第2章 再来のデスゲーム!
第21話 見知らぬホテル
背中が痛い。頭も痛い。喉も渇いて痛い。眩しい光が僕の目を瞼の上から焼いている。あまりの不快感に体をよじると、肘が床に当たった。それで僕の意識は一気に覚醒する。ここはどこ?
体を起こし、辺りを見渡す。そこは知らない会議室のような場所だった。床はタイル張りで、壁には幾何学模様の青い壁紙。そしてたくさんの机と、椅子がある。部屋の中央には円卓テーブルというやつだろうか、丸い大きな机があった。机も椅子もプラスチックで出来ているようだ。
僕は立ち上がろうとした。その途端、激しい頭痛が襲う。頭を押さえてしばらくじっとしているとそれは徐々に和らいでいった。改めて僕は立ち上がる。すると、無造作に置かれた机や椅子の隙間から、人の体が2人分、見えた。僕は辺りの物を押し退け、2人の元に歩みよった。
男性と女性だ。どちらも知らない人。気絶しているようで、動く様子はない。とりあえず起こそうかと思い、僕は2人の体を揺すった。すると2人は呻いて、目を覚ました。見慣れない景色に困惑したような様子の2人は、僕を見つけると座ったままじっと見つめてきた。
「えっと……。」
男性の方が困惑した様子で口を開く。
「ここどこ?」
どうやら彼らもこの場所に来た記憶はないらしい。
「僕も知らないんだ。」
そう答えると女性の方が目をぱちくりさせた。
「もしかして拉致ってこと?」
男性の方がぎょっとした顔で女性の方を見る。
「拉致!?」
まぁ当然の反応。最初は僕だってあのくらい驚いた。
「起きたら見知らぬ場所なんて、拉致くらいしか……。」
女性の方が頭を痛そうに押さえながら立ち上がる。
「でも、拉致なら僕らを縛っておくはずじゃないかな?」
男性の方も立ち上がる。
「痛ッ。」
彼は立ち上がると同時に近くの机に手を着いた。
「大丈夫? 深呼吸して。」
そう言いながら彼の背中を女性はバシバシ叩いた。
「う、うん。ありがとう。大丈夫だよ。」
辺りを見渡すも、僕ら以外に人はいないようだ。その代わり、この部屋には扉が2つあった。2つの扉は隣接しており、どちらも白いシンプルな扉だった。
「それでこれからどうする? 拉致かどうかは分からないけど、なんだか事件めいたものに巻き込まれたのは間違いないようだよ。」
「まずは探索とかかな? ここがどういうところか分からないと何にも出来ないだろうし。」
「いやいや。2人共、もっと先にやることがあるよ。」
その女性は近くの椅子に腰掛け、足を組むと僕らを代わる代わる見た。
「まずは自己紹介。お互いの名前くらいは知らないと不便だよ。」
確かにそうだ。失念していた。
「ボクの名前は
彼女は少し笑いながらそう言った。背は僕と同じくらいだけど、大人っぽい顔つきや両耳のピアスが彼女の色香を引き立てている。髪は真っ黒で、ショート。服装はシャツの上からナイロンジャケット、下はスウェットとスポーツカジュアルな雰囲気に纏めている。かなりオシャレだ。
「僕の名前は
彼は背が高かった。モデル体型というやつだろう。顔もかなり整っていて、特に二重のツリ目が特徴的だ。髪は僕と同じウルフカット。だけど僕と違ってアホ毛が出ていないからまた違った髪型に見える。髪色は黒。紺色のジャケットとジーパンを着ている。こっちもこっちでかなりオシャレだ。
「僕の名前は道宮トシ。17歳だよ。よろしく。」
僕が挨拶すると墓石さんは目を輝かせた。
「じゃあボクが一番年上ってことだね。探索は頼むよ諸君。」
「いやいや、墓石さんも一緒に行くんだよ?」
「か弱い女の子に肉体労働を強いるっていうの!?」
「一番年上なら僕らを守る義務があるはずだよ。それに18歳なら君、成人でしょう?」
「ぐっ、確かにボクは成人。オトナの女……。だけど汗水垂らしてあちこち歩き回るのはボクのイメージに反する!」
こんな非常事態で自分のイメージを気にする余裕があるなんて、すごいなこの人。
「ほら、つべこべ言わずに行くよ。立って。」
「ヤダー。こんな姿、ボクのファンクラブの娘が見たら卒倒するよ!」
「勝手に卒倒させとけば良いよ。」
黒船くんは椅子ごと墓石さんを引きずって扉の前まで来た。どうやら黒船くんは常識人のようだ。
「それで、扉は2つあるけどどっちに行けば良いと思う?」
「うーん、とりあえず左から。」
黒船くんが左の扉を開ける。するとそこは調理場のようだった。まるで前に参加した人狼ゲームの台所のような場所で、各自食器や調味料が見えるところに置いてある。
「あ、ここもしかして水飲めるんじゃない?」
「やったぁ。ボクのも頼むよ。」
「自分でやりなよ……。」
僕らは各々コップを取り出し、蛇口から水道水を入れた。飲むと、喉の渇きが潤されて痛みが消えた。
「うん、美味しい。」
「ところでこの水って飲んでも大丈夫なの?」
「それ僕が飲む前に言ってよ……。」
結局、墓石さんがコップに印字してある耐熱表示が日本語なことからここは日本だろうと推測し、飲んでも大丈夫だという判断になった。それでも僕以外の2人はちゃんと煮沸してから飲んでいた。
「それで、ここは調理場っぽい感じだけど、何か手掛かりはあるかな?」
「ボクはあの冷蔵庫の中に何かありそうだと思うよ。」
「多分何もないだろうけど一応見てみようか。」
冷蔵庫の中は普通の食料が入っているだけだった。特に手掛かりらしい物はない。
「残念だったねー。」
とハムを食べながらニコニコの墓石さん。
「それ以外だと普通の調理場みたいだし、何もなさそうだね。」
「うん。あと、僕らが入ってきたのとは別の扉があるね。」
調理場にはシンクや冷蔵庫、冷凍庫、棚、調理をするためのテーブルの他に、扉があった。見掛けは先ほど僕らが通ったのと同じ。
「行ってみようか。」
僕が扉を開けると、その先は開放的な空間だった。例えるなら、ホテルのエントランスホール。遥か上の天井にはきらびやかなシャンデリアが辺りを照らしており、足元ではフカフカのカーペットが僕らを歓迎していた。
「すごいね。ここはホテルだったのかな?」
黒船くんの呟きに答えられる人はいなかった。誰もここがどこなのかは知らない。
「壁とか壊したら出れないかな?」
墓石さんは壁を拳でトントンと叩きながら言った。
「怒られちゃうよ。」
「バレなきゃ大丈夫だって。」
壁を壊したら多分バレるよ。
「それにしても、随分広いみたいだよ。ここ。」
見渡す限り、たくさんの扉があった。しかしいくつかの扉の上には、マークのようなものが描いてある。
「あれ、もしかして浴場ってことじゃないかな?」
黒船くんが指差した扉の上には、地図記号にあるような丸から並々線が3つ縦に伸びているマークが描いてあった。
「試しに入ってみよう。」
僕はその扉まで行き、開ける。するとそこはどうやら脱衣所。
「当たりだね。あのマークは部屋の内容を示していたんだ。」
脱衣所から出た僕は先ほど自分達が出てきた扉を見た。その扉の上にはスプーンとフォークが交差したマークが描いてある。そしてその隣の扉には、人が椅子に座っているマークがある。ということは、あの扉の先は会議室だろう。会議室と調理場は繋がっているようだ。
「じゃあ、端の方から部屋見ていこうか。」
僕らは左端から部屋を見ていくことにした。
「一番左は調理場、その隣が会議室だったよね。」
「うん。会議室と調理場は繋がってると思うよ。」
会議室と調理場の扉は垂直の位置にある。まずエントランスホールの壁には一面扉がズラッと並んでいて、エントランスホール自体は正方形のような形をしている。つまり会議室と調理場はちょうど角にあるのだ。遠くに見える一際大きな扉を出入り口だと考えると、出入り口を下にしてエントランスホールを上から見た場合、僕らは左上にいることになる。
「その隣は……パソコンルームかな?」
黒船くんが見ていたマークは明らかにパソコンのマークだ。パソコンルームで間違いないだろう。
「一応、中に入ってみよう。」
僕らが入ると、中には電源の付いていないパソコンがズラッと12台ほど並んでいた。
「電源、付けてみようか。」
その内の1つの電源ボタンを押すと、それは起動した。しかしパスワードを入力する画面が出てくる。
「これは使えそうにないかなぁ。他のところも調べてみよう。」
僕らはパソコンルームを調べることにした。パソコンの下の引き出しや何か物が隠せそうな場所などを徹底的に探した。しかし特に何も出てこなかった。
「もういっそ総当たりじゃあダメかな?」
「日が暮れちゃうよ。」
「とりあえず、先に別の場所の探索に行こうか。」
続いて僕らはパソコンルームの隣にある、浴場に向かった。
中に入るとまずは脱衣所。ここはさっき見たところだ。
「男女で別になってる訳じゃないみたいだね。」
脱衣所にはロッカーとそれを管理するための鍵、あとはバスタオルやドライヤーなんかが置いてあるくらいで、他には何もなかった。そして僕らが入ってきたのとは逆の方向に、両扉があった。
開けると、そこはとても広い浴場だった。まずシャワーが4つあり、それと同数の椅子や各種風呂用品が置いてある。そして浴槽はプールのように広く、まるで温泉のようだった。しかしお湯は張られていない。そしてそんなことよりも何よりも僕らを驚かせたのは、人の存在だった。浴槽の中に誰か倒れている。
「大丈夫ですか?」
駆け寄り、肩を揺するが返事はない。
「息はしてるみたいだよ。」
「水を持ってきて掛ければ意識を取り戻すかもよ。」
「いーや、ほっぺをひっぱたいた方が早いよ。」
やいのやいの言っていると、その声で彼は目を覚ましたようだった。彼は飛び起きると僕らの顔を見て言った。
「ここどこですか!?」
「さぁ?」
困惑した彼に僕らは状況を伝えた。ここがどこなのかは僕らにも分からないこと、目覚めたらここにいたこと、ここはホテルのような場所であること。
「なるほど。つまり拉致ですか。」
「うーん、拉致なのかなぁ?」
結局、僕らはまだ何も分かっていない。いや、僕だけは違う。僕だけはこの状況に覚えがある。まさか、本当にもう一度あのゲームに……?
「あ、自己紹介がまだでしたね。僕、
「あ、どうもどうも。僕の名前は道宮トシです。」
「僕は黒船アキト。」
「そしてこのボクが墓石碑銘だよ!」
矢賀くんは足についた埃を払うと、改めて辺りを見渡した。
「ここは……お風呂?」
「そうだよ。君はここで倒れていたんだ。」
「なるほど、そうだったんで……痛ッ!」
彼は突然頭を抱えてうずくまる。なぜか目覚めてしばらくすると頭痛がするようだ。なんでなんだろう?
「大丈夫? ハム食べる?」
「ど、どうせなら水とかが欲しかった……。」
「じゃあちょっと待ってて。僕が取りに行ってくるよ。」
黒船くんはそう言って姿を消した。
「それにしてもなんで僕らが拉致なんて……。やっぱり身代金目的なんですかね?」
「きっとあまりにも美しいボクを独り占めしたかったんだよ。」
「それ僕らが拉致された理由になってない……。」
僕らは黒船くんが帰ってくるまであーでもないこーでもないと話し合った。しばらくすると黒船くんは戻ってきた。
「おかえり。意外と遅かったね。」
「水をペットボトルに入れて運ぼうかと思ってさ。ほら。」
そういう彼のズボンのポケットには水の入ったペットボトルが2本刺さっていた。さらに手にも水の入ったペットボトルを1本持っている。
「あと、追加でハムも持ってきたよ。」
「わぁー、別にもういらないけどとりあえず喜んどくね!」
思わず黒船くんも苦笑い。結局そのハムは水で喉を潤した矢賀くんが食べた。
「それで何を話してたの?」
「僕らが拉致された理由を話してたんだ。犯人がいるとしたら何が目的なんだろうかってね。」
「うーん、拉致。拉致かぁ。僕はこれ、拉致じゃないと思うんだよね。」
黒船くんは顎に手を当て、考え込むようなポーズを取りながらそう言った。
「だってさ、もし拉致なら僕らを縛り付けておくはずだよ。それに矢賀くんだけ浴場にいたのも謎だ。拐った人を1ヵ所に集めると不都合なことでもあったのかな?」
「さぁ? でもスマホは没収されてるみたいだよ。」
そこで僕は初めてスマホがないことに気づいた。普段はズボンのポケットに入っているはずだけど、今はどこを探しても見つからない。まぁ、スマホはしょっちゅう失くすし良いか。
「ますます訳が分からないね。僕らを拐った犯人は、外部の情報を断って僕らに何かをさせようとしているのかな?」
僕らに何かをさせる。黒船くんが言ったその言葉が現実にならなければどれだけ良いだろうか。今はまだ僕含めて4人しかいない。つまりあのゲームをするには人数が足りていないんだ。だから単に、ごく普通の、ありふれた誘拐だと僕は思いたい。
「とりあえず、この場所から出る方法を探しませんか?」
休憩が終わると僕らは浴場を後にし、隣の部屋に向かった。
「マークは……四角い箱かな?」
黒船くんがそう言いながら四角い箱のマークがある部屋のドアノブに手を掛けると、その瞬間勢いよく扉が開いて中から誰かが出てきた。その衝撃で黒船くんは突き飛ばされてしまい尻餅を着いた。
「ここはどこだ!?」
その部屋から出てきたのは赤いジャージを着ている、髪をおだんごにまとめた声のデカイ女性だった。その後ろから学生服を着た猫背の女性も現れる。
「おや? 君たちは誰だ?」
こっちが聞きたい。というか声がデカイ。
「ボクの名前は墓石碑銘。こっちの尻餅着いてるやつはあなたが突き飛ばした黒船アキト。それからモブ2名。」
「モ、モブじゃあないですよ! 僕は矢賀拓真です。」
「僕の名前は道宮トシ。よろしく。」
「あぁ! こちらこそよろしく! 私は
「あ、
「だそうだ!」
どうやら彼女達も僕らと同様にここがどこか分かってないみたい。同じ被害者のようだ。
「君らが出てきた部屋って何があったの?」
黒船くんが立ち上がって扉を覗き込む。
「ああ、小さな倉庫だったぞ!」
僕も黒船くんに続いて中を覗くと、そこにあったのは確かに倉庫だった。しかし小さい。金属製の棚が3つ置いてあり、そこに数々の段ボールが置いてある。棚と棚の間は人が1人通れるくらいの隙間しかなく、奥行きもせいぜい10メートルとかそこらだろう。
「あの段ボールの中って何が入ってるの?」
「分からん! 何せ調べてないからな!」
「あ、一応私はいくつか開けてみたんですけど、歯磨き粉とか箱ティッシュとか、日用品って感じの物しかありませんでした。」
「なるほど。僕としてはもっと調べてみたいな。」
だけどその倉庫は狭い。あんまり大人数で探索することは出来なさそうだ。
「まぁ、後からでも良いんじゃないかな? 今はとりあえず出口を探さない?」
「まぁ、そうだね。」
こうして僕達は新たに藤田さん、唐雲さんという仲間を引き連れて次の部屋に向かった。次の部屋に書いてあるマークは、十字だった。
「ここは保健室だな! 私もお世話になっている!」
「とりあえず入ってみよう。」
扉を開けると、そこは藤田さんの言った通り、学校で良く見るタイプの保健室だった。しかし本来保健室の先生が座っているはずの椅子には、誰もいない。ただ棚に並べられた薬とアルコールが、病院のような匂いを放つだけだった。そしてその部屋にはベッドがあり、そのベッドには人が寝ていた。傍まで寄ると、その人は男性の老人のようだった。息はしている。
「あれ、この人見たことあるような……?」
「え、有名人なの?」
「うーん、いや、気のせいかもしれないけどテレビで……。」
黒船くんが何かを思い出そうとしている傍ら、墓石さんと藤田さんは老人を起こそうとしていた。
「おーい、お爺ちゃん起きてー。」
「ラジオ体操するぞ!」
顔をペチペチ叩かれ、耳元で騒がれたら誰だって起きるだろう。その老人は体を震わせ、目を覚ました。
「……ふむ。見知らぬ場所ですな。」
その老人はベッドから体を起こすとと立ち上がり、メガネをクイッと上げた。床と老人の履いている下駄がぶつかり、カラコロと夏らしい音を発した。老人が茶色い着物を着ているのも相まって、この空間だけ夏になってしまったようだった。
「とりあえず、お水をどうぞ。」
「ありがとうございます。」
黒船くんは老人に水を渡すと、自己紹介をした。僕らも続いて自己紹介をする。老人はそれを黙って聞き、最後に自分の自己紹介をした。
「私は羽田財閥工業課課長、
その言葉に食いついたのは意外にも矢賀くんと唐雲さんだった。
「えぇ!? あの羽田財閥の工業課課長!?」
「あ、あの私鉄ヲタで、羽田私電の電車めちゃくちゃ好きなんです!」
「僕、いつか羽田文庫で本出したいって夢があって……!」
これには思わず素数野さんもビックリ。
「あんまりご老人をいじめるんじゃないよ。それにしても、あの羽田財閥の課長だったとはね。思い出したよ。何回かテレビで見たことがある。」
羽田財閥。その名前を僕は知っている。前回の人狼ゲームで出会った羽田中司くんのお父さんの財閥だ。日本のありとあらゆる産業を支え、日本人なら知らない人はいないと言われるほどの財閥。
「そんなすごいお爺ちゃんも、もしかして拉致されちゃった感じ?」
「そうなりますね。私としたことが不甲斐ない。どうにか外と連絡を取りたいものです。」
「だけどスマホとかの類いは全部没収されてるみたいだよ。」
「今のところ、出口も見つかってないね。」
「素数野さんのためにも早く出口を見つけよう。」
僕らはそのまま興奮した矢賀くんと唐雲さんに続いて保健室を後にした。
「そういえば素数野さん、頭痛とかありませんか?」
「頭痛ですか? 先ほどまではありましたが、もう痛みは引いてきましたよ。」
なら良かった。
「それにしても、奇妙ですね。」
「そうですよね。どうして拉致なんて……。」
「いえ、そういうことではなく。」
素数野さんは僕をじっと見つめた。その目を細めて、まるで僕の中の何かを覗くようにじっと見つめた。
「まぁ、今はまだ良いでしょう。とにかく今は……。」
「あ、人がいるぞ!」
僕らは藤田さんの見る方に視線を向けた。そこには確かに、人がいた。しかしその人は奇妙な服装をしていた。
「あれは……特攻服?」
それは随分前の時代にヤンキーが着ていたとされる服。学ランを魔改造したような見た目と背中に書いてある派手な文字が特徴だ。彼はそんな特異な服装に身を包み、エントランスホールをのっそのっそと歩いていた。僕らにはまだ気づいていないみたい。
「おーい、そこの人ー!」
黒船くんが彼に向かって手を振ると、彼は何やら物凄い剣幕でこちらにやってきた。
「ここどこだゴラァ!」
そのままの勢いで黒船くんに殴りかかった。
「うわ!」
黒船くん、咄嗟に回避。次に特攻服の彼は墓石さんに向かって拳を繰り出す。すると墓石さんは片手でそれを弾き、股間に鋭い蹴りを放った。
「ぐぼるべるぐ!?」
特攻服の彼は奇妙な呻き声と共に、力失く沈んだ。見ているだけで痛そうだ。
「よし、次の部屋行こっか。」
「いやいやいやいや。」
僕らは地面に伏す特攻服の彼に事情を説明した。自分達も拉致されていること。出口はまだ見つからないということ。それらを説明すると彼は痛みに耐えながらこう言った。
「悪かったな。」
彼はそのままの体勢で自己紹介を始めた。名前は
「ここは……図書室?」
唐雲さんがその部屋を見てそう言った。しかし内容は実に簡素で、狭い部屋の壁沿いに本棚が3つ設置してあり、そこに本が並んでいるだけ。それ以外には何もないという部屋だった。ただ、その部屋の中央には1人の子供が倒れていた。
「目を覚ますのだ少年!」
藤田さんがその子の耳元で叫ぶと、体をビクリと跳ねて起き上がった。見た目は小学生のようで、制服を着ている。背も低いが、何より童顔。中性的だけど、多分男の子かな?
「ここは……?」
その子は目をパッチリ開けて、迷子の子羊みたいに僕らを見てきた。
「あー、可愛いー!」
俗に言う、ショタである。まだ声変わりもしていない。これは紛れもない、ショタである。
「お姉ちゃん達誰?」
僕らは一度顔を見合せ、それから今の状況を正直に話した。彼は途中から瞳をウルウルさせ、遂には静かに泣き始めた。それを見た墓石さんは彼をぎゅっと抱き締める。
「とりあえず、彼が落ち着くまでこの部屋を探索しよう。」
僕らは図書室に置いてある本を徹底的に調べた。どうやらこの図書室、小説より実用書や科学雑誌、オカルト雑誌の類いの方が多いようだ。それでも、特に気になるような変な本はなかった。
「この部屋の探索は終わったけど、大丈夫かな?」
「おいガキ、いつまで泣いてんだ。行くぞ。」
久留宮くんはその子の手を掴むと、大股で部屋から出た。歩幅が違うので半ば引きずられているような感じだ。
「ちょっとー、強引だよー。」
そのまま僕らは部屋を出た。その図書室は端っこの部屋で、僕らは会議室から図書室までで正方形の一辺を移動したことになる。そして次の一辺には、ただ1つしか扉がなかった。
「多分、これが出口だよね?」
他の扉は全てシンプルな作りだった。しかし、その扉は違う。圧倒的存在感を放つ赤い鋼鉄の扉は、開けるために作られたというより逃がさないために作られたと言われた方がしっくり来るくらい、圧を放っていた。
「多分開かないだろうけど、一応試してみよう。」
黒船くんが扉を押す。開かない。体を使って押す。開かない。蹴り飛ばす。開かない。
「どけ! 俺がやる!」
久留宮くんもそこに加わるも、びくともしない。言うなればまるで山。そのくらいその扉は、開放を拒否していた。ノブがないので、引くことは出来ない。押してダメなら諦めろ、だ。
「無理だな、こりゃ。」
久留宮くんがポツリと溢した言葉に小さな彼は再び泣き始めた。
「あっ、泣くなって。おい。あ、そうだ、名前。お前名前教えろよ。なんて呼べば良いんだ?」
「な、名前……?」
「久留宮くんって意外と子供好きだったりするのかな?」
「うるさいぞ矢賀ァ!」
「ひいい!」
「僕の名前、
久留宮くんは草浦くんの頭を撫でた。
「俺がお前をここから出してやる。必ずだ。だからもう泣くんじゃあねぇ。」
さて、出口と思わしき扉の前でそんな熱い友情が育まれている間に、黒船くん、藤田さん、唐雲さん、素数野さんは他の扉を見て回っていたようだ。僕らが先ほど見たマークのある部屋達の反対側には、何も描いていない普通の扉が10枚。
「おーい、この扉全部開かないよー。」
どうやらそこの扉も開かなかったらしい。後、探せるところは赤い鋼鉄の扉の反対にある扉だけ……なのだが、そこにはマークが描いてあり、中がすぐに予想できた。そのマークとは、よく公衆トイレに描いてある男性と女性のピクトグラムだ。
「一応、中入ってみようか。」
男性のマークが描いてある方には黒船くんが、女性のマークが描いてある方には墓石さんが向かった。どちらもすぐに帰ってくると、声を揃えてこう言った。
「「普通のトイレでした。」」
中に人もいなかったらしい。
「とりあえず、今見れそうなところは全部見れたかな?」
「そうだね。これからどうやってここを脱出するか話し合おう。」
「その前によぉ、ちょっくら何か食いてぇ。食堂ないのか?」
久留宮くんがお腹を擦ってそう言うもんだから、僕らは一旦会議室に戻ることにした。会議室は調理場と繋がってるし、座れる椅子もたくさんあって話し合うにはピッタリだろうということらしい。そして、いち早く異変に気づいたのは墓石さんだった。
「何これ……?」
会議室にポツポツと続く液体があったのだ。フローリングの床に、僅かだが見えるくらいポツポツとあった。
「さっきまでこんなの無かったよね?」
僕と黒船くんは顔を見合せる。僕はそんな液体に覚えはない。黒船くんも同じだったようだ。
「誰かがここを通られたのかもしれません。」
素数野さんはそう言うが、そうなると水を滴しながら歩いていたことになる。それって、怪しい。
「ちょっと失礼。」
墓石さんがその液体の近くに屈み、液体を指に付けた。しばらく付けた液体と指を眺めていたが、彼女は突然その液体を舐めた。
「ペロッ! これは一酸化水素!」
「なんだそれ!? やべぇのか!?」
「ただの水だよ何言ってんの?」
「ぶん殴るぞこのアマ……!」
正体不明の液体を舐めたことには驚いたけど、とりあえずこの液体が危険な物ではないということが分かった。
「まぁ、誰がいるかとかは分かんないけど、とりあえず入ってみようか。」
能天気というかマイペースというか。とにかく僕らはそんな墓石さんに押されるまま、会議室へと入った。すると……。
女性にしては高めの身長。白い髪に美しいサイドダウン。クールな顔つきと、それを強調するかのようなマニッシュ系ファッション。その上にコート、銀のブレスレット。二重、桃花眼、水色の虹彩。
紛れもなく、城白さんが座っていた。
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