第18話 決戦VS日本一
僕と城白さんは倉庫に来ていた。議論がもうすぐ始まるので、その準備がしたいとのことだ。
「それで、倉庫に来てまで準備しておきたい物ってなんなの?」
「これよ。」
城白さんが持ってきたダンボール箱から取り出したのは、1振りの刀だった。
「もちろん本物の刀じゃあないわ。ただの模擬刀よ。」
なるほど。城白さんの考えが分かったぞ。
「模擬刀で先制攻撃という訳だね。」
「それは違うわ。」
違ったかー。
「私は過去にもこのゲームに参加している。だから当然、処刑や襲撃以外の殺人も何度か見てきたわ。」
これが初めてじゃあなかったんだね。
「だからGMに聞いたことがあったの。これが許されるならゲームが成り立たなくなるんじゃあないかしらって。」
極論、自分以外の全員を殺してしまえばゲームに勝てる訳だからね。
「そうしたらGMは言ったわ。死体が1つでも発見された時点で以降の殺人は行われないって。」
「行われない?」
「おそらく何らかの手段で止めるってことでしょう。そしてこのことを話したのはあなただけ。つまり、あなたがこの模擬刀で私を襲う演技をすれば、人狼は必ずボロを出すわ。」
「それはどうして?」
「車海老くんや橋さんを連れていったのは人狼よ。そして人狼は死体が見つかった時点で以降の殺人が止められるということを知らない。」
も、もしかして北野くんが車海老くんや橋さんを厨房から引き離したのは、精神的に弱っている2人なら簡単に殺せると思ったから!?
「北野くんなら、きっと既に2人を殺そうとしているはず。そして当然それはGMに阻止され、北野くんはこの殺人に関するルールを知るわ。つまり、知らないのは車海老くんと橋さんの2人だけということ。」
「僕が城白さんを襲おうとしたら、人狼である北野くんは車海老くんや橋さんとは違う反応をする。そこを突くという訳だね。」
「そう、その通りよ。」
彼女は自信満々だけど、そう上手く行くかなぁ?
「そもそも北野くんが2人を殺そうとしてるなら、2人にもう正体がバレちゃってるんじゃない?」
「そこはGMが何とかするはずよ。このルールは説明していないルール。GMは説明していないルールでゲームに決着が着くのを嫌うタイプだから。」
さすが、第1回から参加してるだけあってGMへの解像度が高い。
「でももう一捻りしてみても良いんじゃないかな? 二重の罠的な?」
「具体的な案はあるの?」
「もちろん。」
城白さんは人狼と市民の持つ情報の違いを使って人狼を追い詰めようとしている。だったらもう1つ、使える物がある。
「これだよ。」
僕は倉庫にある1つのダンボールを持ってきて彼女に見せた。ダンボールにはシュールストレミングと書いてあり、開くと中にはタオルが入っている。
「これは……?」
タオルを外に出すと、その箱に本来入っていた物が姿を現す。拳銃だ。ブラスさんと中内さんが偽装しているから、北野くんや橋さんは拳銃の存在を知らない。
「拳銃……なるほど。」
「人狼は人狼銃を持っているよね。だけど人狼銃を見たことがあるのは人狼だけ。この拳銃のことを知っているのは僕と車海老くん、そして城白さんだけなんだ。」
「つまり人狼である北野くんはこの拳銃を見た際、橋さんとは違う反応を示すという訳ね。弾は抜いてある?」
「うん。ブラスさんが抜いてくれたよ。」
「そう……。じゃあ、あなたが私を模擬刀で襲って、私がこの拳銃で応戦する芝居をする。それで他の人と違う反応をした場合、そこを議論で突く。それで良いわね?」
「そうだね。だけど流石にこの模擬刀を持って議論に参加する訳にはいかないよ。どこかに隠しとかなくちゃ。」
「そうね。食堂のテーブルの下にガムテープで貼り付けておきましょう。確か倉庫にあったはずよ、ガムテープ。」
使えそうな物は見つけ次第、倉庫の出入り口の方にまとめて置いてある。もしかしたらそこにあるかもしれない。そう思った僕が出入り口付近の方を調べてみるとガムテープを見つけた。
「あったよ。じゃあ議論が始まる前に模擬刀を仕込みに行こうか。」
「そうね。誰かに見られても困るし、そうしましょうか。」
僕らは倉庫を出て、食堂へと向かった。好都合なことに、食堂に行くまで誰にも出会わなかったし、食堂にも他の人はいなかった。僕はいつも議論の時に座っている椅子の近くのテーブル裏に模擬刀を貼り付ける。
「これで良し。タイミングを見計らって、ここから模擬刀をスッと取り出して城白さんを襲う演技をするんだね。」
「そうよ。私はこの拳銃で応戦するわ。」
彼女は懐に忍ばせた拳銃を見せてそう言った。
「なら後は議論が始まるまで待っとくだけだね。」
「そうね。議論はもうすぐ始まるはずだから座って待ってましょう。」
僕らは椅子に座って待った。その間、特に会話もなくなんだか気まずい雰囲気だ。僕は思わず口を開いた。
「ねぇ城白さん。城白さんって僕と同じくらいの歳だよね? どこの高校通ってるの?」
「高校は行ってないわ。」
「あ……え、えっと、その銀のブレスレット素敵だね。」
「母の形見よ。」
「あ……え、えっと、そのコートカッコいいよね。」
「父の形見よ。」
「あ……え、えっと、城白さんの髪って綺麗な色してるよね。」
「ストレス性の白髪よ。」
僕はもう何も言わない方が良いかもしれない。
「無理に話そうとしなくても大丈夫よ。」
「あ、はい。」
こうして再び沈黙が訪れた。だけど僕は命を預けている訳だし、城白さんのことをもっと知りたい。なんか良い話題は無いかな? あ、そうだ。
「そういえば城白さんの下の名前って聞いたことなかったよね。今聞いて良いかな?」
「……
小雨さんかぁ。今度から下の名前で呼んだら怒るかな? 怒るかもしれない。やめておこう。
「それで、城白さんって……。」
僕が会話を続けよう口を開いた時、食堂の扉がガチャリと開いた。入ってきたのはあのロボットだった。
「このロボットって館の中に常駐してるのかな?」
「さぁ? 外から入って来れるような場所は見当たらないし、そうなんじゃあないの?」
だけど議論の時以外このロボットって見掛けないんだよね。いったい普段はどこに隠れてるって言うんだ?
「あーはいはい、余計な詮索はやめてね。後お2人さんはこのままここにいてね。もうすぐ議論が始まるから。」
ロボットはテーブルに投票用紙や鉛筆、それから投票箱をセッティングする。遠隔でGMが操っているのだろうか? だけどこの辺にはカメラは無いし、ロボットにもカメラらしき物は付いていない。どうやってここを覗いてるんだろう?
「さて、準備は出来たし他のPLを呼んじゃおうかな。あー、あー、テストテスト。コホン。午後6時になりました。これより、夕方の議論を開始しますので、PLの皆様は食堂に集まってください。」
もうすぐ議論が始まるのか。心の準備をしなくちゃね。ここが正念場なんだから。
「……大丈夫かしら?」
「もちろんさ。もう覚悟は決めてある。」
しばらくすると他の皆が食堂に集まってきた。車海老くん、北野くん、そして橋さん。これで全員だ。
「なんか……少なくなっちまったな。」
車海老くんが乾いた笑いをこぼした。それもそうだろう。最初の半分の人数しか残ってないんだから。しかもこの議論でさらに1人死ぬことになるんだから。
「じゃ、全員揃ったみたいなんでさっさと議論を始めちゃってください!」
GMの合図で議論が始まる。最初に口を開いたのは城白さんだった。
「今回、ブラスさんが殺されたわ。GMは私たちPLの中に犯人がいると言っている。あなた達はそれを信じる?」
反応は三者三様だった。
「し、信じるかって言われてもよぉ……そんなん無理だろ。」
「GMが嘘を吐いたことはない。しかし今回も嘘を吐いていないとは限らないからな。」
「だけど、GMが参加者を一方的に殺すなんてことするかな? そんなゲームに水を差すようなことしないと思うけど。」
車海老くんと北野くんはGMの言葉を信じていない。唯一、橋さんだけはGMはブラスさんを殺していないと思っているようだ。
「GMは館に入ってこない。全てロボットを介してこちらに干渉してくるわ。もしブラスさんを殺したのがGMだった場合、ブラスさんはロボットに殺されたことになるわね?」
「まぁ、そうなるな。」
「だとしたらおかしな点があるのよ。まずはブラスさんの殺害現場の様子を改めて思い出してみましょう。まずブラスさんを殺害した凶器は何か分かるかしら?」
ブラスさんを殺害した凶器はもちろん……。
「現場に残っていたダンベルだろう。明らかにブラスのものと思われる血痕が付着していたし、それ以外には考えられない。」
「そうね。ブラスさんはダンベルで背後から殴られて殺された。殺害場所は厨房の、台所の前だったわね。」
「だ、だけどよぉ、それは絶対にあり得ないんだぜ。」
そう言ったのは車海老くんだ。
「だってあのブラッさんだぜ。ガトリングガンを蹴って破壊するような格闘家の後ろを取ってダンベルで殴って殺すなんて、ここにいる誰にも出来ないと思うんだ。」
彼の主張はもっとも。ダンベルで殺すということは殴る時に大きな隙が出来るはずだ。その隙をブラスさんが見逃すはずがない。
「そう、普通は出来ないわ。だけど犯人はある方法でそれを可能にした。」
ある方法? それってなんだ?
「実は厨房のシンクの中には水筒が入っていたのよ。その水筒はブラスさんが使っていた物だったわ。」
「ブラッさんは死ぬ直前に水を飲んでいたってことか?」
「確かなのは、ブラスさんはその水筒に口を付けたということだけよ。ただ、中に入っていのが水だとは限らない。」
水だとは限らない? それってどういう意味だ?
「ま、まさか毒か!?」
「そんな物があるなら端から撲殺なんてしないわよ。使ったのはもっと簡単に用意できる物よ。」
僕らは頭を悩ませた。もっと簡単に用意できる物ってなんだろう? 検討も付かない。
「……? 道宮くんは分かるでしょう? 一緒に現場を見たんだもの。」
「いや、さっぱり分からないけど。」
「ヒントは水筒の中に入っていた物よ。」
水筒の中に入っていた物? それって……。
「石のこと?」
「石? 水筒の中に石が入っていたのか?」
「うん、城白さんが水筒をカラカラ鳴らすから、初めは氷が入ってると思ってたんだけど中に入っていたのは石だったんだ。だけど飲み口から出てくるような大きさじゃあなかったし、あれで喉を詰まらせた可能性は低いはず……。」
そこまで言うと僕は何気なく、視線を車海老くんの方に向けた。
「……まさか。」
彼の表情は、とても険しかった。
「何か気付いたの?」
「も、もしかしてブラッさんの水筒に入っていたのって……。」
彼は口を震わせて言った。
「熱湯……?」
城白さんはニヤリと笑う。
「正解。彼の水筒の中には熱湯が入っていたの。」
「ちょ、ちょっと待て。なぜ言い切れる!? 話に着いていけないぞ!」
全くだ。いったいどういうことなのかちゃんと説明して欲しい。
「ブラスさんは目と口を大きく開けた状態で死亡していた。あれはダイイングメッセージだったのよ。目に大きく開けているのは異常を伝えるため、口を大きく開けているのは口の中を見せるため。彼の口内は火傷していたわ。」
く、口の中を火傷していたのか。だったら熱湯を口にしたという話も納得できる。だけど分からないことはまだある。
「ブラスが口の中を火傷していたのは分かった。しかしそれは今回の事件に関係無いんじゃあないか?」
「どうしてそう思うの?」
「忘れたのか? ブラスは冷たい水を好んで飲んでいた。だから水筒も常に冷蔵庫に入れていたんだ。そんなブラスが冷蔵庫に入っていない水筒の水を飲もうとは思わないはずだ。」
「水筒は冷蔵庫に入っていたはずよ。だからこそ彼は熱湯を口にすることになった。」
「どうしてそうなる!? 水筒が冷蔵庫に入っていたなら、中の水も冷えるはずだろう!?」
北野くんの反論を止めたのは車海老くんだった。
「……北野さん。あの水筒、魔法瓶だったんだぜ。」
「車海老……それがどうした?」
「魔法瓶は冷たい水を何時間も冷たいままにしていられる。外の熱を中まで伝えないんだ。そしてそれは逆のことも出来る。中の熱を外に伝えない。魔法瓶に入れておけば冷蔵庫に入れても半日以上は熱いままだって聞いたことがあるんだ。」
「なんだと……?」
あの水筒は魔法瓶で、熱湯を冷蔵庫の中でも熱いまま保っていた。なるほど、分かってきたぞ。
「犯人は魔法瓶の中に熱湯と石を入れ、冷蔵庫の中に入れた。きっとブラスさんは冷蔵庫に入っているから冷たいだろうと思って一気に飲んだんだ。石は氷を偽装するための物。厨房に製氷機があったから、念のために入れておいたんだ。」
「冷たい水しか飲まないということは必然的に猫舌ということ。犯人はそれを利用したのよ。熱湯は朝に沸かして水筒に仕込んでおけば、後はブラスさんが厨房に来るのを待つだけ。喉が渇いたブラスさんが厨房にやってきて熱湯を口にするのを見計らい、返り血を防ぐシーツとダンベルを装備し、熱湯で口を火傷して慌てているブラスさんの背後から一撃を喰らわせた。こう考えると辻褄が合うわ。」
「じゃ、じゃあ、ブラスさんが目と口を開けてたのって……。」
「ダンベルで殴られる直前か、殴られた後か。どちらにせよ、彼は自分が熱湯を口にしたことを私たちに伝えるために僅かな時間で考え、力を振り絞ってそうしたのよ。死後硬直が始まった後だと、口を開けるのも難しいから。」
「ブ、ブラッさんは最後まで俺たちのために……。」
「ブラスさんを殴るためには厨房でずっと待っていなくてはならない。そしてブラスさんが来たら適当に話でもしながら厨房から出ていくフリをして背後を取らなくてはならない。果たしてGMが操るロボットにそんなことが出来るかしら?」
「……出来ないな。ロボットが厨房にいたら警戒して近づきすらしないだろう。」
「そうでしょう? だからブラスさんを殺したのはGMじゃあなくてPLの中の誰かなのよ。」
城白さんが言い終わると、誰もが黙った。僕はひたすら感嘆していた。話の筋の通し方、そして何よりあの少ない情報から結論を導き出す推理力。いったい彼女は何者なんだ?
「納得せざるおえない。しかし、だとしたら誰なんだ? ブラスを殺したのは?」
「そんなの、人狼に決まっているじゃない。それ以外に彼を殺して得する人がいるの?」
そんな人はいない。いる訳がない。ブラスさんは誰かから恨まれるような人じゃあないからだ。
「それで、人狼が誰かってのは分かるのか?」
「殺害現場の状況だけではなんとも言えないわ。返り血の付着したシーツはゴミ箱にあったし、水筒の石はそのまま、食堂へと続く扉をロックした鎖もそのまま。犯人は殺人に慣れていないことは分かるけど、それだけよ。だけど……。」
そう、普通はそれだけで終わる。だけど城白さんはそれだけじゃあ終わらないんだ。ここからが本番だ。
「実は、私にはもう人狼が分かっているのよ。」
「そ、そうなの? さすが城白ちゃん! それで人狼って誰なの?」
「北野くんよ。」
驚いたのは車海老くんと橋さんだけで、当の北野くんは僅かに眉を動かしただけだった。
「僕か。僕は一応、人狼を1人処刑しているんだがな。根拠はなんだ?」
「私は嘘を吐いた人が分かるの。あなたはずっと嘘を吐いてきた。あなたのこれまでの発言にはたくさんの嘘があったわ。」
「はん。ファンタジーじゃあないんだぞ。そんなもの根拠とは言えない。」
「あと、私は占い師であなたを占ったら人狼と出たわ。」
「なんだと……!?」
今度は北野くんも含めて他の3人全員が驚いた。
「信じられない。城白、お前は狂人だな? 確かお前は人狼ゲームに不慣れだと言っていたな。残念だが、占い師が潜伏することはあり得ないんだよ。騙るなら初日のCOに合わせるべきだったな。」
さて、こういう反応は予想できていた。ここからは僕の出番だ。
「待ってよ。僕は城白さんを信じて良いと思うんだ。初日から占い師でCOするのはほとんど自殺行為だ。城白さんがCOしなかった理由なんてそれだけで充分じゃあないか。」
「命が惜しいからCOしなかったと言うのか。ならばなぜ今COした? 疑われて吊られるのがオチだというのに。」
「いいや、吊られるのは城白さんじゃあない。北野くんだ。」
「ほう、なぜだ?」
「考えてみてよ。人狼ゲーム日本一の北野くんが人狼だなんて、それって最悪だと思わない? もしそうだったら僕たちは勝てない。」
「だから保険のために吊るとか言うんじゃあないだろうな? 今日人狼を殺せなければ、狂人の生死次第で市民陣営は負けるんだぞ。しかも全滅での敗北だ。分かるよな? 僕の言いたいことが。雑吊りなんてしている場合じゃあないんだよ。」
なかなか手強い。簡単には押し切らせてもらえないようだ。だけど、まだ手札はある。次はこれだ。
「北野くんが人狼だとすると、1つだけ辻褄が合う点があるんだ。」
「なんだそれは?」
「ブラスさんの死体を発見した後、北野くんは車海老くんと橋さんを連れていったよね。あれって、2人を殺そうとしてたんじゃあないかな?」
2人の表情が変わる。好感触だ。人狼ゲームは投票で吊る人を決めるゲーム。北野くんを納得させることが出来なかったとしても、他の2人のうち1人でも味方につけることが出来れば多数決には勝てる。ここは2人の被害者意識を煽っていこう。
「精神的に衰弱している2人を殺して、タイミングを見計らって残った僕と城白さんのうち片方を殺す。そうすれば人狼である君はゲームに勝つことが出来るからね。」
「しかし実際には車海老も橋も生きている。殺していないが?」
「殺せなかったんだよ。GMは死体が発見されて以降の殺人は止めると言っていた。君は車海老くんと橋さんを連れ去り、何らかの方法で殺そうとしてそれをGMに止められたんだ。」
僕は立て続けにまくし立てる。
「覚えてる? 羽田くんが必勝法を見つけたって言ってたこと。あれ、僕はなぜか教えてもらえなかったんだけど、その理由は今なら分かるよ。彼は人狼だった。つまり必勝法も人狼が勝つための方法だったからなんだ。人狼の勝利条件を考えると、彼の言っていた必勝法とは殺人のことだよ。君は羽田くんから殺人が可能なことを教えられて殺害計画を立てたんだ。だけど君は死体発見以降のルールを知らなかった。だから計画は失敗したんだ。」
「はん。妄想だな。」
彼は短く僕の言葉を切った。
「羽田の言っていた必勝法が殺人だったとして、人狼がそれを聞いて犯行に及んだとしよう。それが僕である決定的な証拠は無い。僕以外のやつにも言えることだ。」
「えぇ、そうね。確かに道宮くんの推理に決定的な証拠は無いわ。」
彼女はふぅと息を吐くと、嗜虐的な笑みを浮かべて北野くんに言った。
「だけど、いったいどうして証拠が必要なのかしら? あなたは人狼ゲームでいちいち証拠根拠を基に吊る人を決めるの?」
「意趣返しのつもりか。前とは状況が違うんだ。今は迂闊に吊るやつを決めることは出来ない。今はな、証拠が必要なんだよ。証拠がな。」
それでも北野くんは余裕だった。僕も城白さんも、車海老くんや橋さんの意見を傾けさせようと頑張っているけど、あまりにも北野くんが強すぎる。彼の持つパワーが2人を中立に留めているんだ。迂闊なことをすれば一気に状況をひっくり返されるかもしれない。慎重に行かなくては。
「そうね。では、証拠を出しましょうか。」
彼女はしばらく考えた後そう言うと、チラリと僕の方を見た。まだ手札は残っている。しかしこれが最後の手札だ。賭けるしかない。
僕はテーブルの下に仕込んだ模擬刀を抜くと立ち上がって城白さんを襲う。城白さんも立ち上がり、そんな僕に懐から出した拳銃を出した。
「危ない! 城白ちゃん!」
橋さんがそう叫んだ。しかし肝心の北野くんは何も言わない。僕は内心ガッカリしながら模擬刀を城白さんに当たる寸前で止めた。
「もちろんただの演技だよ。僕は城白さんを攻撃しない。僕は城白さんの協力者だからね。」
模擬刀を置き、僕らは再び座った。
「ところで北野くん、何か言うことがあるんじゃあないかしら?」
「なんだ? 特に何も……。」
北野くんの態度とは裏腹に、橋さんは目に見えて困惑していた。
「あれ、ん? ちょ、ちょっと待ってよ。」
「どうしたんだ千賀子ちゃん?」
「あれ? うーん、私がおかしいのかな?」
車海老くんも北野くんも、特に困惑していない。ただ橋さんだけは困惑している。
「引っ掛かったね。僕らの勝ちだ。」
そう、橋さんだけが困惑しているこの状況はおかしい。そのことを今から僕は突き付ける!
「橋さんがおかしいと思うのは普通のことだよ。むしろ、これをおかしいと思わない北野くんがおかしいんだ。」
「車海老も特におかしいと思っていないようだが、なぜ僕だけなんだ?」
「説明してあげるよ。橋さんはね、僕が城白さんに協力していることがおかしいと思っているんだ。何故なら人狼は城白さんと羽田くん、狂人は中内さんだからだよ。違うかい?」
「ううん。合ってるよ。人狼は城白ちゃんと羽田くんで、人狼に白を出した中内ちゃんが狂人。そうだよね?」
「は……? 何を言っているんだこいつは? どうして今の流れで城白が人狼に……まさか!?」
今のは失言だ。思わず笑みが溢れてしまう。
「橋さんの考えは正しいよ。ほら、城白さんが取り出した物の名前を言ってみてよ。」
「えっと、人狼銃だよね……?」
そうだ。そうなんだ。橋さんは倉庫で拳銃を見ていない。そんな彼女が銃を見れば、それを人狼銃だと思ってもおかしくない。
「いや、アレは違うぜ。あの拳銃は俺らが倉庫で見つけた物なんだ。」
「え、そうだったの? じゃあ城白ちゃんが人狼だと決まった訳じゃあないんだね。良かった。人狼陣営が4人になっちゃったかと思ってビックリしたよ。」
さっきまでの橋さん視点では人狼が城白さんと羽田くん、狂人が中内さんとなっていた。つまり僕は市民のはずで、その僕が人狼である城白さんに協力する理由が分からず困惑していたんだ。
「車海老くんは前に拳銃を見ていたから特に取り乱さなかったんだ。逆に言えば、取り乱さなかった人はあの銃が人狼銃じゃあないって知ってた人だってことだよ。」
「そこで聞きたいのだけれど、北野くん、あなたはどうしてあの銃が人狼銃ではないと知っていたのかしら?」
北野くんは黙った。僕らの連携を前に、彼は苦虫を噛み潰したような顔しか出来なかった。数秒の沈黙の後、彼は言った。
「その拳銃を、前に倉庫で見掛けていたと言ったらどうする?」
とうとう僕らは追い詰めることが出来たようだ。人狼を、袋小路に。
「倉庫で見掛けてた? この拳銃はダンボールに入っていたから、開けない限り中は見えない。そして僕らが最初にこの拳銃を発見した時、ダンボールは未開封だった。つまり北野くんが拳銃を見たのはその後ということになるよ。」
「……! まさか、トッシー!?」
そうだ。ここに来て、僕らが最初に拳銃を見つけたことがアドバンテージになるんだ。僕らが倉庫に行って探索した時間は決して無駄なんかじゃあなかったんだ。
「僕らが最初に拳銃を見つけた時、ちょっとした細工をしてね。中内さんがダンボールの中に拳銃と一緒に何かを入れたんだ。さらにダンボールにはブラスさんがとある文字を書いていた。もし君が拳銃を見掛けたというのなら、ダンボールの中に入っていた物とダンボールに書かれた文字を答えられるはずだよね?」
北野くんは黙った。当然だ。答えられる訳がないんだから。
「答えられないのなら、君は拳銃を見ていないのに城白さんを人狼だと思わなかったことになる。それは何故か? 君が人狼で、人狼銃の外見を知っていたからなんじゃあないのか?」
彼は何も言わなかった。
「君が人狼銃の外見を知っている人狼なら、橋さんと反応が違うことの説明も付く。君が人狼でないと言うのなら僕らが納得できる説明をするんだ。出来なければ君は人狼だ。」
彼は険しい表情を崩さなかった。必死に何かを考えているのが分かる。僕は追い討ちを続けた。
「最後の最後で君を追い詰めたのは、君が殺したブラスさんや中内さんが遺してくれた証拠だ!」
「追い詰められた? この僕が……?」
「分からないのか?」
詰みだ。チェックメイトだ。だけど彼に掛ける言葉はそんな優しいものじゃあない。彼はブラスさんを、中内さんを殺した。そんな彼に相応しい言葉は、これしかない。
「君は人狼ゲームに負けたんだ。」
彼は目に見えてガックリと肩を落とす。
「そうか……。負けか。」
それから彼は天を仰いで呟いた。
「そんな言葉はもう聞きたくなかったな。」
その言葉は自分が人狼であると認めたようなものだった。もっと激昂するかと思って身構えていたから、なんだかあっさり終わったような感じがする。だけど命を賭けて信頼し、持ち込んだ手札を全て使ってようやく掴んだ勝利だ。あっさりだなんてとんでもない。
「えーと、なんかあれですけど、もう投票に移っちゃって良い感じかな?」
「必要無い。僕が人狼だ。降参する。市民陣営の勝ちだ。それで良いだろう。」
「ま、まぁ、人狼が降参するって言うなら。一応ゲームの形式上処刑はやるけど、なんか締まらないなぁ。」
GMも拍子抜けといった風で、ロボットに投票用紙を回収させた後、お決まりの台詞を放った。
「じゃあ、投票はやってないんですけど特例ということで。本日処刑されるのは……。」
僕は北野くんの方を見た。彼は不思議と清々しい表情をしていた。僕には彼が分からない。他人を犠牲にしてまで生き残ろうとする精神性も理解できない。だけど彼がすごい人であることは知っている。彼の功績、彼の能力は尊敬に値する。僕は彼を一生忘れないだろう。
「北野小路さんです!」
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