第15話 人狼ゲーム

 慣れというのは怖いもので、泣き叫んでロボットに連れていかれる羽田くんを見ても、心があまりざわつかなくなってしまった。


「今回の処刑方法なんだけど、必勝法に気づいたご褒美として楽に死ねる物にしてまーす! じゃじゃーん!」


 その言葉と共に床から現れたのは斬首台だった。


「ギロチーン!」


 首を固定するところがあり、その上には鋭い刃が付いている。


「1発でストンとあの世へ行ける、貴族御用達の人道的処刑器具でーす!」


「ぼ、僕は……羽田財閥の跡取りで……か、帰らなくちゃあいけないのに……。」


「おやぁ、なんか言ってますなぁ。本当に財閥の跡取りならとっくに助けが来てるんじゃあないですかー?」


 GMの言葉に羽田くんはビクリと肩を揺らした。


「あー、もしかして、本当の羽田財閥の跡取りは君じゃあなくて君の弟くんだったんじゃあない? だとしたら納得だよねー。もう3日も行方不明になってるのに助けが来ないのは、要らない子だったってことだよー。」


「お、お前、どうして弟のことを……?」


「参加者の家族関係とか経歴は当たり前に調べてるよー。何でも君の弟って君より優秀なんでしょ? 父親もハナから君に継がせる気なんて無かったんだよー。」


 GMは嗤った。うつむく羽田くんを心の底からバカにするように嗤った。


「じゃあ、親に捨てられた負け犬くんはとっとと処刑しちまいますか。」


 ロボットは抵抗しなくなった羽田くんを斬首台にセットすると、ギロチンに繋がっているヒモを握った。


「では、最期に遺言とかあるかな? あるわけないよね! 結局君は見つけた必勝法すら使えず死んでいく根性無しだもんね! じゃ、お疲れー。」


 ロボットはヒモを引っ張った。するとギロチンはスルリと落ち、羽田くんの首を切った。


「やっぱり地味だねー。彼の人生みたい。」


 呆気なかった。彼の首は転がり、切断面からは止めどなく血が溢れている。しかし、それだけと言えばそれだけだった。全身をゆっくり潰されて死んだ佐々木さんや電流を流されて死んだ金本くんと比べれば、あっさりし過ぎていた。


「……処刑の前にあんなに追い詰める必要はあったのか?」


「もっちろん。そこまで含めて処刑だからね。」


 絶句した。GMのやり方に恐怖した。ただ殺すだけではなく、彼の精神も殺したというのか。そういう意味では、他の処刑より軽いなんて言えない。


「とりあえず掃除するんで、君たちはさっさと出ていってくださーい。あ、それとも夜ご飯食べる? 手羽先とかどう?」


 僕たちは食堂を退出した。GMはふざけている。人が、仲間が死んでいる場所で飯が食べられる訳がない。そんな人間がいたらそいつこそ本物の狂人だ。


「橋。少し良いか?」


 食堂を出たところで北野くんが橋さんに話しかけた。


「今日の夜に霊能を使ってほしい。大丈夫だとは思うが、これで羽田が人狼であることを確認できれば僕が白になる。今後のために必要なことだ。」


「分かった。必ず使うよ。」


 その会話を聞いて僕らは解散した。


 僕はまず倉庫に向かった。倉庫では探索中に見つけた使えそうなものが入り口付近で整理されて置いてある。僕が欲しかったのはエネルギーバーとミネラルウォーターだ。処刑に慣れたからか、昨日まではあまり感じていなかった空腹が気になる。とりあえずいくつか手に持って、自室に帰って食べた。


 それから浴場に向かった。昨日使えなかったから今日は使うのだ。中には誰もいなかったので、僕1人で独占して使うことが出来た。自室にはシャワーしかないので、久しぶりにゆったりと湯に浸かることが出来た。


 湯から上がった僕は自室に帰ることにした。自室の前まで来て、ポケットからカギを取り出していると、階段を登ってきた城白さんと目が合った。


「やぁ。何してたの?」


「別に何も。」


 彼女はそれだけ言うと背を向けて行ってしまおうとする。しかし何かを思い出したかのように振り返るとこんなことを聞いてきた。


「あなた、北野くんについてどう思う?」


「北野くん? あぁ、すごいよね。今日の議論とかさすが日本一って感じだったし。彼に任せておけば安心だと僕は思ってるよ。」


「そう……。」


 彼女はいつもの無表情で自分の部屋に戻ってしまった。


「うーん。ま、いっか。」


 その様子を特に気にすることなく僕は自室に戻った。


「恐ろしい夜がやってきました。皆さんは速やかに自室に戻ってください。」


 部屋の中で放送を聞いた僕は、特にやることも無かったので服を洗濯機に放り込むと眠りに就いた。久しぶりに湯に浸かれて疲れが取れた僕はぐっすり眠った。


 その夜、僕は夢を見た。その夢では、隣に城白さんがいた。彼女が何かを話しているのは分かるが、何を話しているのかは分からない。とにかく僕は話し続ける彼女の横顔をずっと見続けていた。体を動かそうとか、顔を背けようとかは思わなかった。ただとにかく彼女を見続けていた。そしてそれは突然、誰かの声によって途切れた。


「午前7時になりました。」


 GMだ。目覚まし時計に搭載したら絶対に起きれるであろうほど不快な声で起こされてしまった。それにしても今の夢はなんだったのだろう?


 2度ほどまぶたを擦ってみるも考えがまとまらなかったので、とりあえず朝のシャンプーを浴びた。そして頭をシャッキリさせてから、洗濯した服を取り出して着た。


 朝食を取るために自室から出る。あまり遅いと心配させてしまうからね。


「よ、トッシー。」


「おはよう。」


 食堂に着くと出迎えてくれたのは車海老くんと橋さんだった。城白さんもいる。


「おはよう。他の皆は?」


「まだ来てないな。」


 そんなことを話していると、厨房の方からブラスさんが現れた。


「プハーッ! やっぱり冷たい水は最高ネー!」


「ブラッさんって異様に冷たい水好きだよな。」


「当然ネー。ぬるい水なんて水じゃないネー。」


 いや水だよ。


「お、なんだ。早めに来たつもりだったが……最後ではないようだな。」


「おぉ、北野さん。」


 北野くんが来た。後は中内さんだけだ。それにしてもずいぶん減ってしまった。もう7人だ。だけど昨日の羽田くんが人狼だったら、人狼は残り1人ということになる。だとしたらかなり順調なんじゃあないのか? ひょっとしたら今日でゲームを終わらせることも出来るかもしれないし。


「中内はまだいないが、早速昨日の霊感結果を聞いても良いか?」


「うん。羽田くんは黒だったよ。」


 やっぱりそうだったのか。ということは北野くんは相当なファインプレーをしたということになる。必勝法を見つけた人狼を処刑したんだから。


「やはりか。これで僕ら市民陣営の勝利に近づいたな。」


「北野さん流石だぜ! この調子でもう1人の人狼も見つけちまおう。」


 橋さんの報告を聞いた僕らは自然に朝食の流れになった。僕も厨房で適当にサンドイッチを作って、食事にすることにした。


「つうか、サヨちゃん遅くね? 寝坊かぁ?」


「確かに遅いね。GMの放送があってかなり経つのに。ちょっと起こしに行こうか。」


 僕は車海老くんを連れて中内さんを起こしに行った。中内さんの個室の位置は知っている。彼女の部屋に歩みを進めた僕は、思わず足を止めた。


「ん? どしたトッシー?」


 後ろには車海老くんがいて、突然足を止めた僕を心配する。しかしそんな声は既に耳に届かなくなっていた。僕はフラフラと中内さんの個室の扉に向かう。


 見間違いじゃない。彼女の部屋の扉が少し開いている。ほんの少しだ。だけど確実にカギが掛かっていないことが分かる。


 まさかと思った。あり得ないと思った。昨日も一昨日も大丈夫だったんだ。自分にそう言い聞かせて、僕はドアノブを握った。震える手で押すと、扉は簡単に開いた。


 その先で見たのは、血の海に身を沈めて死んでいる中内さんの姿だった。

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