間章 GMの目的は?
第20話 そしてゲームは続く
あの人狼ゲームに巻き込まれた次の日、僕は1人のクラスの女子から手紙で呼び出しを受けた。その人とは特段会話したことはない。名前を知っているくらいだ。いや、確か結構お金持ちだって話は聞いたことがある気がする。ただ、それだけ。そんな子がいったいどうしたのだろう? バレンタインにはまだ早いよな? と僕はいそいそと体育館裏に向かった。
彼女は、体育館裏の日陰で壁に寄り掛かるようにして佇んでいた。名前は、
「やぁ。」
僕が声を掛けると彼女は茶色のロングヘアーを揺らしながらこちらに振り向いた。ぷっくらと大きな瞳が、僕の顔をじっと見つめた。しばらくすると彼女は口を開いた。
「1人?」
彼女の手紙には、こう書いてあった。『大切な話があります。放課後、体育館裏に1人で来てください。』と。
「うん。1人だよ。」
彼女は壁から身を起こし、辺りを警戒するように見渡すと、僕の方に近づいてきた。
「大切な話って?」
僕には彼女がいない。というか、人生で1度もいたことがない。非モテである。しかし人生とは色々あるものだ。僕なんてきっと平凡な人生を送るだろうと思っていた矢先、訳の分からない命を賭けたゲームに参加させられたりした。そして今度はお金持ちの一軍女子から呼び出しを受け、2人きりの状況。本当に人生とは分からないものだ。
「道宮くんにね、話したいことがあるの。」
彼女は困ったような笑顔で、思いもよらぬことを言い始めた。
「道宮くんってさ、人殺してるよね?」
僕は一瞬何を言われてるのか分からなかった。初め僕は耳を疑った。そして次にこれは夢ではないかと思った。そしてこれが夢ではないと理解すると、途端に僕の口は勝手に動いた。
「そんなこと、してる訳ないじゃあないか。」
僕は笑った。それは作り笑いなんかじゃあなくて、心からの笑いだった。僕が人を殺してるだって? そんなこと、ある訳ない。僕は善良な市民だ。いつだって人には優しくしてきたし、ルールやマナーの類いも守っている。自分で言うのもおかしいけど、僕は真人間だ。そんな僕が殺人だって?
「してたでしょ? 証拠、あるから。」
強情だ。僕は苦笑した。彼女のことは今まであまり知らなかったが、どうやら愉快な人だったらしい。1度妄想に取り憑かれたらそれを現実と信じて止まない、そういう人なのだろう。彼女はお金持ちと聞く。きっと子供の頃から全能感というのを味わってきただろう。自分が望めば何でも手に入る、自分が望めば何でもやってくれる。そういう環境が彼女の精神をこのようにしてしまったのかもしれない。そうとしか考えられない。だって、僕は殺人なんてしていない。していないことの証拠なんて、ある訳がないんだから。
「道宮くん、人狼ゲームにいたでしょ。」
僕の笑みは凍りついた。先ほどまでの余裕が全て吹き飛んだ。頭の中が疑問符で弾けた。どうして彼女があのゲームのことを知っている?
「あのゲーム、中継されてたんだよ。」
中継。バカな、と僕は言いたかった。だってカメラみたいなのなんてなかった。いったいどうやって中継なんて……。
「最近お父さんが入ったサブスク。最初は普通のゲーム番組かと思ってたんだけど、そこで死んだ人は実際に死んでしまうリアリティーショーだったんだ。人が死ぬのを見ながら飲むワインは美味いって、お父様言ってたよ。」
まず僕は喜んだ。僕はGMを殺すために、少しでもGMの情報が欲しかった。原山さんの話を聞いて、GMがあんな非道なゲームを開催するのは、金のため、金持ちに娯楽を提供するためだと分かったからだ。GMの本質に1歩近づくことが出来た。これを僕は喜ばしく思った。
次に僕は狼狽えた。彼女の言っていることが理解できたからだ。彼女はあのゲームの中で死んだ人は、僕に殺されたと誤解しているらしい。なんとか彼女を説得して納得させなくてはならない。しかしどうすれば良いのか、検討も付かない。だから僕は狼狽えた。
「私さ、北野プロゲーマーのファンだったんだ。あのゲームに北野プロゲーマーが登場した時、私めちゃくちゃ応援したんだよ。北野プロなら絶対勝てる、生き残れるって。それなのに、道宮くんがそれを邪魔したんだ。」
北野くんのファンだったのか。確かに最後は北野くんと僕らの直接対決のような結果になってしまったから、ファンである彼女が怒るのも無理はない。
「だから私は北野プロを殺した道宮くんを許さない。ここで謝ってよ。」
謝る? 僕が? 彼女に? なんで?
「自分が犯した罪は浄化すべきだよ。ほら、早く土下座して。」
「ごめん、ちょっと言ってる意味が分からないや。なんで僕が君に謝らなきゃいけないの?」
彼女は眉を潜めた。不快な物を見た時のような顔だった。
「あなたは人を殺したでしょ。私は北野プロのファンだった。彼の命を奪ったならそのファンに謝るのは当然のことよ。」
「前提が違うよ。」
僕は頭の中で彼女の主張と自分の主張の相違点を明確にし、出来るだけ興奮した彼女にも分かるように噛み砕いた表現で文章を作った。
「まず、僕は北野くんを殺していないんだ。」
「殺したでしょ。配信アーカイブにバッチリ映ってるんだから言い逃れは出来ないよ。」
「僕は北野くんに指1本触れていない。北野くんを殺したのはGMだよ。」
「そのGMに殺させたのは道宮くんじゃん。」
「違うよ。僕は北野くんとゲームをして勝った。だから僕が生き残って、北野くんが死んでしまったんだ。GMに殺させた訳じゃあ……。」
「それを殺させたって言ってるの。」
「あれは人狼ゲームだよ。ゲームだから必ず敗者が出る。そしてあのゲームでは敗者は死ぬルールだったんだ。」
「だったらあなたが負ければ良かった。」
言葉に詰まった。僕は今、死ねと言われたのか?
「あなたより北野プロの方が素晴らしい人間だった。彼がいたから救われた人が何人もいて、これから救われるはずの人もいた。あなたより北野プロの方が生き残るべきだった。」
呆れた。どうして第三者に命の価値を比べられ、優劣を付けられなければならないのだろうか?
「殺してないだとかなんとか言ってるけど、あなたがさっきから言ってることはただの言い訳。偽善者よ。」
偽善者の使い方間違ってるよ。そんな言葉も出ないほどに、僕の口はポカンと開いていた。
「分かったら早く謝って。今すぐに。」
何と言えば分かるだろうか? どうすれば彼女を納得させることが出来るだろうか? 思考を逡巡させるも何を言って良いものか分からなかった。結局僕の口から出たのは絞りカスのような言葉。
「僕は謝らない。」
謝る理由がない。それに僕が謝れば、北野くんはどうなる? 彼は最期に僕を認めてくれた。彼は僕に託してくれた。ここで謝るのは彼に対する侮辱だ。そんなこと、僕には出来ない。
「強情ね。だったらこっちにも考えがあるから。」
考えとはなんだろうか? この話を周囲に流布するつもりだろうか? こんな馬鹿げた話、彼女の取り巻き以外信じないだろうし、その程度の嫌がらせにも満たない悪態なら大歓迎だけど。
「あのゲーム番組、裏サイトのサブスク入らないと観れないの。その裏サイトだって招待制で、有数の金持ちしか利用できない。そして当然、そのサイトの情報を一般人に教えようものなら厳重に処罰される。本当はクラスの皆にもあなたの本性を教えてあげたいけど、それは出来ないから、ある制度を利用させてもらうね。」
彼女は邪悪に微笑んだ。
「あのゲーム番組、サブスク会員なら追加で金を払って好きな人を参加させられるの。あなたが自分の罪を認めるまで、何度でもあのゲームに送り込んでやるわ。」
僕は最悪の人狼ゲームから生還直後、この恐ろしい宣告をされた。
それから時は過ぎ、12月を迎えた。ホッとしたのも束の間、僕はまた、忌まわしきゲームに招待されることになったのだ。
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