人狼ゲーム、それは死のゲーム、まさにデスゲーム!

ALT・オイラにソース・Aksya

第1章 突然のデスゲーム!

第1話 僕の名前は道宮トシ

 背中が痛い。布団が石にでもなったのかってくらい痛い。おまけになんか冷たい。寝返りを打とうと体をよじると余計に痛む。


 まぶたを擦りながら目を覚ますと、そこは僕の自室ではなかった。


 始めは寝ぼけているのかと思った。だって昨日は確かに僕の部屋で寝たんだ。高校で普通に授業を受けて、普通に部活動をして、普通に帰って寝たはずなんだ。なのに起きたら見知らぬ部屋なんだもん。


 だけど、床の冷たさや渇いた喉がこれが現実であることを教えてくれている。だとしたらここはどこだろう?


 辺りを見回してみると、どうやらここは高級なホテルのような場所だと分かった。さっきまで僕が寝ていた床は大理石で出来ているようだし、壁紙も普段目にすることのないようなオシャンティーな模様だ。この部屋の唯一の出入り口であると思われる木製の扉も、美しい装飾が施されている。さらにこの部屋には金のトロフィーや賞状、絵などの高価そうな品がショーウィンドウにところ狭しと並んでいた。相当お金があって、相当広い場所のようだ。そういうところで思い付くのはホテルだ。ここはきっと、どこかのホテルなんだ。


 そこまで考えて、僕は自分の置かれている状況を充分に理解した。ここが高級ホテルだとしたら、僕は高級ホテルの貴重品置き場に侵入した不審者ってことになるじゃあないか。


 とりあえずここから出ようと床に手を付いた時、激しい頭痛がした。思わず全身が強張ってしまうくらいの頭痛で、少し意識も朦朧としたけれどすぐに治まった。何だったのだろうか。


 改めて扉に向かおうとすると今度はドアノブが独りでに回り始めた。ここがゴーストホテルではない限り、ホテルの従業員が入って来ようとしているようだ。


 咄嗟にどこかに隠れようとしたけど、この部屋に隠れられるような場所はない。きっとすごく怒られるだろうなと思って思わず目を瞑った。


 扉が開く音と共に誰かが入ってくる足音がした。それとほぼ同時に、思いがけない言葉を耳にした。


「あっれー、こっちの部屋行き止まりじゃん。」


 ホテルの従業員ならまず言わないであろうセリフだ。恐る恐る目を開けてみると、そこにいたのはホテルの従業員なんかではなく、ヨレヨレのスタジャンを着たアメリカンな日本人だった。


「あ、しかもよく見たら初見の人じゃん。新メンバーだ、これで9人目。」


 僕が目を奪われたのはその髪型だった。セット大変そうだなぁという髪型。小さい三つ編みみたいだ。本人の顔や身長も相まってとてもガラが悪そうな印象を受ける。


「おーい、聞いてるー? 名前なんてーのー?」


「な、名前? 僕の名前は道宮みちみやトシだよ。えっと、君は……?」


「俺は車海老増五郎くるまえびますごろう。気軽にマッスーと呼んでくれや。」


 彼はそう言い八重歯を覗かせてニカッと笑った。


「えっと、車海老くんはここのホテルの従業員……じゃあないよね。ここってどこなの?」


「まぁ慌てず聞いてくれや。俺らは拉致された。」


 ら、拉致された!?


「ここはどうやらホテル風の館っぽくて、今のところ出口はない。玄関入口はガッチガチに施錠してあったぜ。」


 で、出口はない!?


「そして同じ状況のやつが俺とお前含めて現在9名。」


 きゅ、9名!?


「つまり、そういうことだ。」


「つまり、どういうことなの!?」


「さぁ?」


 訳が分からない。朝目覚めたら拉致監禁なんて受け入れられる訳がない。拉致って一体どうやって? しかも9人も? この館に閉じ込められている? 文字として理解できても意味として理解できない。さっぱり訳が分からない。


「え? これテレビ番組とかのドッキリ?」


「ちょっと前まで流行ってたアレに似てるよな。もしかしたらそうなのかもしれねぇ。とりあえず館の中を探索してれば何か分かるかなーとか思いながら絶賛探索中だ。」


 やっぱり言葉の意味が理解できない。さっきの言葉がずっと引っ掛かり続けているせいで、言葉を呑み込むことができないんだ。テレビ番組なら早くネタバラシをして家に帰してほしいと心からそう思った。


「まぁー、気持ちは分かるよ。俺もこの状況理解するのにケッコー時間掛かったし。自分の気持ちに整理がついたら下の階まで降りてこいよ。」


 そう言って彼は部屋から出ていき、僕は取り残された。


 正直まだ状況が理解できない。文字にしてみると大したことないように見えるかもしれないけど、こんな状況は人生史上最大の異常事態だ。拉致なんてされたことは初めてだし、というか犯罪に巻き込まれたのも初めてだ。しかもこれはどうやらただの拉致じゃなさそう。普通拉致ってのは紐とかで縛って拘束しておくと思うし、一気に9人も拉致したりしないんじゃないかなと思う。


 冷静になるためにまずは考えないといけない。この状況、この事態で最悪は何か。それはこのまま出口が見つからず、拉致された目的も分からず、食料もなく餓死することだ。それが最悪、つまり死だ。ということはまだ最悪じゃない。まだ最悪じゃないんだ。


 その言葉を何度も何度も自分に言い聞かせていくと、気持ちが落ち着いてきた。そうだ、まだ最悪とは言えない。最悪じゃない以上、最悪にならないように努力しないといけない。大丈夫。9人もいるんだし、皆で協力すればきっと出口も見つかるはず。とりあえず皆のいるところまで行こう。確か車海老さんは下の階に降りてこいって言ってたはずだ。


 部屋の扉を開けると、外は赤いカーペットを敷いた廊下になっていた。どうやらこの部屋は廊下の突き当たりにあるらしい。近くにはこの部屋以外の扉もいくつかある。それらも気になるけどまずは下の階に降りることにしよう。


 廊下を歩いていくと右に下の階に続く階段があった。ホテルによくある無駄に横幅が広い階段だ。何の木を使っているかは分からないけど、独特な香りが辺りを包んでいる。階段を降りていくと、見知った後ろ姿があった。車海老さんだ。それと他に知らない人が2人いる。


「車海老さん。」


「お、トッシーじゃん。もう大丈夫そ?」


「もう大丈夫だよ。ところでその2人は?」


 1人は幼い外見の女性で、もう1人はスーツを着ていた。しかしパッと見、性別不明。


「こっちの小さいのは中内なかうちサヨちゃんね。で、こっちのスーツが10人目だぜ。」


 10人目か。僕が最後じゃあなかったんだね。でも10人の方がキリが良いよね。


「あ、中内サヨって言います。えっと、よろしくお願いします。」


「僕は道宮トシだよ。こちらこそよろしく。」


「で、そっちのスーツの人の名前は? あ、俺は車海老増五郎だぜ。気軽にマッスーと呼んでくれ。」


「ワタクシ、佐々木ささき佐々ささと申します。ボッタクリーノという会社でセールスマンを勤めております。車海老様、道宮様、何卒よろしく申し上げます。」


 ボッタクリーノと言えばラップで売り上げを伸ばした有名な会社だ。社員のレベルも高いらしいって聞いたことがある。


「それにしても喉が渇きましたね。ワタクシ起床後に1杯水を飲まないと調子が出ない人間なのでございます。」


「あ、それ僕もだよ。なんか喉がイガイガするというか、ちょっと痛いというか。」


「水なら食堂の方にウォーターサーバーがあったぞ。」


 ウォーターサーバー用意してあるんだ。僕らって拉致されてるんだよね?


「ちなみにそれだけじゃなくて、食料も結構大量にあったらしいですよ。」


 それなら餓死するようなことにはならなそうだね。ちょっと安心。


「ですが不思議不可思議にございます。朝起きたら何故か見知らぬ館、しかもいつの間にかスーツも着ております。昨晩は確かに寝間着で床に付いたのですが。」


「あ、そういえば僕もいつの間にか普段着だ。昨日はちゃんと全裸で寝たのに。」


「今何月だと思ってんだよ。つうか下着くらい着ろよ全裸はおかしいだろ全裸は。」


 でも普段持ってるスマホとか財布は無いみたいだ。そりゃあ拉致だし先に没収しておくよなぁ。


「あの、とりあえず食堂に行きませんか? 皆さんを待たせちゃってますし。」


「そうそう。実は集合時間とっくに過ぎちゃってるけど。まぁ仕方ない仕方ない。」


「車海老さんが勝手に消えちゃうからですよ。年上なんだからしっかりしてください。」


「年上といえば、そういやお2人さんは何歳なんだ?」


「僕は17歳だよ。」


「ワタクシは22歳でございます。」


「ワオ、佐々木さんって俺より年上!?」


「あの、そろそろ食堂に……。」


「あぁそうだったそうだった。食堂は1階の左側にあって、食堂って名前だけどなんか会議室っぽい雰囲気のところなんだ。こっちだぜ。」


 テケテケ歩き出す車海老くんを追いかけながら、周りの様子を観察する。階段を降りたところは少し開けていたけど、食堂に向かうまでは廊下を行かなくてはならないようで、なんだか窮屈な感じがする。


 廊下を曲がって2つ目の扉の前で車海老くんは止まった。


「ここが食堂だぜ。扉にフォークとナイフのマークが書いてあるから、それを目印にするといいぜ。」


 そう言って彼は扉を開けた。


 食堂の中には6人の人間がいた。頭を抱えたり貧乏揺すりをしている人もいて、誰もが車海老くんや中内さんのように冷静ではないということが分かる。


「オーウ、このウォーターサーバーの水ヌッルイネー!」


 中でも一番目を惹いたのはコップを手にした外国人の男性だった。一目で外国人だと分かったのは、日本人離れした大きく筋肉質な肉体と白い肌、そして金髪だったからだ。


「ただいまー、新しく2人見つけてきたぜー。」


「多分、これで全員ですよ。館の中は全部見たはずなので。」


 食堂の中の何人かが一瞬だけこちらを見てきたが、ほとんどの人がすぐに興味を失ったようだった。


「オーウ、マッスーおかえりー。」


「ただいまだぜ。それより聞いてくれよブラッさん、誰も俺のことマッスーって呼んでくれないんだぜ。」


「オーウ、誰もマッスー呼んでくれない、カナシイカナシイネ。」


「えっと、この人は?」


「ワターシ、アレックス・ブラスでーす。アメリカから来ましたデスヨー。」


「初めまして。僕は道宮トシです。」


「ワタクシは佐々木佐々と申します。」


「仲間が増えてワターシとってもウレシイネー。気軽にブラッさん呼んでねー。」


 ブラスさんはそう言って笑いながら肩を叩いてきた。かなり痛いけどそれよりブラスさんの手にあるタトゥーに思わず目を奪われてしまった。タトゥーって入れるのめちゃくちゃ痛そうで、見るだけで背中がブルブルしてしまうから苦手なんだ。


「ドウシタネー? もしかしてワターシのタトゥー気になるネー?」


「いやぁ、タトゥーって入れるの痛そうだなぁって思っちゃって。」


「痛いラシイヨー。だからワターシはタトゥーシールしか使わないネー。」


「シールなんだそれ。」


「オンセン入れなくなっちゃうカラネー。」


 温泉好きなのかな。日本語上手だし、きっと日本に来て長いんじゃあないかなと思う。もしかしたら日本で職に就いているのかもしれない。


「ブラスさんってお仕事は何をしてるの?」


「ワターシ格闘家ネー。ファイトマネーで暮らしてるヨー。」


 格闘家かぁ。服の上からでも分かるくらいすごい筋肉だし、身長もすごく高いしきっと強いんだろうなぁ。


「トッシーは学生さんカネー。」


「うん、高校2年生だよ。」


「ということは……ワターシより5歳年下! マッスーより2歳年下で、サヨの1歳年上ダネー。」


 ブラスさんは22歳なんだ。生命パワーに溢れてる感じがするし納得かもしれない。だけど車海老くんって2個も年上だったんだね。同い年くらいかと思ってたのに。中内さんは中学生くらいだと思ってたよ。人は見かけによらないものだね。


「よし、トッシーと佐々木さんは他の皆と自己紹介をしておいてくれ。俺はサヨちゃんとこの館の見取り図を描いておくからよ。」


 そうだね。まずは自己紹介をしておこう。同じく拉致された仲間同士な訳だし。でも誰から自己紹介をしようか。あれ、ブラスさんを抜くと残り5人のはずだけど1人少ないような。


 そう思っていると突然後ろから肩を組まれた。思わず息が詰まる。


「お、おい。あんた素質あるぜ?」


 僕に肩を組んできたのは頭がボサボサの白衣を着た男性だった。


「そ、素質?」


「シュレディンガーの猫は知っているよな? 50%の確率で毒ガスが発生する装置を箱の中に入れ、その箱の中に猫を入れてってやるアレだよ。」


「名前くらいなら。でもどうしていきなりそれが出てくるの?」


「シュレディンガーはさぁ、その箱の中の猫は生きている状態と死んでいる状態の両方が重なってるとか抜かしやがるんだよ。箱の中を開いて見ることで、つまり観測することで状態が集束するとかな。これってよ、おかしいとは思わないか?」


「お、おかしいってなにが?」


「あり得ないだろ。2つの異なる状態が重なってるんだぜ? それって結局生きてるのか死んでるのかはっきりしてねぇじゃあねぇか。だからおかしいんだよ。だけどな、こう解釈したら全ての辻褄が合うんだ。観測することで集束するのは状態じゃなくて世界線だってな。」


 なんか急に話のスケールが大きくなったぞ。


「エヴェレットの多世界解釈ってやつだよ。箱の猫が生きている世界線と死んでいる世界線の2つがあってだな、中を確認することで世界線がどちらか片方に分岐するんだ。そう考えると辻褄が合うんだよ。」


 途中からこの人が何を言いたいのか分からなくなってきた。


「つまりだ、このことから世界線というものは存在しており、次元に干渉することで世界線を跳躍することができるんだよ。さながら電子のようにな。」


「えっと、それってどういう……?」


「もしもの世界、この世界とは違う世界、そんな世界に行くために次元と世界線について研究している、通称次元学の第一人者、金本かねもと次世つぐよとは俺のことだと言っているんだよ。」


 ずいぶんと回りくどい自己紹介だったけど、要はこの人なんかすごい人なんだね。


「僕の名前は道宮トシだよ。それでさっきの素質がどうとかってなんだったの?」


「道宮トシ、お前は次元学を学ぶ素質があるということだ。貴様が次元学を学べば世界線の跳躍すら不可能ではないと俺の勘が告げているのだ。ちなみに世界線跳躍の成功確率はソシャゲの10連で全て最高レアを出すより低いが貴様ならなんかできそうな気がするぞ!」


「それもしかして全員に言ってるんじゃないの!? て言うかそんな苦労してまで行きたい世界線なんてないよ!」


「貴様は現状に満足しているタイプの人間か。ならば俺も手を引くとしよう。」


 金本さんはそう言うと今度は佐々木さんに絡みに行った。やっぱり全員に言ってるんだねあれ。気にしちゃダメなやつか。


 さてと、次の自己紹介は誰にしよう。とりあえず一番近くの机に突っ伏してる人から行こうかな。


「あのー、自己紹介良いですか?」


 僕の声に反応してムクリと顔を上げたその男性は、この状況に相当参ってしまっている表情をしていた。


「僕の名前は道宮トシです。なんか大変なことになっちゃったけど、一緒に頑張ろうね。」


「僕の名前は北野きたの小路こうじ。名前くらいは聞いたことあるでしょ?」


「確か動画投稿サイトでゲーム実況とかやってた人だよね。」


「それもあるけど、メインは人狼ゲームの方だよ。僕は人狼ゲームのオフライン大会で何度も優勝したことがあって、ネットでは人狼ゲーム日本一だって呼ばれてるんだ。」


 人狼ゲームは僕もやったことがある。流石に大会とかは出たことないけど、休みの日にスマホに入れてあるアプリでやるくらいには慣れ親しんでる。


「て言うか、僕明後日から次の大会に向けての練習始まるんだよね。なんでこんなタイミング悪いかな?」


「僕に言われても。というか拉致にタイミング良いも悪いもないんじゃ……?」


 北野くんは大きくため息を吐くと再び項垂れた。有名人になると1日も無駄にする訳にはいかないくらいびっしりスケジュールが埋まってるんだろうな。それがこんな訳の分からないことで乱されたら参っちゃう訳だ。


 僕は次に貧乏揺すりの激しい彼に近付いた。


「あの、自己紹介に来ました。」


 僕が声を掛けると彼は椅子に座ったままスッとこちらに体を向けた。


「あ、羽田はねだ中司なかじです。よろしく。」


「僕の名前は道宮トシです。羽田くんって多分同い年くらいだよね。大変なことになっちゃったけど仲良くしよう。」


「僕は16歳だよ。道宮くんとは1つ違いになるね。」


 あれ、どうして僕の歳を知ってるんだろう。さっきの会話聞いてたのかな?


「正直、僕かなり不安なんだ。拉致されたのは初めてじゃあないんだけど、何だかいつもと違う感じがしてさ。」


「え、拉致されたことあるの? すごいね。」


「うん、しょっちゅうだよ。最近は減ってきたけどね。僕、羽田財閥の跡取りなんだ。」


 羽田財閥と言えば日本屈指の大金持ちで、会社をいくつも経営しているとかしていないとか。新聞とかテレビでたまに取り上げられたりしてて、本当に同じ世界に住んでいるのか怪しいレベルのすごい財閥だ。正直財閥が何なのかも分からないけど、歴史も長いみたいで日本経済の根幹を長らく支え続けてきたともされているらしい。つまり羽田くんは御曹司ってやつだね。


「でも、羽田くんが拉致されたってなったら、羽田くんのお父さんがきっと助けに来てくれるよね。だったら安心だね。」


「うん。僕は長男だし、きっと助けに来てくれる……はずなんだけど、今回はやけに遅いんだよね。寝てた時間とかもあるし、拉致されて相当時間が経ってるはずだからもう来ててもおかしくないんだけどな。」


「普段はそんなに早いんだ。」


「うん。もしかしたらこれ、ただの拉致じゃないんじゃあないかって思ってるよ。そもそも僕が寝ている間に僕の家の警備を潜り抜けて誘拐するなんて、普通の犯罪者には出来ないよ。」


 確かにそうかもしれない。羽田くんほどの御曹司を家から誘拐して、しかも羽田財閥がいまだに助けに来れないなんて良く考えたらかなりとんでもないぞ。しかも僕たちは10人いる。全員の誘拐を夜の間にやってしまうなんて出来るのかな。何だか得体の知れない感じになってきた。


 とりあえず羽田くんに別れを告げ、次は比較的落ちついていそうな茶髪の女の子に話し掛けることにした。


 その人は何か本を読んでいた。でも読書に夢中になっているという訳ではなく、流し読みするようにペラペラとページを捲っていた。


「やぁ、なに読んでるの?」


「ここの館の図書室から見つけた本。適当に何冊か持ってきたけど、私に合うような物はなかったかな。」


 この館は図書室もあるんだ。後で行ってみようかな。


「私の名前ははし千賀子ちかこ。道宮くんだよね。お互い何かよく分からないことに巻き込まれちゃったけど、頑張ろうね。」


「うん、よろしく。」


 軽く挨拶もしたし、読書の邪魔をしないように退散しよう。それにしても僕の名前なんで知ってたんだろう。僕の声ってそんなに大きいかなぁ?


 まぁそんなこと考えても仕方ないよね。自己紹介の最後はあの銀髪の女性だね。別に何かしている訳ではないけど考え事をしているような表情をしている。まぁこんな状況で考え事をしない人の方が珍しいんだけどね。


「どうも、僕の名前は道宮トシです。」


 近づいて元気良く挨拶したが、彼女はチラリとこちらを一瞬見ただけだった。その時見えたんだけど彼女の目は虹彩が水色だった。うっかりしていた。銀髪の時点で気づくべきだったのかもしれないけど、どうやら彼女は外国の方のようだ。しかもブラスさんとは違って日本語があまり得意じゃあないのかもしれない。


 しかし困った。僕は高校英語なら喋れるけどそれ以外の言語はてんでダメなんだ。この人がフランス人の可能性もあるし、イタリア人の可能性もある。残念ながら僕には各国の人々の見分け方を知らない。銀髪、水色の目ってだけで顔つきは日本人に似てるし、肌の色も白いけどブラスさんほどじゃあない。うーん、どこの国の人なのかさっぱり分からない。分かったところでどうしようもないんだけどね。とりあえず英語で自己紹介でもしてみようか。


「ハロー、マイネームイズトシミチミヤ。ナイステゥミーチュー。」


「は?」


 なんだかすごく怖い顔をされてしまった。


「あ、あの、ちょっと良いですか? 道宮さん。」


 頭の中で色々考えているといつの間にか中内さんが近づいてきていた。


「えっと、その人は城白しろじろさんって言って、多分日本人だと思います。」


「あ、そうだったんだね。綺麗な銀髪だったから勘違いしちゃったよ。まぁこれからよろしく。」


 何故か城白さんには無視されっぱなしだったけど、とりあえず自己紹介は全員終わったね。とりあえず向こうで見取り図を書いてる車海老くんのところまで戻ろう。


「あの、道宮さんって意外と喧嘩っ早い感じなんですね。」


「え? どうして?」


「初対面で無視されたからといってあの意趣返しはちょっと……。ボーっとしていて聞こえなかった可能性とかもありますし、何というかこう、もうちょっと優しさを……。」


 うーん、そんなつもりじゃあなかったんだけどなぁ。

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