第28話 CO
黒船くんのCOが嘘だとしたら、彼は狩人ではないことになる。なのに本物の狩人は出てこなかった。人狼に噛まれるのを恐れてあえて出なかったのだろうか? その可能性もあるだろうけど、墓石さんが狩人だった、と考える方が自然だろう。悲観的かもしれないけど、楽観的よりはよっぽど良いはずだ。
「で、さっきの話の続きだけど……。」
「ちょっと待った。まだ黒船くんが狩人だと決まった訳じゃあないよ。墓石さんが狩人だった可能性もあるはずだ。」
「うーん、また可能性の話か。墓石さんが狩人に割り当てられる確率は10分の1だよ? 今回の被害者がたまたま狩人だったなんて話、都合が良すぎると思うんだけど。」
「でも可能性がある以上、考慮しない訳にはいかないはずだよ。」
「全ての可能性を考慮していちゃ話は進まないよ。限りなく0に近い可能性は無いものとして扱った方が良い。」
「おいおいおいおい、白熱するのは良いが流石に話が進んでないぜ。一旦状況を整理しようや。」
「そうでございますね。現状、私としては黒船様が真の狩人、という方向性で良いかと思われます。墓石様が狩人であった可能性は極めて低いと思われますので。」
「俺は黒船が狩人かっつうとまだ言い切れない感じだが、まぁ黒船が犯人でないことは分かるぜ。置き手紙の話は流石に無理がある。」
む、無理があったか。やっぱり北野さんのようには行かない……。
「と、というより……。」
矢賀くんが恐る恐る手を挙げる。
「そもそも置き手紙の件が本当だとしたら、黒船くん以外にも犯行が可能だったってことにならないかな?」
「確かにそうですね。犯人が女性であるとされていたのは、睡眠薬を飲ませる際悲鳴を上げられてしまうため。置き手紙ならば誰であっても悲鳴を上げられずに済みますから。」
た、確かにそうだ。
「ってことは、議論はまた最初からってこと?」
「うーむ、そうとも言えてしまうかもしれないな!」
全く笑い事じゃあない。正直言って僕もさっぱり犯人が分からない。余裕が無いんだ。さっきまでは黒船くんが犯人とばかり思っていたけど、城白さんによればそれは違うらしいし。でも黒船くんが狩人を騙っているから、黒船くんは人狼ではあるんだろう。ただ今回の事件の犯人ではないから黒船くんを吊ることは出来ない。だからまずは今一度状況を整理して、もう一人の人狼を見つけ出さないと。
「とはいえ、もうこれ以上整理できるような情報もないよね。議論は行き詰まりみたいだよ?」
僕の焦りを見透かしたような黒船くんの発言に、若干の醜悪さを感じながら城白さんの方に目をやった。
彼女は僕の視線を受け取ると声を上げた。
「なら、新しい情報を出す。」
皆が一斉に城白さんを見る。
「CO。霊能者。」
一拍、二拍と静寂が過ぎ、今度も対抗が出ないことに皆が気づき始めた辺りで、城白さんは畳み掛ける。
「あなたの理論で行けば、私にも動機は無いってことにならないかしら?」
「なるほど、なるほど。そう来るか。城白さんが狂人の可能性もあるけど、だとしたら本物の霊能者が出ないはず無いもんね。でも墓石さんが霊能者だった可能性もあるよ。」
「限りなく0に近い可能性は無いものとして扱うんじゃあなかったかしら?」
「うーん、これは一本取られた。城白さんを霊能者として認めるしかないね。」
「じゃあ、私も彼女を殺す動機はないってことで容疑者から外れるわよね。」
となると、今度は別の問題が発生する。
「おいおい、じゃあ誰が墓石を殺したってんだよ。城白が違うってことは、唐雲と藤田のどっちかか?」
「いや、彼女らは常に一緒にいたらしいからそれはあり得ないよ。」
「ということは……共犯の可能性もありますな。片方が人狼で片方が狂人。あるいはどちらも人狼か……。」
「いやいや、それもあり得ないよ。まず人狼と狂人はお互いのことを知れないんだから直接的な協力は不可能さ。」
「となると、二人とも人狼ってこと?」
いや、それは違う。何故なら黒船くんが人狼だからだ。だからその二人が人狼の可能性はない。そして二人が常にお互いを監視していた状態だったとするなら、片方が人狼でも犯行は不可能。つまり唐雲さんと藤田さんにも墓石さんを殺すことは出来ないんだ!
「しかし二人が人狼に割り当てられる確率はあまりにも低い。ここは一旦、別の角度から推理してみましょう。」
「それって、男が殺した線を追うってこと?」
「それだと犯人が一向に絞れないのでは……。」
「そもそも男が犯人だとしたらどうやって墓石を殺すんだ! やっぱり置き手紙か!」
話はほとんど振り出しに戻った。分かったのは黒船くんが人狼だということ。そしておそらく墓石さんが狩人だったということだけだ。
「あの、多分これ今言うことじゃあないんだろうけど、そもそも同性だったとしても突然入浴中にやってきたら警戒するんじゃあないかな?」
「へぇ。矢賀くん、それはどういうことだい?」
「だって僕らってほとんど初対面じゃん。突然入浴中に誰か入ってきたら同性だろうと異性だろうと警戒するに決まってるよ。少なくとも僕はそうする。」
「それは人にもよるとは思いますが……一理ありますな。」
「そうだよね! 誰だって勝手に入ってきたら警戒するし、そんな人から渡された飲み物なんて飲む訳ないよ。」
「それは逆に考えれば、誰にも警戒されないような人物であれば犯行は可能だったということにならないかしら?」
城白さんは僕に視線を寄越しながら言った。その視線の意味を、僕は瞬時に理解した。あなたなら分かっているでしょう? という意味の視線だ。しかし僕は分かっていない。さっぱりだ。誰からも警戒されないような人物? そんな人いるのか?
「誰からも警戒されないって、女の入浴中に入ってきても悲鳴を上げられず、その状態で飲み物を渡しても飲んでもらえるような人ってことか? そんなヤツ、この中にいるのかよ?」
城白さんから失望されるのだけは嫌だ。なんとか正解を導き出さなくてはいけない。でも、誰だ? 誰からも警戒されない人……。それって誰からも脅威に思われていない人ってことじゃあないか? 誰よりも力が弱くて、誰よりも知恵のない、そんな人なら誰も警戒しないはずだ。そんな人なんて、僕らの……。
「……そうか。いたよ。」
皆が一斉に僕を見る。普段ならその視線に怯むかもしれない。でも今の僕にそんなことを気にする余裕は無かった。
「決して誰にも警戒されない人物。しかもその人なら、堂々と女湯に入っても許される。この9人の中で唯一今回の犯行が可能だった人物。」
「だ、誰だ? 本当にそんなヤツがいるのか? 一体そいつはどんな凶悪な殺人犯なんだ!?」
「それは……草浦くんだよ。」
久留宮くんは目を見開いて固まった。藤田さんと唐雲さんは咄嗟に草浦くんの方を見た。素数野さんはゆっくりまばたきをした。矢賀くんは僕の顔を凝視した。黒船くんは深くため息を吐いた。草浦くんは、その小さな口から僅かに声にも満たない音を漏らした。
そして城白さんは僕に微笑んだ。その顔があまりにも美しくて、それ以外の全部がどうでも良くなっていた。見惚れていた。他の皆は僕の言葉を待っているのかもしれないのに、僕は言葉を発することが出来なかった。
「お……い……、それは……無いだろ。あり得ない……だろ。」
「あり得ない? どうして?」
口のきけない僕に変わって城白さんが答える。
「彼の正確な年齢は分からないけれど、容姿から考えるにまだ母親と一緒に女湯に入れる年齢のはずよ。それに彼が殺人を目論んでいるなんて、一体誰が思い付くのかしら? 誰も思い付かなかったでしょうね。誰も思い付かなかったから犯行が可能だった。」
「で、でも、まだ子供ですよ……?」
「子供でも状況さえ整えば殺人は可能よ。」
当惑する皆に冷たい言葉を投げ掛ける彼女。その瞳はただ一点に向けられている。
「ここからは本人の言葉を聞きたいのだけど、どうかしら?」
草浦くんは唇を固く締めて視線を受け止めていた。
「この中で犯行が可能だった人物はあなたしかいない。自身の無実を証明したいのなら、他の容疑者を出してもらいたいわね。」
「そ、それは……。」
重苦しい沈黙が辺りを支配する。それを打ち破ったのは草浦くんの意外な言葉だった。彼は口を震わせて、蚊の鳴くような声で言った。
「仕方なかったんだ……。」
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