第14話 必勝法

「さぁさぁ、君たち。今回でこの議論も3回目! 今日は誰が死ぬんでしょうねー? いやぁ、楽しみだなぁ。」


 開幕からGMの声を聞かなくちゃあいけないなんて、これ以上不快なことが他にあるかな。


「とはいえ、もう準備は出来ちゃってますよ。君たちが来る前に投票用紙と鉛筆まで机に置いちゃったよ。」


 不思議だ。昨日まではロボットが配っていたのに。今日もロボットはちゃんといるし、どうして予め置いておくようにしたんだろうか。


「では、準備は良いかな? 始めちゃってください!」


 GMのコールと共に、議論が開始された。


「で、毎度毎度の話だが、どうするよ? 今日も怪しいやつを探すのか?」


「いや、その必要は無い。」


 そう言ったのは北野くんだった。


「今回は目星を付けてあるんだ。人狼の目星をな。」


「え、本当!?」


「あぁ。1日中部屋に引きこもって考えた成果だ。今までの行動を全て洗い出し、考えてみた結果、明らかに人狼である疑いのある人物が1人いたんだ。」


 北野くんは自信満々だ。それほど根拠があるということだろう。


「今回、僕が人狼だと目星を付けているのはお前だ。羽田。」


 北野くんが指さしたのは羽田くんだった。


「……どうして僕なのか聞いても良いかな?」


「もちろんだ。説明してやる。」


 彼は淡々と話し始めた。


「まず、羽田は初日以降倉庫に行っていないと聞いた。」


「誰に?」


「車海老にだ。午後、たまたま会った。」


「そうなの?」


 車海老くんは頷いた。


「車海老は毎日倉庫に行っているそうだ。その言葉の信憑性は高いだろう。」


「高いも何も、僕は確かに初日以降倉庫に行っていないよ。だから何? まさかそれだけで僕を人狼扱いする訳じゃあないよね?」


「当然だ。」


 そう言うと北野くんは車海老くん、ブラスさん、中内さん、そして僕の4人を見た。


「この4人は毎日倉庫に通っている組だ。そして橋は普段、図書室にいると聞いた。」


「そうだよ。本読んでなきゃ心が落ち着かなくて。」


「そして城白は白出しをされている。少なくとも人狼ではない。僕は昨日、倉庫の探索に行った。今日は1日中人狼の正体について考えていた。分かるか? この中で羽田が唯一、昨日今日と何をしていたか分からない人物なんだよ。」


 それはそうだ。思えば、倉庫を探索している僕含めた4人の行動は簡単に把握できる。城白さんは何をしているか分からないけど、中内さんに白出しされているから人狼ではない。橋さんは昨日も図書室にいたし、少なくとも全く行動が把握できない訳じゃあない。だけど羽田くんは違う。羽田くんだけはずっと自室にいると主張していて、何をしているのかが把握できない。


「ずっと寝てただけだよ。それとも何? それを否定できる根拠でもあるの?」


「さぁ、どうだろうな。ただ、僕たちは知っているはずだ。各人の個室にはある特性がある。1つは高い防音性能。そしてもう1つは……分かるな?」


 自室にある特性。それは初日に車海老くんが明かしてくれた。あの特性のことだ。


「そう、個室ではGMと会話することが出来る。GMとお喋りすることはもちろん、このリアル人狼ゲームのルールの確認すら可能だ。しかもそこで得た情報は、自動的に共有されたりしない。秘匿しても良い訳だ。」


「確かにそうだね。だけどそれは夜にだって出来るよ。僕がわざわざ昼間からそれをしてるとは言い難いんじゃあないかな。」


「ではお前は昼間から何をしていたと言うのだ。1日中寝ていたという話はあまりにも信じられない。」


 北野くんの言っていることは間違いじゃあない。昨日今日とずっと部屋に引きこもっていて寝ていたというのは、この状況で呑気過ぎる気がする。いや、というより僕は知っている。羽田くんはずっと必勝法を考えていたんだ。きっとそれを考える過程でGMにルールを聞く必要があったんだ。だとしたらこれまで自室にこもっていた理由も説明できる。だけど僕がそれを言っても良いのか? 羽田くんが自分から言うまで待った方が良い気がする。もし羽田くんが言わないようなら僕が言えば良いだけだし。


「覚えているだろう? 初日、佐々木の処刑の時だ。誰にも投票しないことを提案したのは羽田だった。GMと会話できるのは初日の朝に車海老から聞かされていたはずだ。つまり、GMに無投票時の処理について予め聞いておいてあの提案をしたんじゃあないかと僕は疑っているんだ。」


「確かにな。人狼ならGMにそのルールを聞いた時点で利用しようとしてもおかしくないぜ。しかも、もし他の誰かがGMに同じ質問をしていてその答えを持っていたとしても、自分は知らなかったとシラを切ることができるもんな。」


「そうだ。もし違うと言うのなら、お前が昨日今日の昼に何をしていたか答えろ。それが出来ないのなら……。」


 彼はその言葉を遮った。


「考えていたんだよ。このゲームに勝つ方法を。」


「何を言い出すかと思えば……。嘘に決まっている。」


 違う。それは嘘じゃあない。そのことを僕らは知っているんだ。


「そ、それってもしかして必勝法のことか?」


「必勝法?」


「実は僕、羽田くんに聞いてたんだ。今日の午後に必勝法のことを。そしてそれをブラスさん、車海老くん、中内さんに話している。」


「なんだと!? それは本当か!?」


 3人は頷く。


「だとしたら羽田は嘘を吐いていないことになる……。本当に勝つ方法を考えていたというのか。」


 それは紛れもない事実だ。羽田くんだって今日の議論で自分が疑われるなんて思ってもいなかっただろうから、予め嘘を吐いていた可能性も無い。


「だから僕は人狼じゃあないんだ。分かってくれたかい?」


「クソ。寝てただけなんて余計な戯言をほざきやがって……。」


「珍しくイライラしているね。北野くん、僕はずっと君が怪しいと思ってたんだよ。」


 羽田くんは語気を強めて言った。


「君、初日の議論からずっと会話の主導権を握ってるよね。それだけじゃあない。今回の僕への雑な黒塗りなんて、到底人狼ゲーム日本一の行為とは思えないよ。昨日だってほとんどゴリ押しだったし。」


「北野さんはそういうプレイスタイルなんだよ! ゴリ押しとパッションで日本一になった人だぞ!」


 羽田くんは車海老を睨んで黙らせると続けた。


「正直、北野くんの蛮行は目に余るよ。これ以上進行は任せられない。というか、僕は今日、北野くんを吊ることを提案するよ。」


 北野くんを吊る? 確かに北野くんはやや強引なところがある。だけどこれといって怪しい様子はない。強いて言うなら確かに今日の黒塗りは怪しいけど、それだけで吊る理由にはならない。


「待ってよ。本来は霊能である私が進行をしなくちゃあいけないのに、私が気弱でそれが出来ないでいたから彼は頑張っててくれてただけだよ。それに彼は人狼ゲーム日本一なんだよ。」


「だからだよ。人狼ゲーム日本一のプレイヤーが必ずしも市民とは限らない。彼が人狼だった場合、僕らは最悪の結末を迎えることになる。他人に命を預けるのはよっぽどの覚悟が無い限りやめておいた方が良いよ。」


 最悪の結末。その言葉が僕の中で繰り返される。確かに彼が人狼だった場合、とてもまずい。そうであった場合のことを考えて吊っていくという話なら分かる。だけど、市民だった場合、市民陣営の力になってくれるのは確実だ。


「お、俺は北野さんを吊るなんて反対だぜ! 北野さんが人狼である証拠なんてどこにもないんだからな!」


「市民である証拠もどこにもないでしょ。車海老くんもそれは分かってるはずだよ。それとも他に怪しい人をピックアップしてくれるの?」


 皆が言葉に詰まった。必勝法を得た羽田くんは絶好調だ。昨日とはまるで違う。もしかしたら既にその必勝法を使っているのかもしれない。それは分からない。しかしこのままでは北野くんが吊られてしまう。吊られるにしても、最後のギリギリまで他の可能性は模索したい。他に何か情報は無いか……?


「お前たち、良く聞け。どんな些細なことでも構わない。何か情報を出すんだ。情報を聞いて考察する権利くらいはあるはずだ。そして僕の結論を聞いて、それで納得しないのなら僕を吊っても構わない。」


「でも、他に何かありましたっけ?」


「いや、あるネー。倉庫で見つけたあの空箱。あれはきっと重要な手掛かりネー。」


 北野くんはその言葉に反応した。


「なんだそれは? もっと詳しく頼む。」


「あれは倉庫の右から9列目にあるダンボールだったネー。中に何も入ってないダンボールがあったのネー。開封済みって感じだったらしいネー。」


 それを聞いた彼はガックリ肩を落とした。


「9列目なら日本刀があったところだろう。ならそれは初日に爆弾で使った材料があった場所だ。」


「あれ、爆薬って余ってるんじゃあなかったっけ?」


「爆薬はな。あそこに入っていたのはプラスチックの容器だ。爆薬は他の列にある。」


 そっか。なら納得だ。


「他に何か気になることはある? 無いなら僕は北野くんを……。」


「ま、待て! まだあるはずだ! もっと記憶を思い返してみてくれ!」


 そう言われても、他に怪しいことなんて何もない。


「このままじゃあ北野さんが吊れちまうよ。」


「Mr.北野が人狼だったらと考えると怖いからネー。」


「経費……ってことですか?」


「サヨちゃん、時々怖いこと言うよね。」


 僕はチラリと城白さんの方を見た。彼女は何も言わず、ただ北野くんをじっと見つめていた。無表情だ。何を考えているのかさっぱり分からない。


「この僕を経費吊りだと!? なんという屈辱だ。とにかく何かないのか!? このまま本当に僕を吊るつもりじゃあないだろうな!?」


「残念だけどそうなるよ。誰だって自分の命が1番大切なんだ。君を吊ることに反対する人は、少ないんじゃあないかな。」


「く……。こうなったら、会話だ! おい道宮。お前は羽田と話したと言っていたよな。その時、羽田は何か怪しいことを言っていなかったか?」


 突然話が振られてきた。そんなこと言っていた覚えはない。


「僕はまだ羽田を疑っている。必勝法の話だってそうじゃあないか。羽田が人狼だったら、人狼が必勝法を握っているということになる。それは僕が人狼であることよりもまずいことなんじゃあないのか!?」


「た、確かにそうだ! 北野さんの言う通り、必勝法を掴んだやつが人狼だったらとんでもないぞ!」


 それは考えていなかった。確かに北野くんはゲームを1人で終わらせかねない能力を持っているかもしれない。だけど今の羽田くんも、必勝法というゲームを1人で終わらせかねない情報を持っているんだ。


「だからこの議論は慎重に行う必要がある。僕か羽田か。どちらかが人狼であるとか怪しいとか、そういう結論を今ある情報から導き出さねば終わらない。」


「当然、僕ら2人以外にも怪しい人物がいたって言うならそのことを話してもらっても構わない。だけど僕は北野くんを吊ることを希望するよ。彼の能力は危険だ。」


 羽田くんの言葉には同意できる。事実、先ほどまで北野くんはあわや吊られるという窮地に立たされていたにも関わらず、必勝法の話を使ってそのピンチを脱した。今や皆は、北野くんか羽田くんのどちらかを吊る口実を探している。彼の状況コントロール能力は相当高い。それだけに、彼が人狼である場合が怖いんだ。


「今日、羽田と話したやつは道宮しかいない。僕はお前から情報を得るしかないんだ。必勝法の話を聞かされたんだったな? その必勝法とはいったいなんなんだ?」


「それが教えてもらえなくて。というか僕が話をしたって言っても本当に少しだけだよ。」


「必勝法とは何かが分かればそこから推察できたかもしれなかったのだが……仕方ない。他に何か言っていなかったのか? というか、羽田と話した内容を全て教えてくれ。少しだけしか話していないんだろう?」


 羽田くんと話した内容を頑張って思い出す。


「確か、僕が厨房で皿洗いを終えて食堂に戻ると羽田くんがいたんだ。それで声を掛けたんだよ。やぁ、羽田くん。これからご飯? って。」


「それで羽田は何と返した?」


「普通に、そうだよって。元気が無さそうだったからそのことを聞いたら、昼食が取れるくらいには回復したって言ってたよ。」


「それから必勝法の話に移ったのか?」


「そうそう。すごいことに気づいたって言ったから、何に気づいたのか聞き返したら、このゲームには必勝法があるって。」


「ただ詳しい内容は教えてもらえなかったんだよな?」


「そうそう。詳しいことは教えられないけど大丈夫、僕がこの必勝法を使って必ず君を外に出してあげるからって言ってたよ。これで会話は終わったよ。」


「なるほど。」


 北野くんは少しうつむき、何かを考えている様子だったが、すぐに顔を上げ、羽田くんに聞いた。


「今の道宮の言葉に何か間違いはあるか?」


「いや、無いよ。確かに全て僕が言った言葉だ。」


 北野くんは笑った。その笑みを見た瞬間、僕は思い出した。否応なく、思い出させられた。彼は、人狼ゲーム日本一であるということを。


「今の言葉を聞いて分かった。人狼は羽田、お前だ。」


「またさっきみたいな雑な黒塗りじゃあないよね? こういうのは信用に関わるから、しっかりした根拠を元にしないとダメなんだよ?」


「根拠ならあるぞ。それはお前の言葉だ。」


 羽田くんが眉をピクリと動かす。それだけじゃあない。辺りの雰囲気が、ガラリと変わったのを肌で感じた。


「お前は道宮に言ったな。僕がこの必勝法を使って必ず君を外に出してあげるから、と。」


「言ったよ? それが何か?」


「じゃあ聞くが何故お前は道宮が市民陣営であると知っていた? いや違うな。こう言い換えよう。何故お前は道宮が人狼ではないと判断したんだ?」


「え……?」


「お前は言った。必勝法を使って外に出すと。それはつまりゲームに勝つ方法でありこの館から脱出する方法ではない。そしてお前の発言は道宮が人狼であることを考慮していない。道宮が人狼であればその必勝法がどんなものであれ道宮を外に出すことは出来ない。何故なら市民陣営の勝利条件は人狼の全滅だからだ!」


 空気がヒリつく。場が圧倒的に支配されている。論理的な言葉が、羽田くんを突き刺す。


「しかし羽田が人狼であれば話は別だ。人狼の勝利条件は人狼以外のプレイヤーの数を人狼と同じかそれ以下にすること。つまり人狼が1人も死ななければ狂人も含めて2人までなら生かしてゲームを終わらせることが出来る。羽田が市民陣営であった場合、道宮が人狼ではないという理由を説明できない限り、先ほどの発言は不可能なんだ。もし道宮が人狼ではない理由を説明できないのなら、先ほどの発言が出来るのは羽田が人狼である場合だけだ!」


 そう、僕は占い師に占われてる訳ではない。つまり人狼か市民か分からないグレーの立場にある。羽田くんは僕が市民であることを知らない。だけど羽田くんの、必勝法を使ってここから出すという発言は僕が人狼ではないということを知らなければ出来ない。もし羽田くんが、僕が人狼ではない理由を論理的に説明できないのであれば、羽田くんは人狼だ。人狼は他の誰が人狼なのかを知っている。つまり人狼は、人狼ではない人物を知っているんだ。


「さぁ、説明してもらおうか羽田。お前はどうして道宮は人狼ではないと思ったんだ? 何か理由があるんだろう? 無ければあんな発言は出来ないはずだからな。」


「え……ちょ、ちょっと待ってよ……。こ、こんなの……。」


「説明できないようだな。ならば投票にしようじゃあないか。GM。」


 GMは待ってましたと言わんばかりに弾んだ声色で言った。


「えー、えー、それではこのまま投票を行っても良いという人は挙手をお願いします。」


 手を挙げたのは、羽田くん以外の全員だ。もちろん僕も挙げた。こればかりは仕方のないことだ。羽田くんはほとんど人狼で確定だろう。それに仮に僕が手を挙げなかったとして、投票は行われるはずだ。


「ではお手元の紙に書いて投票箱に入れてねー。」


 羽田くんは悪人じゃあない。人狼に選ばれたのもたまたまだ。それに人狼はまだ1人も殺していない。ただ羽田くんは運が悪かったんだ。僕は羽田くんに投票する。彼を処刑するのに抵抗はあるけど、生き残るために他人を犠牲にするのは辛いけど、今回ばかりはどうにもならない。


 いつまで経っても投票用紙に記入しない羽田くんからロボットが投票用紙を奪い、投票箱に入れるとすぐにGMは言った。


「それでは投票結果に基づき、本日処刑される人を発表します! 本日処刑される人は……。」


 GMはいつものように、まるで当たり前かのように告げた。


「羽田中司さんです!」

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