第16話 死神は突然に

 僕の絶叫を聞いた皆が中内さんの部屋に集まるまで、大した時間は掛からなかった。


「サ、サヨ……ちゃん……?」


「……ッ。」


「人狼の襲撃か。」


 橋さんは中内さんの死体を見た瞬間に気絶した。しかしそんなことも気にしていられないほど、彼女の死が与えた衝撃は大きかった。


 彼女はベッドで死んでいた。胸を撃たれていることが分かる。銃撃だろう。そして犯行は夜に行われている。間違いなく人狼の仕業だ。人狼が人狼銃を使って中内さんを襲撃したんだ。


「別に人狼が平和主義者という訳ではなかった。2連GJはただの幸運。いつかは襲撃で人が死ぬだろうとは思っていたさ。」


「で、でもよぉ、サヨちゃんを狙うことはなかったんじゃあねぇかよ。だってもう能力を使い終わった占い師だぜ……?」


「だからだろう。確白を潰すのは人狼ゲームの定石だ。」


 僕はまだ現実が受け入れられずにいた。昨日彼女と交わした言葉が脳裏に蘇る。外に出たら会おうとか約束していたのに、もう叶わなくなってしまった。


「トッシー、大丈夫ネー?」


 大丈夫じゃあなかった。当たり前だ。処刑に慣れたのはGMの悪行だったからだ。恐ろしいのは僕らの中にいる人狼がこれをやったという事実だ。他人を犠牲にして生き残るという考えを否定することは出来ないけど、ここまでして生き残りたいものなのか……? ここまで生への執着を見せるなんて。


「少し良いかしら?」


 入り口で固まる僕らを押し退け、城白さんは部屋の中に入っていった。彼女は中内さんの首に手を当てて脈を確認し、傷口を少し見ると引き返した。


「やっぱり中内さんは……。」


「死んでるわ。脈は完全に無い。襲撃は深夜辺りだろうし、傷も急所よ。どちらにせよ助かる見込みは薄かった。」


 死んでいる。その言葉が僕の心を強打した。


「こ、これって、ど、どうするんだ?」


「またGMが片付けるんじゃあないかしら? どちらにせよ、私たちに出来ることはもう無いわ。」


 否定できない。彼女は撃ち殺された、おそらく人狼の仕業だ。それ以外の情報は何も無いし、人狼ゲームのルール上、これ以上はどうも出来ない。


 僕らは中内さんの死に対して、ただ悲しむことしか出来ずに、この場を後にした。食堂に戻っても、もう朝食を食べる元気は無かった。僕は自室に逃げるように帰った。


 ベッドに飛び込むと、不安が僕を襲った。それは何に対する不安だろう? 処刑されてしまうかもしれないという不安? 人狼に殺されてしまうかもしれないという不安? それとも、このまま生き残ってしまうかもしれないことに対する不安?


 目を閉じていると色んな感情が湧いてくる。最も多く湧いてきた感情は悲しみだった。中内さんとは交流があったから、余計に悲しいんだ。


「人狼ゲームなんだから死んで当然でしょ? いちいち悲しんでたらキリ無いよ?」


「うるさい! 黙れ! 全部お前のせいだろ!」


 GMはいつでもどこでも話しかけてくる。全ての元凶にこんなことをされるなんてたまったもんじゃあない。


「……? どうしたの? ボクチン何も言ってないけど?」


「は……? そんな訳、無いだろ。お前、さっき……。」


「幻聴ってやつ? 君相当疲れてるねー。いっぺん寝たら? 2度と目覚めないかもしれないけど。」


 幻聴? 今のが? 僕はそれほどまでに精神をやられているのか?


「クソッ!」


 拳を枕に叩きつけ、そのまま布団に包まる。そして僕は再び目をつむった。GMが喋らなければこの部屋は静かだ。他に音を出す物は一切無い。外からの音も聞こえない。完全な静寂だ。だからこそ余計なことを考えてしまう。


 僕は出来るだけ何も考えないようにした。何も考えず、ただ布団の中、暗闇と静寂に包まれて息だけをしていた。


 だけどいつまでもそうしている訳にはいかない。次第に体が空腹を主張してきた。当然だ。朝から何も食べていないのだから。


 僕はエネルギーバーとミネラルウォーターをあるだけ飲み込んだ。それからまた眠ろうとしたんだけど、すっかり目が覚めてしまって眠れない。じっとしていても変なことばかりが頭に浮かんでくるので、僕は部屋から出た。


 どこかに行こうとか、目的があって出た訳じゃあない。ただ落ち着かないから出ただけだ。皆がどこにいるかは分からないし、とりあえず倉庫に行こう。倉庫に行けば、誰かしらいるはずだ。


 階建を降り、誰もいない廊下を通って倉庫に向かった。中に入ると、そこには誰もいなかった。奥の方で探索しているのかもしれないと耳を澄ませたのだけど、会話らしき音は聞こえなかった。


 ふと、自分以外の全員がいなくなってしまったような気になった。ただ部屋にこもってるだけだと思うけど、倉庫にも誰もいないのはやっぱり気になる。


 次はどこへ行こうかと身を翻したその時、僕はとある可能性を思い出した。そういえばさっき僕は空腹を感じた。他の皆もお腹が空いていても不思議じゃあない。もしかしたら皆は食堂にいるのかもしれない。


 さっそく食堂に向かった。しかし、中に入っても誰の姿も見受けられなかった。僕はガックリ肩を落とした。


 ついでに厨房の方も見ておこうと思って、厨房に続く扉を開けようとした。しかしガチャガチャドアノブが動きだけで開かない。カギでも掛かっているのだろうか?


 特に深く考えず、食堂を出て廊下の方に回った。厨房に続く扉は食堂と廊下に1つずつある。廊下側からなら開くだろうと考えたのだ。


 廊下にある厨房への扉の前に立つ。そして僕は扉を開いた。厨房で僕を待っていたのは――


 ――血塗れのブラスさんの死体だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る