第11話 怪しい

 GMの声を聞いた僕らは食堂に集まっていた。姿を見せなかった羽田くんと城白さんもやってきて、死んだ佐々木さんを除く全員が食堂に集まった形になった。


「オーウ、今日は既にロボット配置済みネー。」


 食堂の端に目をやると、そこには投票箱と投票用紙、それから鉛筆を持ったロボットが既にいた。そいつがこちらを襲ってくるような様子は無かった。


「えー、えー、君達集まってくれてありがとう。という訳でクソにも満たない前置きはやめて早速議論を開始してくださーい!」


 天井からゴングを叩いたような効果音が鳴った。GMなりの飽きさせない工夫が垣間見えて反吐が出る。


「つってもよぉ、昨日と同じで情報が無いんだから議論できねぇよ。」


「昨日と違う点は城白が確定で人狼では無いと判明したことのみだ。それ以外の情報を持っているやつはいるか? 例えば、誰かが人狼銃を持っているのを見たとか。」


「その……人狼銃って実物を見たことが無いので銃を持っている人がいても、その人が持ってる銃が人狼銃かどうかは分からないですよ。」


 確かにそうだ。僕らは人狼銃がどんな物かすら知らない。だから誰かが銃を持っていたとしても、それを人狼銃であると指摘できないんだ。


「銃なんて持っていたら人狼で確定だろう。人狼以外が銃など持ち歩かないはずだ。そもそも銃は倉庫でもまだ見つかっていない訳だからな。」


 そうか、北野くんは知らないんだ。北野くんだけじゃあない。金本くんや城白さん、橋さんや羽田くんも知らない。倉庫に銃があったことを知っている人物は僕とブラスさんと車海老くんと中内さんだけだ。


「ま、まぁ普通の銃でもなんでも良いけどよ、結局いないんだろ? これ以上情報を持ってるやつはさ。」


 皆が沈黙した。それは肯定と同じであった。車海老くんは続ける。


「だったらよぉ、また昨日みたいに怪しい行動をしていたやつを探すとか?」


 その言葉に皆の顔が強張る。自分が生き残るために他の人を疑うのは誰だって嫌だ。だけどそれをやらないことには議論は進まない。


「怪しい行動をしていた人って、具体的にはどんな行動をしてた人? 私は午後から倉庫の方に行ってたけど特に怪しい行動をしてた人はいなかったよ。」


「あ、そういえば今日倉庫で見かけなかった3人はどうしてたんですか?」


 中内さんが言っている3人というのは、金本くん、城白さん、羽田くんのことだ。


「僕はずっと自分の部屋に閉じこもってたんだ。」


「私もよ。特に何もせず過ごしていたわ。」


「俺は1日中図書室にいた。」


 金本くんがそう言った瞬間、北野くんの目の色が変わった。


「1日中図書室にいただと? それはおかしいな。僕は図書室の外でお前を何度も見たぞ。」


「そりゃあ昼飯を食いに行ったり、水を飲みに図書室から出たりはしたが……。」


「僕が言っているのはそういう頻度の話じゃあない。」


 そう言って彼は金本くんを睨みつける。


「僕は午前の途中から倉庫にいた。そこで車海老らと過ごしていたが、合間合間に倉庫から抜け出して館中をフラフラ歩いていたんだ。」


「え、そうだったのか。」


「息抜きのためにな。そうしたら金本を見たんだ。最初に見たのは自身の個室に入っていくところだったな。」


「待て。それはいつ頃の話だ? 俺は今日1日1度も自室には戻っていないぞ。」


「1度も自室には戻っていないだと? それは嘘だな。僕はお前が個室に戻っていくのを5回は見たぞ。」


 5回も見たんだ。なんでそんなに自分の部屋に戻っていたんだろう?


「お前は図書室と自室を往復しているようだったが、いったい何をしていた?」


「ふざけるな。俺は1日中図書室にいたと言っているだろう。」


 話が食い違っている。見間違い……なんてことは無いよな。ということはどっちかが嘘を吐いているってこと?


「もちろん、それだけで金本のことを人狼だと主張する訳じゃあない。しかし怪しいという意味では十分だろう。」


「た、確かにそれは怪しいぜ。どうしてそんなに自分の部屋と図書室を行き来してたんだ?」


「していないと言っているだろう!」


「ならば証言を出してもらおう。お前は1日中図書室にいたと言っていたな。だったら午前中は図書室にいた橋が姿を見ているはずだな。」


 皆の視線が橋さんに注がれる。


「え、えーっと、確か見たはずだよ。何回か。」


「じゃあ金本くんは1日中図書室にいたってこと?」


「いや、その2人はずっと一緒にいた訳じゃあないからそれじゃあ有効な証言にはならないよ。橋さんが目を離している隙に移動していたとも考えられるし。」


 羽田くんの言葉は確かに正しい。別に2人は特別仲が良いって訳じゃあなさそうだし、僕が橋さんの説得に行った時も、橋さんと金本くんは各々で行動していた。図書室の出入り口の自動ドアは開閉時に音が出ないタイプだったから、橋さんが見ていない隙にこっそり図書室から出ていくことだってできるはずだ。


「で、でもだとしたら理由が分かりません……。どうして金本さんはそんなことを……?」


「Mr.金本は倉庫にも来てないからネー。罠を作っていたとも考えられないネー。」


「もしかして、本を自分の部屋に持って帰っていたんじゃあないか!?」


「いや、僕が見た時は本など持っていなかった。」


「じゃあ何のために金本さんはそんな行動を……?」


 分からない。だけど金本くんは本当にそんな行動をしたのか? 金本くんはさっきから否定している。本当にやっていないのか、はたまたそれはバレるとマズイ行動なのか。


「……他にその行動を目撃した人はいるのかしら?」


 それまでずっと黙っていた城白さんが突然口を開いた。僕らは一瞬呆気に取られたけど、すぐに質問の意味を理解し答えた。


「お、俺は見てねぇぞ。」


「私も見てないですよ。」


「私も、彼が自分の部屋に向かうのは見てないよ。」


「ミーも見てないネー。」


「僕も見ていないよ。」


「僕も……。」


 そう言い掛けて言葉が詰まった。確かに僕は個室に戻る姿は見ていない。しかし彼が図書室から出ていくところは見ている。彼と2人きりで話した時、彼は確かに図書室から出ていった。だけどそれを言っても良いのか? 仲間を追い詰めるようなことを言っても良いのか?


「どうした道宮? 何か知っているのか?」


 いや、ここは隠すべきじゃあない。何が正しくて何が正しくないのか分からない状況での隠し事は混乱を生むだけだ。


「僕は午後金本くんと図書室で話したんだけど、その時金本くんが図書室から出ていくのを見たよ。個室に入っていくところは見ていないけど。」


 それを聞いて金本くんは顔を曇らせた。思わず心が痛くなる。


「少なくとも図書室から出ていくところを見た人はいるってことか。」


「だけど個室に入っていくところは北野さんしか見てないってことですよね。」


「……北野だけの証言では信用に値しないだろう。これは露骨な黒塗りだ。」


 金本くんは北野くんが自分を人狼に仕立て上げようとしていると言っているんだ。そういう行為は人狼がよくやるから、彼は北野くんが人狼じゃあないかと疑っているんだ。


「おいおい、まさかこの僕がそれだけの根拠でこの話を持ち出したとでも言うんじゃあないだろうな?」


「それはどういう意味だ。」


「他にもあるんだよ。お前が怪しいという根拠がな。これは言うか迷っていたんだがな……。」


 他にも金本くんが怪しいという根拠がある? それっていったいどんな根拠だろう。


「昨日金本は佐々木と一緒に爆弾を作ったよな。その時の話だ。」


「おい、それは昨日終わった話だろう。」


「それが終わっていなかったんだよ。僕らは見落としていたんだ。金本は佐々木を欺き、誤った計算結果を正しいと認識させていたんだ。」


「そ、それってどういう話だ? 誤った計算結果は間違ってんだから正しいと認識させるもクソも無いんじゃ……?」


「簡単な話だ。佐々木は確かに某有名大学出身、学力には申し分無いはずだ。しかし金本は現役の研究者らしいじゃあないか。そんな2人の知能の差が大きく開いていても不思議ではない。」


 そうか。中学生が高校の問題を見ても答えが分からないように、佐々木さんが見ても分からないような複雑な計算をして、結果を誤認させた可能性のことを言っているのか。だけど本当にそんなことができるのか? 佐々木さんだって確かに計算結果は確認したって言っていたし。


「……そんなものはただの想像だ。証拠にはならない。」


「僕達にはその計算とやらの意味を理解することができないからな。お前が余裕を崩さずいられるのもそのためだろう。」


 そして北野くんは目を閉じて静かに息を吐き出すと、こう言った。


「しかし、いったい何故証拠が必要なのだ?」


「……は?」


 僕も何を言っているのか分からなかった。証拠は必要だ。だってそれは命の掛かったゲームで……。


「質問を変えようか。お前達は人狼ゲームで、いちいち根拠証拠を基に吊るやつを決めるのか?」


「じ、人狼ゲームでもあるけどそれ以前にこれは命の掛かったゲームで……!」


「それは違うぞ道宮。これは命の掛かったゲームでもあるが、それ以前に人狼ゲームでもあるのだ。周りのやつらを見てみるんだな。」


 辺りを見回して初めて僕は皆の表情に気づいた。


 ブラスさんも、車海老くんも、中内さんも、橋さんも、羽田くんも、申し訳なさそうな顔をしていた。申し訳なさそうな顔だ。それがどういう意味かなんて考えなくても分かる。受け入れているんだ。北野くんの言葉を、金本くんを疑うことを、あまつさえ仲間を吊ろうとすることさえも。


「そ、そんなの……!」


 脳裏から車海老くんの言葉が浮かんでくる。仲間でも自分が生き残るためなら容赦しない。他の皆も同じ考えなのか? いまだにそれに染まりきれていない僕の方が異常なのか?


 縋るように城白さんの方を向いた。彼女はいつもの無表情で、北野くんをじっと見つめていた。その姿が頼もしくて、彼女ならこの状況を打破してくれるんじゃあないかとすら思ってしまった。


「お、おい、冗談じゃあないぞ! まさか本当にそれだけのことで吊るって言うんじゃあないだろうな!?」


 誰も何も言わなかった。そしていつだって決まっている。沈黙は肯定。どこの誰が言い出した言葉かは知らないが、今この場においては正しいようだった。


「ぼ、僕は反対だよ! 命が掛かっているんだし、議論は慎重にやった方が良い! 皆もそう思うでしょ!?」


 誰も何も言わなかった。この沈黙は肯定だろうか? そうであって欲しい。だけど、皆の表情がそれは誤りであることを告げていた。


 ブラスさんや車海老くんは目を瞑り歯を食い縛り険しい顔をしていた。

 中内さんは困ったような顔で悲しそうに笑っていた。

 羽田くんと橋さんはとにかく辛そうな顔だった。


「こ、こんなゴリ押しが通って堪るか。そもそもさっきから議論の主導権をずっと北野が握っているじゃあないか! それがおかしいとは思わないのか!?」


「いや、まぁ、北野さんって人狼ゲーム日本一だし、この人に任せておけば大丈夫かな~って……。」


「北野が人狼だったら全滅パターンの思考じゃあないか。プライドというものは無いのか!?」


 辺りを気まずい空気が支配した。金本くんは目に見えて焦っている。金本くんを吊ろうという雰囲気が徐々に出来上がっているのが感じ取れる。


「とにかく、議論に制限時間は無いんだからもっと話し合ってみようよ。」


「別に僕は構わないぞ。他に話し合うことがあるなら、存分に話し合おうじゃあないか。それで、他に何を話し合うんだ?」


「それは……。」


 言葉に詰まる。情報が足りない。他に怪しい行動をしていた人がいただろうか? いや、いたとしてそれを指摘しても意味が無い。同じような状況を作り出すだけだ。最善は誰も処刑されない方法を考えることだ。だけどGMはそれを許さないだろう。じゃあ人狼を見つける? いや、情報が足りない。結局のところそこに行き着く。僕はあまりにも無知だ。


「もしもこれ以上話し合うことが無いのなら、僕は金本を吊ることを提案する。現状、怪しい人間は金本だけだからな。」


 彼がそう提案することは予想出来ていた。だけど僕はそれを止められなかった。それを止めるだけの力を持ち合わせていなかった。


「み、皆はそれで良いの!? こんなのGMの思うつぼだよ!」


「そうだったとしても……俺は北野さんの意見に賛成するぜ。」


 車海老くんは唇を噛み締めながら言った。


「トッシーには話したろ。俺は自分が生き残るためなら他人を犠牲にする。悪いとは思うが、金本を犠牲に俺の命が助かるなら俺はそれを選択する。」


 絶句した。その言葉は以前に聞かされていた。しかし実際に、この場で聞くと言葉の重みというものが違っていた。それは到底僕には理解できなかった。


「道宮くん、僕たちは聖人でも善人でも無いんだ。僕も車海老くんと同意見だよ。」


「は、羽田くんまで……。」


「むしろ、反対する人の方が少ないはずだよ。誰だって自分の命が1番大切なはずなんだから。」


 ブラスさんの方を見る。中内さんの方を見る。橋さんの方を見る。皆目も合わせてくれなかった。


「そんな……どうして……?」


 他人の命を犠牲にして生きたい気持ちってなんだ? 金本くんが嫌いだから吊ろうとしている訳じゃあないってことくらいは分かる。だけどそこまでして自分の命を優先させる理由が、僕には分からなかった。


「……これ以上、話し合う必要は無いようだな。では投票と行こうか。」


「おい貴様ら、ふざけるなよ。何が犠牲だ、何が投票だ! 俺がそれを認めるとでも思ったのか!」


「えー、えー、それではこのまま投票を行っても良いという人は挙手をお願いします。」


 挙手をしたのは北野くん、車海老くん、中内さん、橋さん、羽田くんの5人だった。


「佐々木さんがおっ死んだので現在9名、挙手したのが5名なので多数決により投票に移ります。各人ロボットから投票用紙を受け取って、吊りたい人の名前を書いてね。」


 ロボットは僕らに用紙と鉛筆を渡してきた。これに名前を書いて、前にある投票箱に入れろということらしい。


「お、おい、嘘だろ。冗談だろ。本当に投票するつもりじゃあないだろうな。」


 僕は名前が書けなかった。鉛筆を手に取ることすら出来なかった。ただ怯えて震える金本くんを見ていることしか出来なかった。


 気づけば僕の何も書いていない投票用紙はロボットに回収されてしまっていた。ロボットは頭を抱える金本くんからも、引ったくるように投票用紙を奪うと、投票箱に入れてしまった。


「投票には制限時間があるのです。1人が駄々こねて投票が終わらないなんて事態を防ぐためにね。」


 冷たいほど合理的な説明を聞きながら、僕は呆然としていた。佐々木さんの時はGMに騙された感じがあった。だけど今回は違う。皆で切り捨てる命を選んだんだ。僕はそのことが信じられなかった。1人の命を奪うということが、こんなにもトントン拍子に進んでいくことが信じられなかった。


「それでは投票結果に基づき、本日処刑される人を発表します! 本日処刑される人は……。」


 GMは楽しそうに、残酷に告げた。


「金本次世さんです!」

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