僕は、こんなにも幸せです
「ふふ……今日もスズランが綺麗ですね」
誕生パーティーの翌日、リズベットは約束どおり
白く細い薬指に、僕がプレゼントした淡い青色の宝石をあしらった指輪をはめて。
「リズベット様、よかったですね。ずっと想い続けていたルドルフ殿下に、そのような素晴らしいプレゼントいただいて」
「ええ、本当に……」
「これでようやく、私も肩の荷が下りたというものです。婚約後のリズベット様ときたら、殿下と面会なさった後は毎回泣き言を私に言うんですから、いい迷惑でしたよ」
「マーヤ!?」
「あ、あははー……」
リズベットとマーヤのやり取りに、僕は苦笑いするしかない。
「と、ところで、お二人はその、とても仲がよさそうに見えますが、普段からこんな感じなのですか?」
「そうなんです……私は主人なのですから、もう少し弁えてほしいのですが……」
「何をおっしゃっているのですか。私がリズベット様にどれだけ迷惑をかけられたか。九歳の時におねしょ……」
「ああああああああ!? 何を言っているのですか!」
へー……リズベット、九歳でおねしょしていたのかー……って。
「ル、ルドルフ殿下、マーヤの話は嘘です! でたらめです! あれは違うのです!」
「何が違うんですか。他にも、十歳の時には……」
「もうやめて!?」
次々と暴露しようとするマーヤの口を、リズベットが必死で塞ぐ。
うわあ……主従関係が長いと、黒歴史の数々を知っていても当然かー……僕も気をつけよう。
でも。
「あははっ」
僕はそんな二人の姿を見るのが楽しくて、つい笑ってしまった。
たとえ束の間とはいえ、こんな穏やかな日が僕に訪れるなんて、想像もしていなかったよ。
「もう……ルドルフ殿下も笑わなくても……」
「あはは、すみません」
口を尖らせてプイ、と顔を背けるリズベットに、僕は苦笑しながら謝った。
◇
「それで……ルドルフ殿下は、これからいかがなさるおつもりですか?」
先程までとは打って変わり、リズベットが真剣な表情で尋ねる。
彼女の言う『これから』というのは、私生児でしがない第四皇子の僕が、この皇宮でどうしていくつもりのかということだろう。
「……このようなことをリズベット殿にお話しするのは心苦しいのですが、僕が皇帝陛下に婚約したい旨を申し出た理由は、有力貴族からの後ろ盾を得たいと思ったからなんです」
そう……誰一人味方のいない僕にとって、手っ取り早く支援者を得るためには、有力貴族の令嬢と婚姻関係を結ぶのが一番だと考えたからだ。
腐っても第四皇子という建前上、婚約相手の実家は最低でも伯爵以上の地位であることは見込めたし、僕を暗殺する予定のリズベットからも距離を置けると思ったから。
今から考えれば、リズベットが婚約相手じゃなかったら僕はどうなっていたんだろうか……考えただけで恐ろしい。
「ルドルフ殿下……あなた様がそのことを気に病む必要は一切ございません。自分の身を守るためにそのようにお考えになられるのは当然のことですし、何より、皇帝陛下に婚約を申し出てくださったことは、私にとって
僕が婚約を申し出たことによって、偶然……いや、奇跡的にこうしてリズベットと婚約することができたことは確かだけど……。
「ふふ、実は……」
リズベットは、微笑みながら話し始める。
マーヤから、僕が
偶然を装うにしても、リズベットが皇宮に来る用事なんてないし、皇室行事などの機会を利用しようにも、先日の毒殺未遂事件もあって、そういったことは現在も控えている。
どうしたものかと悩んでいるところに、マーヤから次の報告があった。
それは……僕が皇帝にお願いして、婚約相手を探しているというもの。
リズベットは慌てて父であるファールクランツ侯爵を説得し、自ら僕の婚約者候補に名乗り出た。
マーヤの耳打ちによると、侯爵が唯一頭の上がらない母君を利用したらしい。
「……それで、私はルドルフ殿下と面会し、今に至るというわけです」
「そ、そうだったんですね……」
マーヤには僕の金貨を目撃されているし、皇帝との謁見についても知っている。
リズベットがそのことを知るのは、当然の流れだよね。
だけど。
「あ……」
「僕との婚約を望んでくれて、ありがとうございます。おかげで僕は、こんなにも幸せです」
リズベットの手を取り、僕は改めて感謝の言葉を告げた。
僕が彼女と婚約できたのは、奇跡なんかよりももっと素晴らしい理由なのだと知ったから。
僕は、本当はとても幸せな人間なのだと、知ったから。
「殿下も、私のことを受け入れてくださって、ありがとうございます。そのおかげで私は、こんなにも幸せです」
僕とリズベットは見つめ合い、微笑み合う。
奇跡なんかじゃ絶対に手に入れることのできない、最高の幸せを享受しながら……って。
「コホン。そういうことは、私のいないところでしてくださいませ」
「「あ……」」
咳払いをするマーヤにジト目で睨まれ、僕達は苦笑した。
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