第2話 第5回リアル人狼ゲーム

「車海老くん、見取り図って書けた?」


「おうよ、ちょうど今から呼ぼうと思ってたところだぜ。皆一旦集まってくれー。」


 車海老くんが声を掛けると、皆ぞろぞろと彼のいる机の周りに集まってきた。


「という訳で会議を始める! 今回はこの館の見取り図を使って情報の共有をしていくことにするぜ。これを見てくれ。」


 そう言いながら車海老くんは机に紙を広げる。


「この館は1階と2階がある。まず、1階には玄関、図書室、浴場、食堂、厨房、謎の部屋が存在する。1つずつ説明していくぞ。」


 車海老くんは広げた紙に描かれた玄関の図を指した。


「まずは玄関。2枚扉だ。当然鍵が掛かっている。しかも木製っぽい色をしているが触った感じ普通に金属製だ。玄関の突破は難しいだろうな。」


 次に玄関を入ってすぐ左の方に指を滑らせる。


「ここは図書室。まぁなんか色々本があった。で、次がこっち。」


 今度は玄関から右にある部屋を示した。


「これは浴場だ。スーパー銭湯みたいな感じだったぜ。男女で別れてる訳じゃあないから入る時は注意が必要だぜ。ついでに浴場の右側にはトイレがあるぜ。」


「おい、まさかとは思うけど風呂場はその浴場しか無いわけじゃあないよな?」


 北野さんが手を上げて質問した。


「あぁ。後でまた話すけど2階にある個室にもシャワーは付いてたぜ。ただちょっと気になることがあるけど、それも後で話すぜ。」


 次に車海老くんは食堂の説明に入った。


「この見取り図の図書室の上にあるのが食堂だ。つまり図書室の右にある。ご覧の通り中はわりと広くて、中央にデカイテーブルが1つ、端に細長いテーブルが4つずつある。」


「この大きさのテーブルって特別な晩餐とかに使われるやつだよね。皆で周りを囲んで食べるやつだよ。僕も財閥の跡取りとして何度か出席したことがあるんだ。」


「多分そうなんじゃあねぇかな? で、食堂の右には厨房があるんだが、実は食堂の壁の中に何かあるっぽいんだよな。何かは分かんねぇんだけど。」


 車海老くんはそう言いながら食堂の横にある厨房を見た。


「で、厨房には冷蔵庫とか調理器具とかコンロとかがあって、一応テーブルなんかもあったぞ。冷蔵庫には結構食べ物が入ってたから、わりと食料は問題ないと思う。」


 厨房は他の部屋より少し小さいようで、そのすぐ隣に2階へと続く階段が存在している。


「で、次が謎の部屋。ここは浴場の左隣にある、鍵が掛かった部屋だ。大きさは食堂と厨房を足したくらいだと思う。扉は玄関のと同じ金属製だ。入る方法はいまだ不明。」


 なんだか怪しい部屋だね。もしかしたら館の外に繋がってるとか無いかな?


「それからここが2階に続く階段。1階にあるのはこれで全部だ。次は2階だけど、2階は1階よりシンプルだぜ。」


 2階の図は長方形をしており、階段とは反対の方向に10部屋、そして左右それぞれの突き当たりに1つずつ部屋が存在していた。


「ご覧の通り、この10個の部屋が個室だ。中はベッドとかテーブルとか、まぁ至って普通の家具があったぜ。一応、シャワーとトイレも中にあったけど……。」


 そこで車海老くんは言い淀んだ。


「マッスーどうしたネー?」


「いやぁ、それがさぁ、なんか鍵掛かってんだよ。」


「鍵?」


「あぁ。俺の部屋以外、全部鍵掛かってて入れない。」


「はぁ!?」


 中内さんは予めそのことを車海老くんから聞いていたのか大きな反応は見せなかったが、それ以外の皆は一斉に騒ぎ出した。


「え、私たち自分の部屋にも入れないの!?」


「ま、まぁ、現状そうなりますというかー。」


「そりゃないネー。この館カンジンなところがダメダメヨー。」


 何も言わない北野くんも明らかに顔をしかめているし、羽田くんは大きなため息を吐いていてブツブツ何かを言っている。しかし佐々木さんと城白さんの表情は変わらなかった。


「お、俺に文句言っても無駄だぞ! この建物作ったの俺じゃねーし!」


「それもそうですよ。ここで車海老様を責めても仕方ありません。それに2階の説明はまだあるようですし、ここは車海老様のお話を聞きましょう。」


 佐々木さんがスマートに軌道修正してくれたおかげで、辺りは少し落ち着きを取り戻す。


「そ、そうそう。この個室は右からブラっさん、金本、北野さん、俺、佐々木さん、城白ちゃん、サヨちゃん、千賀子ちゃん、ナカッシー、トッシーの順になってるんだ。」


「Zzz……! 誰かこの金本次世の名前を呼んだな!?」


「呼んだけど呼んでよねぇ寝てろ!」


「ならば遠慮なく寝よう! ……Zzz。」


 金本さんはマイペースだなぁ。それに車海老くんは金本さんにちょっと辛辣だ。


「それにしても、その部屋の順番って何の順番なんなんだろうね。適当に配置してるのかな?」


 橋さんの疑問に一瞬皆が黙ったが、城白さんがなんてことでもないという風に答える。


「何ってただ名前を五十音順に並べただけでしょう。」


「なるほど、A型の人がよくやるやつだね。」


 それは偏見が過ぎるような……。あ、でも僕A型だしこういうのやるかもしれない。


「と、まぁ個室は何故か鍵が掛かってて、順番は右から五十音順と。じゃあ次は左右の突き当たりにある部屋だけど……。」


「あ、ちょっといいかな? なんで他の皆の部屋の鍵は掛かってたのに、車海老くんの部屋は鍵が掛かってなかったの?」


「そんなこと俺が知るかってーの! なんか俺のだけ開いてたんだよ!」


 車海老くんにも分からないのか。そもそも監禁が目的なら館に閉じ込めておく必要もないし、端から個室を用意する必要はないはず。それが用意されてて、しかも不自然に鍵が掛かってるなんておかしいよね。この事件にはまだ何か裏があるのかもしれない。


「それで、左右の突き当たりにある部屋だけど、左の部屋がなんか絵とか表彰状みたいなのが置いてあるただの部屋だった。それで右の部屋がなんと……。」


 勿体ぶった言い回しに思わず唾液を飲み込む。


「パソコンがあった。しかも一部のネットにも接続できる。ただ、外と連絡をしようとするとブロックされるからこれで助けを呼ぶことはできない。」


 僕は唸った。パソコンがあるなら、と一瞬期待したからだ。当たり前だけど僕らを誘拐した犯人がそんな簡単に外部と連絡を取らせるとは思えないよね。


「パソコンに詳しいやつとかいないのか?」


 北野くんが皆に質問するが、誰も名乗り出なかった。


「金本さんとか、詳しかったりしませんか?」


「おい、金本起きろ。パソコンとか使えねぇのかお前。」


 車海老くんが足でゲシゲシやると眠っていた金本さんは飛び起きた。


「パソコン? 一般人程度の知識しかないぞ。」


「なら無理か。パソコンについては諦めるしかないな。」


 これで2階の全ての部屋の説明が終わった。10人も監禁するにはちょっと狭い館だけど、どうやらここで何日か過ごしていくしかないようだ。


「後、パソコン室には隠し部屋があってさ。右側の壁が回転するようになってたんだよな。隠し部屋の中には特に何もなかったけど、とりあえず伝えておくぜ。」


 隠し部屋なんてのもあるのか。ますますこの館のことが分からなくなってきた。


「これが俺とサヨちゃんが掴んだ館の全貌だ。とは言ってもまだまだ分かってないことも多いけどな。」


 確かにそうだ。鍵が掛かってる部屋のことはもちろん、何故僕たちが誘拐されたのかも分かっていない。身代金目的ならこんな訳の分からないことはしないだろうし。


「館のことは分かった。これからどうする? 誰か意見のあるやつはいないか?」


 北野くんの質問に、今度は羽田くんが手を挙げた。


「僕の財閥がすぐに助けに来るよ。それまで犯人を刺激しないように過ごしていれば皆脱出できる。」


 僕は黙った。反論できるような根拠はないし、こういう良いニュースは心の支えになるからだ。


「よし、じゃあこの館の探索も終わったし、とりあえずここからは各自自由行動ってことにしようぜ。」


「それは危険じゃない? 孤立した瞬間に犯人が殺しに来るかもしれないんだよ。」


「うーん、犯人が殺すつもりなら始めから殺してるだろうし、今さら1人ずつ狙って殺すようなことはしないんじゃあないかなぁ?」


「でも、とりあえず皆で集まっていた方が良いんじゃあないですか?」


 皆がこれからについて話し始めたけど、僕は議論に入れないでいた。突然の誘拐で恐怖心が煽られていたからか、僕はどうであっても必ず誰かと一緒にいようと思っていたからだ。手足が震えるとまではいかないけど、さっき殺しに来るという言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。自分は臆病な性格ではないと思っているけど、状況が状況だからね。


「道宮様、少々よろしいでしょうか?」


 僕が思案していると佐々木さんの声がした。


「これから水を飲むために厨房にコップを取りに行くのですが、よろしければご一緒しませんか?」


 あ、さっき僕が喉が渇いたって言ったこと覚えててくれたんだ。佐々木さんみたいな人を気づかいできる人って言うのかな。


「行きます。」


 席を立って佐々木さんの後に続く。佐々木さんと僕は食堂にある扉にから厨房に入った。


 厨房の中は食堂と比べるとかなり狭かった。僕たちが入ってきた扉は厨房の一番左にあるようで、一番右側には廊下から入る扉があった。僕たちが入ってきた扉のすぐ右には4人くらいが座れる小さなテーブルとイスがあって、その上には果物の入ったバスケットやインスタントコーヒーの入ったビンが置いてあった。


「コップはこちらにあるそうです。」


 佐々木さんはキッチン台の上にある棚からコップが入った箱を取り出した。


「プラスチック製ですね。落としても安心です。」


 そのコップはブラスさんが持っていたのと同じやつだった。佐々木さんはコップを2つ取ると片方を僕に渡してくれた。それから箱を元の位置に戻すと今度はキョロキョロと何かを探し始めた。


「どうしたんですか?」


「いや、茶葉がないかと思ったのですが、見当たりませんね。」


 僕も茶葉を探すことにした。キッチン台の横には冷蔵庫があり、その横には調味料などが置いてある棚がある。だけどそこにも茶葉らしいものは無かった。棚の下の木の扉の中にはカップ麺や乾パンなど非常食が入っていてた。


 僕が棚を調べている間に佐々木さんは冷蔵庫の中身を覗いていた。


「ありましたか?」


「こちらにはございませんでした。そちらはどうでしたか?」


「こっちにも無かったです。インスタントコーヒーはあるのに茶葉は無いなんて変ですね。」


「無いなら仕方ないですね。大人しく水で我慢しておきましょう。」


 そう言うと彼……いや、彼女? ……初めて見た時からずっと思ってたけど、佐々木さんは中性的な外見をしているから性別が分からない。とにかく佐々木さんは茶葉探しを諦め食堂に戻ろうとする。慌てて後を追いながら聞いた。


「そう言えば、佐々木さんって男性なんですか? 女性なんですか?」


 佐々木さんは僕より身長が高い。だけど僕より背の高い女性だっているし、それだけじゃあ判断はできない。着ている服はスーツだからそこでも判断はできない。強いて言えば髪は男性にしては長いような気もするけど、髪を伸ばしている男性がいてもおかしくない。体型も一般的で、結局どこを見ても中性的だ。


 僕が質問しても佐々木さんは目を細めるだけで、辺りには耐え難い沈黙が広がった。もしかしたらまずいことを聞いてしまったのかもしれない。


 謝罪の言葉を選んでいると、不意に佐々木さんは僕の耳元に息が掛かるくらい口を近づけ囁いた。


「どっちだと思います?」


 不意のことだったから理解が一瞬遅れた。すぐにさっきまでとは別の理由でドキドキしてきた。今僕の顔を見たら赤くなってるんじゃあないかと思うくらいだ。


 佐々木さんは狼狽える僕の様子を見て僅かに笑いながら食堂に戻ってしまった。からかわれたのかな。


 とはいえ追いかけない訳にはいかないので、僕も食堂に戻る。食堂ではまだ皆がやいのやいの話し合いを続けていたが、金本さんやブラスさんは早々に飽きてしまっているようだった。


「水が飲みたいネー、冷たい水が飲みたいネー。」


 佐々木さんがウォーターサーバーで水を入れていた。僕は佐々木さんが離れたのと入れ替わりにウォーターサーバーに近づき、冷水のボタンを押してコップいっぱいに水を注ぐ。


「ネーネー、Mr.キタノー、冷たい水はないのかネー。」


 僕は元いた席に戻り、水を飲んだ。その水は確かにぬるかった。お世辞にも冷水とは言えないぬるさだ。あのウォーターサーバー壊れてるのかもしれない。


「ええい、やかましい。コップに水入れて冷蔵庫で冷やしとけば冷水になるだろ。」


「オー、それは良いアイデアネー。」


 ブラスさんは早速厨房に向かった。僕が言えることじゃあないだろうけど結構マイペースな人のようだ。僕が言えることじゃあないけど。


 改めて辺りを見回す。何故か僕たちは誘拐されてしまった訳だけど、ほとんどの人が個性的で我の強い人だ。助けが来るまでこの人達と生活していくんだとしたら、かなり気が重い。別に嫌いな訳じゃあないけど、僕みたいな人間は振り回されそうで不安なんだ。大丈夫かなぁ。


 僕がこの生活の行く末を不安視している時、皆がこれからの行動について話し合っている時、唐突には食堂に入ってきた。扉の開く音に僕も皆も一斉に反応して、そちらの方を向いた。扉が開くにつれ、その存在のこの場に相応しくない容貌が見えてきた。


 ロボットだ。


 大きさは僕より小さいほどで、ざっと150cmくらい。人間のように頭、体、腕が存在するけど足は無かった。足の代わりに黒いタイヤが付いていて、それが回ることで前進しているようだった。体は鉄のような鈍色。頭に顔らしいものはなく、のっぺらぼうのようだった。


 僕も皆も、声が出せなかった。そんなことなどお構いなしにロボットはカラカラとタイヤを動かし、食堂の大テーブルの空いている席に座った。


 沈黙が辺りを包んだ。だけどそれは一瞬で、冷静な声が冷静に現状を声にした。


「ロボットが入ってきた。」


 城白さんはこの場の誰よりも冷静だった。沈黙が破られたことによって僕らも徐々に落ち着いてきた。


「敵意は、無いんだよな?」


「襲ってくる様子はありませんね。」


 ロボットは沈黙していた。動きもしていなかった。


 ガチャリと今度は厨房への扉が開いた。現れたのはコップを取りに行ったブラスさん。


「オーウ、11人目の生存者ですネー。」


「いやどう見ても生きてはないだろ!」


 車海老くんのツッコミで場が和んできたところに、今度は耳をつんざくような不快な声が天井から響いてきた。その声は慢心に満ちていた。邪悪を体現していると言っても良かった。嫌悪感と恐怖心を掻き立てるようで、心臓を冷たいメスで切り付けるような声だった。


「という訳で、第5回リアル人狼ゲームを始めます!」

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