第4話 役職の開示

「午前7時になりました。」


 不快な声が僕を深い眠りから目覚めさせた。二度寝と洒落込みたいけど、朝食の時に話し合いをするって言ってたし、起きなくちゃあいけない。


 喉がイガイガするから僕はまず洗面台に向かった。コップに水道水を注いで飲み干す。次に顔をピチャピチャと濡らし、意識をちゃんと覚醒させる。そしてそのままシャワーを浴びる。シャンプーやリンス、固形石鹸やボディソープがあったので一通り使って体を洗う。その後、タオルが無かったのでカーテンで体を拭き、洗濯機から乾燥した服を取り出して着た。


 次に歯磨きだ。洗面台に歯ブラシとコップはあったが歯磨き粉がない。倉庫で調達しろってことなんだろう。タオルといい肝心な物が無いんじゃあダメだ。GMに文句を言ってやりたい。とりあえず歯磨き粉を使わず歯磨きを済ませる。


 これで準備は完了だ。髪はまだちょっと濡れてるけどそのうち乾くだろう。倉庫でドライヤーも探しとかなくちゃあいけない。大変だよ。とりあえず食堂に行こう。


 部屋から出かかったところで僕は気づいた。昨日役職カードとかいう黒いカードを配られたのだ。確か自室で確認しておくように言われてたはずだ。しかしどこに行ってしまったのかさっぱり分からない。昨日カードを受け取った時の記憶を思い返してみる。確か受け取って、色々触って、それから……。


 そして僕は1つの結論に到達した。あのカードが入っている場所、それはすなわちズボンのポケットの中。そして僕は昨日ズボンを洗濯している!


 僕は己を呪った。そして運命を呪った。ついでにGMも呪った。あのカードが洗濯を耐えれるとは思わない。僕は自分の命を賭けた人狼ゲームに、役職も分からない状態で参加しなくちゃあいけないのか?


 こんな状況だが、僕は酷く冷静だった。まずポケットの中からカードを取り出した。カードは奇跡的に昨日受け取った時と同じ状態だった。だけどそれが何だと言うのだ。僕の予想ではこのカードは電子機器だ。ちょっと厚みがあるのもそうだけど、一面真っ黒なのは電源を入れることで画面が表示される仕組みだからだと思う。そして僕はそれを洗濯した。


 深呼吸をする。焦りは無い。無いったら無いんだ。例えこの画面がうんともすんとも言わなくたって大丈夫だ。最悪GMに最初から壊れてたって文句を言おう。それが良いかもしれない。不公平だって騒げばGMも対応せざるおえないはずだ。


 妙な自信が湧いてきた僕の手の中のカードが、不意に音を出した。なんだろうと思って見てみると、カードにはこう書いてあった。


〈市民〉


 僕の役職だ。カードは壊れていなかった。防水加工でもしてあったのだろうか。とにかくそのカードには僕の役職が表示されていた。


 市民。それは何の能力も持たない基本の役職だ。人狼ゲームは市民陣営と人狼陣営に分かれている。市民はもちろん市民陣営で、僕の勝利条件は人狼を全滅させること。つまり僕はたまたま人狼になってしまった人を殺さなくちゃあいけないんだ。でもそれはあくまでこのゲームに付き合う場合の話。僕は端からGMに従うつもりはないし、もちろんゲームのルールを守るつもりもない。館の玄関の扉を突破して家に帰るんだ。


 僕はみなぎる決意と共に部屋から出る。しっかり鍵を掛け、役職カードはポケットに入れておく。そして階段を使って1階に降りる。不思議なことに皆の姿が見えない。どこに行ったのだろうか。


 とりあえず食堂に向かった。フォークとナイフが交差したマークが付いた食堂の扉を開くと、そこには僕以外の皆が全員いた。


「トッシー寝坊かぁ~? アナウンスがあってから結構経ってるぞ。」


「ごめんごめん。」


 皆は先に朝食を食べていた。各自好きな物を好きな場所で食べているようだった。僕もお腹が空いていたから厨房に何か食べる物を取りに行こうとしたら、車海老くんに呼び止められた。


「ちょっと待ってくれトッシー、先に朝の会議をしたいんだ。」


「僕は構わないよ。」


「悪いな、ちゃっちゃと済ますから。」


 車海老くんは他の皆にもご飯を中断するよう頼みに行った。


 そういえば車海老くんの髪、昨日と同じようにしっかりセットされている。ガラの悪い人がやるような三つ編み亜種みたいな髪型だ。もしかして車海老くんは昨日お風呂に入っていないのかもしれない。まぁそれも仕方ないよね。あのタイプの髪型ってセットが大変だって聞くし。


「えー、皆様朝早くから来て頂いた訳ですが、ぶっちゃけこれからどうする?」


 車海老くんの質問に僕は即答した。


「もちろん何とかして脱出するよ。倉庫から使えそうな物を見つけて、壁でも扉でも破るんだ。」


「俺もそれが良いと思ってる。端からゲームに付き合う義理は無いんだしな。他の皆もそれで良いよな?」


 反対意見は出なかった。その代わり、1人挙手をした人がいた。北野くんだ。


「聞いておきたいことがある。お前たち、人狼ゲームはどれくらいできる?」


 直接的な表現じゃあなかったけど、僕には彼がGMの用意したゲームに乗るつもりだと言っているように聞こえた。


「先に言っておくが、僕は倉庫にある物を使って脱出できるとは思っていない。あのGMがそんなマヌケなことをするとは思えない。」


「その意見には僕も賛成だよ。だっておかしいでしょ。僕の財閥がいまだに僕を助けに来れないでいる。そんなことができるなんて、GMはただ者じゃあないよ。そんなGMが脱出に使えるような物を倉庫に置いておくなんて思えない。」


 北野くんと羽田くんの意見にも一理ある。確かにGMがそんなヘマをするかと言われたら、多分しないだろう。だけど、だからと言ってGMの用意したゲームをやるなんて僕は嫌だ。やるとしても、最大限の抵抗はしてやりたいんだ。


「いや、ちょっと待ってくれよ。GMはマヌケだぜ。」


「どうしてお前にそんなことが分かる?」


「昨日言ったろ、俺の個室だけ鍵が開いてたって。あれ、なんでだったんだろうと思ってGMに聞いたんだ。そしたら、アイツなんて言ったと思う? あー、開いてた? ごめんそれボクチンのミスだわ。って言ったんだよ!」


 うーん、多分鍵の掛け忘れをするようなGMだから付け入る隙があるんじゃあないかってのが車海老くんの主張だろうけど、GMの巧妙な罠かもしれない。本当は別の意図があって、それを隠すための嘘とか。


「今の車海老様の発言から察しますに、GMはワタクシども個人と会話することも可能なのですね?」


 アナウンスだけじゃあなくて、僕たちの言葉に応じて会話することもできるのか。ということはGMは四六時中僕たちを監視しているということかな。でもどうやって? この館には監視カメラなんて無いのに。


「あぁ、多分そう。でも会話が可能なのは個室の中だけらしいぜ。ゲームの公平性を保つためとか言ってた。」


「変なところにうるさいやつネー。」


 GMは自身をGMなんて呼ぶくらいだから、ゲームにすごく執着しているんだろう。もしかしたらこの性質こそGMの付け入る隙になるかもしれない。


「話を戻すが、僕だってGMの思い通りになるつもりはサラサラない。だが我々の抵抗にも限度があるはずだ。やむ無く人狼ゲームに乗るしかなくなった時、混乱しないようにそれぞれの人狼ゲームへの理解度を共有しておきたいと思っただけなんだ。」


 北野くんの意図は分かった。互いを理解するのは必要なことだし、ここで変ないざこざを起こしても良いことはない。人狼ゲームについて一度話し合っておくのは大切かもしれない。


「もし人狼ゲームで戦うことになったら、僕が市民陣営を勝利に導く。僕は人狼ゲーム日本一なんだ。人狼陣営になってしまった人には悪いが、そうなった時には覚悟してもらいたい。」


 北野くんの声は自信に満ち溢れていた。でも実際人狼ゲーム日本一と謳われている北野くんなら、必ず僕たちを勝利に導いてくれそうだ。


「だからこそ聞いておきたいんだが、この中で人狼ゲームをやったことがないという人はいるか?」


「俺はやったことあるぜ! つうか俺は北野さんのファンだからな。いつも動画とか見てるんだ。」


「ワタクシも、嗜む程度にはやっております。」


「あ、私もちょっとだけ。1年か2年くらいやってるよ。」


「ミーも得意よ、こういうゲーム。パッション勝負なら負けないネー。」


「私も暇潰しくらいにはやるよ。深夜とか、他にやることもないし。」


「俺もだ。次元学の研究の合間にやり始めて徹夜なんてザラにある……!」


「僕も財閥で雇ってる使用人とやったことあるよ。使用人は皆容赦なくて、勝ったことはあんまり無いんだけどね。」


「あ、僕もあるよ。ゲームは好きだし、わりとやり込むくらいには。」


 偶然か必然か、ほとんどの人が人狼ゲームを習慣的にやっていることが分かった。ただ1人を除いて。


「……数回だけなら。片手で数えられるくらいしかやったことないわ。」


 そう言ったのは城白さんだ。確かに彼女は物静かなイメージだし、こういうゲームには向いていなさそうな感じがする。


「ルールや定石などはどれくらい分かる?」


「さっぱり。」


 北野くんは唸った。きっと説明したいのはやまやまだけど、他にも話し合わなくちゃあいけないことがあるからどうしたら良いか困っているんだ。


「だったら僕が城白さんに人狼ゲームの説明をするよ。」


「そ、そうか。じゃあ僕たちは今日のことについて話し合っておくから、終わったら教えてくれ。」


 なんだか北野くんに不安そうな目で見られてたような気がする。きっと気のせいだろう。僕は城白さんが座っている席の横に腰を下ろした。


「ええと、まず人狼ゲームの基本的なルールから説明するね。人狼ゲームにはプレイヤーとゲームマスター、略してPLとGMの2つの立場があるんだ。さらにプレイヤーはゲームマスターから配られた役職によって市民と人狼の2つの陣営に分かれるんだ。」


 話しながら頭の中で情報を整理する。僕はゲームの説明をするのであって、そこに僕個人の思惑が入ってはいけないからだ。


「今回は市民、占い師、霊能者、狩人、人狼、狂人の6つの役職があるんだ。人狼陣営は人狼と狂人だけで、それ以外の役職は市民陣営だよ。それぞれ説明していくね。」


 市民は何の能力も持たない役職。

 占い師は夜に誰か1人を選んで、その人が人狼かどうかを知れる役職。

 霊能者はその日死んだ人が人狼かどうかを夜に知れる役職。

 狩人は夜に誰か1人を選んで、その人を人狼の襲撃から守れる役職。

 人狼は毎晩1人を選んで襲撃し、殺すことができる役職。

 狂人は人狼に味方する市民で、人狼陣営だが占いや霊能で正体を知られない。


 それらのことをざっと説明してから、次に人狼ゲームの進行や定石について説明する。


「人狼ゲームは議論によって市民の中に紛れた人狼を見つけるゲームで、市民陣営は1日に1人処刑することができるよ。それで人狼を全滅させたら市民陣営の勝ち。逆に人狼も毎晩1人を襲って殺すことができる。人狼はそれで市民陣営の数を人狼と同じ数まで減らせば勝ちだよ。それで、議論の際には自分の役職を明かすことがあるんだけど、これをカミングアウト、略してCOと呼ぶよ。」


 そこまで言って僕はふと思った。普通の人狼ゲームでは、誰かがCOしてもその真偽を確かめる方法はほとんど無い。しかしこのリアル人狼ゲームなら、自分の役職カードを見せるだけで自分の白を証明できるんじゃあないかと思う。後で試してみよう。


「まず初日に占い師と霊能者はCOするよ。初日にCOする理由としては、乗っ取りを防ぐためなんだ。例えば初日にCOせず、その夜に襲撃されてしまったら、次の日に人狼が占い師や霊能者だと嘘を吐いてCOしてもそれが嘘だって指摘できないでしょ? だから初日に占い師や霊能者はCOするんだ。それに占い師や霊能者が誰か分かっていたら、狩人も誰を守れば良いか分かりやすいからね。」


 説明がちゃんと伝わっているか確認するために城白さんの表情を観察しているけど、彼女のポーカーフェイスから心情を読むのは不可能だった。きっと理解してくれていると信じて僕は説明を続ける。


「その他の役職、つまり狩人と狂人は基本的にCOしないよ。ただし、狩人は自分が処刑されると市民陣営が不利になっちゃうから、自分が疑われないようにしなくちゃあいけないんだ。だから狩人がCOするのは自分が処刑されそうになった時なんだ。それから狂人は他の役職、占い師や霊能者みたいな役職であると嘘を吐くのが定石だよ。だから人狼ゲームはほとんどの場合、占い師か霊能者のどちらかが2人いる状態で始まるよ。2人いる片方は本物で、もう片方は狂人が嘘を吐いている状態から始まるってことだね。」


「狂人が嘘を吐かない場合はあるの?」


「稀にあるけど、明確な理由が無い限り悪手だよ。人狼は誰が狂人か分からないし、狂人も誰が人狼か分からないんだ。狂人がCOしない場合、人狼が狂人を襲撃してしまう場合もあるし、占い師や霊能者が本物だと確定してしまうのは人狼にとってマイナスだよ。だから狂人がCOしないことは少ないんだ。」


 人狼ゲームの基本的なルールは説明したし、役職と定石についても説明した。GMからリアル人狼ゲームのルールも説明されてるから、多分もう説明することはないはずだ。


「人狼ゲームの説明はこのくらいかな。何か質問はある?」


「市民陣営が行う処刑はどのようにして行うの?」


 処刑する人を決める方法……のことを聞いてるんじゃあないよな。具体的な処刑方法を聞いているんだ。確かに人狼は人狼銃で襲撃しますとGMが言っていたけど、市民陣営が行う処刑の方法については何も聞かされていない。


「ごめん、それは僕も分からないんだ。後でGMに聞いてみるよ。」


 GMが教えてくれるかどうかは分からないけど、車海老くんによれば質問はできるようだし、僕自身も分からないことがあったらGMに聞いてみよう。


「他に何か質問とかあるかな? 多分詳しいルールとかはGMに聞いた方が早いと思うけど、人狼ゲームのことなら僕に頼ってよ。」


「今は特に無いわ。」


「じゃあ僕は北野くんに報告してくるよ。」


 僕は北野くんのところに向かった。どうやら既に話し合いは終わってしまったようで、皆バラバラに朝食を再開していた。


「北野くん、一応城白さんに人狼ゲームの説明できたと思うよ。」


「そうか。こっちは皆で倉庫の探索をしようって話になった。朝食の後、皆で倉庫に集まり、館の玄関の扉を破れそうな物を探すぞ。」


「分かったよ。ところで朝食って厨房に行ったらあるかな?」


「冷凍庫の中にレンチンで食える物がいくつかあったぞ。」


「そっか。ありがとう。」


 早速僕は厨房に向かった。冷凍庫から冷凍チャーハンを取り出し、レンジで温める。その間にコップと箸を取り出しておき、ついでに冷蔵庫の中も漁ってみる。幸運にもカット野菜があったので1パック開けて、適当なお皿に盛り付けた。そして温め終わったチャーハンとそれらを持って僕は厨房を後にした。


 食堂に戻るとほとんど誰もいなかった。もう倉庫の方に行ってしまったのかもしれない。唯一残っていたのは、昨日特に印象的だったあの人だった。


「おはよう、佐々木さん。」


「おはようございます。道宮様はこれから朝食でしょうか?」


「うん、そうだよ。佐々木さんはもう朝ご飯食べたの?」


「はい。朝食は少し前に済ませました。」


 僕は佐々木さんの近くに腰を降ろした。


「じゃあ佐々木さんはどうしてまだ食堂に? 何か忘れ物でもしたの?」


「いえ、状況的に道宮様を1人にしておくのは危険かと思いまして。ワタクシ達は監禁されている身ですし、あのGMが変な気を起こしてもいけませんし。」


「変な気を起こすって?」


「もちろん、殺しでございます。人狼ゲームに最初の被害者というのは付き物でございますからね。」


 確かにそうだ。普通の人狼ゲームでは、最初の日の夜にNPCが殺されることが多いんだけど、このリアル人狼ゲームではそれが無かった。見せしめとしてゲームの参加者を殺すことも考えられるかもしれない。


「心配してくれてるんだね。ありがとう。」


「いえいえ、礼には及びません。一緒に監禁された仲間じゃあないですか。」


 佐々木さんはそう言いながら美しくはにかんだ。


「それにしても大変なことになったよね。命を賭けた人狼ゲームなんてさ。」


「そうでございますね。数日前のワタクシでは想像すらできませんでした。……道宮様はこの状況、怖いですか?」


「うん、正直怖いよ。自分が死ぬかもしれないのに怖くない人なんていないんじゃあないかな? 昨日もあんまり寝れなくて、そのせいで朝、役職カードを洗濯しちゃったりしたんだ。幸い壊れてなかったけどね。」


 僕は怖いと言いつつ、おどけて話してみせた。フィクションでは恐怖は伝染する物として描かれていることが多い。その理由が今の僕には分かる気がするんだ。恐怖は伝染するって言っても、0が100になる訳じゃあない。誰しもが心の中に恐怖を持っているんだ。それは1かもしれないし、10かもしれない。だけど0じゃあない。恐怖はあくまでかけ算なんだ。


「佐々木さんは怖くないの?」


「ワタクシは……あまり恐怖を感じていません。」


「それはどうして?」


「今ここで死ぬことと数十年後老衰で死ぬこと、それらに何の違いも見出だせないからです。」


 言葉に詰まった。なんて返答すれば良いのか分からなかった。僕が困惑している間に佐々木さんは続ける。


「本当につまらない人生でした。良い幼稚園、良い小学校、中高一貫校、そして国立大学、今はエリート企業に勤める身でございます。……ワタクシは、何も成していません。何も自分の意志で決めていません。」


 佐々木さんは暗い表情だった。


「ワタクシは求められるまま流れされていただけでした。気づいた時には遅かったのです。社会に組み込まれてしまえば、何かを成すことは難しくなります。大人は自由に見えて制約でがんじがらめなのでございます。」


「佐々木さんだってまだ若いんだし、きっと何かすごいことができるはずだよ。」


「何かを成すことができる人間は、夢を持っている人間だけです。ワタクシは生まれてこのかた夢を持ったことがありませんでした。道宮様には夢はありますか?」


「夢かぁ。うーん、夢とは違うかもしれないけど目標ならあるよ。ここから皆で脱出するんだ。誰も死なずにね。」


 佐々木さんは再び笑った。


「ではワタクシも生きなくてはいけませんね。」


 その笑顔はここに来て佐々木さんが見せたどの表情よりも儚かった。いったい何が佐々木さんにこんな顔をさせるのだろう? 子供の僕には考えても思い付かなかった。だけど何か声を掛けなくちゃあいけないという気持ちにはなった。こういう時、何を言えば良いのだろう?


「……気を使うことはありませんよ。早く朝食をお済ませください。あまり遅いと皆様心配なされるでしょうし。」


「う、うん。そうするよ。」


 急かされるままに僕はチャーハンとカット野菜を胃袋に流し込んだ。不思議と味はしなかった。

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