第26話 犯人
「と、いう訳で……最初の議論が始まるぞー! いえーい!」
やかましくはしゃぐGMとは真逆に、会議室にはすすり泣くような声が流れていた。それはさっきまで墓石さんの救命活動を行っていた藤田さんの声だ。
「あ、あの野郎、アナウンスが流れた直後に墓石をかっさらって行きやがったんだ!」
「仕方ないよ。だってそうでもしないと君ら会議室に来ないじゃん。それに、あれはもう完全に死体だよ。君らのやってることは無駄なんだ。」
GMは冷たく、だけどどこか楽しそうな口調で残酷に煽る。
「クソ野郎……!」
前回の人狼ゲームでも、最初の議論は重苦しい雰囲気だった。しかし今回の重苦しい雰囲気は前回のとはまた違っている。なんたって、既にゲームの犠牲者が出てしまっている。
「ま、とりあえず初見の人に優しくないので一応議論の説明くらいはしておきますか。」
GMはコホンと咳払いをした。
「議論では市民の方は人狼を見つけ、人狼は市民の方から見つからないようにしなくてはなりません。そして市民陣営には能力を持った役職があります。これはさっき説明した通りだね。」
「それらを使って市民は人狼の正体を暴いていくんだね。」
「そうそう。それと、この会議には時間制限とかは無いよ。皆がちゃんと投票を行って誰かを殺さないと、会議室から出れないようになっています。」
それを聞いた久留宮くんが会議室の出入り口に駆け寄り、扉を開けようとノブを回して力いっぱい引っ張る。しかし扉は固く閉ざされているようで、久留宮くんの力を以てしても開かなかった。
「つまり、君達がいつまでもうじうじしてるとそのうち餓死するよーってこと。」
「僕らが会議室から出る時には、この中の誰かは殺されているってことか。」
「そうそう。最も多くの票を集めた人物には面白おかしい処刑が待ってるからね。あ、そうそう、投票についてなんだけど。」
GMがそう言うと、会議室の中央の床が割れて下から台座のような物がせり上がってきた。その台座には、何やらタブレット端末のような物が乗っている。
「今回はそちらの端末から投票する人を選んでもらいまーす! 紙で投票するのって今時古いしセンス無いよね〜。」
黒船くんはいち早く端末を取って電源を入れた。画面には僕らの名前と、その下に投票と書かれたボタンが表示されている。
「なんだか死刑の時に押すボタンみたいだね。」
笑い事じゃあないって。
「で、まぁこれで説明は終わったかな? じゃあ議論を開始するよー!」
GMが高らかに宣言すると、ポップなサウンドエフェクトが鳴り響いた。
「と言われても、議論って何を話せば良いの?」
矢賀くんの疑問ももっともだ。例え人狼ゲームに慣れていても、こんな状況じゃあ狼狽してしまうだろう。
「そうだね。まずは墓石さんの殺人事件について話し合うのはどうかな? あれが本当に僕らの中で行われた殺人なのか、それともGMが疑心暗鬼を招くために殺したのか、それをハッキリさせないと話が進まないよ。」
と言って、黒船くんは続けざまに言った。
「それにもしこの中に墓石さんを殺した人がいるなら、その人は人狼に違いないよ。だってこんな状況で意味もなく人を殺す訳がないからね。」
「そうですね。では、墓石様の殺人現場の状況から話し合いましょうか。」
殺人現場の状況か。じゃあまずは、被害者である墓石さんの死体の状況から話した方が良いよな。
「まず被害者の墓石さんは、浴槽に沈められて殺されていたんだよね?」
「あ……あぁ。私と唐雲が浴場に墓石を呼びに行ったら、浴槽の中に浮いてる墓石の姿を見つけたんだ。」
「その時の状況は思い出せる?」
藤田さんは軽く頷いた。心無しかさっきより元気がない。
「まずは脱衣場に入った時だな。脱衣場に墓石はいなくて、まだ風呂に浸かってるのかと思っていたんだ。だから声を掛けたのだが、返事がなかった。皆を待たせるのも悪いから、私は浴場に入ったんだ。」
その時の様子を思い出そうと、彼女は目を瞑っておでこにシワを作った。
「浴場に入って辺りを見渡しても墓石はいなかった。だから不審に思って浴槽に近づいたんだ。そうしたら、浴槽で浮いてる墓石を見つけたんだ。私は墓石を引っ張りあげようとすぐに浴槽に入って、墓石を持ち上げたタイミングで、皆が浴場に来たんだ。」
なるほど。ということは僕らが聞いた悲鳴は唐雲さんのものだったのか。
「なぁ、そういえば墓石の体って結構冷たかったけど、もしかして浴槽の水も冷たかったりしたか?」
「浴槽の水? 冷たかったけど……。」
「だとしたら、墓石が風呂に入ってから相当時間が経ってるってことじゃあねぇのか? だって風呂に入る時には、湯に浸かるだろ。それが冷えて水になっちまうくらい時間が経ってるってことになるはずだ。」
「いや、そうとは言いきれないよ。犯人が墓石さんを気絶させて、浴槽の湯を抜いて水を入れた後、墓石さんを再び浴槽に放り投げた可能性もある。」
そうだ。恐らく犯人には偽装工作を行える時間があったはず。まずは偽装工作なんて出来ない要素から話し合った方が良いだろう。
「犯人が墓石さんを気絶させた方法については分かっているの?」
僕がそう聞くと黒船くんは首を傾げた。そこまでは考えていなかったのかな。
「そんなの決まってるよ! 殴って気絶させたか、首でも絞めたんだよ。」
と矢賀くん。しかしそれは誤りだ。
「確か、城白さんが見た限りだと墓石さんの体に傷は無かったんだよね?」
「ええ。頭部に殴られた痕なんて無かったし、首にも絞められた形跡は無かったわ。」
「そ、それはつまり、薬か何かで気絶させられた……ってことですか?」
気絶が物理的な要因ではないなら、そう考えるしかない。だけど、睡眠薬なんてこの館にあったかな……?
「薬と言えば……実は保健室にあった睡眠薬が1本消えていましたよ。」
「思いっきりそれじゃあねぇか! いつの話だ?」
「確か、探索が終わって自由行動になった後の話でございます。私が保健室に行った時には既にありませんでした。」
そうだ。思い出したぞ。この話は素数野さんから保健室で聞かされていたんだった。あの時は消えた睡眠薬なんて気にも留めていなかったけど、あれは犯人が墓石さんを殺害するために持ち出した物だったのか!
「睡眠薬なんてありゃあ、体に傷を付けることなく気絶させられる。間違いない、その睡眠薬は墓石を気絶させるために使われたんだ! その睡眠薬を持ち出した奴が犯人だ!」
「ちょっと待ってよ。仮に犯人が睡眠薬を持ち出したとして、どうやって墓石さんに飲ませるの?」
「そ、それは……飲み物に混ぜて渡したんだろうよ。」
睡眠薬を飲ませるにはそれしか考えられないよね。
「でもさ、そう考えたら犯人は自然と絞られてこないかな?」
「それはどういうことだ?」
「まず、犯人は睡眠薬を持ち出せる人物でなくてはならない。つまり素数野さんが保健室に向かうより前に保健室に出入り出来た人物だよ。それから、犯人は女性でなくてならない。」
彼は続ける。
「だってそうでしょ? 犯人が睡眠薬を飲ませたことは確実。で、睡眠薬を飲ませた時、墓石さんはまだお風呂から上がっていなかったはずだから……。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。どうしてそんなことが分かるの? 墓石さんがお風呂から上がった後に犯人は睡眠薬を飲ませた可能性も……。」
「それはあり得ないよ。更衣室に入る扉には紙が貼り付けてあった。墓石さん直筆のね。お風呂から上がった後なら、あんな紙は貼られていないはずだよ。」
「犯人の偽装工作の可能性も、考えられますが……。」
「墓石さんが一度お風呂から上がって紙を外したなら、紙にシワの1つでも付いてておかしくない。墓石さんがお風呂から上がったらあの紙は用済みなんだから、わざわざ綺麗に保管しておく必要なんてないんだ。なのに、貼り付けてあった紙は綺麗だったよ。」
なるほど、言いたいことが分かったぞ。墓石さんは自身が風呂場にいることを知らせるために、その旨を書いた紙を脱衣場に続く扉に貼り付けていた。この紙は久留宮くんも見ている。その紙はお風呂から上がったらすぐに処分されるはず。なのにその紙が綺麗なままってことは、墓石さんはお風呂から上がってないってことになるんだ。
「墓石さんがお風呂から上がってないなら、浴場に入れる人物は女性だけってことになるよ。だってそうでしょ? 男が入ってきたら彼女なら悲鳴を上げるはずだ。」
「風呂場で上がった悲鳴はエントランスホールまで聞こえることは、唐雲の悲鳴で証明されてるしな。たまたまエントランスホールに誰もいないタイミングで事が起こった可能性もあるが……。」
「そもそも墓石様の体に傷は付いていないとのこと……。つまり犯人と争った形跡はない。」
「つまり犯人は、風呂場に入っても悲鳴を上げられず、かつ睡眠薬入りの飲み物を飲ませられる人物だったということになるよね。それって、女性だけじゃないかな?」
辺りは静まり返った。黒船くんの言っていることは確かに筋が通っている。だけど、なんだろうか、この感覚は。確かに正しいようなんだけど、重要なところが決定的に間違っている気がする。それになんだか彼が有無を言わせないような態度にも見えてしまうんだ。考えすぎかな?
「それでさ、もし犯人が女性だったと考えると、犯行が可能だった人物は大体……いや1人に絞られるんだよね。」
そう言って彼は席を立つと、皆の背後を踊るように歩き始めた。
「まず、集められた10人の中で女性は墓石さん、藤田さん、唐雲さん、そして城白さんだけ。被害者の墓石さんを除外すると容疑者は3人に絞られる。そして、藤田さんと唐雲さんは常に2人でいたためお互いにアリバイを証明できる。でも……。」
黒船くんは城白さんの後ろに来ると、背後から彼女の座っている椅子にもたれ掛かる。
「城白さんって、ずっと1人でいたんだよね?」
そして屈託のない笑みで皆を見渡したのだった。
「じゃあ、もう君しかいなくない?」
その辺りからだった。僕が黒船くんの闇に恐怖し始めたのは。
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