僕を見てくれるから

「話を戻します。婚約によって後ろ盾を得たら、僕は次の一手としてですが……」


 ここで僕は、あえて周囲を見回した。

 まるで、誰かが盗み聞きしていないかを、警戒しているかのように。


「殿下、ご安心ください。この天蝎てんかつ宮において、そのような不遜ふそんな輩は一部を・・・除き・・、全て排除しております」


 僕の仕草を見て察したマーヤが、うやうやしく一礼しながら告げる。

 元々、マーヤが専属侍女になった時に半分以上の使用人を入れ替えていたし、僕もそれを期待して彼女を専属侍女にしたんだけど。


 とはいえ、僕としては当面の敵を絞りたくてそうしたんだけど、結果的に最大の味方に守られる形になったんだから、嬉しい誤算だ。


 だけど……これから告げる内容は、できえばに盗み聞きしてほしかったんだけど、どうしようかなあ……。


「……何かあるのですか?」

「え? ああいや、ちょっと考えていることがありまして、どうやってそれを伝えようかな、と……」

「?」


 リズベットが不思議そうな顔をして首をかしげる。

 いずれにせよ、まずは二人に話をしないことには始まらないか。


「実は、僕は三人の皇子のうちの一人と、手を組もうと考えているんです」

「っ! それは……」


 それを聞いた途端、リズベットが複雑な表情を浮かべた。

 三人の皇子が僕についてどう考えているか……特に、あの日・・・のロビンの振る舞いを知っているだけに、リズベットとしては反対なんだろう。


「よく考えてみてください。これまでの何の力もなかった僕であれば、手を結びたいと申し出ても一笑に付されていたでしょう。ですが、まだ公表されていないにしても、あの三人も僕とリズベットが婚約したことを知っているはずです」

「は、はい……」

「そうすると、三人はこう考えていると思います。『自分が次の皇帝になるために、帝国一の軍事力を誇る、ファールクランツ家の力を得たい』と」


 そう……今まで誰の派閥に属することもなく、中立を保っていたファールクランツ侯爵が、リズベットと僕が婚約したことで、皇位継承争いにおいて突如現れた重要なキーマンになった。


 おそらく、これまでも三人の陣営はファールクランツ侯爵に対し、秋波しゅうはを送っていたに違いない。

 彼の協力を得られれば、それだけで今の均衡を崩すことができ、戦局を有利に進めることができるから。


「なるほど……つまり、ルドルフ殿下と手を結ぶことこそが、皇帝への近道となるというわけですね」

「実際には現皇帝であるカール陛下の判断によるところが大きいでしょうが、皇太子を選ぶ際にはファールクランツ閣下の声は無視できませんから」

「確かに三人の皇子殿下からすればそうなのでしょうが、同時にルドルフ殿下自身が、今以上に危険にさらされることになったとも言えます」


 ここまで静かに聞いていたマーヤが、鋭い視線を向けながら指摘する。


「そのとおりだよ。だから僕は、『自分の身の安全のために、僕を庇護してくれる者と手を結びたがっている』と喧伝したかったんだ」

「それで殿下は先程、天蝎てんかつ宮に潜伏している間者のことを気にされておられたのですね」


 さすがはリズベット、僕の意図に気づいたみたいだ。

 そう……僕は、この会話を三人あるいは三人に与する者の間者を通じて、知らせたかったんだ。


 そうすれば、少なくとも僕に野心がないことも理解するだろうし、わざわざ僕が動かなくても、その気があれば向こうから接触してくる。

 ただ、選ぶ権利はもちろん僕にあるけどね。


「ですが、それでもルドルフ殿下の安全が保障されているわけではありません。これまでの行いを鑑みれば、殿下と手を結びたくても結べない皇子殿下もいらっしゃるのでは?」

「あはは、マーヤはロビン兄上……って、誰も聞いていないんだし、今さら兄上なんてつけなくていいや。ロビンのことを指して言っているんだろうけど、心配いらないよ」

「それは、どうしてですか?」

「だって考えてもごらんよ。僕に何かあれば、それこそファールクランツ侯爵が敵に回ると考えるに決まっているじゃないか」


 あのロビンという男は、第三皇子であることを笠に着て傲慢ごうまんに振舞っているけど、その正体はただの小心者だ。

 アイツこそ自分に自信がないから、より下の存在・・・・である僕に強く出ているだけなのだから。


 そんな男が、あの・・ファールクランツ侯爵に面と向かって敵対することなんて、できるはずがない。


「ふふ、そうですね。あの男もまた、ヴィルヘルムと同じくらい愚かな男でした。謹慎こそ僅か一か月で解かれましたが、身の程を弁えて今も大人しくされているようで」


 そう言って、リズベットがクスクスとわらう。

 彼女が本当はすごく優しくて素敵な女性だということは分かっているんだけど、このような氷の微笑がとてもよく似合うと思ってしまうのはどうしてだろうか。


 自分に向けてのものではないし、綺麗だと思いつつも、何故か背中に冷たいものを感じてしまう……。


「ルドルフ殿下のお考えは分かりました。このことについては、私のほうで上手く伝わるようにいたします」

「え? できるの?」

「もちろんです。むしろ、そのような流言は私の得意とするところです」


 左胸に手を当て、誇らしげに告げるマーヤに、僕は戦慄した。

 それって、マーヤの舌先三寸で僕の評価なんて簡単にどん底に落とせるってことじゃないか……って、既に底辺だから気にすることないや。


「じゃあマーヤ、お願いするよ」

「お任せください」


 さて……とりあえず、二人に伝えるべきことはこんなところかな。

 あとは、時間の許す限りリズベットと一緒に飲むお茶を楽しんで……。


「ルドルフ殿下」

「ゴフッ!? は、はい?」


 お茶を口に含んだ瞬間、急に鋭い視線を向けたリズベットが声をかけてきた。

 い、一体どうしたんだろう……。


「殿下の次の行動についてはお伺いしましたが、肝心なことをお聞きしておりません」

「肝心なこと……?」

「はい。これまでのお話をお聞きする限り、あなた様は帝位には一切興味がないご様子。それはよいのですが、将来についてはどのように考えておられるのですか?」


 将来……僕の将来、か……。

 確かに婚約者のリズベットからすれば、気になるところだよね。


「……お気づきのように、僕は皇帝の座などに一切興味がありません。付け加えるなら、この第四皇子という身分も、皇族の血すらも、僕にとっては邪魔でしかない」

「…………………………」

「だから、辺境にでも申し訳程度の領地をもらって、そこで静かに余生を過ごせればいい……毒から回復した僕は、ずっとそう考えていました」

「……今は、違うのですか?」


 リズベットが僕の顔をのぞき込み、おずおずと尋ねる。


 そうだね……今は違う。

 今の僕には、守るべき女性ひとがいるのだから。


「もし、その希望どおり辺境の領地に引きこもっても、いずれ皇族の血を持つ僕を利用しようと考える者も現れるでしょうし、それを危惧して僕を亡き者にしようと考える輩もいるでしょう。なので、それだけじゃ駄目なんです。足らないんです」


 そうだ。いくら僕が逃げ出したって、呪いのように付きまとう皇族の血と身分が、それを許してくれるはずがないんだ。


 だから。


「僕は、力が欲しい。どんな魔の手を伸ばしてくる者が現れても、抗える力が。大切な女性ひとと、大切な女性ひとが大切に想ってくれる、僕自身のために」


 リズベットのアクアマリンの瞳を見つめ、はっきりと告げた。

 全てに抗うと決めた、僕のこの決意を。


「ふふ……やはり、あなた様はあの日・・・と同じ、強い御方のままなのですね」


 リズベットは表情を緩め、優しく僕を見つめる。

 だけど、君の言うとおり僕が強いのだとしたら、それは全て君のおかげなんだ。


 あの日・・・の君が、僕を見てくれたから。


 ――今も君が、僕を見てくれるから。

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