第25話 捜査
「おいおいおいおい、冗談だろ。」
急いで彼女の元に駆け寄り、手を掴んで引っ張り上げる。彼女の体からは既に体温が抜けており、氷のように冷ややかだった。
「脈は!?」
素数野さんが跪き、首筋、手首と順に手を当てるが、すぐに首を横に振る。
「し、死んでるってこと!?」
矢賀くんが後退りし、頭を抱えた。
「どういう……ことだよ、これは……。」
久留宮くんも絶句している。あの明るくて太陽みたいな墓石さんが、白くて冷たい肉に変わってしまったという事実が、僕らの心を蝕んだ。
「GM。」
黒船くんが天井に向かって声を張り上げる。
「これ、君がやったの?」
一瞬空気が揺れたような音がして、あの忌々しい声がどこからか流れてきた。
「まさか。ボクチンが直々に手を下すことはありませんぞwww」
「じゃあお前は僕らの中で起こった殺人だって言うのか?」
「んんwwwそれ以外あり得ないwww」
ヤツはどこか小馬鹿にしたような、それでいてロジカルな笑い声をクツクツとくぐもった音で響かせた。
「俺達の中の誰かが殺人なんてするはずないだろうが!」
久留宮くんの叫び声は浴場の壁に反響して虚しく消えた。もうGMからの返事は聞こえない。
「と、というか、本当に死んでるんですかね? まだ助かる可能性も……。」
「この中で医学に精通していらっしゃる方は?」
素数野さんの言葉に手を挙げる者はいない。
「私の知識では、もうどうしようもない。」
「だったら私が蘇生を行うぞ! 私は体育の教員だからな!」
そう言うと藤田さんは寝かせた墓石さんの胸を強く押した。心臓マッサージか、あるいは肺の中の水を出そうとしているのかもしれない。
「皮膚のふやけ具合から見て、少なくとも2時間は経っていると思います。ですのでもう……。」
「そんなことやってみねぇと分からねぇだろうが!」
久留宮くんはそう言って浴場から飛び出したかと思うと、すぐにタオルやら毛布やらをありったけ持ってきた。
僕らは3つのグループに分かれていた。1つは藤田さんや久留宮くんのように、彼女を助けようとするグループ。もう1つは僕や草浦くん、素数野さんのように何もしないグループ。そして最後は、1人何やら思案顔で浴場を歩き回る城白さんだ。
城白さんは時折水の張った浴槽を覗いては考え込んでいる。
「何をしてるの?」
僕が声を掛けても彼女は顔を上げずに返答した。
「調査よ。」
そっか。調査か。
「彼女は自殺するような人じゃあなかった。考えられる可能性としては事故か殺人よ。どちらにせよ現場の調査は必要不可欠。後から犯人に重要な証拠を隠されてしまう可能性もある訳だし、これは今やっておかなくてはならないことよ。」
「だったら僕も手伝うよ。」
「じゃあ、まずは道宮くんから見た現場の状況を教えてちょうだい。あなたなら私とは違う視点で物事が見れると思うの。」
僕から見た現場の状況か。よし、だったらまずは被害者、つまり墓石さんの状況から見ていこう。
「墓石さんは水の張った浴槽に沈められていた。だから死因は溺死だ。」
まだ死んでるとは決まってねーぞ! と後ろから怒号が飛んでくる。
「そして墓石さんは全裸だ。つまり墓石さんは入浴中に何らかの方法で殺害された。あるいは、入浴中に足を滑らせて頭をぶつけて水の中に沈んだ可能性もあるね。」
「足を滑らせ頭をぶつけて気絶したなら、その証拠に血痕が残るはずよ。」
辺りを見渡す。しかし血痕のような物は見当たらない。
「第一、被害者の頭部に傷らしい傷は無い。」
「だったら事故じゃなくて殺人の可能性が高いね。」
少なくとも墓石さんは全裸で、頭部には傷らしい傷は見当たらない。それに頭部どころか全身にも死因となりそうな傷は無かった。
「でも頭部に傷が無いなら、どうやって犯人は墓石さんを浴槽に沈めたんだろう? 殴って気絶させた訳じゃあないんだったら、首でも絞めたのかな?」
「それも無いわ。彼女の首も綺麗なままよ。」
「じゃあ犯人はどうやって墓石さんを浴槽に沈めたんだ?」
少なくとも目に見える情報からは分かりそうにない。とりあえず別の角度から見てみよう。
「でも確かなことは、墓石さんは浴場で殺害されたってことだね。」
「どうしてそう思うの?」
「だって墓石さんは全裸だよ。殺害した後に服を脱がせた可能性もあるけど、死体発見現場が浴場なら、全裸であることの説明も付く。」
まだ死んでるとは決まってねーぞ! と再び怒号が飛んでくる。
「だとすると、犯人は墓石さんと一緒にお風呂に入っていた、ということにならないかしら?」
確かにそうだ。死体発見現場が浴場、死因は溺死、被害者は全裸。これだけの要素を見れば犯人は墓石さんと一緒にお風呂に入っていたと考えるのが自然だ。墓石さんと一緒に入浴中、犯人は何らかの方法で墓石さんの意識を奪い、そして殺害した。きっとそうだ。
「となると必然的に犯人は墓石さんと同性。つまり女性の人ってことになるよね。」
女性は墓石さんを除くと、城白さん、唐雲さん、藤田さんの3人だ。もしかすると、この中に犯人がいるのか……?
「それ以外に分かることはある?」
「うーん、そうだなぁ。」
僕はもう一度辺りをじっくり見てみる。しかしもう分かりそうなことはない。
「もう無いかなぁ。」
「そう。じゃあちょっと倉庫に行ってカメラを取ってきてくれない? 今夜の議論で現場の様子を振り返る時に写真があった方が分かりやすいでしょう?」
倉庫にカメラなんてあったかなぁと思いながら僕は向かった。雑多に積まれた段ボール箱を引っ張り出しては中身を確認すること数分、ようやくカメラを見つけた。しかも好都合にチェキカメラだ。僕はそれを持って浴場へと戻る。
そうして浴場へと戻る途中、脱衣所でふと気になる物を見つけた。折り畳まれた服だ。しかもこれは墓石さんの物だ。何かの証拠になるかもしれないから、一応写真に撮っておこう。
そして僕が浴場に戻った時には、まだ墓石さんの蘇生活動は続いていた。しかし状況はあまり良くなさそうだ。それを尻目を僕は城白さんにチェキカメラを渡す。
「はい、あったよ。」
「ありがとう。」
そう言って彼女はカメラを受け取ると、まずは浴槽をパシャパシャと撮り始めた。数枚撮った後に今度は脱衣所から浴槽までの道程を撮り、最後に墓石さんの体を隅々まで撮った。
「クソ! 息を吹き返しやがらねぇ!」
藤田さんと心臓マッサージを変わった久留宮くんは汗を垂らしながら必死に蘇生活動を続けている。今はあの2人からは話を聞けそうにない。
「よし、じゃあ次は皆に今まで何をしていたかを聞き込もう。もしかしたら墓石さんを見かけた人もいるかもしれないし。」
「そうね。情報共有のためにも、一旦人を集めましょうか。」
僕と城白さんは藤田さんと久留宮くん以外の全員を浴場の隅の方に集めた。城白さんが発言を促すように僕の方を見る。
「えっと、今回の件が事故か事件かは置いといて、皆に今まで何をやっていたか聞きたいんだけど良いかな?」
「それってアリバイ確認ってこと?」
黒船くんの言葉に僕は頷く。
「そうだなぁ。僕は道宮くんと別れた後はずっとパソコン室にいたよ。アリバイになるかは分からないけど、久留宮くんが僕をエントランスホールに呼んだ時も、僕はパソコン室にいたから証言は取れるよ。」
なるほど。僕は途中で寝てしまったけど、その間黒船くんはずっとパソコン室にいたのか。
「えっと、僕は道宮さんに会った後、黒船さんに会いにパソコン室に行ったよ。それからちょっとして部屋に戻ったよ。」
草浦くんはパソコン室に行った後、自室に戻ったのか。
「何をしていたかって言われても……僕はずっと自分の部屋で籠城してたよ。」
矢賀くんは確かに冷蔵庫を漁っていた時にもそんなことを言っていたなぁ。
「私は一度保健室に戻ってしばらく読書をしていました。それから自室に戻りましたよ。」
素数野さんはあの後ずっと自室にいたのか。
「私は藤田さんとずっと一緒にいました。このことは藤田さんが証言してくれるはずです。」
確かに調理場に来た時も藤田さんと一緒だったね。
「つまり、誰も墓石さんの姿を見ていないってこと?」
辺りに沈黙が訪れる。皆が顔を見合わせて、一斉に頷いた。
「困ったわね。」
確かにこれは困るだろう。誰か1人くらい見かけていても良いと思うんだけどなぁ。
「墓石さんはエントランスホールに誰もいない瞬間を見計らって素早く浴場に移動したのかもしれないね。」
「しかし個室からエントランスホールの様子は確認できませんよ。」
「やっぱり、これは僕らを閉じ込めた犯人、GMってやつがやったんだよ!」
それは違う。僕と城白さんは知っている。確かにGMは塵にも劣るクソ野郎だけど、ルールは守るやつだ。少なくとも意味なく人狼ゲームの参加者を殺すようなやつじゃあないし、GMがやっていないと言うなら本当にやっていないんだろう。
「ちょっと城白さん、良い?」
そう言って僕は城白さんを連れて皆から離れた。
「あの中に嘘を吐いている人はいた?」
「いえ、今のところはいなかったわ。」
ということは、あの中には犯人はいないのか?
「だけど、私の能力はあくまでも嘘を見抜く能力だから、逆に正しいことさえ言っていれば能力には引っ掛からないの。」
「それってどういう意味?」
「相手が喋ってくれないと判定が出来ないのよ。」
なるほど。真実を偽装した場合は分かるけど、真実を隠した場合は分からないってことか。沈黙が天敵だったなんて意外だな。
「でもこのことを知っている人は私とあなたしかいないわ。だからあなたには出来るだけ発言を引き出してほしいの。」
「任せてよ。」
と短い密談を済ませて皆のところに戻った。
「という訳で、今から皆で捜査を行いたいと思うんだけど、良いかな?」
「良いと思うよ。だけど誰がどこを捜査するの?」
「そうだなぁ。浴場については粗方捜査が終わったし、それ以外の場所が良いんじゃないかな?」
「しかし、この中に犯人がいた場合、証拠隠滅の機会を与えてしまうことになりませんかな?」
「じゃあこうしよう。グループを2つに分けるんだ。そうだな、素数野さんと矢賀くん、唐雲さん、草浦くんで1グループ、僕と城白さん、黒船くんで1つにしよう。」
「では、私達は図書室、保健室、倉庫を探索致しましょう。」
「じゃあ僕らは調理場、パソコン室、エントランスホールを探すよ。」
では行きましょうか、と言って素数野さんは矢賀くん、唐雲さん、草浦くんを連れて浴場から出ていった。
「さて、じゃあ僕らはまず調理場から行こうか。」
そして僕も城白さんと黒船くんを連れて調理場に向かう。
調理場は結構荒れていた。多分、藤田さんと唐雲さんが料理をした結果なんだと思うけど、あまりにも酷い。洗い物は残っているし、使った調理器具は出しっぱなしだ。しかもなんか床に破片みたいなのも散らばっている。もしかしてお皿割った?
「うわぁ、これは酷いね。」
黒船くんもこの状況を見て絶句した。
「とりあえず、墓石さんに関係のありそうな物を探そうか。現場保存の意味もあるし、片付けとかはしないようにしておこう。」
僕らは早速作業に取り掛かる……が、当然こんなところに墓石さんの痕跡なんてなく、結局僕らは何も得られなかった。
「監視カメラでも付いていたら楽だったんだけどね。」
「そうだよねぇ。まぁ、仕方ないよ。次はパソコン室に行こう。」
こうして僕らはパソコン室に向かった。
「確か、パソコンのパスワードは墓石さんが解読したんだよね。だったらパソコン室には墓石さんの痕跡があるかもしれないよ。」
と言っても、パソコン室には黒船くんがずっといたんだから、墓石さんの痕跡があっても多分事件には関係ないんだよね。
「そういえば、黒船くんって草浦くんと会ったんだよね? どんな話をしたの?」
「人狼ゲームのルールについて聞かれたから、それについて答えてあげたよ。幸いにもパソコンがあったからわざわざ移動しなくてもルールを調べられたから良かったよ。」
そう言いながら彼は壁に寄りかかる。
「パソコンには何かデータが残っていたりしないかな?」
「ダメね。30分ごとにデータが全て削除される設定になっているわ。しかもこっちで設定をオフにすることも出来ない。」
パソコンをカタカタと鳴らしながら城白さんは呟いた。GMめ。用意周到だな。
「ここにも墓石さんの痕跡は無さそうだね。仕方ないからエントランスホールを探しに行こうか。」
そう言って僕が足を1歩踏み出したその時、不意に天井から声がした。その声は非情にタイムアップを告げる。
「午後6時になりました。これより、夕方の議論を開始しますので、PLの皆様は会議室に集まってください。」
捜査はさっぱり進んでいない。本当に墓石さんを殺した犯人を突き止められるのだろうか? いや、考えていても仕方ない。僕に今出来ることは平静さを保ち議論に挑むことだ。
「じゃあ、行こうか。」
こうして僕は再び、1歩踏み出した。
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