第13話 ハムとチーズのコルドンブルー
「それで倉庫に来たのが俺たちだけ……か。」
「ま、まぁ途中から誰か来るかも……来るかな……?」
「カナシカナシイネー。」
集まったのはブラスさんと車海老くんと中内さん。僕を含めても4人だ。全体の半分だ。正直とても悲しい。
「これ自体がGMの罠みたいなもんだからなー。あえて情報を渡さないようにして、こういう状況を作り出してんだ。」
「そうネー。だから来てない人を責めちゃダメネー。疑心暗鬼こそGMの思うつぼネー。」
「うん、もちろん来てない人を責めたりはしないよ。ただ……。」
僕は倉庫の方を眺めた。倉庫は天井こそあまり高くないものの、とにかく奥と横に広いのだ。バラバラに探索していて情報共有も出来ていない現状、倉庫の探索率は25%にも満たないだろう。
「何か効率の良い探し方とかあればなぁ。」
「そんなもん考えたって仕方ねぇよ。それで、昨日はどこまで探したっけ?」
「それくらい覚えといた方が良いネー、マッスー。教えてあげるねサヨー。」
「えっと……確か右から5列目くらいまでは終わってたと思います。」
「あれ!? 俺昨日左から探索してたんだけど!?」
「それ以前にどこから探索するとか聞いてないネー。直感の赴くままに探してたネー。」
統率がまったく取れていない! 車海老くんはリーダーシップがありそうだけど、あくまでありそうなだけで指示とかはまったく出来ない人だし、それはブラスさんや中内さんにも、そして僕にも言える。というか昨日の探索とかほとんど北野くんの主導でやってた気がする! なんで今日は来てないのさ!?
「と、とりあえず今日は6列目から探しましょう。」
「そうだな。奥から探す人と手前から探す人で分かれて探そう。そっちの方が効率的だぜ。」
こうして僕らは分かれて6列目を探した。しかし大した収穫も無く、がっくり肩を落とす結果となった。続けて7列目、8列目と探していくが、目ぼしい物はない。
「オーウ、これ何かに使えそうネー。」
9列目で僕と一緒に奥から探索していたブラスさんが何かを見つけた。寄っていくと、ブラスさんは大きめの箱を覗いていた。その箱はダンボール箱と同じ色だが、質感からして金属で出来ているようだった。
「何を見つけたの?」
「日本刀ネー。」
「日本刀。」
何かに使えそうかな?
「これがあれば玄関の扉を一刀両断ネー。」
「いや無理だよ! アニメじゃあないんだからさ!」
「変なこと言うネー。日本人皆サムライ。刀あれば斬れない物無いって聞いてるネー。」
どうして日本刀の知識だけそんなに偏ってるんだ。それ以外はマトモなのに。
「ブラスさん、日本刀を使える日本人は少ないんだ。多分ここにいる人の中に使える人はいないと思うよ。」
「そうなのネー? じゃあ元に戻しとくネー。」
彼はしょんぼりした顔で日本刀を箱に戻した。剣術の達人がいたらなんとかなったかもしれないけど、そんな人はいないだろうし、結局日本刀も無用の長物だったね。
こうして9列目も収穫無しに終わった。
「トッシーとブラッさんの方はなんかあったか?」
「いや、何も無かったよ。車海老くんの方は?」
「何も無かった。というより、無い物があった。」
無い物があった?
「それってどういう意味ネー?」
「中に何も入ってないダンボール箱があったんだ。封も開けてあったし、きっと誰かが持っていったんだ。」
「中に何が入っていたかとかは検討も付きませんでした。痕跡とかもなくて。」
なるほど。ということはこの9列目は既に誰かが調べている可能性があるってことか。そしてそのダンボールの中には何か使えそうな物が入っていた可能性が高いと。
「初日の爆弾に使った材料じゃないかネー?」
「爆弾作りに関わった人に聞けば分かるかもしれないけど、わざわざそれだけのために探すのも悪い気がしますね。」
「そうだね。とりあえずこのことは一旦置いておこうか。どれだけ考えてもキリがないだろうし。」
「そうだな。ところで今何時くらいだ?」
僕は空腹を感じている。つまり昼近くということだろう。
「時計が無いと不便ネー。でもお腹減ったらお昼ネー。」
「私もお腹減ってました……。お昼ご飯にします?」
そうしよう。お腹が減った状態で探索をしても集中できないだろうし。
「昼飯か。今日もサヨちゃんが作ってくれるのかい?」
「はい! もちろん昨日と同じく道宮くんにも手伝ってもらいます。」
「頑張るよ。」
「そうと決まれば食堂に行くネー。」
僕らは談笑しながら食堂に向かった。ここでの生活ももう3日目。だんだんと慣れが出てきた。とはいえ、死と隣り合わせの状況なのには変わりない。なんとかして脱出しなくてはならないという気持ちは依然として残っていた。
食堂には誰もいなかった。昨日と同じく、僕らは探索で体を動かしているから他の人より早くお腹が空くのだろう。
「じゃあ僕らは厨房に行ってくるよ。」
中内さんと共に厨房に向かい、使えそうな食材を探す。すると中内さんが豚肉を発見した。
「ここに来て初めてちゃんとした肉を見た気がするよ。」
「これまでは肉って言ってもハムとかベーコンだったからねー。」
「久しぶりの肉だけど、これをどう調理する?」
「うーん、他の材料を探してみないと思い付かないかな。他に何か使えそうな物はあった?」
「野菜とか調味料の類はほとんどあったよ。後はハムとかスライスチーズとか。むしろ無いのは魚とかだけで、それ以外は何でも揃ってそうだよ。」
「ハムとチーズ……じゃあコルドンブルーにしようか。」
「え、なんて?」
「コルドンブルー。豚肉を揚げた料理で、中にハムとかチーズを挟むの。それに適当な野菜を足せばちょうど良さそうじゃない?」
「そうかもしれない。じゃあ早速作ろうか。」
とはいえ僕はその料理の作り方を知らない。中内さんに教えて貰いながら頑張るしかない。
「じゃあまずは薄力粉と卵とパン粉を用意してくれる?」
「分かったよ。」
薄力粉とパン粉は木の棚に入っていたし、卵は冷蔵庫に入っていた。それらを集めてテーブルに出す。
「揚げ物ってことはこれは衣に使うんだよね? バットに出しといて良い?」
「うん、ありがとう。私は豚肉切っておくから、それが終わったらハムとチーズを持ってきてほしいな。」
「分かったよ。」
3つのバットを出し、右から薄力粉、卵、パン粉の順で適当な量入れていく。卵は割った後、しっかり溶きほぐしてから入れた。
それから手を洗い、冷蔵庫からハムとチーズを取り出した。
「はい、持ってきたよ。」
「ありがとう。じゃあ豚肉の真ん中辺りに重ねて置いてほしいな。」
「何枚くらい?」
「閉じた時に中から溢れないくらいだよ。この豚肉のサイズだと……2枚ずつくらいかな?」
「なるほど。じゃあ2枚ずつ置いておくね。ところでこの豚肉さっきより薄くなってない?」
「うん。切り開いて肉叩きで叩いて伸ばしたからね。コルドンブルーは肉でハムやチーズを挟む料理だから、肉を薄くする必要があるの。」
なるほど。ハンバーガーみたいな感じだね。
「挟んだら、これに衣を付けて揚げるの。道宮くん油用意しといてくれる?」
「任せてよ。」
中内さんが衣を付けている間に、棚から出した油を鍋に入れてコンロの上に置き、火を付けておく。揚げ物はある程度熱い油に入れなければいけないから、もうちょっと早めに用意しておけば良かったかもしれない。
「うーん、とりあえず豚肉は1つだけにしたけど、もう1つ作った方が良かったかな。4人だと1つじゃあ足りないかも……?」
「豚肉がまだあるならもう1つ作ってみようよ。僕も作り方知りたいし。」
「じゃあやってみようか。豚肉は冷蔵庫にあったから持ってくる。」
彼女は慣れた手つきで豚肉をまな板の上に出し、僕に包丁を握らせた。
「包丁の使い方は分かるよね?」
「うん。大丈夫だよ。」
「じゃあまずは切り込みを入れてみようか。豚肉の横から半分くらい切り込みを入れて。」
「えっと……こうかな?」
「そうそう。そうしたら、パカって開いて。」
切り込みを入れた豚肉を、本のように開く。上手く開かなかったので切り込みを少し足して開くようにしてやった。
「ここにハムとチーズを挟むんだよね?」
「そうそう。これで元は完成だよ。後は衣付けて揚げるだけ。……そろそろ油良さそうかな。」
「じゃあ揚げるね。」
薄力粉、卵、パン粉の順に衣を付けた豚肉を油の中に投入していく。入れる時にジュッという音がした。
「ちょっと油の温度が低かったかな? まぁ、大丈夫だよね。」
「ところでこれは何分くらい揚げるの?」
「色の付き具合とか見て適当なタイミングで出すから、まちまちかな。私が見ておくから、道宮くんはその間に野菜とか用意してもらえるかな?」
「分かったよ。キャベツの千切りとかで良いよね?」
「もちろん。」
やっぱり揚げ物のお供と言えばキャベツの千切りだ。後でミニトマトも足しておこう。これに白米と味噌汁があれば完璧だ。
キャベツを切りながら、片手間に中内さんと話をする。当たり障りのない世間話がほとんどだったが、ふと会話の流れから家族の話になった。
「そういえば、中内さんって妹がいるって言ってたよね。」
「うん。まだバブちゃんでとってもかわいいんだよ。」
彼女はそう言ってはにかんだ。中内さんが16歳って言ってたから、相当歳が離れてるんだなぁ。でも何歳くらいなんだろう。バブちゃんって言っても人によって指す年齢も変わるだろうし。
「その妹って何歳くらいなの?」
「16歳です。」
「それ双子だよね!?」
口元を手で隠してコロコロと笑う彼女を尻目に、キャベツを切り終わる。ボウルに移しておき、お皿と茶碗と食器を用意する。ついでに白米とインスタント味噌汁も準備した。
「そろそろ良さそう……。」
中内さんがコルドンブルーを油から取り出す。それは美味しそうな香りを漂わせている。彼女はさっきまで僕が使っていたまな板と包丁を洗い、そこにコルドンブルーを乗せた。
「粗熱が取れたら切ってお皿に乗せるから、先にキャベツを盛り付けておいて。」
「分かったよ。」
4枚の白いお皿にキャベツを盛り付ける。ちょっとキャベツの量が多かったかもしれない。まぁいっか。後は冷蔵庫にミニトマトがあったからそれを乗っけよう。それと揚げ物にはソースが必要なはずだ。木の棚にオイスターソースがあったからそれで良いだろう。
「道宮くんは兄弟とかいないの?」
「いないよ。僕は一人っ子なんだ。」
「へぇー、意外だね。弟って感じがするのに。」
僕、弟みたいって思われてたのか……。中内さんより歳上なのに……。
「ねね、道宮くんってどこの高校なの?」
「東京の目赤高校だよ。中内さんは?」
「私、目青高校だよ! 意外とすぐ近くだね。」
目青高校って言ったら僕の家からでも電車で10分くらいで行ける距離だ。目赤高校のライバル校で、毎年有名大学への進学率を競っている。双方、都内では中堅クラスの難関校で僕も入るのに苦労した。
「私も入る時、目赤高校と迷ったけど目青の方が去年の進学率が高かったし、何より最近英語に力を入れてるって聞いたので目青に入ったの。」
すごいなぁ。家から近いって理由だけで目赤を選んだ僕とは大違いだ。中内さんってどことなくお嬢様みたいな雰囲気あるし、きっと勉強も出来るんだろうなぁ。
「あの……もし良かったら、ここから出た後にまた会ってくれないかな? ここで会ったのも何かの縁だと思うの。」
「もちろん良いよ。同じ東京だし、いつでも会えるよ。」
「ありがとう。その時には妹も紹介するね。中内トヨって言うの。」
中内トヨさんか。覚えておこう。きっと中内さんと同じで大人しい子なんだろうな。
「そろそろ粗熱が取れてきたから切るね。」
彼女はコルドンブルーに包丁を入れた。コルドンブルーの切れた断面からはチーズがトロリと流れてくる。とても美味しそうだ。
「じゃあこれをお皿に乗せて、ソースを掛けて完成だね。」
「持っていこうか。あ、コップも忘れずに。」
お盆に白米と味噌汁、コルドンブルー、食器とコップを乗せ、それを持って食堂に向かう。とはいえ1度に4人分を持っていくことは難しいから、2人で2回に分けて運ぶことにした。
食堂に戻ると車海老くんとブラスさんが雑談していた。
「出来ましたよー。」
「おぉ! 肉だ! 揚げ物だ!」
「ワターシ、チーズベリベリ大好きネー。」
「ちょっと待っててね。すぐに僕らの分も持ってくるから。」
急いで中内さんと厨房に行き、2人の分を持つ。ついでにブラスさんの水筒も持って帰った。
「ブラスさん、これ。」
「オーウ、気が利くネー。センキューヨー。」
彼はそう言って水筒をカラカラ鳴らした。中に氷が入っているようだ。
「ブラッさんのそれ、癖なのか?」
「そうネー。ワターシ猫舌ネー。中に氷が入ってるか毎回確かめないと飲めないネー。」
そういう人もいるんだなぁ。というか、厨房に製氷機があったけどあれブラスさんが倉庫から持ってきたやつだったんだね。
「じゃあ、私皆の水入れるので、座っていてください。」
「分かったよ。」
「ところでトッシー、この料理なんて名前なの?」
「コルドンブルーだよ。」
「何それ。ブラッさん知ってる?」
「確かフランスの料理だった気がするネー。」
そんなことを話していると中内さんが水を持ってきた。
「じゃあ、食べましょうか。いただきます。」
「いただきまーす。」
「いただきますネー。」
皆で食卓を囲むのはなんだかほっこりする。本音を言えば他の皆とも一緒に食べたい。でもきっといつかそんな時が来るよね。
「いただきます。」
手を合わせる。今はとにかく食べて、午後の探索のことだけを考えるようにしよう。
「お、美味いなぁこれ。」
コルドンブルーは美味しかった。肉とチーズのハーモニー、ハムの歯ごたえとチーズの食感、豚肉とハムという圧倒的たんぱく質。満足感たっぷりだ。
特に何事もなく、適当に雑談をして食べ終わる。これから午後の探索だ。
「さぁて、ちゃっちゃと洗い物済まして行くか。」
「あ、待って車海老くん。今日は僕にやらせてほしいんだ。」
「どうした? 皆でやった方が早く終わるだろ。」
「ま、まぁそれはそうなんだけど、皆には先に倉庫に行って探索しててほしいんだ。早く脱出の糸口を見つけなきゃいけないし。それに、ちょっと他の皆の様子も気になるし。」
「ほーん。まぁ、トッシーが言うなら仕方ねぇな。じゃあ他のやつらのことは頼むぜ。じゃあ俺らは行くか。」
車海老くんは2人を連れて食堂から出ていった。僕は厨房に食器を持っていき、洗い物をした。洗い物をしながら考えていたのは、他の皆のことだった。
北野くんは今日、倉庫に来ていない。朝に姿を見たのが最後だ。昨日は探索を手伝ってくれていた。彼もきっと疲れが溜まっているのだろう。彼は人狼ゲーム日本一の称号を持つ。だから夕方の議論の時には頑張ろうとしてくれている。だけどあれは相当辛いはずだ。自分が生き残るために仲間を糾弾するのは、分かっていても辛い。
橋さんはメンタルが強い方ではない。見た目のイメージだけで言ったら中内さんの方がよっぽど繊細そうなのに。とにかく、彼女は怯えているのだろう。探索に参加すれば、そこでした行動を元に疑われてしまう。金本くんなんかは疑いだけで処刑されたようなものだ。彼女は自分もそうなることを恐れている。それは当然のことだ。彼女を責める人は誰もいない。
羽田くんはまだ16歳だ。こんな状況に巻き込まれて良くやっている。あまり部屋から出てくることは無いけど、それでも共に脱出したいと願う仲間なことには変わりない。ただ、ちゃんとご飯食べてるかが心配だ。基本的に夜はご飯食べれないから、昼くらいはしっかり食べてほしい。
城白さんは……良く分からない。多分同い年くらいなんだろうけど、掴み所が無い感じがする。まぁ、彼女も仲間なことには違いない。だけどなんで髪を染めてるんだろう。学校の校則に引っ掛からないのかな? 今度会ったら聞いてみよう。
そんなことを考えていると洗い物はあっという間に終わった。食器はしっかり拭いて元の場所に戻しておく。
食堂に戻るとそこには人がいた。羽田くんだ。顔色が少し悪い気がする。
「やぁ、羽田くん。これからご飯?」
「道宮くんか。そうだよ。」
羽田くんは笑って見せた。
「なんだか元気無さそうだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。これでも昼食を取れるくらいには回復したんだ。」
「そっか。なら良いんだけど。」
僕的にはまだまだ心配だ。というかこれまでお昼ご飯食べてなかったんだね。
「道宮くん、実は僕、すごいことに気づいたんだ。」
「え、すごいこと?」
「必勝法だよ。このゲームには必勝法があるんだ。」
え? 必勝法?
「詳しいことは教えられないんだけど大丈夫。僕がこの必勝法を使って必ず君を外に出してあげるから。」
彼はそう言って厨房の方に姿を消した。本当に必勝法なんてあるのだろうか。だけど羽田くん、やけにルンルンだったし本当に思い付いたのかもしれない。
その後、僕は北野くんや城白さん、橋さんを探したが、残念ながら見つからなかった。とはいえ、羽田くんと会えただけ良かったとしよう。あ、せっかくなら倉庫にあった空いてたダンボール箱のこと聞けば良かったな。まぁ、また会ったら聞いてみよう。
倉庫に戻った僕は、皆に羽田くんと会ったことと必勝法のことを伝えた。
「必勝法ねぇ。そんなもんがあるなら確かにありがたいけどよぉ。」
「でも必勝法ってことは人狼ゲームに勝つ方法ってことで、脱出する方法ではないってことですよね?」
「どちらにしろハネダーが元気になって良かったネー。」
こうして僕らは午後からの探索を始めた。しかし、昨日に引き続き何の成果も挙げられなかった。GMは倉庫に一切の脱出方法も残していないのではないかと思ってくるほどだった。そして、GMの放送が聞こえた。
「午後6時になりました。これより、夕方の議論を開始しますので、PLの皆様は食堂に集まってください。」
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