第12話 他人を犠牲に

「……っ。」


 金本くんは目を見開いて、僕らの方を見た。しかし一瞬で走って逃げ出した。


「捕まえろ。」


 GMの命令を受けたロボットは速やかに金本くんに組み付き、彼を拘束した。


「ふざけるな! ふざけるな! 離せ離せ離せ!」


「えー、えー、今回の処刑方法なんですけど、やっぱり前回と同じだとつまらないので変えました。こちらをご覧くださーい。」


 食堂の端の方の床が割れ、下から椅子がせり上がってきた。それを見た僕らは察する。


「電気椅子でーす!」


 僕らの顔を見て楽しそうにケタケタと笑うGMだったが、その声は金本くんの悲鳴によって掻き消された。


「やめろ! やめろ! 嫌だ! 離せ! くそ、くそ、くそ!」


「往生際が悪いなぁ。どっかの誰かさんとは大違いですよ。さっさと諦めて電気椅子に座っちゃってくださーい。」


 ロボットは金本くんを無理矢理電気椅子の方向に引きずっていく。


「ふざけるな! ふざけるな! 俺にはまだやらなきゃいけないことがあるんだ! こんなところで死ぬ訳にはいかないんだ!」


 彼は暴れながらロボットの拘束から逃れようとしている。しかしロボットの力は強く、彼ではどうにもならなかった。もしもロボットを退かせたとしても、ロボットは無尽蔵に現れる。そのことが分かっているから、今回ブラスさんはただ立ち尽くして見ているだけだった。


「俺は次元学の先駆者なんだ! 俺の帰りを待ってくれている研究仲間がいるんだ! 書きかけの論文も、結果待ちの実験もあるんだ! まだまだやらなきゃいけないことがたくさんあるんだ! 嫌だ! やめろ! こんなところで死ぬ訳にはいかない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!」


「うるさいなぁ、生き汚いなぁ。面倒だし黙らせちゃえ。」


 天井から飛来した針が金本くんの首筋に当たり、彼は力を失ったようにぐったりした。筋肉を麻痺させたのだろう。


「これで静かになったね。あ、安心して。その薬では心臓とか大事な器官までは麻痺しないから。君を殺すのはあくまで電気椅子だよ。いやぁ、学者にはピッタリだよね。」


 ロボットによって金本くんは電気椅子に座らされてしまった。電極を後頭部や足首に取り付けられ、ゴムのベルトでくくりつけられた姿は死刑囚そのものだった。そしてその顔は死への恐怖でぐちゃぐちゃになっていた。


「それじゃあ、処刑と行きましょーう!」


 GMの声と共に、電気椅子に取り付けられたメーターが動き出した。流している電流の強さを表しているのだろう。それは徐々に上がっていき、電流が強くなっていることを表していた。


 電気で苦しむ金本くんが生きているのか、それとももう死んでしまっているのかすらも僕には分からなかった。ただ髪が焦げ、皮膚が焦げ、どんどん面影を失くしていく様子を見ているだけで精一杯だった。


 そしてどれくらいかの時間が流れた後、メーターが電流の停止を示した。電気椅子に座っていたのはもはや誰か分からない焼死体だった。


「うっわ、見てくださいよ。あいつ死に際に糞便尿便撒き散らしてますよ。生き汚いだけじゃあなくてシンプルに汚いですね。掃除する身にもなってほしいですよまったく。」


 その言葉を聞いた途端、金本くんの死を現実として実感した。全身から力が抜けそうになった。全身が恐怖で震えてしまいそうになった。だけど、その後に沸き上がってきた感情が僕の全身を奮い立てた。


 その感情は、怒りだった。GMへの怒りだった。


「これで2人目が死んじゃった訳だけどー、まだまだ人狼ゲームは終わりませんからねー? 金本さんが人狼でも人狼じゃなくても、人狼はまだ残ってるのでー。じゃ、もうすぐ恐ろしい夜がやってくるので皆さんは震えながら眠ってくださーい。」


 ロボットはいつの間にかいなくなっていた。残っていたのは動けずにいる僕らと死体だけだった。


「……そろそろ出ようぜ。」


 どれくらいかの時間が過ぎ、誰かがふとそう言った。2回目とはいえ、人の死に慣れることなんてできなかった。だけどいつまでもこうしている訳にもいかなかった。


 食堂から出た僕らは、自然に解散の流れになった。そして僕は自室に戻った。


 まずはお風呂に入ろうと思い、服を脱ぎかけてふと思い出す。そういえばこの館にある浴場にはまだ行ったことが無い。途中で夜になってしまうかもしれないけど、リフレッシュに今日は浴場に行ってみても良いかもしれない。


 そう思い立った僕は早速浴場に向かった。しかし浴場の手前辺りまで来て思い出す。この館の浴場は男女で別れていないから、もし先客がいたら大変まずい事態になるかもしれない。僕は浴場の扉の前で立ち止まり、とりあえずノックをしてみた。


 するとそれに反応して、浴場の扉が開く。僕の目の前に現れたのはしっとりと髪を濡らした城白さんだった。いつもと違い髪を下ろした彼女にドキリとして上手く言葉が出せない。


「……何か用?」


 口をモゴモゴさせていると痺れを切らした城白さんが呆れたように聞いてきた。


「い、いや、その、ここ使ったことってまだ無かったから、せっかくだし使ってみようかなって思って、それで先に誰かいたらまずいなって思って。」


 焦りのあまり訳の分からないことを言ってしまい、余計に呆れさせてしまったかもしれない。


「それで、もし城白さんが使い終わったなら僕が使っちゃって良いかな?」


「別に構わないけどもうすぐ夜になるわよ。」


「え、そうなの?」


 時計が無くても時間が分かるなんてすごいなぁ。それにしても城白さんはいつの間に浴場に来たんだろう? 食堂を出て解散してからそんなに時間は経っていないはずなのに。


「それより大丈夫なの?」


「え、何が?」


「あなた、最後まで彼を庇っていたでしょう?」 


 彼……というのは金本くんのことだろう。金本くんが殺されて僕が悲しんでいるんじゃあないかって心配してくれているんだ。


「大丈夫とは言えないかもしれない。もちろん、金本くんが殺されたことは悲しいよ。だけど……。」


「それ以上に、他の皆の心情が分からない。……そういう顔をしているわ。」


 そんな顔をしてるんだ僕。あんまり顔には出にくいタイプだと思ってたんだけどなぁ。


「城白さんは分かる? 皆の……他人の命を犠牲にしてまで生きたいって気持ちが。」


「分かるわよ。私もそうだから。」


「そ、そうなんだ。それはどうして?」


「目的があるから。」


 頭にハテナが浮かんだ。目的というのはどういう意味だろう。


「私には目的がある。だから死ぬ訳にはいかないの。他の人も恐らくそうなのよ。」


 目的ってのは夢とか目標とか、そういう意味のことだろうか。城白さんにはなんとしてでも成し遂げたいことがあって、そのためには死ぬ訳にはいかない。だから他の人を犠牲にしてでも自分の命を優先する。彼女はそう言っているんだ。


「それって普通なのかな……?」


「普通よ。誰だってやりたいことの1つや2つくらいあるでしょう? それを諦めて他人を守って、自分に何の得があるって言うの?」


 他人を守るのに意味なんて必要無い。そんなのは人間として当たり前の行動だ。ずっとそう思っていた。だけどそれは間違いだったのか? 他の人達はそうは思っていなかったのか? 事実、城白さんはそう言っているし、他の皆も金本くんに投票したということはそういうことだろう。


「あなたも何かやりたいことくらいあるでしょう? それを実現するためには他人の命を犠牲にする覚悟が必要ってことよ。」


 僕のやりたいこと? そんなのは決まっている。佐々木さんを、そして金本くんを殺したGMを殺すことだ。だけど、そのために他人を殺すなんてできない。


 そう言おうと口を開きかけた瞬間、GMが僕の言葉を遮った。


「恐ろしい夜がやってきました。皆さんは速やかに自室に戻ってください。」


「……だそうよ。浴場が使えなくて残念だったわね。」


 城白さんはタオルで髪を拭きながら浴場から出てきた。そのまま僕の隣を通りすぎ、階段の方向に歩いて行こうとする。


「あ、ちょっと待って。」


「今はまだ答えが出ないかもしれない。だけどあなたならすぐに出せるわ。」


 そう言って彼女は行ってしまった。


「というか浴場の電気付けっぱなしじゃん!」


 そのまま後を追う訳にもいかず、急いで電気を消す。そして階段の方に目をやったが、既に彼女はいなかった。


 GMの放送もあったので、僕は自室に戻ることにした。そして軽くシャワーを浴び、服を洗濯して布団に入った。お腹が空いてなかなか寝付けなかったけど、明日のことを考えていたらいつの間にか眠ってしまっていた。


 朝起きると、まず自分がしっかり生きていることを確認し、それからシャワーを浴びた。


「午前7時になりました。」


 GMの声を聞きながらタオルで体を拭き、いつものように歯を磨く。乾燥させておいた服を着て、食堂に向かった。


 食堂に行くと、既に他の皆は集まっていた。今日は僕が最後だったようだ。早めに起きたと思ったんだけどな。


「おわ! トッシー生きてたのか!?」


 食堂に入って聞いた第一声はそれだった。


「もちろん生きてるけど、それがどうかしたの?」


「どうかしたのじゃあねぇ。周りを見てみろ。全員いるんだぞ。」


 ブラスさん、北野くん、車海老くん、城白さん、中内さん、橋さん、羽田くん。確かに全員いる。


「毎夜人狼の襲撃があるんだから1人減っていないとおかしいんだ。」


「またGJか?」


 北野くんはそう呟いた。


「2連GJってことですか……?」


「それってすごいことだよ。狩人が完全に人狼の思考を把握してないとできないんだ。僕もあんまり見たこと無いよ。」


 僕もあまり見たことがない。とはいえあり得ないことじゃあないから、起こったとしてもまったく不思議ではない。


「しかし、ふむ……。」


「どうしても怪しいよね。2日続けて人狼の襲撃が防がれるなんてさ。GMがなんかテコ入れでもしてるんじゃあないの?」


「も、もしかして最初から人狼なんていなかったとか……。」


「もー、変な言いがかりはよしてよね。ボクチンはなぁんにも変なことはしていないよ。」


 とGMは口を挟んできたが、この場にGMの言葉を信用する人間はいない。皆がGMを怪しんでいる。当然だ。GMは僕らを誘拐した犯人で、僕らの仲間を殺した犯人でもあるんだから。


「ゲームは平等に進めるべきだとボクチンは思っているよ。だからテコ入れとか依怙贔屓とか、そういうのは一切やらないよ! 嘘も吐かないよ。ボクチンは君らと違って誠実だからね。」


「な~にが誠実だ! とっとと俺らを家に帰しやがれ。」


 イライラした様子の車海老くんが大声でGMに怒鳴ると、GMも釣られてイライラした様子で反論した。


「あのねぇ、それでハイ帰しますなんてやるようなら最初から誘拐なんかしてないっての。それに君たちは分かってるでしょ? ここから家に帰るには、他人の命を犠牲にするしかないんだよ。」


 他人の命を犠牲にする。その言葉を聞いた僕の体は震え、背筋に冷たい感覚を覚えた。


「うーん、他人の命を犠牲にするって表現は正しくないかもしれないなぁ。正しくは他人を殺して生き残るゲームだね。分かる? 君たちは犠牲にしているんじゃあない。殺してるんだよ。そのことをもっと自覚した方が良いよ。」


 なんて身勝手なやつだ。殺してるのは僕らじゃあない。全部GMじゃあないか。どこまでもふざけたやつだ。


「しかしGMの言っていることが本当だと仮定した場合、2連GJは実際にあったということになるな。」


「誰も死んでないってことはそうなるよね。」


「皆生きてるならそれで良いネー。トッシー生きててベリベリ安心したネー。早くご飯食べようネー。」


 GJの件についてはあまり話し合うべきではない。GJは狩人が人狼からの襲撃を防いだことを指す。つまり、このGJの話題で反応が変だったりしたら狩人だとバレてしまう可能性があるんだ。狩人は正体を人狼にバレてはいけない役職だから、こういう市民陣営に不利な情報が出るかもしれない話題はさらっと流すに限る。


「まぁ、それもそうだな。とりあえず飯にしよう。」


「いや、ちょっと待ってくれ。先に今日の行動を話し合ってみないか?」


 皆が車海老くんに注目する。彼は1人1人の顔をしっかり見てから言った。


「俺たちが誘拐されてからもう3日目だ。助けは未だ来ず、脱出の糸口も見つからない。倉庫での探索でも目ぼしい成果は上げられていない。このままじゃあダメだとは思わないか?」


 言っていることはもっともだ。初日こそ丸太を使ったり溶接機を使ったり爆弾を使ったり、皆脱出に協力的だった。しかし昨日は皆が皆協力してくれた訳じゃあない。探索も進んでいないし、脱出も出来そうにはない。確かにこのままじゃあダメだ。


「今日こそ脱出したいと俺は思っている。だから皆、探索に協力して欲しいんだ。皆で協力して探索すればきっと、光明が見えるはずなんだ!」


 皆は静まりかえった。探索に協力したいのは山々だ。だけど、僕を含め皆は既に気づいてしまったんだ。この探索にはデメリットがある。それは疑われるというデメリットだ。この人狼ゲームではほとんど情報が落ちない。占い師の能力は使ってしまったし、霊能者の能力も1回しか使えない。そんな情報が落ちない中、議論で結論を出すにはどうしても行動を疑わなくてはいけないんだ。金本くんも不用意な行動をしていたから疑われた。疑われないためには、1日中部屋に閉じこもってるのが1番なんだ。変な行動をすると、疑われて、処刑されてしまう。だけど……。


「僕はやるよ。どのみちそれしか無いんだ。」


 疑われるかもしれない。吊られるかもしれない。だけど何もせず待ってるだけなんて僕には出来ない。


「朝食が終わったら僕は倉庫に行く。そこで待ってるから、協力してくれる人は来て欲しい。もちろん強制はしないよ。だけど、このまま何もしない訳にはいかないでしょ。最終的にはGMに殺されてしまうかもしれないんだし。」


「ボクチンはそんなことしないよぉ。」


「うるさい黙れ! ……とにかく、足を止めても仕方ないんだ。僕は倉庫で皆を待ってるからね。」


「良く言ったぜトッシー……! 一緒に頑張ろうな!」


 車海老くんは僕の肩をバシバシ叩いた。他の皆は沈黙している。僕の思いが伝わったかは分からない。だけどきっと皆来てくれるはずだ。だって僕らは仲間なんだ。偶然とはいえ、同じ場所に誘拐された仲間で、脱出したいという思いは変わらないはず。だからきっと大丈夫。


 次第に皆はそれぞれ用意した朝食を食べ始めた。僕も厨房に向かい、簡単な朝食を用意して食べた。昨晩から続く空腹を満たして体に活力を与え、脱出する方法を探すために僕は倉庫に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る