第6話 幻獣の魂
鐘付きのドアを開け、その音に店の客たちが振り向くがボクの顔を見ると特に興味を示す素振りもなく、また談笑に戻った。
店のカウンターへ腰掛け慣れ親しんだ言葉を口にする。
「マスターいつものね」
「よ~新人! ん? ああ、山羊のミルク練乳入りだな! たまにはワインでも飲んでほしいがな~!」
声に出して確認しないでよぉぉぉぉ!
背後から吹き出す声が耳に届き、ボクの顔は今どれほどに茹っているのかわからないほど火照りを感じていた。
とりあえず強くなったら復讐するべく、肩越しに視線を向ける。
ありえないほどの筋肉の鎧を纏った男が1人。
そして
ようするにあの人に絡むとボクは死ぬということだ。
ボクは黙って視線を戻し、マスターの入れてくれたミルクを味わうことにした。
「そ……そうだ。マスター何かいい情報は集まったりしてる?」
「ミルク一杯の情報なんざたかが知れてるぜ? と言いたい所だが……」
マスターは2席空いた隣に座る2人組へ静かに視線を向けると、黙って次の注文を受けに立ち去っていく。
マスターいいね……こういうやりとりボク大好きだよ。
お礼に後でコーヒーパフェを注文してあげよう。
2人組に横目を向けると現世の人間のような姿をしている。
異世界に純粋な人間の形ではこれないはずなので、何か特別な種族なのだろうか。
偉人や英雄の場合は異種族ではなく、肉体の全盛期で転生する可能性もあるって聞いたことがあるけど……まさかね。
「ハルト様……いよいよあの大企業『Orange』のやつらの動きも本格化し始めたようです……」
「なるほど……『幻獣の魂』を見つけるには人海戦術が一番手っ取り早いからな……アイスの情報は迅速でいつも助かる」
『Orange』は『Nile』と業務内容は違えど並び称される、異世界において知らない者がいないほど有名な会社の一つだ。異世界五大企業の一角を担っている。
Nileが異世界へのお届け物。ようは異世界転生を中心に成り上がったことに対して、Orangeは元々開発済だった小型端末をさらに改良。
指輪やネックレス、さらにはコンタクトレンズからホログラフィ技術を利用したディスプレイを表示させることでアクセサリを情報端末として利用できるまでに至らしめた。
身に付けるアクセサリということで、従来の小型端末のようになくすような人も激減し、これは当時からすると革新的だったと聞いたことがある。
もちろん転生時の『いいね』を誰かに入れる時もみんなOrange製品を使っているだろう。過去に競合他社もいたようだがこの時を以って独走状態となったらしい。
そんな潤沢な資金を異世界の攻略にバンバンつぎ込んでいるようで、魔王討伐をもっとも期待されていると言っても過言ではない。
でも、幻獣の魂って……?
歴代の攻略者も引き連れていたと伝えられている幻獣。
たしか……第2異世界をむか~し攻略した『一休さん』という人も幻獣『白虎』を
これが幻獣になるための特殊なアイテムと言われているものを指しているのだろうか……。
ボクは肘を付き、唇に軽く指を押し付け熟考するフリをしながら、さらなる情報に聞き入った。
「いえ、私はいつも助けられておりますので……。そしてハルト様。幻獣の魂だけではなく……やつら伝説の鍛冶師の鎧も探している様子。本気で魔王討伐を見据えているのでしょう」
「それはそれは……人手に物を言わせてどこまで探せるか。そこがポイントになりそうだな……これから騒がしくなりそうだ。今日は有益な情報に感謝を込めて私が出そう。マスター釣りは不要だ」
そう言いながら2人はカウンターに代金を置いて店を後にした。
お金置いてくのかっこいいな……いや、そうじゃない。
伝説の鎧……探してるってことは誰かが持ってる? でも、ダンジョンの奥に置いてあるほうが浪漫が溢れて……――!
ボクの頭へ稲妻が落ちたかのような衝撃が襲った。
――心当たりがある。
さっきの今でこんな情報が聞けるなんてもうボクが物語の中心みたいじゃないか……!
よく話を聞く時というものは、自分が聞きたいように聞くことしかできないなんて言うけど、こんな話、公平な耳で聞いたってさっきのスライムが守ってるお宝に決まってるじゃないか……!
武器じゃなくて鎧っていうのはニアミスだったなぁ~! まぁ問題ないけどね!
そうと分かれば明日に向けて体を休めるべきだ!
コーヒーパフェなんて注文してる場合じゃない!
ボクは静かに立ち上がると、100パルをカウンターに置いた。
「それじゃ、マスターごちそうさま。お釣りは閉店後の晩酌代にでもしてよ」
ボクが颯爽とその身を翻し店の出口へと歩き出す。
「おっと~新人!」
ボクの背中へマスターが声をかける。新人におごられるのはお嫌かい?
「10パル足りてねえぜ」
「すみませんでした……」
ボクがポケットから10パルを取り出し、頬を染めながら差し出すその姿をマスターは微笑ましく眺めていた。
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