6.特殊捜査課
「自主退職――ですか」
予想した通りだった。上層部は警察の不祥事を公にしたくなくて、敢えて処分なしとなるよう手を回したんだ。そして自分から退職するよう、説得しに来たんだろう。
目の前に座っているこの警視正は年の頃30代後半と言ったところか。警察には似合わない柔和な表情の優男だ。女にもモテそうな顔をしている。
大学を出てエリートコースをひた走ってきたキャリア様だろう。現場に出た事もなく、こうして内部の汚点を掃除して回る仕事をしてきたのは想像に易い。
亨は唇を噛んだ。しかし、自分が犯した罪は罪だ。本当であれば懲戒解雇の上、殺人罪に問われてもおかしくない事をしたのだ。罪から逃げたいとは思わなかったが、こんな風に切り捨てられるのならば、いっそ潔く罪を償いたかった。
だが、それは自分には贅沢すぎる望みなのだろう。――であれば。
「――拝命します」
立ち上がって背筋を伸ばし、敬礼をすると、亨は東雲を真っ直ぐ見つめて言った。
「勘違いしているようだね。僕は上司に辞表を出せと言っただけだ」
東雲は亨の思いつめた表情を見て、苦笑いを浮かべると亨に言った。
「それはつまり自主退職と言う意味であると、自分は認識しております」
「ちょっと違う」
東雲は笑顔を作って亨を見つめて座るように促した。「立たれると首が痛くてね」と言って首を回している。
「40にもなるとね、首やら肩やらあちこち悪くなるんだよ。君も気を付けないといけないよ」
どう見ても30代後半がいいところだと思っていたのに、40代と言われて亨は驚いた。
亨の視線に気が付いた東雲は「妻が元エステティシャンでね――スキンケアにはうるさいんだよ」と言って自分の頬を撫でて見せた。
「そんな事よりも――だ。君は聞いた事がないかな。警察には裏の組織があると」
東雲の言葉に亨は息を飲んだ。まことしやかに囁かれる噂の一つにそんな話があった。超常現象や心霊現象に対応した組織があると。
「私はね――特殊捜査課と言うところで課長をしている。そこに君に来て欲しいと思っているんだ」
「揶揄ってらっしゃるんですか?そんな噂でしかない組織――あるわけないでしょう」
「噂というのはね、大抵が事実を元に囁かれるんだよ」
亨が語気を荒げたのに対し、東雲は柔和な表情を崩さずに、しかし目には鋭さを宿して言った。
「現に君はあの現場で
「つくも――何ですかそれは」
亨は嫌な汗が背中に流れるのを感じた。あの日見た化け物を言っているのか?
「付喪神を見たのは君だけだ。周りには見えていない。それに気付いた君は途中で証言を変えたね?錯乱したと」
東雲の言葉に亨は黙って頷いた。
「付喪神はね、その辺の霊とは訳が違う。神ではないが、神と呼ばれるだけあって悪霊なんかよりもっと強力な存在だ。それ故、それらを見れるのは限られた一部の人間だけなんだ。――つまり、君だ」
東雲の言葉は嘘や揶揄いとは思えなかった。何故だか亨は東雲の言葉を素直に受け入れられた。不思議な感覚だった。
「付喪神は人の命を奪って力を増す。多くは自然死に見せかけてじわじわと殺すが、中にはこのように人を使って殺人を犯させる者もいる。――我々はそういう事件を扱うんだが、付喪神はさっきも言ったように通常人には見えない。私が知る限り、君を入れて後二人だけだ」
東雲の言葉に亨は息を飲んだ。
「あと二人とは――?」
「私と――もう一人はそのうち会えるだろう」
東雲は亨が自分の提案を断らない事を確信した。
後日、亨は言われた通りに辞表を提出した。
東雲が言うには、辞表は受理されたように見えても処理はされない。表向きは退職したように見せかけて、亨の身柄は警察に残り、特殊捜査課へ配属されるのだと説明された。
そして、その通り辞表を提出した2週間後、組織図から亨の名前は削除され、亨は迎えに来た
「棚橋亨巡査長。本日を以て特殊捜査課心霊班所属を命ずる」
辞令は発布されず口頭発令のみだったが、亨は知らぬ間に巡査から巡査長に昇格していた。
「昇格は私からのサービスだよ」
相変わらずの柔和な表情で東雲が言うと、亨はこの人は一体どんな立場でどこまでの権限があるのだろうと疑問に思った。
しかし、そんな疑問を持ったままでいられるほど、特殊捜査課は甘くはなかった。
「付喪神が見えるだけでは餌になるだけだ。少なくともある程度の術を使えるようになってもらわねばならない」
東雲の言葉で、亨は熊野山中にある寺院に連れられ、半年間監禁されて術を叩きこまれる事となり、東雲の言葉に耳を傾けた事を後悔するのだった。
「俺は
亨の次の修行の場所として連れてこられたのは、やたら背が高く切れ長の目が特徴的な美形の男の元だった。
「一年はかかると思ってたが、半年で術をマスターするとはな――」
御門と名乗るその男は、興味深く亨を見つめると、妖艶な微笑を向けて「東雲から聞いてんだろ。今日からルームシェアだ。部屋は空いている」と言って室内を案内した。
高層階建てマンションの最上階にあるその部屋は、ワンフロアを丸々使用した所謂豪邸で、とても自分と変わらない年齢の男か一人で住んでいるとは思えなかった。
「ここは俺の部屋だから、とーるちゃんはここ以外ならどこ使ってもいいぜ」
部屋を案内する間、御門はずっと亨の肩を抱いて離さなかった。
近すぎる――亨はさりげなく御門の腕から逃れると、御門の部屋とリビングを挟んだ一番離れた部屋を選んだ。
東雲から、修行の為に御門と一緒に暮らすことを命じられた時は、警察学校の宿舎での生活を思い浮かべていたが、御門と対峙して初めて亨は自分は色々な意味で恐ろしいところに送り込まれたのではないかと、熊野に放り込まれた時以上に、身の危険を感じたのだった。
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