第9話 朝食会議

 僕が食堂に向かうと、そこにいたのは城白さんだけだった。


「おはよう、城白さん。」


 僕が挨拶すると、彼女は驚いたような顔をした。


「どうしたの?」


「……もっと落ち込んでると思ってただけよ。」


 昨日までの僕は確かに落ち込んでいた。だけど今の僕は違う。今の僕には目的がある。目的が僕にエネルギーを与えてくれるんだ。


「城白さんも、そんなに気にしてなさそうだよね。」


「別に……。」


 彼女は食パンを咀嚼しながら顔を背けた。


「ところで、他の皆はどうしたの?」


「まだ来てないだけよ。」


「そっか。まぁ昨日あんなことがあったばかりだし、今日は全員揃わなくても仕方ないかもね。」


 そう言いながら僕は厨房に向かった。厨房の机には昨日まで無かった食パンが置かれていた。さっき城白さんが食べていたのはこれだろう。ちょうど食べたい物も無かったので僕も食パンを食べることにした。


 まずは食パンにバターを塗って焼く。その間に冷蔵庫から卵を取り出し、目玉焼きを作っておく。食パンが焼けたら目玉焼きを乗せる。そこに牛乳を加えて完成だ。ちょっと野菜が足りないかな。まぁ良いか。


 僕が食堂に戻ると、そこには城白さんの他に、死んだ顔をした橋さんがいた。彼女の顔は心配になるくらい青くて、思わずびっくりしてしまった。


「おはよう、橋さん。顔色が悪いけど大丈夫?」


「ま、まぁ大丈夫。昨日よりは楽かな。」


 ぎこちない笑顔だ。相当参っていることが見て取れる。


「ていうか、あんた相当元気そうね。」


「うん。昨日心の整理が付いたからね。」


「そう。ちょっと羨ましいな。」


 彼女はそう言って厨房に消えた。僕は端っこの席に座り、1人で朝食を食べることにした。そうして過ごしていると、次々に皆が食堂に入ってきた。


 目に隈がある羽田くん。

 顔付きの険しい北野くん。

 いつになく真面目な表情のブラスさん。

 少し顔色に変化がある気がする金本くん。

 そして少し挙動不審ながらも普段通りの中内さん。


 ほとんどの人がショックを受けている様子だった。気持ちの整理も付いていないのだろう。特に会話が弾むこともなく、各々で朝食を取っていた。


 僕が異変に気付いたのは、皆が集まってから数分した時だった。いつまで経っても車海老くんが来ないのだ。きっと今日の朝も仕切るのは車海老くんだと思っていたし、彼の強さが他の皆を良い方向に導くと思っていたから、早く来て欲しいと思っていた。しかし彼はいつまで経っても来なかった。


「車海老のやつ、遅いな。」


 北野くんが不意に呟いた。僕らに不安の波紋が広がっていく。もしかして、と思ってしまう。いや、思わざるおえない。だってこれは人狼ゲームだ。人狼ゲームでは毎夜1人が襲撃されて死んでいく。そのルールに則って考えると、人狼に襲われたのはここに今いない人ということになる。そしてこの場にいないのは、昨日殺された佐々木さんを除くと1人だけだ。


「まさか……車海老くん……!」


 僕は思わず立ち上がった。皆の視線を受けながら、2階まで駆け上がる。そして車海老くんの個室の前まで来ると、嫌な予感を振り払うように勢いよくドアノブに手を掛けた。


 扉は開かなかった。押しても引いても開かなかった。鍵が掛かっているということだ。例え鍵が掛かっていたとしても、車海老くんが生きている保証にはならない。殺した後で、部屋の鍵を奪い、外から鍵を掛ければ良いだけだからだ。僕は扉を何度もノックした。中から返事は無い。僕は思わず後退りした。


 まさか、本当に殺されたのか? 彼はあんなに生きることに前向きな人間だったのに。そんな人が死んでしまったのか? いや、まだ死体を確認した訳でもないんだ。とりあえずGMに聞けば分かるだろう。GMとの会話は個室の中でしか行えないから、1回僕の部屋に戻ろう。


 そう身を翻した時、後ろの扉が音を経てて開いた。


「いやぁ、すっかり寝坊しちまったぜ。お、トッシー。元気?」


「車海老くん! 生きてたんだね!」


「あー、そっか。昨日から人狼ゲームが本格的に始まったから、皆俺が殺されてると思ってたんだな。悪い悪い。」


 どうやら彼は大丈夫そうだ。すっかり安心した。


「皆心配してたよ。とりあえず元気な車海老くんが仕切ってくれないと1日が始まらなさそうだから、急いで急いで。」


「おう、任せやがれ。」


 車海老くんと共に食堂に戻る。彼は食堂に着くなり、大テーブルに手を叩き付けた。


「おはよう諸君! 俺がリーダーの車海老増五郎だ! 気軽にマッスーって呼んでね。」


「いつから貴様がリーダーになったのだ!?」


「人相の悪い人間にリーダーは務まらないよ!」


「おい! それは禁句だろ! 俺だってそれは気にしてんだからな!」


 多分原因の大部分は髪型のせいだと思うよ。どこから見てもタチの悪いヤンキーにしか見えないし。


「まぁ、あれだ。昨日はあんなことがありました訳ですがよ。皆さん今日はどうしますかって話ですよ。」


「今まで通り協力して脱出を試みるか、それとも今日から敵として戦うか、ってことを言いたいの?」


 橋さんの言葉は少し違う。僕らは敵として戦う訳じゃあない。仲間として戦うんだ。僕らが敵として見るべきなのはただ1人、GMだけなんだ。


「ワターシ、まだ脱出諦めてないネー。倉庫まだまだ広かったネー。」


「あの……私も、まだなんとかしたいかなって……。」


 協力に前向きな意見もあった。だけど当然、そうでない意見も出てきた。


「ふん。俺はもうごめんだな。昨日のように疑われる原因を作ることになるなら、1人で読書でもしている方がマシだ。」


「私も同意見。正直、もう脱出は無理っぽくない? 爆弾で無理なら確実に無理だよ。」


 僕や車海老くんは当然、脱出に協力する。つまり、僕、車海老くん、ブラスさん、中内さんは引き続き頑張ろうという姿勢な訳だ。


 対して、金本くんや橋さんは協力しないつもりのようだ。金本くんは昨日頑張って爆弾を作ったのに、それが疑われる原因になってしまったのが堪えたのだろう。橋さんは普段のサバサバした感じとは違い、メンタル的に強いとは言い難いようだ。この2人はテコでも動かせる気がしない。


 そして、未だ姿勢を見せていないのが北野くんと羽田くんと城白さんだ。3人とも思慮深い性格だから、きっと色々検討しているのだろう。それも良いけど、朝食終了までには方針を決めて欲しいから、検討を加速してもらいたいものだ。


「うーん、全体で意見をまとめるのは難しそうだな。」


「別にまとめなくたって、方針は個人の自由で良いんじゃあないかしら。」


「それもそうかもな。じゃあ今日は皆、自由にやるってことで。あ、ただ1人で行動するとGMに命を狙われる可能性もあるから、気を付けるんだぜ。」


 そう言って話を締めくくろうとした時、思案顔をした北野くんが言った。


「おかしいとは思わないか?」


「え、なにが?」


「人数だ。昨日佐々木が死んで9人になったはずだ。そして今日の朝は8人になっていなければならない。人狼の襲撃があったはずだからな。」


 確かにそうだ。


 今は僕、ブラスさん、金本くん、車海老くん、北野くん、城白さん、橋さん、羽田くん、中内さんの9人いる。人狼の襲撃があったなら、1人減ってないとおかしいんだ。


「も、もしかして、人狼の方は皆で脱出しようと思ってたりするんじゃ……。」


「人狼が自分の意志で襲撃をしなかったということか。そんなことがルール上可能なのか?」


「えー、えー、まぁ可能かどうかで言えば不可能ではありませんよ、はい。」


 GMがナチュラルに会話に入ってくる。会話をずっと聞いていたということだろう。それを理解して僕は顔をしかめたが、北野くんは気にしていない風に続けた。


「煮え切らない回答だな。はっきり言ったらどうなんだ?」


「はぁー、君ってそういうところ細かいよね。人狼ゲーム日本一の性ってやつ? 所詮はエンタメの域を出ないくせによくもまぁそんなに威張れるもんだよね。」


「良いから答えろ。人狼は昨日、襲撃を行ったのか?」


 北野くんが聞くと、GMは大きなため息と共に答えた。


「襲撃はされたよ。以上。」


 それだけ言ってGMは黙った。マイクの電源をオフにしたように黙ってしまった。


「つまり……どういうことだ?」


「人狼の襲撃があったのにも関わらず、誰も死んでいないということは、狩人のGJだろうな。」


 GJ。それはグッドジョブの略であり、狩人などの役職が仕事をしたことをそう表現する。つまり昨日狩人は人狼の襲撃を防ぎ、1人の命を救ったということだ。


「多分そうだよね。そうじゃあないと人が死んでるはずだもん。」


 GMが嘘を吐いていないと仮定すると、そうなる。ただ僕らに殺し合いをさせようとするGMだ。僕らを疑心暗鬼にする嘘を吐いてもおかしくない。襲撃が防がれたということは、人狼が襲撃をしようとしたということ。人狼は市民を殺すつもりなのだと、匂わせるためにわざとあんな発言をした可能性もある。


「とはいえ、1人死んでいないからといって今後の方針が大きく変わることは無いだろうな。……あるとすれば、それは夕方の会議で話そうか。」


 北野くんまで意味深な発言をしている。協力はしてくれなくても情報の共有くらいしてくれても良いのに。


「ところで、今の内に昨日の霊能結果と占い結果を聞いておきたいネー。」


「あ、それがあったね。すっかり忘れていたよ。」


 皆の視線は一斉に橋さんと中内さんに向けられた。2人は顔を見合せ、小さな声で少し会話すると、橋さんの方から昨日の報告を始めた。


「まず結論から言うんだけど、霊能の結果は出てない。」


「どういうことだ……? 霊能の結果は自動で出るはずだ。結果が出ていないというのはおかしい。」


「結果が出てないのは、昨日私が霊能者の能力を使わなかったからだよ。」


 能力を使わなかった? いったいどうして?


「いや、私だって使いたかったけどさ、能力を使おうとしたらGMが止めてきたんだ。本当に能力を使いますか? って。」


「……それで警戒して能力を使わなかったという訳か?」


「そう。どういう意味か問い詰めたら黙っちゃったし。」


 北野くんは何かに気づいた様子だった。そして天井に向かって怒鳴った。


「GM! まさか貴様……!」


「あぁ、気付いた? なまじ頭が切れると厄介だね。橋さんもバカはバカらしくなんの疑問も持たずに使っちゃえば良かったのに。つまんないの。」


「なるほど、そういうことね。」


 どういうことなんだ。さっぱり分からない。


「えー、えー、まあ北野くんの想像通りですよ。今回のルールでは霊能者と占い師はそれぞれ1回しか能力を使えません。」


「う、嘘だろ!? そんなの人狼に超有利じゃあねぇか!」


 車海老くんの言う通りだ。その2つは市民陣営に情報を与えてくれる貴重な役職。基本的に能力の使用回数に制限は無いはずだ。なのに今回のルールでは1回ずつしか能力を使えないなんて、理不尽にも程がある。


「人狼ゲームの行方を左右する重大な情報だ。なぜ黙っていた? 不公平だ。」


「いやいや、聞かれたらちゃんと答えましたよ? それが公平ってもんだからね。」


 唇を噛まずにはいられない。どこまで人をイラつかせれば気が済むのだ。


「聞かれたら答えただと? ならば聞くが狩人はどうなんだ。狩人の能力に使用回数の制限はあるのか?」


「無いよ。狩人は何回でも守れちゃうよ。ついでに言っておくと連ガもありだから。」


 狩人が同じ人を連続で守ることを連続ガードと呼び、連ガと略される。つまり狩人は特に制限なく、毎夜1人を守れるということだ。


「じゃ、ボクチンはそろそろ犬の散歩に行く時間だから。」


 それを最後にGMの放送は途絶えた。


「な、なんかヤバい感じじゃあねぇか?」


「あぁ。市民陣営が圧倒的に不利なルールだ。GMはどうやっても人狼陣営を勝たせたいらしいな。」


 人狼陣営を勝たせたいというよりは、市民陣営を精神的に追い込みたいって感じがするよ。きっと僕らが疑心暗鬼に陥って自滅する様を見たいんだ。


「つ、つうかさ、千賀子ちゃんは霊能者だから気付けたけど、もしかしてサヨちゃんは……。」


「はい、私はもう能力を使ってしまったんです。」


「まぁ、こればかりは仕方の無いことだ。それで誰を占った? 結果はどうだったんだ?」


「私が占ったのは……あの、怒らないで欲しいんですけど……城白ちゃんを占いました。人狼ではありませんでした。」


 彼女は申し訳なさそうに言った。城白さんは気にしてなさそうな顔だけど、誰かを占うのは誰かを疑うことと同じだ。かといって誰も占わない訳にはいかないから、中内さんも心苦しかったはずだ。


「ま、まぁ、順当と言えば順当じゃない?」


「城白は寡黙だからな。人の命が掛かっている状況で寡黙吊りなどしたくなかったから、それを防いだという意味では妥当だろう。中内を責めるやつなどいない。」


 北野くんの態度には人狼ゲーム日本一としての威厳があった。どんな状況であっても、味方に過度な期待をしない彼の姿勢は見習いたいものだ。


「今の状況をまとめると、確定白は城白、橋、中内の3人だけか。」


「逆に言えば他の6人に人狼が2人いるということだな。」


「それを見つける方法が難しいよね。とりあえず今日はほとんど各人自由に動くことになるだろうけど、くれぐれも不審な動きをしている人には注意するんだよ。」


 人狼の襲撃は夜に行われるから、昼に不審な動きをする人間なんていないだろうけど、絶対的にそうだとは言い切れないよね。それに警戒しなくちゃあいけないのはGMもそうだ。GMがいきなり僕らを殺しに来るなんてことも考えられるからね。


「じゃあ、今度こそ解散とするか。朝食終了後、脱出に協力するつもりの人は倉庫に来てくれよな。」


 こうして2日目の朝の会議は終了した。僕はすぐに朝食を胃に流し込み、いち早く倉庫に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る