまでして、フレドリク殿下は私の父を加えたいのですか?」
「フレドリク兄上には、
このことは、『ヴィルヘルム戦記』にもはっきりと記されていた。
ファールクランツ侯爵には劣るものの、武門出身の貴族を多く抱えるオスカルに対し、フレドリクの陣営は外交や内政に秀で、資金力のある貴族がほとんど。
もちろん、中央における政治面では圧倒的にフレドリク有利だが、有事の際にはオスカルの発言力が増してしまう。
特に、北方を除く東西南の辺境伯は全てオスカルに
つまり、フレドリクが盤石の体制を敷くためには、最強の武を誇る“黒曜の戦鬼”が必要不可欠なんだ。
「……だから、僕という存在を差し引いても、フレドリク兄上はファールクランツ閣下が是が非でも欲しいはずなんです」
「なるほど……」
僕の説明に納得したのか、リズベットは口元に手を当てながら数回頷いた。
「それにしても、ルドルフ殿下の慧眼には、本当に驚かされました。フレドリク殿下とオスカル殿下の陣営の状況を正確に把握して分析し、次の……いえ、さらにその先までお考えだなんて……」
「あ、あはは……」
手放しで褒めるリズベットと、どこか訝しげに見つめるマーヤに、僕は頭を掻いて苦笑する。
まさか歴史を知っているから把握しているなんて、到底話すことなんてできないからね。
「いずれにせよ、フレドリク兄上から接触してこない限り僕から動くことはないですし、取りえず待ちましょう」
「ふふ……はい」
僕とリズベットは互いに微笑むと、そういった生々しい話はやめにして、お茶と会話を楽しんだ。
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