第27話 疑念

「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに城白さんは1人でいたかもしれないけど、城白さんが墓石さんと接触した根拠はないはずだよ。」


「根拠?」


 黒船くんはそのままの体勢で僕の瞳を見つめ返した。


「でも消去法的には彼女しかあり得ないんだよ? どうして根拠なんて必要なんだい?」


 確かに現状、犯行が可能な人物は城白さんしかいないかもしれない。だけどまさか城白さんが、そんなことを……。


「道宮くんは随分城白さんを信頼しているみたいだけど、城白さんが人狼に選ばれる可能性だってあるはずだよ。つまり動機がないとは言えないんだ。」


 城白さんが人狼に選ばれる。可能性としてはあり得る話だ。だけど、本当に、まさか……。


「で、実際どうなの城白さん。」


 彼女は眉一つ動かさずに問いかけに答えた。


「戯言ね。」


「へぇ、強気だ。でも現状は変わらないよ。この中で唯一犯行が可能なのは君しかいない。」


 それは違う。黒船くんの言っていることは何かが決定的に間違っている。だってそうでないとおかしいんだ。城白さんが、そんな……。


「ちょ、ちょっと待ってよ。皆1回冷静に考えてみようよ。制限時間は無いんだし、もっと手掛かりとかを思い出してから……。」


「手掛かり、ね。もうそんな物残ってないんじゃないかな? ファーストチェス理論って知ってるよね? もうこれ以上の議論は無駄だと思うな。」


 ファーストチェス理論。最初に思い付いた案と、最後まで考え抜いて出した案は似たものになるという理論だ。だけどこれは科学的に立証されていない。そうだ、矢賀くんの言う通りだ。冷静に、冷静にならなくてはいけない。


「手掛かりがもう無いとしても、記憶を思い起こすことは出来るはずです。皆様、記憶を今一度整理してみませんか? 殺人に直接繋がらないとしても、意味のある記憶はございます。どんな些細なことでも手掛かりには成り得るはずでございます。」


「つっても、思い出すことなんてよぉ……。」


 思い出す……。そうか、思い出すんだ。僕がこの館で目覚めてから今までの全てを。忘れてしまっていたとしても、思い出すんだ。まずは僕らは目を覚まして、会議室、調理場、パソコン室、浴場、保健室、倉庫、図書室と……。


 僕の頭に一瞬、言葉が過った。確か、素数野さんは言っていた。自分が目覚めた時には睡眠薬は全てあった、と。そしてその後皆で探索をして、自由行動に移った。素数野さんが自由行動開始からすぐに保健室に向かった可能性は低い。素数野さんは一度本を手に入れるために図書室に向かうはずだからだ。僕はてっきり、犯人はその僅かな瞬間に保健室から睡眠薬を盗み出したのかと思っていた。


「でも、違ったんだ。」


「……違う? 何が違うの?」


「犯人は、素数野さんが図書室に行って本を物色している間に睡眠薬を盗んだのかな? そんな訳はないんだ。だって、素数野さんが本を物色している間にも、他の人が保健室に寄るかもしれない。そうでなくとも、素数野さんが保健室に寄ること自体、犯人は想定していなかったはずだよ。」


 言葉にすると止まらない。考えが止めどなく溢れてくる。頭の中でシナプスが繋がり、真相の一端を目撃しようとしているのを脳が理解する。


「つまり犯人の、自由行動の時間で睡眠薬を盗み出す行動は、あまりにもリスキーなんだ。目撃されてしまう可能性もある。」


「それで? まさかそんなリスキーなこと、城白さんはしないとでも言いたいのかい?」


「それはそうだけど僕の言いたいことはそこじゃない。目撃されるリスクを犯してまで犯人は睡眠薬を持ち出したいと思っていたのか。もっと言えば、犯人は睡眠薬を持ち出した時点で殺人を計画していたのか。」


 そんな訳がない。自由時間後であれば役職は分かっているだろう。でも自分が人狼だったからと言って、すぐに殺人の計画を立てられる人間がいるだろうか? いない。よっぽどの殺人鬼でもない限り。


「……結局何が言いたいの?」


「多分、いや、おそらく犯人が睡眠薬を持ち出したのは自由行動の時じゃあないんだ。」


「自由行動の時じゃあないだと? じゃあ一体いつ持ち出したんだ!」


「それは、探索の時だよ。」


 皆が息を呑む。構わず僕は続ける。


「探索の時であれば時間はじっくりあるから、睡眠薬を持ち出すか否かを決める時間も取れたはずだ。何よりあの時であれば邪魔者は入ってこない。つまり、睡眠薬を盗み出すのにうってつけの時間帯なんだ。」


 そう。重要なのはタイミング。そしてタイミングが分かれば、人は絞れる。当たり前だ。だって保健室の探索を担当したのはたった1人しかいない。


「黒船くん、あの時保健室を探索したの、君だったよね。もっと言うなら、探索する部屋の割り振りを決めたのも、君だった。」


「へぇ、そんなこと言うんだ。残念だよ、君とは友達になれそうだったのに。」


 証拠は必要ない。これは人狼ゲームだから。必要なのは民意。勝つ方法は民意を動かすこと。縄を寄せろ。怪しいヤツに仕立て上げろ。通っていない筋を通っているように見せかける。それが僕が北野さんから学んだことだったろ。


「でもそれには矛盾点があるよ。自分の役職が開示されたのは探索後だった。つまりその時点では僕にそんなことをする動機はな――。」


「動機がなくてもそういうことをするサイコパスだった。それだけだよ。」


「酷い言いようだね。」


 彼は肩をすくめる。


「でもまだ矛盾点は残ってるよ。忘れた訳じゃないよね? 犯行は浴場で行われた。つまり犯人は墓石さんの入浴中に入ってきても違和感を与えない人物だった。僕なんかが入ったら悲鳴を上げられるよ。浴場で上がった悲鳴はエントランスホールまで届くことが分かってるんだし、その悲鳴を聞いた人物がいないとなると、必然的に犯人は女性ってことになる。」


「ならない。」


「どうして?」


「姿を見せずに睡眠薬を飲ませる方法があるからだ。」


 彼は鼻で笑う。


「面白いことを言うね。それってどんな方法? まさか覆面なんて言うんじゃないよね? この物資も限られた狭い館の中で、一体どうやって姿を見せずに睡眠薬を飲ませるんだい?」


 簡単だけどなかなか思い付かない方法だ。きっと犯人の黒船くんも、最初は睡眠薬を飲ませる方法を模索していたに違いない。その時、アレを見て思い付いたんだ。墓石さんの書いた貼り紙を見て。


「それは、置き手紙だよ。」


「……置き手紙?」


「睡眠薬入りのジュースと手紙をビニール袋に入れて、脱衣場にこっそり置いておくんだ。それなら姿を見せずに睡眠薬を飲ませられる。」


「うーん、確かにその方法なら可能性はあるけど、あの墓石さんが不用心にそんな物を飲むかなぁ?」


「絶対に飲まないとは言えないよね。」


 議論は膠着した。僕の言っていることは可能性でしかない。だけど、彼にそのことを否定させれば分かる。城白さんには他人の嘘が分かるという特殊能力がある。黒船くんが嘘を吐けば城白さん経由で僕に伝わる。もし彼が嘘を吐いていたならゴリ押しで無理矢理縄を寄せてやる。


「それで、実際どうなんだ? 君が墓石さんを殺したんだろ?」


 さぁ、嘘を吐け。もし本当に黒船くんが殺していないなら、それが分かるだけでも今後の議論が楽になる。僕が思っている以上に彼は口上手で扇動が上手い。もちろん北野さんには遠く及ばないけど、もし彼が人狼なら厄介なことには変わりない。


「……道宮くんは僕が本当に墓石さんを殺したと思っているの?」


「思っているよ。」


「そっかぁ。でも残念。僕は墓石さんを殺していない。」


 ようやく引き出せた言葉。僕は城白さんに視線を送った。


 彼女は黒船くんを凝視した後、こちらに視線を寄越し、静かに首を横に振った。それが意味することは、言うまでもなく、黒船くんの無罪だ。


「と言っても、信じられる訳がないよねぇ。」


 確かに黒船くんは信じられない。だけど城白さんのことは信じている。彼女が白と言えば白なのだ。だからこそ余計にこの状況に混乱している。まさか、僕の推理は全て間違いだったというのか? 真犯人は僕らの議論を聞いて心の内でほくそ笑んでいたというのか? 疑問と悪い想像が頭を渦巻く。しかしそれは彼の声によって破られた。


「仕方がない。これはあんまりやりたくなかったんだけど、やるしかないよね。」


 彼は、黒船くんは満面の笑みで皆を見渡した。そして最後にはモナ•リザのようなアルカイックスマイルを浮かべて言い放ったのだ。


「CO。」


 カミングアウト。それは自身の役職を明かす人狼ゲーム特有のアクション。会議室には声が凛と響き、彼は片手を挙げた。


「狩人。」


 それを聞いた瞬間、誰かが息を呑む音が聞こえた。それが誰だったのかは分からない。僕らはお互いの顔を見合せ、目配せをし、出方を伺った。そうして数秒、十数秒と時間が過ぎて、僕らはようやく気づいた。


 対抗がいない。つまり、自分こそが本物の狩人だと主張する人物が名乗りでないのだ。もし黒船くんが嘘を吐いていたとしたら、本物の狩人がここで名乗りを上げるはずだ。しかし今、そんな人は現れない。それが表すことは即ち、黒船くんが本物の狩人だということだ。


「おいおいおいおい、冗談だろ。マジで狩人なのかよ。」


「た、対抗は誰かいないの?」


 僕らは互いに目を合わせるばかり。


「どうやらこれで信じてもらえたようだね。そう、僕は狩人なんだ。そんな僕がどうして墓石さんを殺さなくちゃいけないんだい? まだ墓石さんが人狼かどうかも分からないのにさ。」


 そうだ。本物の狩人ならそんなことをする必要はない。墓石さんが人狼であるという証拠がない以上、市民陣営は絶対に殺しなんて出来ない。


「どうやら状況は逆戻りみたいだね。」


 あり得ない。城白さんが殺人を犯すことだけは絶対にあり得ない。しかし今の状況じゃあ消去法的に城白さんしか残っていない。どうすれば良いんだ? どうすれば……。


「道宮くん。」


 僕を呼んだのは城白さんだった。僕と彼女の目があった瞬間、彼女は小さく、でも確かに頷いた。首を縦に振ったのだ。


 それが意味することは、嘘。


 今の会話の中に嘘が? 僕は思考を巡らせて、ある1つの可能性に至る。


 黒船くんの狩人COは嘘?

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