第23話 探索

 僕達は今後のことを話し合うために会議室に来ていた。もうGMの声は響かなかったが、重苦しい雰囲気は続いていた。無造作に置かれた椅子や机をある程度整理して、各々好きなところに座る。


「それで、これから僕らはどうする?」


 黒船くんが机をバンと叩いて言った。


「ここから出るための方法を探すに決まってんだろ。」


「でも、どうやって? 少なくとも僕らの力だけじゃ無理だよ。」


「そうだなぁ。丸太とか持ってきてそれで扉をぶっ叩けば良いんじゃあないか?」


「その丸太ってどこにあるの?」


 久留宮くんは苦々しい表情のまま黙った。それは他の皆も同じだ。


「倉庫には日用品くらいしかないって言っていたし、そもそもあの声の主が脱出に使えそうな物を置いている訳がないよ。」


 黒船くんの言っていることはもっともだ。それにあの赤い鋼鉄の扉が出口ではない可能性だってある。


「じゃあテメェは脱出を諦めるってのか!?」


「まぁまぁ、落ち着いて下さい。」


「俺はみすみす殺されるのは御免だぞ!」


 それは皆そうだろう。だけどどうすることも出来ないのが現状だ。


「まずは脱出の手掛かりを見つけるためにも、このホテルを1度探索してみない?」


「その前に、まずは部屋を決めた方が良いんじゃない?」


「部屋か。正直どこでも良いけど、休める場所は必要だよね。左から名前の50音順じゃあダメかな?」 


 反対者はいなかった。


「よし、じゃあ部屋はそれで良いとして、今から誰がどの場所を探索するか決めよう。誰かやりたい場所はある? いないなら僕が勝手に割り振るけど。」


 皆が沈黙した。進んでこの場所をやりたい! と志願する人はいないようだ。探索する場所は黒船くんが割り振ることになった。


「じゃあ図書室は矢賀くん、保健室は僕、倉庫は藤田さん、風呂場は素数野さん、パソコン室は墓石さん、会議室は城白さん、調理場は道宮くんが担当しよう。唐雲さんと久留宮くんは草浦くんを見ておいて。報告は終わった人から集まってやる形にしよう。」


「分かったよ。」


 僕らは早速別れて探索に向かった。僕は調理場の担当だ。会議室にある扉から直接調理場に行く。


 調理場は会議室と同じくらいの広さだけど、会議室より物が多くて相対的に狭く感じる。まず、調理場には中央に作業台がある。作業台と言って正しいのかは分からないけど、まぁ正式名称が分からないので作業台ということにしておこう。それで、その作業台にはいくつもの引き出しが付いていて、それを開けると様々な調理器具が出てきた。どの調理器具も普通の物ばかりで、変わった物はなかったが、唯一、そこには包丁だけがなかった。


 次に僕はシンクの方を見た。シンクには蛇口が付いており、そこから水が出た。僕はその水を飲んだけど、今のところこれと言った体調不良は起こしていない。多分、飲んでも大丈夫な水だ。それからシンクの横には鍋やフライパンが掛けて置いてあった。そのうち1つはさっき使ったから濡れている。特に不審な点はない。 


 そして僕はシンクの隣にある大きな棚を見た。コップや皿が入っている。その下の引き戸を開けてみると、そこには砂糖や塩といった調味料が入っていた。ここにも怪しい点はない。


 お次は冷蔵庫。肉や魚、卵、野菜にその他加工食品。様々な食料がたくさん入っていた。少なくとも食べ物に困ることはなさそうなくらい、入っていた。当然、毒物の類はないようだ。


 その冷蔵庫の横には様々な果物が山積みに置いてある。ミカンにリンゴ、ナシやグレープフルーツ、そしてカキ。残念ながらブドウやモモのような果物はなかったけど、まぁこれだけあれば果物に困ることもなさそうだ。


 最後に、果物置き場の横には食器が置いてあった。コップや皿など、まぁ普通の食器ばかりだ。何もおかしなところはない。


 これで調理場の全てを調べ終わった。怪しい物は何もなかったけど、唯一包丁だけが見つからなかったのが気掛かりだ。包丁なんて絶対に必要な調理器具のはずなのに、どうしてないんだ?


 時間は必要になるだろうけど、もう1回最初から調べ直そうと思ったところで、調理場に誰かが入ってきた。


「道宮くん、いる?」


 入ってきたのは城白さんだった。


「どうしたの?」


「これからのことを話に来たの。」


「これからのことって、人狼ゲームのこと?」


 彼女は頷いた。


「私達はこのゲームの経験者。まず、そのことを他の皆に話すかどうかを決めておきたいと思って。」


「うーん、話さないで良いと思うよ。別に僕らから言わない限りバレようがない話だと思うし。」


 後、GMが皆に教えたりしない限り。


「それよりもさ、このゲームに何度も参加してる城白さんなら、ここから脱出する方法も分かったりしないかな?」


「私もこのゲームに参加してから長いけれど、GMの用意したゲーム会場から脱出できたことは1回もなかった。だから今回も期待しない方が良いわ。」


 そっかぁ。城白さんでも脱出できたことがないなら、今回も無理なのかもしれない。でも、皆の報告を聞くまではそう悲観することもないよね。


「あ、そういえば城白さんは会議室の調査終わったの?」


「えぇ。特に不審な物はなかったけれど、汚かったから片付けておいたわ。そっちは?」


「調理場も特に怪しい物はなかったよ。だけど不思議なことに、包丁が1つもなかったんだ。」


 誰かが持ち去った訳じゃあなさそうだし、きっとGMが用意してなかっただけなんだろうけど、やっぱり気になるなぁ。


「まぁ気にしても仕方ないよね。他の皆と合流しようか。」


 僕らが調理場を出ると、久留宮くんにバッタリ出くわした。


「おう、そっち終わったのか。」


「うん。そっちは?」


「一応、部屋とか調べてみたけど普通の部屋だったぜ。草浦と唐雲は部屋で休ませてある。俺も正直寝てぇけどよ。」


「そっか。他の皆はどこにいるか知ってる?」


「いや、知らないな。まだなんか探してんじゃねぇのか?」


「じゃあ他の皆の手伝いに行こうか。」 


 まず、僕らはパソコン室に向かった。そこでは墓石さんがパソコンとにらめっこをしていた。キーボードに何かを打ち込んでいる。集中しているようだ。


「おい、なんか分かったか?」


 ぶっきらぼうに久留宮くんが声を掛けると、彼女は髪を靡かせながら振り返り、何とも言えないような表情でこちらを見た。


「分かったような、分からないような……?」


「どういうこと?」


「パソコンのパスワードは力技で突破したんだけどね、外部に助けを求めようとすると妨害されちゃう。多分、アイツが制限を掛けてるんだと思う。だからネットには接続できるけど、現状の打破には役立ちそうにないよ。」


 アイツっていうのはGMのことだろう。GMがパソコンに制限を掛けてるから外部に助けを求めることは出来ない。まぁ、あのGMならそうするよね。それより墓石さんがパソコンのパスワードを突破したことに驚きだ。どうやったんだろう?


「ネットで色々調べることは出来るみたいだよ。ただ、まぁそれだけ。」


 彼女は立ち上がると僕らにパソコンのパスワードを教えてくれた。他の皆にも伝えておいて欲しいとのことだ。


「じゃ、ボク自分の部屋に戻ってるねー。」


「えっ、他の皆と合流しなくて良いの?」


「ボクからの報告はさっき伝えたことだけだし良いよ。他の皆の報告はかいつまんで後で教えてね。じゃ。」


 彼女はマイペースだ。そのままパソコン室から出ていってしまった。


「次は風呂場に行ってみましょうか。」


 僕らは素数野さんがいるはずの風呂場へと向かった。そこには、更衣室で談笑する素数野さんと黒船くんの姿があった。


「あ、道宮くん達、ちょうど良かった。今、僕らで情報交換をしていたところだったんだ。」


「まずは私の報告から聞いて頂けますかな?」


 素数野さんは風呂場の仕組みを調べていたようで、次のことが分かったと言う。風呂場は男女で分かれていないこと、シャワーやシャンプー、風呂桶や椅子は人数分あること、浴槽にお湯を張るには更衣室にあるタッチパネルを操作する必要があること、そして浴槽の深さは湯が肩に浸かるくらいだということ。


「僕くらいの背の人でも、肩に浸かるくらいまでお湯を入れられるみたいだよ。」


 180cmくらいありそうな黒船くんが肩に浸かれるくらいだから、わりと深めなようだ。とはいえ張る水の量を調整すれば背の低い人でも大丈夫だろう。


「それから次に僕の報告だよ。」


 黒船くんの報告は簡素だった。保健室にはアルコールや包帯、消毒薬や絆創膏などが置いてあり、どうやら鎮痛薬などの薬も置いてあるらしい。


「つまり何の変哲もない保健室だったよ。」


 何の変哲もないと聞いて、嬉しいようなガッカリしたような気分になった。まぁこれから起こることを考えれば、毒薬とか置いてなくてラッキーと思うべきなのだろう。


「じゃあ次は僕らの報告だね。」


 僕らはそれぞれ調べた場所の報告を行った。墓石さんの報告も最後に付け加える。


「なるほど。包丁がないって話は気になるね。」


「しかし私達を閉じ込めたあの犯人は、銃がどうとかと言っていた気がします。包丁があったとしても武器にはならないでしょうね。」


「まぁそれはそうだね。そもそも人狼は銃を持っているから包丁を使う必要はないんだし。だったら調理場に包丁がなかったのはただの配置ミスなのかな?」


 あのGMが配置ミス? いや、そんなことあり得ない。これには何かしら裏がある気がする。僕の勘だけど。


「よし。じゃあ、次は図書室か、倉庫に行こうか。」


「だったら倉庫が良いんじゃねぇか? 何か見つかるとしたら倉庫だろ。」


「それもそうだね。」


 僕らは素数野さんと黒船くんを連れて倉庫に向かった。倉庫には藤田さんと矢賀くんの姿があった。


「来たか! 待っていたぞ!」


 仁王立ちをする藤田さん。誇らしげな表情だ。


「もしかして脱出に使えそうな物が見つかったのか!?」


 目を輝かせる久留宮くんの言葉を聞いて、彼女は不敵に笑った。


「なんと! 何も見つからなかった!」


「えっ? な、何も?」


「普通の日用品以上の物はなかったぞ! 全く残念だ!」


 前回はもっと色々あったんだけどなぁ。今回の倉庫は狭いから、物資も限られているんだろう。それにしたって日用品以外何もないなんて……。


「あの、一応不審な物は見つかったらしいですよ?」


 彼女の隣にある棚から顔をひょっこり覗かせた矢賀くんが言った。


「不審な物?」


「あぁ! 包丁だ! なんか3つ置いてあった!」


 なんと、僕が調理場で見つからないと嘆いていた包丁は倉庫にあったようだ。誰かが運んだのか? なんで倉庫にあるんだろう?


「とはいえ、それ以外はさっぱり怪しい物なんてなかったぞ! 私の報告は以上だ! 次!」


「僕だね。図書室を調べたけど、まぁ怪しいところや物はなかったよ。普通の図書室だ。ただ、こんなのがあったよ。」


 そう言って彼は持っていた本の表紙を見せてきた。


「それって?」


「世界的に有名なオカルト雑誌、月刊インボーロンだよ。」


 月刊インボーロン。それは時たまテレビで特集が組まれるくらいには有名なオカルト雑誌だ。UFOとか世界滅亡とか、色んなものを取り扱っている。僕も前にチラッと見たことがあるけど、鷹型の宇宙人がいるとかいないとか書いてあった気がする。全く信用ならない雑誌だ。


「僕らを閉じ込めた犯人ってさ、もしかしたらこの雑誌に書いてあるコイツらじゃあないかと、僕は思ってるんだ。このページを見てよ。」


 彼はとあるページを開いて見せた。そのページに大きく書かれた見出しが僕らの視線を集めた。


「呟ける男……?」


「そう。世界的に有名な秘密結社、呟ける男だよ。」


 ノストラダムスだとかバミューダトライアングルだとか、そのくらい有名で、僕だって名前を聞いたことのある秘密結社。通称呟ける男。世界の政治を裏から操っているという噂もあるくらいで、その組織力はGAFAにも勝ると言われてるらしい。


「この呟ける男くらいの力があれば、僕らをこんな風に拉致することも出来るんじゃあないかな?」


 彼はそう言うが、僕は半信半疑だ。そもそも本当にこんな組織があるならオカルト雑誌なんかに載せられて堪るか! って感じだろうし。


「特に呟ける男を纏めるリーダーは、全く素性が分からず実在しているかどうかも分からないんだよ。ええと、確か名前は……。」


 囁く狂人。


 実際にその雑誌にも名前が載っている。僕が初めて名前を聞いた時には、呟いたり囁いたり声量小さめだなとか思ったものだ。


「僕らを閉じ込めた犯人はコイツらだとしたら、今の状況に説明が付くんじゃないかな?」


「いや、流石にそれは無理があるよ。現実的じゃない。」


「矢賀、お前、もうちょっと大人になれよ。」


「私も羽田財閥で数十年働いてきましたが、そのような輩が話題に上がったことはありませんでしたよ。名前くらいは知っていましたが。」


「ま、まぁ、とりあえず今は脱出のことだけを考えよっか。」


「非難轟々だな矢賀少年!」


 流石の城白さんもちょっと笑っているように……いや、見えないかも。うん、気のせいだったかもしれない。


「えー、絶対これだと思ったんだけどなぁ。」


 ガックリ肩を落とす矢賀くんを励ましながら、僕らは報告を終えて倉庫から出た。


「それで、これからどうする?」


「疲れたし部屋でちょっと休憩したいな。」


「私も老体に堪えます。」


「そうだね。じゃあ一旦解散にして、部屋で休憩することにしようか。ここにいない人には僕から報告しておくよ。」


 僕らは黒船くんに感謝しつつ、それぞれ部屋に向かった。部屋の扉には皆の名前が書いてあった。


「それ、草浦が書いたんだぜ。」


 そう聞くとなんだかホッコリするなぁ。部屋を間違えないように書いてくれたんだろう。ありがたい気遣いだ。


 僕は他の皆が部屋に入っていくのを確認して、自分の部屋に入った。そこはホテルの一室のような部屋で、大きなベッドとテレビ、ソファに机がある。そして一応、部屋の中にも備え付けのシャワーがあるようだ。


 僕はベッドに転がり込んだ。するとベッドに付属していたタブレット端末が起動した。これで役職とルールが確認できるのだろうと思い、僕はタブレット端末をタップした。タブレット端末は光を放ち、画面に僕の役職を表示した。


 今回の僕の役職は、占い師だ。

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