第30話 作戦

「だいぶ落ち着いてきたよ。ありがとう。」


 草浦くんの処刑から1時間くらい経った……気がする。それまで僕はずっと城白さんの部屋で背中をさすってもらっていた。


「城白さんは大丈夫なの?」


「えぇ。もう何度も見てきたから。」


 慣れって怖いね。人が死ぬことに慣れちゃうと、いざ日常で誰かが死んでも悲しむことが出来なくなるかもしれない。僕もいずれ慣れてしまうのだろうか。


「それにしても……黒船くんがあんな人だったなんてビックリだね。最初は良い人そうだったのに。」


「多分、彼は頭の些細なネジが外れているだけ。普段の生活では何の支障も無いけれど、いざという時になるとブレーキが効かなくなるタイプ……だと思うわ。」


 ブレーキが効かなくなるタイプか。それって、自分の行動を自分で決定できない、みたいなものなのかな?


「だからこそアレには生かしておく価値があった。」


 城白さんの言葉を聞いて僕は思い出した。そういえば、どうして黒船くんじゃあなくて草浦くんに投票しよう、と言ったのかを聞きたかったんだ。


「城白さん、それってどういうこと? 黒船くんを生かすために草浦くんに投票したってこと?」


「えぇ。あの男はブレーキが効かないだけの狂人であって、バカではないわ。」


 あの男ってのは、多分黒船くんのことだよな。


「あの男は狩人COをしている。そして狩人以外で出ている役職は霊能者の私だけ。」


「そうか! 黒船くんが狩人で出てる以上、人狼は城白さんを襲撃できないんだ!」


「そうよ。狩人が霊能者を守らないなんて、あり得ない話だもの。もし黒船くんが私を襲撃し殺せば、素数野さん辺りから突っ込みが入るはずよ。何故霊能者を守らなかったのか、って。」


「そうなったら黒船くんに恨みを抱いている久留宮くんとかと結託されて、処刑されてしまう……。」


「そう。素数野さんが頭の固い人物であることはさっきの会議で彼も分かっているはず。それらを踏まえれば、彼が今夜私にアクションを起こさないことは明白よ。」


「でも、さっきの会議で黒船くんを吊っていたら……。」


「相方の人狼が私を殺したでしょうね。黒船くんの相方には私を襲わない理由なんて無いもの。」


「つまり黒船くんは人狼陣営に城白さんを襲わせないための保険ってことか。」


「えぇ。もちろん、これは彼が人狼ゲームを理解し正常に思考して行動を起こすことを前提とした話だけれど。」


 すごい、城白さんはやっぱりすごい。あの会議の中でそんなところまで考えていたなんて。やっぱり城白さんの言うことを聞いて良かった。もしあそこで城白さんの言うことを聞いていなかったら、危うく僕は城白さんを失うところだった!


「それに、これはあなたを守るためでもあるの。」


「……僕の?」


「えぇ。私とあなたが仲間であることは、彼にも分かっているわ。その上で、あなたを殺すようなことはしない。」


「霊能者の信頼を得るため……?」


「そう。それにあなたは投票の時、私の言うことを聞いてくれたわ。霊能者を懐柔してしまえばあなたの分の票も手に入る、と彼は思うはずよ。」


「つまり、今後黒船くんが話の主導権を握るためにも城白さんは殺せないし、僕を殺すことも出来ないってこと?」


「そう。あの時あなたが私の指示に従ってくれたから、今の状況を作り出せたの。私とあなたが確実に明日を迎えられる状況を。」


 城白さんはそう言って、僕の頭を撫でた。髪と城白さんの細やかな手が絡んで、こそばゆいような、気持ちいいような不思議な感覚がした。


「私達の目標は黒船くんの相方を見つけ出すこと。そして2人でここから出ること。状況によっては殺人も厭わない覚悟が必要よ。出来る?」


「うん!」


「良い子、良い子。」


 撫でられる度に多幸感で頭が満たされる。先ほどまでの苦しみが嘘のように霧散した。


「さて、そろそろ部屋に戻った方が良いんじゃあない? あんまり同じ部屋にいるとGMが何言ってくるか分からないし。」


「うん、そうだね。城白さんのおかげで楽になったよ。ありがとう。また何かあったら部屋に行くね。」


 簡単に別れを告げ、僕は城白さんの部屋を後にした。そして自分の部屋に向けた瞬間、後方から声を掛けられる。


「おーい、道宮くーん。」


 黒船くんだった。


「いやぁ、道宮くんいつの間にかいなくなっちゃってたから、探してたんだよ。」


 何の気無しに話す彼のズボンは、赤黒く汚れていた。その鉄臭い汚れが何であるかは明白だ。そして当の彼はそんなことなど微塵も気にしていないようだった。


「あれ、道宮くんもしかして怒ってる?」


「……怒るってよりは驚きと呆れの方が強いかな。」


「へぇ……。失望したって顔だね。でも君は僕に投票することも出来たはずなのに、それをしなかった。その時点で君は僕を責められないんじゃないかな?」


「役職持ちを無闇に殺す訳にはいかない。あれは村にとって合理的な判断をしただけ。」


「そんなに考えてるようには見えなかったけど? ただ城白さんの言いなりになってただけじゃん。」


「……さっき僕を探してたって言ってたけど、まさかこんな下らないことを言うためだけに探してたの?」


「はは、冗談。道宮くん、結局あの後ご飯食べてないでしょ? だからお腹減ってると思ってさ。良かったらまた調理場で――。」


「いや、いらない。」


 思わず語気が強くなる。苛立ちは彼にも伝わったようで、彼はバツの悪そうな顔で目線を反らした。


「じゃ、僕はもう行くから。」


 そう言って踵を返す。


「道宮くんは、今夜誰が死ぬと思う?」


 足が止まった。その声が、なんだか切羽詰まったような雰囲気を帯びていたから。でもそんなことはあり得ないはずだ。だって彼は人狼で、しかも墓石さんを殺した人物でもある。そんな彼が、精神的に追い詰められている? そんな訳は無い。演技だ。そう決め付けた僕は、出来るだけ感情を押し殺して答える。


「さぁね。でも城白さんは死なないと思うよ。」


「どうして?」


「狩人の君がいるから。」


 それだけ釘を刺しておけば良かった。城白さんは、黒船くんはこんなことも分からないようなバカじゃあないと言っていたけど、保険は掛けておいた方が良い。このくらいの忠告なら黒船くんにも怪しまれないはずだ。


「道宮くんは?」


 再び歩き出そうとしたその時、再び彼は僕を言葉で引き留めた。だけど僕には分からなかった。その言葉の真意が。何故そんなことを聞くのだろうか? 襲撃をするのは黒船くんなのに。


「道宮くんは、死ぬの?」


「死なないさ。」


「どうして?」


「城白さんがいるから。」


 そして今度こそ、僕は自室へ帰った。黒船くんはもう僕を呼び止めなかったし、僕もこれ以上彼と話をするつもりは無かった。


 自分の部屋に帰ってくると、不思議と安心感より喪失感の方が強かった。さっきまで城白さんと一緒にいたからだろう。何より、拉致されて部屋で独りぼっちというのは寂しいものだ。僕はその不安から目を背けるように、急いで布団に潜った。


 が、当然不安で頭がいっぱいの時に眠れるはずが無かった。むしろ悪い想像ばかりが浮かんでいて、一層目が冴えてしまう。今日は誰が襲撃されるのだろうか。明日会う時は、また1人減っているのだろうか。もう1人の人狼は誰なのだろうか。僕らは生きて帰れるのだろうか。そんなことを考え出したらさらに眠れなくなる。布団を頭から被り、更なる暗闇に安息を求めても無駄だった。


 そして次第に僕の頭はおかしくなってくる。部屋に備え付けられているはずのない時計の音がカチカチと聞こえ、ズボンのポケットからはスマホが振動する感覚がした。それらを無視し、心を平静に保とうとした時、部屋の扉がカチャリと開く音がした。僕は飛び起きる。人狼が来たかと思ったからだ。だけど扉は一向に開く様子を見せなかった。だけど扉から目が離せない。目を離した瞬間に人狼がやってくるかもしれないからだ。そんな妄想が頭の中で現実になってしまうほど渦巻く。肩に誰かの手が置かれた。子供の笑い声が聞こえてきた。視界は歪み、布団は沼のようにドロドロと溶けていく。僕はそれに取り込まれないよう、必死に四肢を動かすも、天井から伸びる無数の手に押さえつけられて……。


「午前7時になりました。」


 GMの声が僕を悪夢の世界から呼び戻す。頭がズキズキと痛み、体が怠い。だけど起きなくてはならない。起きて、皆の顔を見て、城白さんと今後の計画を話して、もう1人の人狼を探さないといけない。僕は怠ける体に鞭を打ち、モーニングルーティンをこなした。そうして自室から出ると、僕を迎えたのは伽藍堂としたエントランスロビーだった。


 とりあえず僕は調理場に行くことにした。昨日の夜から何も食べていないから、お腹が減ってきたのだ。


 調理場にも誰もいなかった。僕は調理場に置かれた食パンをスライスし、バターを塗ってトーストにすることにした。僕はバターを塗ってから焼く方が好きだ。バターは焼けた方が美味しい。僕はトーストを作りながらそんなことを考えていた。


「む! 道宮くんじゃあないか!」


 僕の次に来たのは藤田さんだった。


「私が一番乗りだと思ったのだがな!」


「おはようございます、藤田さん。」


「うむ! おはよう!」


 朝から声が大きくて元気だ。あんまり良い目覚めじゃあないからちょっと頭に響く。


「今日は唐雲さんと一緒じゃあないんですね。」


「彼女も思春期の少女だからな! 1人になりたい時もあるだろう!」


 彼女は辺りを見渡すと、僕と同じく食パンに手を伸ばした。それに生のまま齧りつく。ワイルドだ。


「む、意外か道宮少年!」


「いえ、まぁわりと想像通りです。」


 他愛もない会話を続ける。会話のほとんどは天気がどうした〜だとか、最近の景気は〜みたいな話で、どうやらこの場所についての話題を避けているようだった。配慮してくれているのだろうか。だったら僕の方から話題を出すのも気が引ける。


「む、そういえば道宮少年は城白少女と仲が良さそうだったな! どういう関係だ!?」


「え、えぇ!? ど、ど、どういう関係って言われても、別に……。」


「いいや、言わずとも良い! 分かる、分かるぞ! 思春期だものな!」


「ふ、藤田さんが思っているような関係じゃあありませんからね!」


「はーっはっはっはっはっは! 若いって良いな!」


 ダメだこの人! 全く話を聞いていない!


「時に道宮少年、人狼ゲームのルールは知っているだろうか?」


「えっ、まぁ、はい。一応知ってます。」


「そうか。ならば分かっているだろうが……おそらく誰かが昨日の夜死んだ。」


「……まぁ、そうですね。そういうルールでしたからね。」


「狩人が守ってくれればそうはならないのだろうが、世の中そんな都合の良いようにはいかない。」


 目を伏せる彼女の発言にはどこか元気が無かった。当たり前だ。だって昨日人が死ぬ瞬間を見たんだ。そしてこの人狼ゲームのルールを考えれば、今日も誰かが死ぬ。最終的に生き残れる確率は低いんだ。もしかしたら自分が死んでしまうかもしれない。そう思ったら気分も沈むに違いない。


「道宮少年は平気か?」


「いえ、あんまり……。」


「そうか。私もだよ。」


 食パンを食べる手が止まった。彼女は小刻みに震えているようだった。昨日は、いやさっきまでは全然そんな様子を見せなかったのに。そう思った僕はハッと気づいた。きっと藤田さんは僕らに怖がる姿を見せたくなかったんじゃあないのか。この場にいる大人は素数野さんと藤田さんだけ。そんな中で情けない姿を見せてしまうと、僕らが不安になると思って、強がっていたのではないか。


「臆病だと思うか?」


 僕のそんな考えを読み取ったかのように、彼女は食べ掛けの食パンを見つめながら言った。


「だけどな、そういうもんだよ。君も大人になれば分かる。子供も大人も大して変わりはしないんだ。ただ大人は表面を繕うことが出来る。それだけだよ。」


 僕には藤田さんが何を言っているのか理解できなかった。大人と子供は違う。大人は聡く、時に悪辣で、それでいて力もある。大人は子供に勝っている。そう思っているからだ。事実、僕が見てきた大人はすごい人だらけだった。両親、学校の先生、それから北野さんやブラスさん、金本さんや佐々木さん。皆すごい人ばかりだ。だから僕も大人になればきっとそういう人達みたいになれる。それが歳を重ねるってことだと思う。


「道宮少年。私は怖いよ。当たり前だよな。明日を迎えられるかどうかも分からないこの状況が、怖くないはずがないよな。」


「藤田さん……。」


「だけどな、少年。それでも私は大人なんだ。子供を引っ張っていく義務がある。だからこんなところでガタガタ震えている訳にはいかないんだ。」


 その言葉は僕に向けて言っているというより、自分自身に向けて言い聞かせているようだった。


 僕が何か言葉を掛けようと口を開きかけたその時、調理場の扉が開いた。現れたのは目の下にクマを作った唐雲さんだった。


「おはようございます……。」


「おぉ! おはよう! 昨日は眠れたか!?」


「藤田さん、あれは多分寝てれない顔ですよ。」


 彼女は朝食を作りに来たようだった。重い足取りのまま冷蔵庫を開いて物色する。


「他の皆さんはまだ来てないんですか?」


「うん、まだ来てないみたいだよ。」


「そうですか。心配ですね。確か、人狼ゲームのルールだと昨日誰かが……。」


 彼女は言葉を濁した。


「気の滅入ることばかり考えていてはシワが増えるぞ! ほら、食パンとか、食べるか!?」


「い、いえ、食べかけのは遠慮しておきます……。」


「む、そうか。しかしここにある食パンは全部一口ずつかじってしまったからな! そうなると食べられる食パンが無いぞ!」


「なんでそんな畑を荒らす野生動物みたいな食べ方を……?」


「全部自分で食べるつもりだったんだ! 許せ!」


「し、仕方ないので私はパックのお米を食べますね……。」


「そうか! すまないな! 明日は必ず君の分も取っておこう!」


 とこんな風にわちゃわちゃと朝食を摂っていたら、次第に人が集まり始めた。次に来たのは素数野さんで、その次が矢賀くん。そして城白さんと続いてやってきた。


「城白さん、おはよう。」


「……久留宮くんと黒船くんは?」


「2人ともまだ見てないよ。」


「そう。」


 それから体感で30分くらいが過ぎたけど、いまだに久留宮くんも黒船くんも姿を現さない。


「もしかして……。」


 誰かが溢した言葉は僕らの胸中に不安の影を落とした。


「でも2人いっぺんになんてルール上可能なの?」


「いや、それは無理だよ。人狼が夜の襲撃で殺せるのは1人だけのはず。」


「逆に言えば、1人は死んでいると考えた方が良いということですな。朝食も皆様終わったようですし、どうでしょう。確認に行ってみませんか?」


 素数野さんは提案した。人狼が襲撃したなら襲撃された人の部屋の扉は開いてるはず。だから確認自体は簡単だ。ドアノブを回して、開くかどうかだけを確かめるだけで良い。


「僕は行くよ。誰かがやらないといけないだろうし。」


「当然言い出しっぺの私も行くとしまして、他に行く方はいらっしゃいますか?」


「なら私も行くわ。」


「では私、道宮様、城白様の3人で向かうとしましょう。他の皆様はこちらで待機していてください。」

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