第8話 最初の犠牲者
言葉の意味が分からなかった。それは異国の言語を聞いた時のような感覚だった。だって本当に意味が分からないんだもん。なんで、なんで佐々木さんが処刑されるんだ? 話の前後関係を完全に無視しているじゃあないか。全員棄権したんだぞ。誰も処刑されないはずだろ。なんで、なんで、なんで?
「おいおいおいおい、俺達は全員棄権しただろ!? どういうことだGMさんよぉ!」
「どういうこともクソもありません。全員棄権ということは即ち、全員に0票入ったということとも捉えられます。」
「それは……どういう……?」
「君達人狼ゲームのルール知らないの? 投票によって票数が同じだった場合、誰も処刑されない場合と同じ票数だった人の中からランダムで1人処刑される場合があるでしょ?」
「そのことは事前に取り決め、PLに知らせておくことが決まりのはずだが、GM貴様、あえて言及しなかったな?」
「もっちろん! だってその方が面白いでしょ? だから、今決めました。投票によって票数が同じだった場合、同じ票数だった人の中からランダムで1人を処刑します!」
ふざけている。馬鹿げている。こいつは、こいつは許してはいけない。
「さっきからルールの後出しばっかじゃあないか! こんなの不公平だろ! ふざけんな!」
「だ~か~ら~、ボクチンがルールなんだってば。さっきも言ったでしょ? 人の話を聞いときなよ~。」
「何がルールだ! 人の命を何だと思ってるんだ! 僕らはお前に遊ばれるために生まれて生きてきたんじゃあないんだぞ!」
席を立ち激昂する僕を、隣の佐々木さんが制する。
「道宮様、良いのです。」
「い、良い訳ないよ!」
「例えあのまま議論を続けていたとしても、結論は出ませんでした。仕方ないのですよ。」
し、仕方ないって……。仕方ない訳ないよ。人の命が失われるのに仕方ないも何もないでしょ!
「いやぁ、佐々木さんは覚悟が決まってて良いね! じゃあ処刑と参りましょう!」
GMのおどけた声と共に、今まで微動だにしていなかったロボットが俊敏な動きで佐々木さんを羽交い締めにした。
「やめろ!」
隣にいた僕はロボットに拳を叩きつけたが、拳に痛みが広がるだけだった。ロボットは僕を振り払いもせず、佐々木さんを連れていこうとする。何度も何度もロボットを殴り、腕を引っ張り、体当たりをしてみたりした。しかしそのどれも効果が無かった。
僕の拳に血が滲み始めた。それでも僕は殴るのをやめなかった。突然、振りかざした僕の拳を誰かが止めた。振り返るとそれはブラスさんだった。ブラスさんは僕の体を押し退けると、ロボットの腕をいとも容易くちぎり、体に蹴りを入れて壁まで吹き飛ばした。
僕は解放された佐々木さんに駆け寄る。
「佐々木さん、大丈夫!?」
僕が言い終わるが早いか、食堂に次々とロボットが入ってきた。その数は10体程度では済まない。その全てが佐々木さんに狙いを定めて機械質な腕を伸ばして襲ってくる。
「ワターシに任せるネー。」
いつになく真剣な声色でブラスさんがロボットに立ち向かう。僕の力ではびくともしなかったロボットが、木の葉のようになぎ倒されていく。その光景に呆気を取られていると、誰かが叫んだ。
「天井から銃が出てきているぞ!」
見れば最初にロボットを壊してみせたガトリングガンが天井からブラスさんを狙っていた。ブラスさんは声を聞くが早いか、近くにあったロボットをガトリングガンに投げつけ、銃口を反らした。そしてGMがガトリングガンの向きを調整する間もなく、彼はテーブルに飛び乗り、ガトリングガンの高さまで飛び上がった。
彼はガトリングガンの天井と繋がっている根元に蹴りを入れた。人間の限界を超えたその一撃は根元を切断し、ガトリングガンは地面に落下した。
唖然としている僕らと着地したブラスさんの見せた一瞬の隙を、GMは見逃さなかった。天井のほんの小さな隙間から何かを発射し、それはブラスさんの首筋に命中した。途端にブラスさんはその場に倒れ込んだ。
「安心して。ただ筋肉を麻痺させただけだから殺してないよ。」
GMは楽しそうにケラケラ笑う。ブラスさんの反撃が無くなったロボット達は佐々木さんを拘束してしまう。そして食堂端の壁に押し付けた。
「えー、えー、ではでは。少々邪魔が入りましたがこれより処刑を開始したいと思います。という訳で、佐々木さんは何か遺言とかありますか?」
佐々木さんは普段と変わらない表情をしていた。そして普段と変わらない口調で、普段と変わらないことを言った。
「皆様は生きてください。」
それだけだった。佐々木さんはそれだけ言って黙ってしまった。
「いやー、面白みもクソも無い遺言でしたね。配信映えを意識して欲しいものですよー。」
僕は動けなかった。動かなかったんじゃあない。動けなかったんだ。足がすっかり萎縮してしまった。怒りを通り越して、僕の体は無力感で支配されてしまった。
「では、処刑と参りましょう! それにしても皆さんは処刑と言えばどんなのを思い付く? ギロチンとか? 絞首とか? それも良いけど、今回は違うよ。じゃじゃーん!」
GMの声と共に、狙い撃ちするように佐々木さんのいるところの天井だけがゆっくり落下してきた。
「圧殺刑~!」
ロボットに拘束された佐々木さんは抜け出せない。拘束しているロボット達も、佐々木さんを離す様子は無い。ロボットもろとも佐々木さんを押し潰すつもりなんだ。しかも、ゆっくりと。
そこまで危機的な状況になっても、佐々木さんは怯えていなかった。動揺している様子も無かった。最後まで死を受け入れた態度だった。そして僕はそれが気に食わなかった。どうしてそんなに生を諦め切れるのか。僕には分からなかった。
そして、佐々木さんはゆっくりと、少しずつ体の形を薄く薄く潰されて、死んだ。
天井が上がった時、そこにあったのはロボットの残骸と服と様々な臓器が潰れた物と体液の混ざった物で、それらは血の臭いで辺りを蹂躙していた。
言葉を失った。僕は1人の人間が、さっきまで話をしていた人間が、目の前で形を変えられ床のシミにされてしまった。そのことが全く、少しも、微塵も、毛ほども理解できなかった。
ここで意識を失えてしまえば、どれだけ楽だっただろうか。僕にはそれができなかった。意識を手放し、現実から目を背けることもできなかった。
「佐々木佐々さんが処刑されてしまいました~。という訳で、いよいよ人狼ゲームが始まった感じがしてきましたね~。」
GMの声が遠くに聞こえる。体がフワフワする。視界が狭くなっていく。これは吐き気? それとも頭痛?
「とはいえ! 皆さん、まだ気を抜くのは早いですよ! 夜は人狼の襲撃があります! 人狼銃で寝ているところをバーン! いやぁ、怖いねぇ。だけどちゃんと寝ないと明日の議論でうっかり失言! 吊られちゃう原因になるかもよ! 良い子は寝ようね! じゃあ、ボクチンはこれで!」
GMの声はそれっきり聞こえなくなった。次に聞こえたのは誰かの嗚咽だった。僕には泣くこともできなかった。だって初めてだったんだ。目の前で人が死ぬなんて。
呆然としている僕の手を、誰かが引っ張って食堂から出してくれた。それが誰だったのかは分からない。だけど気づけば僕らは皆、食堂の外に出ていた。座り込んだり、すすり泣いたりしている人がほとんどで、そうでなくとも僕のように茫然自失といった感じだった。
きっとそのまま何時間か経過していたのだろう。僕らを現実に引き戻したのはGMの声だった。
「恐ろしい夜がやってきました。皆さんは速やかに自室に戻ってください。」
誰ともなく1人、また1人とその場から離れていった。その雰囲気に流されるままに僕も自室に戻っていった。
自分の部屋に入っても、不安感や無力感は消えなかった。むしろそれらはどんどん増幅していっているような気がした。
ベッドに寝ると体を動かさない分、感情が激しく動く。叫びたくなってきた。発狂してしまいそうだった。生きることが辛い。こんなことなら僕が殺された方がよっぽど楽だ。
思考がグチャグチャになって、感情がメチャクチャになっているとき、不意に扉の奥からガチャガチャという音がした……気がした。
それは幻聴だったのかもしれない。だってこの部屋は玄関での爆発の音をあんなに小さくしてしまうほど、防音性能が高いのだから。
もしかしたら、と僕は思った。今は夜だ。夜は人狼が襲撃をする時間帯。さっきの音は人狼が経てた音だったのかもしれない。確か、人狼は人狼銃という銃で襲撃を行うはずだ。人狼銃がどんな見た目かは知らないけど、銃って言うくらいだからガチャガチャ言ってもおかしくはない。
もしそうだとすると、僕の部屋の前に人狼がいるってことか? だとしたら、今部屋から出ていけば人狼の姿を見ることができる? いや、扉を開ける音で気づかれてしまうはずだ。もし姿を見ることができたとしてもそのことに気づかれてしまったら、僕が標的にされてしまうだろう。
いや、むしろその方が良いのかもしれない。僕が生きている意味ってきっと無いだろうし。GMに殺されるくらいなら、他の人に殺してもらった方が良い。死んでしまえば、辛い現実から逃れることができる。自分の無力さから目を背けることができる。もう他の人の死を見なくて済む。
僕はそんな考えに支配されたまま、ドアノブに手を掛けた。
迷いは一瞬だけあった。しかしそれはすぐに疲労と虚無感に消し去られた。そうして、僕は部屋の扉を開けた。
僕の部屋の前にいたのは、車海老くんだった。しかし銃らしき物は持っていない。彼が持っているのはドライヤーなどの電化製品やタオルだった。
「うお、よく気づいたなトッシー。ちょうどノックしようと思ってたところだったんだよ。」
「どうしたの? 何かあったの?」
「いや、この部屋って色々物とか足りなかったろ。トッシー補充してる様子無かったから持ってきたんだ。」
そう言って彼は僕の部屋に入った。ドライヤー、タオル、くし、ワックス、歯磨き粉、映画のDVD、それからいくつかの飲み物なんかを持ってきてくれたようだ。
「ありがとう。なんかごめんね。」
「いやいや、遠慮するこたぁ無いぜ。俺達は仲間だからな。」
僕達は仲間。その言葉を聞いた僕の心には、モヤが掛かった。
「……本当に、僕達は仲間なのかな……?」
「仲間だぜ。だって一緒にこの館から脱出するんだろ?」
「でも、今日だって脱出できなかったよ。それに、羽田くんは1人死んだらこの状況は一気に崩れるって言っていたんだ。僕もそう思う。明日も皆が脱出に協力してくれるとは思えないんだ。」
車海老くんは黙した。気まずい沈黙を破るように、僕は早口でまくし立てた。
「僕さ、佐々木さんが死んで、辛くて……その時に外から音が聞こえたから、出てみたんだ。人狼がいたら僕を殺してくれるかなって思って。もう、なんだか生きていく元気が無くなっちゃったんだ。他の皆も、大なり小なり心にダメージを負ってるはずだよ。こんな状態で協力なんて……無理だよ……。」
「トッシー……。」
俯いた僕に彼の表情は分からなかった。しかし彼の言葉が耳に入った瞬間、咄嗟に顔を上げてしまった。
「俺は協力するつもりだぜ。」
彼は、なんて強い人間なのだろうか。今日の夜だって人狼に襲撃されて1人死んでしまうというのに、それでも挫ける様子を見せないなんて。
「でも勘違いするなよ。脱出に協力はするけど、人狼ゲームは本気でやるぜ。」
「それは……どういう……?」
意味が分からなかった。脱出に協力するということと人狼ゲームを本気でやるということは矛盾している。片方は皆を生かす選択で、もう片方は皆を殺すという選択じゃあないか。
「単純なことだ。トッシーも、皆も仲間だ。仲間だから協力する。だけど仲間でも自分が生き残るためなら容赦しないぜって話だ。それはそれ、これはこれってやつだな。」
「ど、どうしてそこまで割り切れるの……?」
「うーん、確かに他の皆も生かしてやりたいけど、やっぱり自分の命が大事じゃん?」
「……車海老くんは、どうして生きたいの?」
僕がそう質問すると、彼はとんでもなく驚いたという顔をした。
「生きたいことに理由がいるのか? 普通のことじゃね?」
「僕は、そう思わないよ。さっきも言ったけど、僕はもう死にたいくらいなんだ。生きることにもエネルギーがいる。生きていくことが辛いんだ……。」
「それはトッシーが佐々木さんの死を悲しんでるからだろ?」
そうだ。佐々木さんの死が悲しいんだ。自分の無力さが悲しいんだ。
「悲しいことがあると気分が落ち込むよな。それは分かるよ。そういう時には無理に気分を上げる必要は無いんだ。ただ、他のことをすれば良い。トッシーにはあるはずだ、悲しむ前にやらなきゃいけないことが。」
他のことをすれば良い? 悲しむ前にやらなきゃいけないこと? それっていったいなんだ?
「それは、怒ることだ。」
怒ること?
「怒れ、トッシー。現実に怒れ、理不尽に怒れ、GMに怒れ。怒っている間は、死にたいなんて思わないはずだ。復讐だよ。佐々木さんの復讐をするんだ。それがトッシーのやらなきゃいけないことだ。」
復讐。それが僕のやること?
「復讐するって目的を持てば、死ぬ訳にはいかなくなるだろ? 負の感情は人を殺すこともあるけど、人を生かすこともあるんだ。その怒りは佐々木さんからの贈り物なんだぜ。」
怒りは佐々木さんからの贈り物?
「ま、俺から言えることはそのくらいかな。ま、せいぜいお互い頑張ろうぜ。」
車海老くんはそう言うと、帰っていった。後には僕だけがポツンと残されてしまった。
正直、彼の言葉の意味があまり分からなかった。ベッドに入って、目を閉じて、彼の言葉を頭の中で繰り返すと、何かが脳みそに染み込んでいくような感じがした。
怒り。死。悲しみ。仲間。協力。人狼ゲーム。
言葉がぐるぐる回り、自分の価値観が再構成されていく。
贈り物。復讐。GM。佐々木さん。命を賭けたゲーム。
僕は次第に眠気に襲われる。意識がだんだんと薄れていく。そして僕は思考の海に身を委ねたまま、眠りに就いた。
眠りに就いた僕は夢を見た。その夢ではもう1人の僕がいた。もう1人の僕は人を殺していた。北野くん、羽田くん、金本くん、橋さん。次々に彼ら彼女らの命を鋭利な刃物で奪っていた。きっとこの夢は迷いの具現化だ。僕が復讐に身を焦がし、生きるという選択をする場合、こんな風に仲間を殺すことになる。人狼ゲームは、そういうゲームだからだ。それに対して僕の深層心理が迷いを示しているんだ。本当にそれで良いのかと。そうまでして生きたいのかと。
僕は迷った。暗闇の中で、もう1人の自分が次々と仲間を殺している様子を見ながら、迷っていた。すると目の前の光景が変化する。佐々木さんが現れたんだ。横たわった状態で、もう1人の自分の前に現れたんだ。するともう1人の自分は、躊躇無く、刃物を振り上げた。それを見て、僕は……。
「午前7時になりました。」
GMの声によって、強制的に目が覚める。僕はベッドから降り、すぐにシャワーを浴びた。タオルで体を拭き、ドライヤーで髪を乾かし、歯磨き粉を付けて歯磨きをする。そして朝のルーティンを終えると、天井に向かって声を掛けた。
「GM、いるか?」
「いるよ。君から声を掛けられるのは初めてだね。何の用?」
それはきっと人生で初めて使った言葉だ。初めて真面目に、初めて口にして、初めて実行してやるという決意を持った言葉だ。簡潔に研ぎ澄まされた意志の宣言だ。僕からGMに掛ける言葉は、そのたった一言だけだった。
「殺す。」
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