第3話 デスゲーム
第5回リアル人狼ゲーム。
第5回リアル人狼ゲーム?
「は? え、誰だよ、どこにいるんだよ!」
皆辺りを見回すけど、僕たちとロボット以外は誰もいなかった。となるとロボットが声の発生源か!? と思ったけど、声は天井から響いてきたことを思い出す。
「これから皆さんには人狼ゲームをプレイしてもらいます。」
声は、天井から響いてくる不快な声は、声変わり前の男児の声に似ていた。当然それだけで不快だと評した訳じゃあない。人は高い声に恐怖する性質があるとかないとか言われているけど、その天井から響いてくる声は微妙な高さの声なんだ。聞いているとイライラしてきそうな、そんな風に調整されたかのような声なんだ。
「人狼ゲームをプレイしてもらうと言っても、ただの人狼ゲームじゃないよ。リアル人狼ゲームだよ。」
リアル人狼ゲームというのは聞いたことがある。有名な動画投稿者なんかがやってるやつで、人狼ゲームをしながら同時にロールプレイをするものだ。市民なら市民、人狼なら人狼とそれぞれ役職になりきって行動するから普通の人狼ゲームとは違った面白さがある。だけど、それは誘拐されて強制的に参加させられるものじゃあない。
「君たちにはそこにいるロボットから役職カードを配られます。役職カードは誰にも見せないようにしてください。そして、その役職の勝利条件を満たした人が勝利だよ。」
不快な声は混乱する僕たちをよそにさっさと話を進めてしまう。
「勝利条件は役職カードに書いてるからね。それから……。」
「ちょ、ちょっと待って! もしかして僕たちを誘拐したのって、そんなことをさせるためだったの!?」
羽田くんが、冗談じゃあないと言わんばかりの形相で、天井を怒鳴り付けた。
「うん、そうだけど。」
その声の返事はシンプルだった。
「犯人は僕たちをこんな下らないことに参加させるために誘拐したのか。」
「下らないことなんて言わないでよ。好きでしょ、人狼ゲーム。あと、ボクチンのことはGMって呼んでほしいな。」
そいつは何がおかしかったのかゲラゲラと不快な笑い声を響かせた。僕はそれに気圧されて何も言えなくなってしまった。
「でも、たかが人狼ゲームに参加するだけで出られるならさっさとやった方が良いんじゃあないのか?」
そう発言したのは北野くんだった。
「ていうか、このまま駄々こねてても時間の無駄だ。僕は忙しいから早く帰りたいんだ。さっさとそのリアル人狼ゲームとやらを始めてくれ。」
「えー、えー、ではルールの説明をさせてもらいます。」
北野くんに促され、GMは浮かれた様子で説明を始めた。
「今回の役職は、市民が4人、占い師が1人、霊能者が1人、狩人が1人、人狼が2人、狂人が1人となっています。オーソドックスな役職ばかりですね。」
イスに座っていたロボットが動きだし、自身の腹の中から10枚のカードと1枚の紙を取り出した。
「つまり、市民陣営は人狼を皆殺し、人狼陣営は市民の数を人狼と同じ数まで減らせば勝利ということです。今回は特殊な役職とかないからね。」
ロボットはカードを皆に配り始めた。もちろん僕のところにもカードが置かれた。それはカードというには少し厚みがあって、一面真っ黒だった。
「次は細かいルールについて説明するよ。1つ、議論及び投票は必ず夕方に行われます。夕方になるまでは何をしてても自由ですが、夕方になったら必ずこの食堂まで来て議論に参加してください。あ、ちゃんとアナウンスはするから忘れてたなんて言い訳はナシね。」
「リアル人狼ゲームの中でも日を跨いでやるやつか。さっきも言ったけど僕は忙しいんだ。夕方とかこだわらずもっとスムーズにやってくれないかな。」
「えー、2つ、夜の行動は狩人、占い師、霊能などの役職が先に行動します。その後、人狼は襲撃することができます。」
「襲撃? そうか、分かったぞ。これがリアル人狼ゲームなら、死んだ人にはもう用はないよな。つまり死んだ人から早く帰れるってことじゃあないか。」
「なに言ってんの? 死んだ人は死ぬんだよ?」
「は?」
死んだ人は死ぬ? どういう意味だ?
「人狼は人狼銃という銃を使って襲撃してもらいます。人狼銃は人狼の部屋に配置してあるからね。」
人狼銃? 何を言っているんだこいつは。
「ちょっと待てよ。死んだ人は死ぬってどういうことだよ!」
「あのねぇ、失われた命は戻らないんだよ? 死んだ人から早く帰れるっておかしくなぁい? それとも、土に還るって意味だった?」
「何を……言って……?」
「このゆとり世代め。だからさぁ、こういうことなの。」
声は一際大きく、明瞭な発音で、僕たちに告げた。
「このゲームで死んだ人は実際に死んじゃうの。」
実際に、死ぬ?
それは透明な何かが体の中を突き抜けていくような感覚だった。その正体は多分、恐怖だ。死への恐怖だ。僕はGMの言葉を理解し、僕の置かれている状況を理解し、そして改めてGMの言葉を理解した。
手足が震えだした。僕たちを簡単に誘拐し、今もなお助けの来ない状況にしたGMの力を想像すると、GMの言葉の信憑性が増した。
「つまり、お前は、僕たちに、殺し合いをさせたいってことか?」
「殺し合いじゃなくてリアル人狼ゲームだよ。人狼は人狼銃で市民を撃ち殺し、市民は人狼を処刑して殺す。ただそれだけだよ。殺し合いなんてとんでもない。」
寒気がした。声の主を心底気持ち悪いと思った。帰りたければ殺せと言っているのだ。市民陣営は人狼を皆殺し、人狼陣営は市民を人狼と同じ数まで減らす。つまり僕は市民陣営だろうが人狼陣営だろうが、必ず人を殺さなくちゃあいけないんだ。
「で、3つ、今日は誰も処刑したりしないし人狼も襲えない。リアル人狼ゲームは明日からスタートだからね。君たちはその役職カードを持ってそれぞれの部屋で役職を確認してください。」
きっと聞かなくちゃあいけないことはたくさんあったはずだ。なのに何も言葉が出なかった。普通に生きてきた僕が、人を殺さなくちゃあいけない状況になってて、しかもそれを理解してしまっている。人を殺すことに納得しているのか? 違う、僕はそんな人間じゃあない。そんな人間じゃあないはずなんだ。
「えーと、あとは説明することあったかな? なかったよね? じゃあボクチンはこれでサヨナラするね。君たちの部屋の鍵と倉庫の鍵はロボットが持ってた紙に包まれてるから、各自取っといてねー。」
そう言うと、次の瞬間、食堂の天井が割れ、中からガトリングガンが現れた。それは恐ろしい音を発しながらロボットを蜂の巣にして、再び天井に戻っていった。
僕の震えはさらに増した。視界が狭くなって、体の感覚がなくなって、もう倒れてしまいそうだった。きっと皆もそうだったと思う。僕に周りを見るほどの余裕は無かったけど、きっと皆も動揺して混乱して恐怖していたに違いない。だからガトリングガンが消え去ってから誰も動けなかった。誰も喋らなかった。
そうして誰も喋らないまま、何時間経っただろうか。時間感覚が麻痺してしまいそんな簡単なことすら分からない。だけど不意にその静寂は破られた。
「で、どうするの?」
彼女はこんな時でも冷静で、ロボットが置いていった紙から自分の名前が書いてある鍵を探してコートのポケットに入れた。
僕たちは誰も何も言えなかった。かろうじて視線を彼女に、城白さんに移すことはできた。彼女はそんな僕たちに鋭い視線を返した。
「今後の方針を決める必要があるんじゃあないの?」
それでも僕は動けなかった。だけど、僕とは違って、城白さんのように強い人はいた。
「お、おう……。」
車海老くんはふらふらと紙に近寄り、そこにあった鍵を取る。
「個室の鍵だ。はは、マジで俺たちって……。」
言葉は出るのを躊躇うように途切れた。車海老くんだって恐怖しているんだ。それはそうた。誰だってそうだ。だってさっきまでは誘拐ってことになってたんだから。誘拐ってのは監禁とか身代金とか、そういう目的を達成するための手段だ。殺すなら始めから殺しているという思い込みがあった。だからいきなり誘拐が殺し合いに変化して動揺したんだ。
「……この紙、ルールだな。さっきGMが言ってたやつと同じことが書いてある。役職一覧とか、そういうのが書いてある。」
震える手で車海老くんは紙を皆に見せた。そこには先ほどGMが説明したルールがイラスト付きで解説されていた。
「本当に、ここから出るには、命を賭けた人狼ゲームをしなくちゃあいけないのか?」
北野くんの問いに答えられる人はいなかった。
「と、とりあえずよぉ、何とかして脱出する方法とか考えないか? ほら、こんなのもあるし。」
そう言って車海老くんは個室の鍵とは違う鍵を見せた。
「倉庫の鍵ってGMは言ってたよな。倉庫って多分鍵が掛かってて入れなかった謎の部屋のことだぜ。そこに行けば、なんかあるかもしれない。」
「何かあるって、何が?」
「ダイナマイトとか……?」
「狡猾な犯人がダイナマイトを放置なんてしないと思いますよ。」
「ま、丸太とかさ! それ持って皆で扉を破れば……!」
「丸太で金属製の扉が破れてたまるか。ガトリングガンでもあれば別だがな。」
「とりあえず、倉庫に行ってみない?」
皆は僕の提案を受け入れてくれた。倉庫に行けば何かあるかもしれない、という藁にも縋る思いで僕たちは体を動かした。
皆はそれぞれの個室の鍵を取った後、食堂を出て廊下を渡り、謎の部屋もとい倉庫の前までやってきた。ここに来るまで誰も喋らなかったし、ほとんどの人が暗い顔をしていた。
車海老くんが倉庫の扉の鍵穴に倉庫の鍵を差し込む。それはすんなり回り、カチャリと快い音を響かせた。車海老くんは扉を押し、中に入る。僕たちはそれに続いた。
中は倉庫だった。棚にいくつものダンボールが積まれていた。広さは食堂と厨房を足したくらい。圧迫感がすごく、積まれたダンボールのせいで同じ倉庫に人がいても気づかないんじゃあないかってくらいだ。
中内さんが足元にある小さなダンボールを開けた。そこにはダンボールいっぱいに歯磨き粉が入っていた。
「もしかしてこれって日用品……?」
その言葉を聞いた橋さんも近くのダンボールを開けた。
「ポケットティッシュだ。必要な物はこの倉庫から調達しろってこと?」
そうかもしれない。歯磨き粉とかティッシュとか、使う人はたくさん使うし使わない人はそんなに使わない物を置いているのかもしれない。足りなくなったり必要になったりしたら倉庫から取っていく。まるでここで生活していけと言わんばかりだ。多分実際そうなんだろうけど。
「各々探索して脱出に使えそうな物を探そう。」
倉庫は結構広いし、ダンボールもたくさんある。しかもどのダンボールに何が入っているのかも分からない。皆で手分けして探すのが一番良いと思うんだ。
とりあえず僕も何か探そうと思って右の棚の手前の方にあるダンボールを1つ取り出して中身を見た。中にはカーテンが入っていた。重さとか触り心地から考えても普通の、何の変哲もないカーテンだ。僕はそっとダンボールを元の位置に戻した。
ペンとかあれば調べたダンボールに中身を書いておくことが出来るんだけど、ペンは車海老くんが1本、見取り図を書くのに使っているのを見ただけだ。もしかしたら館のどこかにあったのかもしれない。先に持ってきてれば良かったかな。
そんなことを考えながら横のダンボールを引っ張り出した。こっちはさっきのダンボールより重い。中を見てみるとティーバッグが入っていた。種類は分からないけど、佐々木さんに教えたら喜ぶかな。後で教えておこうと思い、そのダンボールは足元に置いた。
次のダンボールの中に入っていたのは漫画だった。だけど見たことのない漫画だ。というか日本語じゃあなくて英語で書いてある。これがアメリカンコミックスってやつなのかな? 良く分からなかったので元に戻しておいた。
そして次のダンボールを取り出そうとした時、ついさっき消え失せたはずの忌々しい声が倉庫に響いた。
「午後10時になりました。」
身構えたが、それ以上言葉は続かなかった。いったいどういうことなんだろうか。
「おーい、トッシー、一旦集まってくれ。」
「分かったよー。」
車海老くんに呼ばれたから倉庫の入り口付近まで戻った。車海老くんは皆を集めているようだった。
「なぁ、今のってなんだと思う?」
「ただの時間放送って訳じゃあなさそうだよな。なんなんだ?」
「あの、この館ってどこにも時計がなくて、多分その代わりに放送で時間を知らせてるとかって思ってたんですけど……。」
「つまりあれはただの時計代わりの放送だった……ということでございますね。」
僕は頭を悩ませた。本当にあれは何だったのだろうか。気にしても仕方ないのかもしれない。だってGMは僕たちの常識を軽く越えてくる。そんなやつの行動の意味を考えても無駄だ。
「ところで皆、おかしいとは思わない? 僕たちが起きたのって、せいぜい2時間くらい前だったような気がするよ?」
「途中で時間感覚飛んだからな。正確には分かんねぇ。つか、誰か時計持ってないのかよ。」
「ミーの時計、起きたら無くなってたネー。目覚まし時計内蔵型腕時計、高かったのにネー。」
服とかは律儀に着せてるのに腕時計は付けないなんておかしいな。GMが時間感覚を奪うためにわざと付けなかったのかもしれない。
「もしかしたらだけどさ、僕たちが夜誘拐されてから翌日の昼下がりくらいまで眠らされてたんじゃあないかな?」
「それって、薬とかを使ってってことか!?」
「でしたら現在時刻が午後10時でも違和感はありませんね。」
「この館、窓が1つも無かったのってそういう目的もあったのかな。」
色んな憶測が飛び交うけど、それを確かめる方法は無い。GMは巧妙に情報を隠している。もしかしたらさっきのアナウンスだって僕たちを混乱させる嘘かもしれないし……。いや、そんなことを考えても仕方ないよね。
「さっきのアナウンスが本当だとしたら、俺はもう寝たい。俺は早寝早起きを心掛けているんだ。」
「ミーもなんだか眠くなってきたネー。」
確かに僕も疲れたし、正直考える時間が欲しい。それはもちろん人狼ゲームを生き残る方法を考える時間じゃあない。どうにかして皆でここから脱出する方法を考える時間だ。僕たちにはこんなゲームに付き合う義理は無いんだ。今は思い付かなくても、一晩経てば何か良いアイデアが降りてくるかもしれない。
「お疲れの方も多いようですし、今日のところはこの辺りで解散としませんか?」
「そうだな。今日は休んで、今後のことは明日の朝飯の時に話し合おうぜ。」
僕は賛成した。疲れを意識した瞬間、体が重くなったように感じたからだ。本当ならお風呂入ったりした方が良いんだろうけど、どうにも気力が湧かない。僕たちは倉庫を去り、それぞれの自室に戻った。
僕の部屋は一番左の部屋だ。覚えやすい。というかそれ以前に個室の扉にはそれぞれの名前が書いてあった。最初に絵が飾ってある部屋から出てきた時はさっぱり気づかなかった。
僕は扉の鍵穴に自分の名前が書かれた鍵を差し込んだ。鍵は回り、扉は開いた。僕は自室に足を踏み入れる。部屋に敷かれた目立たない色のカーペットが、優しく僕の靴を受け止めた。
「って靴脱がないタイプの部屋なんだ!?」
この部屋には玄関がなかった。これは初めての体験だ。すぐに慣れるだろうか。なんだか綺麗なカーペットを汚しているようで心苦しい。後で掃除しておこうかな。
とはいえ部屋はまあまあ広かった。端にベッドがあり、テーブルやイス、テレビなんかもあった。試しにテレビの電源を入れてみたけど何も映らない。良く見るとDVDの挿入口がある。きっと倉庫から映画でも取ってくれば使えるんだろう。まぁ、今は良いかな。
靴を脱いでベッドに入ろうとして思いとどまる。先にトイレの確認をしておこうと思ったからだ。トイレは出入口のすぐ横の扉にあった。入って左にトイレと洗面台、右には洗濯機、そしてカーテンで仕切られた奥にシャワーがあった。
そしてその部屋の中には謎の物体が存在していた。黒い箱だ。黒い箱がトイレと洗濯機の間にポツンと置かれているのだ。なんだろうと思って近づいてみると、それはトランクケースだと分かった。開けてみると現れたのはパジャマと下着一式、それからこんなメモも入っていた。
〈全裸で寝るとか頭おかしいの?〉
GMか。気持ち悪い。どうやらパジャマくらいは着て寝ろってことらしい。僕はとりあえず自分の着ていた服を洗濯機に突っ込み、洗濯機の上に置かれている洗剤を入れて、洗濯後乾燥のボタンを押した。乾燥機能付き洗濯機で助かった。そうじゃあなかったら明日はパジャマで生活する羽目になっていたかもしれない。
明日の準備を終えた僕はついでに用を足し、トランクケースを蹴っ飛ばしてベッドに向かった。靴はベッドの近くで脱ぎ、そのまま少しの肌寒さを感じながら、フカフカの毛布にくるまれて、全裸で眠った。
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