第4話 赤きスライム

「あ……あれ……?」


 周りを見渡すと仄かな光を灯す『明かり石』が照らす暗闇の空間。


 そうだ……ボクは崖から落ちて意識を失っていたんだ。

 そして現世での最後……いや――振り返って悲しみに明け暮れても解決しない。

 だからボクは1人でも突き進むと決めたんだ――


 辛い時でも笑顔を絶やさずに。

 これがボクが現世から持ち込めた唯一のモノなんだから。


 大きく深呼吸をするとともに気持ちを切り替える。

 無意識に流れていた涙を拭き、とりあえず座ったまま落ちて来たであろう崖を見上げた瞬間、ボクは登るという選択肢を頭の中から除外した。


 いやいやいや……崖上が見えない上に岩肌ツルツルですよ……

 立ち上がり軽く体を伸ばす。痛みはあるけど折れているところはなさそうで一安心。


「五体満足なのはありがたいけど……はぁ……ついてないなぁ……」


 と独り言を呟きつつもボクの中に一欠片の高揚感が沸き上がっている。


 ボクが潜っていた『ド級初心者の洞窟』は階層としては1階層のみの構造だ。それは冒険者MAPでも確認済。


 でもここは明らかに地下4、5階程度の深さはある。

 というか、よくこんなに深く落ちて無事だったな……根っこを咄嗟に掴んだ自分を褒めてあげたい。


 それはそれとして……だ。

 冒険する上での醍醐味である想定外の事態からの隠し通路発見。

 それがここに該当するんじゃないか、とボクの直感が告げているんだ。

 

 目を細めて見たところ、正面と右後ろが通路になっている。

 ボクはニヤける顔を必死で抑えながら、右後ろに続く通路へ歩を進めていった。


 進むに連れて通路の出口であろう場所の煌々とした輝きが徐々に露わとなっていく。

 弾む鼓動は未知なる扉を確認するノックのようにボクの胸を叩き続けている。

 ボクはその衝動に従い足の痛みも忘れ駆け出した。


 そして通路の出口、光溢れる空間に飛び出す。


 眼前に広がった世界は緑溢れる空間。

 思いっきり息を吸い込むと木々の作り出す、穏やかでありながらも鼻の奥に爽快感さえ感じるような、深い新緑の香りに包まれていることを実感する。



 うん……――ただの出口だ、これ。


 深い森の中にひっそりと口を開けたダンジョンへの入口。

 ワクワクを返せと八つ当たりしたかったけど、まずは状況確認。


 崖上を覗きたいけど、木々が密集して上手く見えないため背の高い木に登って辺りを見回してみる。

 すると、かなり距離はあるがこの断崖を登れるような場所が見受けられた。


「帰りはあそこから登っていくか……いや、待てよ……」


 もしかしたら昔はこっちを入口として使っていたのかもしれない。

 ボクも拠点にしているけど、村が崖上にできたからこっちが寂れただけ?

 そんな思いを抱きつつ、木の根元へ降りていく。


 だが、そうだとするならさっきのダンジョン内の別れ道を進んだら、ダンジョンの1階に戻れるんじゃないか。そんなことが頭に浮かんだ。


 先ほど落ちて来た場所を通り過ぎるとさらに広大な空間へ出る。

 登り階段のようなものは見えないが、細い通路のようなものが確認できた。


 だが……ボクはそこで何かの気配がその細道から這い出て来たことを感じ取った。


 目を凝らすと、その輪郭が浮かび上がってくる。

 一見しただけで、その体の艶めかしさと軟体さが見てとれた。

 さらに弾力までも持ち合わせており、自分の体躯の5倍の高さまで飛び越えるモンスター……



 そう――スライムが鎮座していたのだ。

 1階でもカラフルなスライムたちに追いかけられ半べそだったけど、ここにいるのは赤いスライム一匹。


 古のモンスターが鼻息を荒げているよりはマシだけど、若干拍子抜けという気持ちは否めない。

 だが、よくよく見ると片目に2本の傷跡が残っており、歴戦の強者の風格を醸し出しているじゃないか。

 あんなプルプルなのにどうやって傷がつくんだろう、という疑問は頭の隅に追いやり、ボクはスライムと対峙した。


 スライムはよく道端に落ちているものを食べる習性がある。

 倒して何かでれば儲けもの。


 スライムもボクの殺気を感じ取ったのか、徐々にその距離を詰めてくる。

 ボクも木剣を握りしめ、すり足で近寄っていく。


 お互いの間合いに入ったことを、お互いが感じ取った瞬間、ボクの咆哮と共に決戦の火蓋が切られたんだ。

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