第5話 PL達の抵抗

 朝食を終え、僕は佐々木さんと2人で倉庫に向かった。その最中、会話は無かった。


「あ、トッシー遅いぞ。2人でイチャラブしてるんじゃあないかって心配してたんだからな。」


 車海老くんの感性は非凡だ。この人は状況をちゃんと理解しているのだろうか?


「各自倉庫の好きなところを探索しているぜ。この倉庫、整理整頓ってのが全くできてないから、効率だけで言えば端から皆で見ていくのが良いんだろうけど、いかんせん広くてな。」


「車海老くんはここで何をしているの?」


「倉庫出入り口付近の探索及び倉庫から出ていくやつがいないか見てるんだ。1人だけ探索せずサボるのは許されないからな。」


 車海老くんがそんなことを言うなんて意外だ。文化祭とかで率先してサボりそうな人なのに。


「では、ワタクシ達も探索いたしましょうか。」


「そうだね。」


 僕は昨日探索していた辺りをもう1度探すことにした。


 ふと、床に置いてあるダンボールが目についた。それは昨日僕が見つけたティーバッグが入ったダンボールだった。佐々木さんが茶葉を探してたから、教えてあげようと思って置いておいたんだった。忘れてた。昼食の時に持っていってあげよう。佐々木さん元気無かったし。


 僕はふとさっきの佐々木さんの言葉が脳裏をよぎった。僕に夢はあるのか。さっきは誤魔化したけど、正直僕に夢は無い。そりゃあ幼い頃には宇宙飛行士になるのが夢だったけど、そんなのは無理だって分かってる。


 夢が無い僕は佐々木さんのようになるのだろうか? 社会に歯車として組み込まれ、夢見る自由さえ奪われ、何も出来ず適当な人と結婚し、子供が出来て、やがて定年を迎え、孫に見守られながら死んでいく、そんな人生を僕も歩むことになるのだろうか?


 僕は昔から上手くやれている人間だと思っている。無難とか妥協とか、そういう言葉が代名詞な人生を歩んできた。多分このまま変わらず生きていけば、僕の死に様もつまらないもので終わるだろう。


 でも、今この状況は? こんな意味不明で理不尽なゲームに参加させられてもまだつまらない人生だなんて言えるだろうか? いや、それは違う。皮肉にも僕や佐々木さんのような平凡な人間を変えるのは、こんな刺激的な体験だと思うんだ。


 次に佐々木さんと話す時はこのことを言おう。このゲームを通して夢を見つけられたら、佐々木さんも何かを成せる人間になれますよって言おう。僕に掛けられる励ましの言葉はこれくらいしか思い付かないけど、なんとか元気を出してくれると良いな。


 僕は転んだ。


 考え事に夢中で足元のダンボールに気付かず、足を取られて派手な音と共にスッ転んだ。倉庫は足音やダンボールの擦れる音ばかりでわりと静かだったから、転んだ音が響いて余計恥ずかしかった。


「オーウ、こっちからベリベリビッグな音聞こえてきたネー。」


 棚の角から現れたのはブラスさんだった。たまたま近くにいたのだろう。転んだ僕を見つけて起こしてくれた。


「さっきのはトッシーが転んだ音だったネー。ドッグもウォークでヒットポールネー。怪我は無いネー?」


「ありがとうブラスさん。大丈夫だよ。」


 膝に付いた汚れをパンパンと払いながら、僕がつまずいたダンボールを見る。それは通路を塞ぐように置かれた細長いダンボールだった。長さは2メートルってところだ。


「これ、なんだろう?」


 まず通路の端にダンボールを移動させようとした。しかしそのダンボールは動かなかった。重かったのだ。僕の力では数ミリずつずらすことしかできないくらい重かったのだ。


「ブラスさん、これ重いよ。」


「ミーに任せるネー。」


 ブラスさんはそれを持ち上げようとして顔をしかめた。ダンボールを何度か掴もうとしたが、ダンボールがスベスベなこともあって掴めなかった。何より中の物はそれほど重かった。ブラスさんはとりあえず端に寄せて、それからダンボールを開けた。


「こ、これって……!」


「ま、丸太だネー。」


 太さ40cmにもなる丸太。圧倒的丸太。木の種類は分からないけど、これが中に入っていたなら僕が動かせなくて当然だった。と、同時に閃いた。この丸太を玄関の扉にぶつければ扉を破れるんじゃあないか、と。


 僕はブラスさんと顔を見合わせた。どうやらブラスさんは僕と同じ考えをしたようだ。僕らは無言で頷くと、ダンボールを解体して、丸太を取り出した。


「転がせば倉庫の出入り口くらいまでには持っていけそうだね。だけど倉庫から出すには引きずるかしないといけないね。」


「ミーに任せるネー。このくらいなら何とか持てるネー。だけど勢い良く扉にぶつけるのは難しいネー。」


「僕とブラスさん、後1人くらいで一緒に持って走れば行けるかもしれない。」


 問題はその後1人だ。体力のある人が良い。筋肉も付いてそうで、体育とか得意そうで、文化祭で率先してサボりそうな、そんな人。


「という訳で呼ぶネー。マッスー、カモーン!」


 ブラスさんが倉庫の出入り口に向けて叫ぶと、彼はやってきた。


「ブラッさん、なんだよ……って丸太ァ!?」


「見ての通りこの丸太を使えば多分玄関の扉を破れるよ。車海老くんにも持つのを手伝って欲しいんだ。」


「え、いやー、あー、俺倉庫の見張りあるしー。」


「脱出できるかもしれないって時に見張りもクソも無いネー。マッスーは端の方持つネー。」


「え、え、マジでやんの!? GMに怒られるんじゃ……? 俺、ガトリングで蜂の巣とか嫌だぜ。」


「大人しくGMの用意したゲームに参加するくらいならガトリングで蜂の巣の方がマシだよ! 君にはプライドが無いのかい!?」


「くっそー、分かったよ、やってやるよ! ここで引いたら男が廃るぜ!」


 端をブラスさんと車海老くんが持ち、僕は真ん中を担当することになった。まずは3人で倉庫の出入り口まで、邪魔なダンボールを取り除きながら転がし、それぞれが担当箇所で持ち上げ、倉庫から丸太を出した。


「よし、一旦降ろすぞ。出来るだけ体力を使わずに行こう。」


「賛成だよ。正直僕は2人に比べて背が低いからかなり辛い。」


「トッシーはこっからが成長期だもんな!」


 成長期はとっくに過ぎたよ……。


「つっても俺もブラッさんの高さに合わせるのはキツいから、トッシーの気持ちも分かるぜ。」


 ブラスさんは背が高い。皆の中で最も高い。丸太と同じくらい長いし、筋肉も丸太のように太い。その上、彼は格闘家なのだから、彼にフィジカルで勝つことはできない。それどころか、皆で彼に襲い掛かっても勝てないだろう。ブラスさんはそれほどまでに優れた体格をしていた。


「休憩が終わったら館の玄関まで転がすネー。上手く行けば脱出できるネー。頑張るネー。」


 少し呼吸を整えて、作業を再開する。3人とはいえ、転がすのも一苦労だ。腰を痛めながらも何とか丸太を玄関まで運ぶことができた。


「玄関の扉って金属製って言ってたよね。」


「あぁ。木製なら確実に破れたんだがな。」


「ワターシの拳では破れなかったネー。ベリベリ硬いネー。」


 扉を触ってみる。見た目は木製っぽいけど、それはあくまで装飾だと分かる冷たさがあった。ドアノブに手を掛け、開けようとしてみるもガチャガチャと音がなるだけで開く様子は無い。


「よし、皆、丸太を持とう。」


 玄関から10メートルほど離れたところで、僕らは丸太を持った。


「ミーの合図で一斉に走り出すネー。」


 先頭のブラスさんがそう言った。


「3。」


 呼吸を整える。


「2。」


 重さに耐えながら足に力を入れる。


「1。」


 最後に立ち向かう意志を奮い立てた。


「行くネー!」


 合図と共に僕らは走り出す。特に僕は他の2人より背が低いから、歩幅も短い。できるだけ大股で走るように心掛けた。そのかいあってか、丸太はそれなりのスピードで玄関の扉にぶつかり、館中に響くような轟音を発した。それは除夜の鐘を突いた時に似ていた。だけど音は鐘のように綺麗で荘厳な音では無かった。


「や、やったか!?」


 丸太を放り投げ僕らは扉の方に向かった。ブラスさんがドアノブに手を掛け、扉を開こうとする。が……開かない!


 無傷だった。圧倒的無傷ッ!


「ダメだネー。開く様子は無いネー。」


「くっそ、諦められるかよ! もう1回だ! もう1回やれば破れるかもしれない!」


 僕は無言で頷くと、放り投げた丸太を再び持った。


「今度は20メートル走ってみよう。そうすればぶつける力も大きくなる。」


 20メートル。今度は20メートル離れた。


「準備は良いネー? 3。」


 呼吸を整える。


「2。」


 足に力を入れる。


「1。」


 諦めない心を奮い立てる。


「行くネー!」


「うおおおおおおお!」


 僕らは声を出して走った。しかし今度は20メートル。しかもさっきの疲れも当然残っている。もつれそうになる足を気合いでカバーして、持てる全力を注いで走った。


 丸太は再び扉にぶつかり、再び館中に響くような爆音を発した。空気が揺れるような音で、鼓膜が破れてしまいそうな音だった。僕らは息切れと共に丸太を放り投げた。


「や、や、や、やったか!?」


「し、死ぬ。息が……息が……。」


 過呼吸気味になりながら、僕は扉の様子を伺った。


 が……無傷。やはり無傷ッ! 現実は非情である。


「扉、開かないネー。」


 ブラスさんもくたびれたという表情で立ち尽くしている。僕と車海老くんはもう立つ体力すら無く、床に座り込んでいる。


「硬すぎんだろ……!」


 しばらく3人共動くことはできなかった。しかし僕の中の心は諦めていなかった。


「も、もう1回やろう。次やれば破れるかもしれないよ。」


 呼吸を整えながら、喘ぎ喘ぎ提案する。


「体力的にもこれが最後だぜ。あー、キッツイ。めちゃくちゃキツイ。」


 それは僕もそうだった。汗は出るし、全身は疲れで困憊している。だけど脱出できるかもしれないという一筋の光が僕の体を動かした。


「2人共、立てるかネー?」


 僕は立ち上がった。日頃の運動不足が祟ったのか、足が小刻みに震えている。運動部にでも入っていればまた違ったのかもしれない。


「20メートルだ。つ、次も20メートルで行くぞ。」


 丸太を転がし、扉からだいたい20メートルくらい離れたところまで移動する。


「あー、アイス食いたい。イチゴ味のやつ。」


「分かる。今って秋だよね? すんごい暑いんだけど。」


 2人でヒーヒー言いながら、丸太を持ち上げた。対してブラスさんは僕らより疲れていないようで、先頭で意気揚々と丸太を持ち上げた。


「3。」


 呼吸を整えたいが、心臓はいつもより早く動いているままだ。ちょっと休憩したくらいで取れる疲れでは無かった。


「2。」


 しかし無理矢理にでも体を動かさなくてはならない。2人に任せて僕だけ甘えるなんてことはできない。気力で体を動かすんだ。


「1。」


 そして後は何も考えず、ただ走るだけ。余計なことを考えると酸素を消費するという話を聞いたことがある。それに習ってとにかく無の心で走ろう。


「行くネー!」


 合図と共に走り出した。


「うおおおおおおお!」


 僕らは叫んだ。あらんかぎりの力を尽くして走った。体は痛み、視界は狭まる。しかし意志だけは、進むという意志だけは残し、僕は走った。


「あ……。」


 この世の中、精神論で何もかも上手く行くなら苦労しないのだと、僕は思い知った。全身から力が一瞬にして抜け落ちた。走るどころか立っていることすらできず、僕はその場に倒れ込んだ。


 そして次の瞬間には、倒れた僕の足を後ろの車海老くんが踏んだ。体勢を崩した車海老くんはすっとんきょうな声を上げ、横に倒れた。


 慌てて顔を上げた僕が次に見たものは、丸太を扉に向かってぶん投げるブラスさんの姿だった。


 おそらく僕が声を上げた時点で、後ろで何かが起きたことに気づいたブラスさんは、咄嗟に丸太を投げるという選択をしたのだろう。その行動は何としてでも扉に丸太をぶつけるという強い意志から生まれた行動だ。


 丸太は扉にぶつかり、今日で最も大きな音を発した。きっと館の外まで聞こえているであろうほどの大きな音だった。


「だ、大丈夫かネー、2人共!?」


「ごめん、力が抜けて。」


 立ち上がろとする。しかし手足が震え、力も入らず、上手く立てない。


「大丈夫かよトッシー。あ、俺は大丈夫だぜ。足も挫いてないし。」


 車海老くんは笑顔を見せた。


「本当にごめん。僕のせいで……。」


「気にすることないネー。上手く行ったしオールオッケー。」


 僕は扉の方に目をやった。


 扉は……無傷だった。


 現実は非常に非情だった。結局扉は3度の猛攻に耐えたのだ。動かざること不動明王だ。固定資産税を取られてもおかしくない。


「ふぅー、結局丸太じゃあ無理だったな。」


「硬すぎるネー、あの扉。何か細工がしてあるに違いないネー。」


 ブラスさんも座り込み、男3人が玄関扉の前で座って駄弁る光景ができてしまった。


「はぁー、疲れた。マジで疲れた。」


「僕も。今日はもう動きたくない。」


 床に寝そべりそのまま瞼を閉じた。全身の疲れがスーッと取れていくような気がしないでもなかった。


「丸太を倉庫に戻す気も起きないネー。」


「丸太はGMに後で戻しといてもらおう。GMなんだしそのくらいやるでしょ。」


「あー、もう何のやる気も起きねー。マジだるー。」


 まだ昼にもなってないというのに、僕ら既に疲れきっていた。しかし僕は不意に思い出した。今日から市民による処刑と人狼による襲撃で1人ずつ死んでいくということに。忘れていたけど、これは脱出ゲームじゃあなくて命を賭けた人狼ゲームなんだ。いくら疲れたとしても、脱出のために最善を尽くさなくちゃあいけない。


「う、う、うおー。」


 全力で叫び体を動かそうとしてみる。しかし1度横になった僕は腑抜けた声しか出せず、手足をジタバタさせることしかできなかった。


「あの……何してるんですか……?」


 寝そべったまま声のした方向に顔を向ける。そこにいたのは中内さんだった。それとその後ろには困惑した表情の橋さん。それと……。


「あのー、サヨちゃんの後ろにいるその方はどなた?」


 車海老くんが指さした謎の人物は、明らかに僕の知っている誰とも違った。まず顔を変な仮面で覆い、さらに服は工事現場で着られているような作業着だ。極めつけにその人物が持っているのは溶接機だった。


「彼女、城白さんよ。じゃんけんで負けたから溶接をすることになったの。」


 何を言っているのかさっぱり分からない。なんでじゃんけんに負けたら溶接をしなくちゃあいけないことになるんだ? 


「この溶接機とか作業着とか見つけたので、玄関の扉を溶かしたりできないかなぁって思って。」


 橋さんの説明を中内さんが補足してくれた。確かに衝撃にはめっぽう強かった扉だけど、金属製なんだから溶かせてもおかしくはない。


「で、あなた達はそこで何をしてるの?」


 と橋さんは髪の毛をくるくるさせながら聞いた。


「ミー達は丸太で扉を突破できないか試してたネー。それでワターシ達の体力使いきっちゃったネー。」


「あ、あの丸太なんであるんだろうって思ったけどそういうことだったんだね。」


 城白さんは無言で扉の前まで行き、ドアノブを数回触った後、溶接機に電源を入れようとした。


「城白さんって溶接できるの?」


「気合いで何とかするわ。」


 彼女はそう答えるとドアノブを溶かし始めた。


「つうか延長コード何個使ったらここまで伸ばしてこれるんだ?」


「何個だったっけ? 橋さんが見つけたやつ全部繋いできたんだっけ?」


「そ。玄関までの距離とか分からなかったし、長ければ長いほど良いかなって。」


 会話している間に、城白さんは扉を溶かしていく。飛び散る火花が新鮮で、ついつい見てしまう。意外にも彼女は手慣れた感じで淡々と進めているように見えたが、突然溶接機の電源を切った。


 そして溶接ヘルメットを取ると、ドアノブの辺りを少し見て、僕らの方に振り返った。


「この扉、溶けない。」


 思わずため息が出た。


「扉の表面に特殊な加工がしてあるみたい。5時間やっても溶けないと思うわ。」


 溶接機でも無理だなんてどうすれば良いのだろうか?


「やっぱり大きな衝撃を与えるのが1番良いんじゃあないかしら?」


「でも丸太をぶつけても破れなかったぞ。」


「丸太をぶつけるよりもっと大きな衝撃が必要なのよ。」


 丸太をぶつけるよりも大きな衝撃を出せる物なんてあるだろうか? 丸太より大きくて硬い物があるなら、きっともう誰かが見つけているだろうし、きっとあの倉庫で丸太より大きな衝撃を出せる物なんて無いんじゃあないか?


 僕らが渋い顔をして思案していると、後ろから声が掛けられた。


「おい貴様ら、そこを退くのだな。そんな物では扉は破れぬ!」


 現れたのは金本くん。そしてその後ろで悪い顔をしている北野くんと羽田くん。そして1人だけ真面目な表情の佐々木さん。


「金本じゃあねぇか。何か扉が破れそうな物は見つかったのか?」


「ふん、この金本次世は貴様らのように与えられた物だけで物事を考える人間ではない。扉を破れる物が無ければ作れば良いのだ!」


 そう言って彼は手に持っていた小さな箱のような物を掲げた。


「あの……それはなんですか……?」


「爆弾。」


 その言葉に思わず僕らはどよめき、急いで距離を取ろうとした。


「警戒することはない。スイッチで爆破する物だからな。」


 彼は爆弾を手に扉に近づいた。そして扉付近の床に爆弾を置くと、こちらを振り返った。


「さぁ、貴様らは2階の個室に隠れるのだ。この爆弾は館を丸ごと崩壊……させるほどの威力は無いが扉1つ破るには充分だ。」


 扉どころか壁ごと吹き飛ばせそうだけど。


「この爆弾は僕ら4人で作ったんだよ。」


「金本だけが作ったような言い種だが、僕達も手伝ったことを忘れないで欲しいな。」


「ほとんど俺が作っただろ! 貴様ら材料集めただけ!」


「とりあえず、早く爆破するためにもこの場を離れましょう。ここにいてはワタクシ達も木っ端微塵でございます。」


 僕らはそれを聞いて一目散に2階に駆け上がった。自分の個室に入り、ベッドにくるまった。爆弾ともなれば丸太で打った時とは比較にならないほどの音が鳴るはずだ。僕はじっと息を潜め、音がする瞬間まで待った。


 しかし10秒経っても、20秒経っても音はしなかった。不審に思った僕がベッドから出て、個室の扉に近づいた時、何かが響くような低い音と共に館全体が揺れた。それは爆弾の音にしてはあまりに小さすぎるような音だったけど、館を揺らすほどの衝撃なんて爆弾でしか出せないだろうと思った。


 僕は多分安全だろうと思い、そっと扉を開けてみた。他の皆も出てきていて、最後に金本くんが勢い良く扉を開けて現れた。


「爆破は成功したぞ! スイッチを押してきっかり10秒後に音がしていたからな!」


「これ本当に爆破できてる? 爆弾って言うわりには遠くでちょっと聞こえる程度の小さい音だったし。」


 橋さんの言葉ももっともだ。多分この個室の防音性能が高いのだろう。実際音は小さかったけど、衝撃はしっかり伝わっていたし。


「そんなことはどうでも良いぜ。早く見に行こう。」


 車海老くんを筆頭に、皆は階段を降りていった。僕も慌てて後を追う。


 1階、玄関付近。そこには確かに爆破の跡があった。爆弾があったと思われる付近の床は黒く焦げており、それは壁も同様だ。衝撃で割れたのだろうか、さっきまでは気にも止めていなかったツボは地面で無残な姿になっている。


 だからこそ、他の何もかもがダメージを負っているからこそ、その扉が傷1つなく健在なのが異質で違和感を覚えた。


「……おかしい。計算では壁ごと吹き飛ばす威力は充分にあったはずだ。だと言うのに何故、壁はおろか扉すら壊れていないのだ?」


「計算は間違っていないよ。僕ら4人で計算したんだ。何か細工がしてあるのか?」


 羽田くんの呟きで、さっきの城白さんの言葉が蘇った。


「城白さん。さっき扉に加工がしてあって溶かせないって言ってたよね?」


 彼女は無言で頷いた。


「耐熱加工か? いや、それだけでは説明がつかない。耐衝撃加工までされていてもおかしくないぞ。だとしたら必要な火薬はいくつだ?」


「金本様、火薬ですが先ほどの爆弾で半数以上使用してしまいましたので、先ほどの爆弾より威力の高い爆弾を作るのは難しいかと思われます。」


「えぇい、火薬以外にも何かあるだろう。水素でも粉塵でも何でも良い! 使えそうな物を探すぞ!」


 金本くんは意気揚々に手を振り回しながら号令を掛けた。が、誰も動く様子は無い。


「俺とブラッさんとトッシーは丸太で疲れてるし……。」


 車海老くんはそう言って、焦げた丸太を指さす。


「私達は溶接機の後始末とかありますし……。」


「早くこの服脱ぎたい。」


「はいはい、浴場で着替えてきてねー。」


 女子3人集は各々自由に行動し始める。


「僕らも正直疲れたよ。頭使ったし、材料探すの頑張ったし。」


「それに僕の腹具合から鑑みるにもうすぐ昼飯時だ。一旦休憩にしないか?」


 北野くんの言葉を聞いた途端、急に空腹が襲ってきた。体がたんぱく質を欲している。


「む、それもそうか。ならとりあえず休憩!」


 休憩と聞いて皆バラバラに散っていく。車海老くんなんかは2階の個室に姿を消した。僕もベッドで休みたいけど、とりあえず今はご飯を食べることにした。

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