第17話 命を犠牲に

「え……?」


 僕は思わず立ち尽くした。状況が理解できない。どうして厨房でブラスさんが倒れているのか。どうして彼は血塗れなのか。どうして彼は……息をしているようには見えないのか。


 思わず後ずさりをした。だけど逃げたところでどうにかなるものじゃあない。とにかく僕がやるべきことは他の皆にこのことを知らせることだ。そう思って背を向けた時、GMの放送が聞こえた。


「カンカンカンカーン! どうやら厨房の方で何かあったみたいだぜぇ。プレイヤーの皆さんは早急に集まりやがれってんだ。」


 どういうことだ!? どうしてここでGMが出てくるんだ!?


 困惑していると複数人が走ってくる音が聞こえてきた。


「お、おい。トッシー。こ、こ、これって……?」


 最初に来たのは車海老くんだった。廊下の開きっぱなしの扉から厨房の光景を見ている。


「な、なんでブラッさんが……? た、た、助けないと……!」


 彼は倒れているブラスさんに駆け寄った。靴やズボンが血で汚れるのも気にせず、ブラスさんの傍に片膝を着くと首筋に手を当てる。その瞬間、彼は体を大きく震わせた。


「冗談だろ……。」


 彼の反応で分かった。やっぱり死んでいるんだ。そりゃあそうだろう。この出血量は誰がどう見ても死んでいると分かる。


「なんで……どうしてだ! おいGM! どうしてだよ!」


 彼は天井に向かって吠えた。


「なんでボクチン? ボクチンは何もやってないよ?」


「嘘を吐くんじゃあねぇ! お前以外に誰が出来るって言うんだ!」


 ブラスさんの身体能力は凄まじいものだった。だからこそそう簡単には死んだりしないと僕らは思っていたんだ。そんなブラスさんを殺せるのなんてGMくらいしかいない。


「ボクチンはやっていない。そもそもこの館の中にいないボクチンがどうやって殺すって言うの?」


「機械とかを使ったんだろ! そうすれば遠隔でもブラッさんを殺せたはずだ!」


「機械を使って殺した? 君、足元にある物が見えないの?」


 僕らが下に目を向けると、ブラスさんの死体から少し離れたところに、血の付いたダンベルが落ちていた。


「これで頭を殴って殺したってこと?」


 確かにブラスさんも頭から出血している。流石のブラスさんでも頭をダンベルで殴られたら死ぬだろう。だけどブラスさんが易々と殴らせてくれるとも思えない。


「機械だったらダンベルなんか使わないでしょ。それに床に付いた血痕も形が変だよ。一部だけ血が付いていないところがある。きっと犯人はそこに立って、返り血を防ぐ物を使ったんだよ。そうすれば犯人も、犯人が立っていた床も血が付かないでしょ?」


 GMの言葉通りだ。確かに床に付着した血痕の形は変だ。そしてGMの推理通りだと仮定すると筋が通る。


「機械が返り血を気にして堪るかって話ー。そもそも殺したなら正直に言うに決まってるよ。ゲームは公平に進めたいからね。」


 GMの言葉はどれだけ信じて良いのか分からない。だけど、今回のことばかりは信じていいんじゃあないかと思う。むしろ信じないと、いつまでもブラスさんの死に立ち向かうことが出来ない。


「え……? これって、ブラスさん……?」


 次にやってきたのは橋さんだった。彼女はブラスさんの死体を見ると数歩後ずさり、大きな金切り声をあげた。それから過呼吸気味になりながらそのまま座り込んだ。


「……放送が聞こえたから来てみたが……どういうことだこれは。」


 北野くんが橋さんのすぐ後にやってきた。


「死んでいるのか? 今は真昼だぞ。」


 僕らがこの状況に戸惑っている理由はまさにそれだ。どうして真昼に人が死んでいるのか。人が死ぬのは夕方は処刑と人狼の襲撃の2つだけじゃあなかったのか。


 最後にやってきたのは城白さんだった。彼女はブラスさんの死体を見ると、ここに来て初めて顔色を変えた……気がした。


「クッソ。どうするんだよ。なんでブラッさんが死んでるんだよ。おかしいだろ。」


「落ち着け車海老。とりあえずここから出ろ。橋もだ。おい、こいつら連れて行くぞ。」


「あ、うん。お願いするよ。」


 北野くんは2人を引っ張って厨房の外に出た。少しの間、彼らの声が聞こえていたが、足音と共に次第に遠ざかっていった。厨房は僕と城白さんだけだ。


 城白さんは辺りを見回しながらゆっくりとブラスさんの死体に近寄ってしゃがみこんだ。


「何をしてるの?」


「調査よ。」


 調査。調査って言うと調査だよな。もしかして城白さんは犯人を見つけようとしているのか?


「これを見て。彼の顔。」


 城白さんはブラスさんの顔を指さした。横に回って覗いてみると、彼の顔は異様だった。目と口を大きく開いた状態で死んでいたのだ。


「こ、これって……!」


「えぇ。間違いないわ。ということは……。」


 彼女は厨房にある台所に近づくと、シンクの中からある物を取り出した。それは水筒だった。ブラスさんが使っていた水筒だ。


「ブラスさんは死ぬ直前それを飲んでいたってこと?」


「そうね。この水筒、中に入っているのは……。」


 彼女が水筒を振るとカラカラという音が鳴る。


「氷?」


「中を見てみましょう。」


 そう言って水筒のキャップを開き逆さまにすると、出てきたのは石だった。


「え、石!?」


「やっぱりね。彼の死体の様子を見て分かりきっていたことだけど。」


 分かりきっていたことなの!?


「それから厨房と食堂を繋ぐ扉は厨房の方からチェーンでぐるぐる巻きにされているわ。チェーンにも微かに血が付いている……。ということは、つまりそういうことね。」


 どういうことなの!?


「手掛かりは揃ってきたわ。後は犯人が返り血を防ぐのに使った物さえ見つければ犯行は証明できる。」


 犯行は証明できるの!?


「おそらく、犯人は殺人に慣れていない。当たり前だけどね。焦っていた形跡もある。だったら返り血を防ぐために使った物は……。」


 彼女はもう1度辺りを見回すと、厨房にあるゴミ箱に近づいた。ゴミ箱のフタを開くと、彼女は中から1枚の血に濡れたシーツを取り出した。


「これで返り血を防いだと見て間違いはなさそうね。」


 それは僕にも分かる。だけど今のところ、犯人はダンベルを使ってシーツで返り血を防ぎながらブラスさんを殺害したということしか分からない。犯人がどうやってブラスさんの意表を突いたのか、ブラスさんはなぜ目や口を大きく開いて死んでいるのか、なぜ水筒に石が入っていたのかはさっぱり分からない。


「さぁ、調査はもう終わったわ。後はそうね……。人狼を追い詰める手段が必要よ。」


 彼女は1人で何やらブツブツ言っている。まるで探偵みたいだ。もしかしたら僕は邪魔なのかもしれない。


「道宮くん、少し良いかしら?」


「え、何?」


「あなたの個室を見せてもらいたいの。」


 もしかして僕疑われてる?


「ぼ、僕はやってないよ。さっきまで寝てただけなんだ。本当だよ。」


「はいはい、とりあえず話は部屋でね。」


 無理やり腕を引っ張られ、僕は厨房を後にした。そのまま僕の個室の前までやってくると城白さんはカギを取り出し、扉を開けた。


「え、なんで城白さんがカギ持ってるの?」


「盗んだだけよ。返しとくわ。」


 いつの間にか僕のポケットのカギが失くなっている。いったいいつ取ったんだ!?


 僕は受け取ったカギを改めてポケットに入れると城白さんと一緒に部屋に入る。すると城白さんは入るなりカギを閉めてしまった。


「さて、ここなら誰にも聞かれず会話が出来るわ。」


「それで、僕の部屋のどこら辺が見たいの?」


「寝惚けてるのね。あんなの部屋に入る口実に決まってるじゃない。他の3人に会話を聞かれたくないから防音性の高い個室に入っただけよ。」


 そうだったのか。でもそこまでして話したいことってなんだろう?


「それで、話って何?」


「人狼は北野小路よ。」


 思考が停止する。言葉が耳から入ってから、意味を理解し、それを拒んだ。何を言っているのか分からない。北野くんが人狼だって? 話が飛躍しすぎだ。


「ど、どうしてそんなことが……?」


 知りたかった。根拠を、証拠を。だって北野くんが人狼だとしたら、昨日羽田くんを吊ったのは何だったんだ!? 身内切りってことか!? 人狼ゲームのテクニックとしては確かに存在しているけど、このゲームは命が掛かってるんだぞ!


「私が占い師で、昨日彼を占ったからよ。」


 再び思考が停止する。彼女は今、なんと言ったのだろう? 私が占い師って言ったのか? あり得ない。あり得ないだろ。だって占い師は中内さんのはずだ。彼女は初日の議論の初っぱなでCOをした。もし城白さんが本当に占い師なんだとしたら、彼女は狂人だったって言うのか? 冗談じゃあない。確かに人狼ゲームの定石として狂人が占い師を騙るのは理に敵ってるけど、このゲームは命が掛かってるんだぞ!


「あ、あり得ないよ。もしそれが本当だとしたら……。」


 本当に狂っていないか? 北野くんも中内さんも。どうして身内切りなんか出来るんだ? どうして躊躇いなく騙れるんだ? 訳が分からない。思考が分からない! それだけじゃあない。羽田くんもだ。最期まで北野くんが人狼であることを明かさなかった。どうしてだ? 自分は利用されて殺されてしまうと言うのにどうして?


「だけど、それが真実よ。」


 思わず顔を覆った。そんなことは到底信じられない。


「もし、もし城白さんが占い師だとして、どうして北野くんを占おうと思ったの?」


「……信じられないかもしれないけど、私には能力があるの。」


「の、能力?」


「共感覚って知ってるかしら?」


 共感覚。僕の知識では、それは音を色として感じたり触れた物の味が分かるとか、そういうやつだ。だけどそれがどう関わってくるんだ?


「私も持ってるのよ、強い共感覚を。この共感覚によって私は嘘を吐いた人間が黒く見える。嘘を吐いた人間が分かるのよ。」


 そんなこと、本当にあり得るのか? ほとんど漫画や小説の世界じゃあないか。


「きっと、嘘に含まれる微妙な音の違いを色として認識しているんじゃあないかしら。試してみる?」


「……僕には弟がいる。」


「嘘。」


「僕は夜寝る時全裸になる。」


「本当。」


「僕は市民だ。」


「本当。まぁそれは共感覚に頼らなくても分かりきっていることだけど。」


 本当に彼女は嘘が分かるのか? だとしたら彼女は北野くんが嘘を吐いていて怪しいと思ったから占ったって言うのか?


「じゃ、じゃあどうして初日に占い師をCOしなかったの?」


「普通しないわよ。命が掛かってるんだし、あなたが狂人は占い師を騙るものって言ってたじゃない。占い師が2人いる場合、片方が死ねばもう片方も必然的に吊られる流れになるわ。自分の命が大切だからCOしなかっただけよ。」


 筋は通っている。当たり前だ。むしろあの場面でCOした中内さんに違和感を覚えるべきだった。狩人は1人しかいないんだし、GJが無ければ霊能者か占い師どちらかが死ぬだろう。あの場面、初日は占い師は潜伏して狩人が霊能者だけを守れる状況にした方が良かった。いや、乗っ取りを防ぐためにはその方が良かったのか? 混乱していて上手く頭が働かない。


「私があなたを個室に呼んだのは、あなたに議論で協力してほしいと言いたかったからよ。あなたが市民だということは分かっていたし、今フリーで動けるのはあなたしかいなかったから。」


 協力? 城白さんは協力してほしいって言いたいのか? そんなこと出来る訳がない。


「信用……しきれないよ……。」


 当然だ。城白さんが狂人で、人狼は北野くん以外の別の人。現状5人なんだから、北野くんを始末して4人、人狼が今夜襲撃して3人になれば、人狼と狂人の2票で残りの1人を吊れる。これは人狼陣営が仕組んだ罠だ。実際、城白さんは嘘が分かるのは本当みたいだし、それで人狼を見抜いて個室でコンタクトを取り、僕を利用する作戦に出た。そう考える方がよっぽど合理的だ。筋が通っている。


「もちろん、私だってすぐに信じてもらえるとは思っていない。だけど、私は今日の議論で決着をつけるつもり。今からよく考えて、あなたが思うままの行動をしたら良いわ。」


 僕は顔を上げた。彼女は悲しそうな目をしていた。信用できないという言葉が本当だと分かるからだ。彼女は共感覚を能力だと言った。だけどそれは本当に能力なのだろうか? 例えば幼少期から嘘が分かっていたら、周りの人間を信じられなくなるんじゃあないか? もしそうだとしたら、それは能力なんかじゃあなくてただの呪いだ。


「城白さん……。」


 仮に彼女を狂人だと仮定しよう。だとしたらどうして僕にこの話をした? 僕が彼女を信じないのは簡単に予想できるはずだ。この話をせず、人狼と適当に話をでっち上げて……いや、違うな。北野くんが邪魔なんだ。彼を自由にしている限りきっと人狼は勝てない。でも北野くんも1人では勝てない。僕と城白さん、それから人狼の3人で票を合わせれば北野くんを吊ることが出来る。そのためには多少のリスクを負ってでも、僕にこの話をするはずだ。


 仮に彼女が真の占い師だと仮定しよう。だとしたらどうして僕にこの話をした? 僕が彼女を信じないのは簡単に予想できるはずだ。確かに今は車海老くんや橋さんはダウンしている。話せるのは僕だけだ。だけどわざわざ僕に話さなくても……いや、違うな。北野くんが邪魔なんだ。共感覚の能力をもってしても、北野くんには1人では勝てないんだ。僕と協力して橋さんと車海老くんを説得する出来れば、北野くんを吊ることが出来る。そのためには多少のリスクを負ってでも、僕にこの話をするはずだ。


 色々考えてみたけど、分からない。僕はどうすれば良い? 情報が無いんだ。城白さんを信用する情報も信用しない情報も無い。


「私はもう行くわ。じゃあ……。」


「あ、待って。」


 情報が無いなら聞き出せば良い。彼女自身の口から。でも何を聞けば良い? 分からない、分からない、分からない。何か、何か無いのか?


 記憶を思い返す。ここに来てからのありとあらゆる記憶を。するとまず、佐々木さんのことが頭に浮かんだ。佐々木さんは最期に生きてくださいと言っていた。それから金本くんのことが頭に浮かんだ。彼は最期まで死にたくないと言っていた。やることがあると言っていた。それから羽田くんのことが頭に浮かんだ。彼は……最期はどんな気持ちだったのだろう。僕には想像もつかない。


 僕は今までの記憶を頼りに質問を考えた。だけど、上手い質問が思い浮かばない。僕はどうすれば良いんだ?


 その時ふと、城白さんの言っていたことを思い出した。城白さんは人狼ゲームを数えられる程度しかやったことがないと、そう言っていたんだ。だとしたらなんだ? この違和感は? 数えられる程度しかやったことがない彼女だが、人狼ゲームに慣れているような感じがする。いや、もしかして違うのか? 人狼ゲームに慣れているんじゃあなくて、このゲームに慣れているのか?


「城白さん、城白さんって前にもこのリアル人狼ゲームに参加したことがあるんじゃあないの?」


「……えぇ。第1回から今までずっと参加しているわ。これが5回目よ。」


 5回目! 慣れている訳だ。というか5回も参加して生き残っているなんて凄いな。


「どうして城白さんは今まで生き残って来れたの?」


「多くの人を犠牲にしてきたからよ。このゲームの性質上、そうしないと生き残れない。他人を犠牲にする覚悟が無いと生き残れないの。……あなたにはある?」


「僕には……無いよ。」


 誰かの命を犠牲にしてまで生き残りたいと僕は思わない。例え佐々木さんから、生きろと言われたとしてもそれは変わりない。でも僕には目的がある。GMを殺すという目的が。


「城白さん、もう1つ聞いて良いかな? 質問の答え次第では、僕は君に無条件の信用を捧げると約束するよ。」


「……! 何かしら?」


「城白さんはどうして多くの人を犠牲にしてまで生き残りたかったの?」


「目的があるからよ。」


「その目的って?」


 僕の予想が正しければ、きっと彼女も僕と同じ目的を持っているはずだ。当然だろう。彼女は5回もこの傍迷惑なゲームに参加させられている。だとしたら僕と同じ目的を持つはずだ。


「私の目的は、GMを殺すこと。」


 その答えを聞いた瞬間、僕の決意は固まった。僕はGMを殺すために生き残りたい。城白さんもGMを殺すために生き残りたい。つまり僕らの目的は一致している。例え僕が利用されて死んだとしても、城白さんが生き残れば、GMを殺すという意思は途絶えない。


 僕は他人の命を犠牲にすることなんて出来ない。だけどなら出来る。


「君を信用するよ。」


 良いだろう。狂人だろうと構わない。利用されようと構わない。城白さんさえ生き残れるなら、GMへの殺意さえ失くならなければ、僕は自分の命すら失ったって構わない。


 僕は城白さんと握手を交わした。きっと今日の議論で、人狼ゲームか僕の命のどちらかが終わるだろう。だけどどっちに転んでも良い。僕はもう、覚悟を決めた。


「それで、これからどうする?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る