まさか、弟の婚約者に一目惚れするなんて

「フン……まさかこんなところで、“けがれた豚”に出くわすとはな」


 現れたのは、皇宮で一番お呼びじゃない人物――第三皇子のロビンだった。


 ロビンはいつものように従者を二人連れているが、先日の一件があったからか、その従者達は気まずそうにしている。

 まあ、ロビンに命令されて僕に手出しをしたら、それこそ二の舞になってしまうからね。従者とすれば、できれば関わり合いになりたくないっていうのが本音だろう。


 それは置いといて……どうしてロビンがこの処女宮に?

 あの日・・・以降、これまで僕が一人でここに訪れた時だって、一度も遭遇したことがなかったのに。


 とにかく、あの日・・・だってロビンは執拗にリズベットを追いかけ回したんだ。どんな難癖をつけてくるか分からない。

 そう考えた僕は、リズベットを隠すように彼女の前に立った。


「ん? ひょっとして貴様の後ろにいる女が、例の婚約者なのか?」

「…………………………」

「ハハハ! その様子を見る限り、俺に見せられないほど貴様の婚約者は醜いのだな! なあ、お前達もそう思うだろう?」

「「は、はあ……」」



 ロビンに話を振られ、従者達は答えにきゅうして曖昧に返事をする。

 でも、それが気に入らなかったのか、ロビンは従者の一人を蹴り飛ばした。


 ハア……こんな奴の従者なんて、最悪の仕事だなあ。

 とはいえ、この従者達だってロビンの派閥である貴族家の者なんだろうし、甘んじて受け入れるしかないよね。


 嫌なら、他の皇子に乗り換えればいいんだ。

 でもそれをしないということは、ロビンを担ぐほうが都合がいい・・・・・ということなのだろう。


「おい豚、この俺が直々に確かめてやるから、その後ろの女を俺に見せろ」

「……お断りします」

「何だと! “けがれた豚”のくせに生意気な!」

「当然でしょう。僕のことをし様に言うのはいい。でも、彼女は僕の・・大切な・・・婚約者・・・で、由緒あるファールクランツ侯爵家のご令嬢。その彼女をけなす兄上に、彼女を見る資格はありません」

「貴様! 言わせておけば!」


 激高したロビンが、直接僕に殴りかかる。

 前回は従者が手を出したから処罰されたけど、自分の手を汚すのであれば兄弟喧嘩としてお咎めもないだろうからね。ない知恵で考えたじゃないか。


 かといって、私生児の僕が手を出せば、皇帝はともかくロビンの母親である第一皇妃が、絶対に僕を処罰……いや、排除・・しようとするに決まっている。

 ただでさえ僕は、母親の・・・せいで・・・恨まれているからね。


 何より、下手をすればリズベットにまで飛び火してしまう。

 そう考えた僕は、目をつぶってロビンの拳を待つ……んだけど。


「……ここは皇帝陛下が管理されている処女宮。そのような行為はいかがかと思いますが」

「っ!?」


 目を開けてみると、リズベットがロビンの拳をその細い手で受け止めていた。

 い、いや、何してるの!?


「申し遅れました。私はファールクランツ家長女で、ルドルフ殿下の婚約者、リズベットと申します」


 つかんだロビンの拳からゆっくりと手を放し、リズベットが優雅にカーテシーをした。

 その所作は思わず見惚れてしまうほどだけど、それよりも。


「…………………………」


 ……ロビンの奴が、口を半開きにして固まっているんだけど。

 ま、まさかとは思うけど、リズベットのあまりの美しさに一目惚れした……なんて言うんじゃないよね……?


「ルドルフ殿下、そろそろまいりましょう」

「え、ええ……」


 リズベットにこの場から立ち去るよう促され、僕は彼女の手を取って庭園から離れ……ようとして。


「ま、待て! 貴様……いや、リズベット! 何故ルドルフのような豚と婚約を!」

「……おっしゃっている意味が分かりかねますが」

「言ったとおりのままだ! コイツは“けがれた豚”で、リズベットのような者がそばにいるべき男ではない! その美しさに見合った、もっと相応しい男がいるはずだ!」


 いや、本当にやめてよ。ロビンの奴、完全にリズベットに一目惚れしちゃっているじゃないか。

 自分も婚約者がいるくせに、弟の婚約者に目移りしてそんな台詞セリフを吐くなんて、気持ち悪いんだけど。


「へえ……ロビン殿下のおっしゃる『相応しい男』とは、一体誰を指していらっしゃるのでしょうか」


 クスクスとわらいながら尋ねるリズベット。

 でも、そのアクアマリンの瞳は笑っていないどころか、その視線だけで凍死してしまいそうなほど冷たい。


 僕ならあんな視線を受けたら、絶対に耐えられないよ。


「決まっている! リズベットに釣り合う男となれば、正当な皇族以外にいないだろう! それこそ、フレドリク兄様やこの俺のように!」


 うわあ……自分でそんなこと言うかな。

 しかも、シレッと第二王妃の息子である、第二皇子のオスカルは除外しているし。


 これ、見ている僕のほうが別の意味でつらいんだけど。


「ふふ、おかしなことをおっしゃいます。私もルドルフ殿下と婚約をしている身ですが、ロビン殿下をはじめ皇子殿下の皆様は既に婚約者がいらっしゃるではありませんか」

「そんなもの、皇帝となれば側室くらいいて当然というものだ!」


 ……開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うんだろうね。

 僕だって暴君の道を選ばない限りは皇帝になることなんてあり得ないけど、第三皇子でしかないロビンだって、皇帝になる可能性はないに等しいのに。


「いずれにしましても、私にはルドルフ殿下という世界一素敵な男性ひとがおります。ロビン殿下のおっしゃる『相応しい男』には、生憎あいにくと興味はありませんので」


 そう言うと、リズベットはわざと見せつけるように僕の胸にしな垂れかかった。

 おかげで僕の胸は、これ以上ないくらい高鳴っております。


「では、今度こそごきげんよう」

「ま、待て! 待って……っ!」


 手を伸ばして必死に呼び止めようとするロビンを無視し、僕とリズベットは今度こそ処女宮を後にした。

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