第3話 プロローグ その2

 そんな些細なやりとりをしながら歩いていると遠目からでも一発で分かるほど存在感のあるビルが視野に入る。


 転生システムを完成させた企業「Nile」の本社ビルだ。

 世界最大の店舗になることを願って世界最大の河川にちなんで命名されたらしい。


「まぁしんみり別れるのは好きじゃねえ……お前に『いいね』を付けられるほど俺は金を持ってないけど、応援してるぜ! そんでお前の異世界の楽しい土産話楽しみにしてる!」


「うん! 帰ったら真っ先に知らせに行くよ!」


 優斗はビルに入る後ろ姿へ向けて、ずっと手を振り続けてくれていた。


 そしてここからが本番だ。


 転生システム『ハートライフ』の稼働は1年に1回と決められており、選ばれた者が利用することができる。

 実際の形は日サロのカプセルのようなものではあるが、形よりも入った後が重要なんだ。日焼けが目的じゃないしね。

 

 『ハートライフ』が稼働と同時に全世界に転生者の情報を送信する。

 その時に全世界の人々は気に入った人がいれば『いいね』を押すことになるわけだ。

 1個でも『いいね』が付けばまず、異世界で生き返ることができる。

 でも、種族は最弱というか人間より弱いホビットだ……。

 他に動物も選べるけど喋れないのはさすがに厳しい。

 2個付けば獣人や鬼人などの強い種族を選択することができる。

 3個付けばみんな大好きエルフを選択することだって可能だ!

 1000個付けば竜人という種族も選べるらしいが、無縁なのであまり詳しくは知らない。

 そして0個だった場合。

 これはただの自殺だ。なんて言ったって転生先で生き返るライフがないわけだからね。

 極々稀に0個でもナメクジに転生して生きながらえる例もあるらしいけど、勘弁してほしい。


 とまぁ『いいね』1個が1000万円ということを忘れてそうだけど、事前の準備は万端と言ったろ?

 それは転生者向けのサークルに入っているからなんだ。


 死んだ父ちゃんが残してくれた金1200万円。


 当初自分でどうにか貯めるつもりだったけど、母ちゃんがそのお金から500万円を転生費用として援助してくれたんだ。

 決して楽ではない生活の中で、「私は700万円も蓄えができれば十分食べていけるから」と……。

 あとは学生時代から今までの時間を全て費やして貯めたお金が500万円の計1000万円。


 これじゃホビットぎりぎりだと思うだろ?

 転生者向けのサークルで良き出会いに恵まれてなんと1000万円で『いいね』を3個買うことができたんだ!


 そして狙いとしては獣人転生、かつ1個のライフでパートナーを捕まえること。

 これが今の異世界スタートプランだ。

 性別も変えて獣耳にするか3年ほど迷ったけど性別は♂のままに落ち着いている。


 転生者向けのサークルは異世界で行動を共にする仲間を事前に集める意味も含まれている。

 サークルの内訳は異世界攻略が2人。

 現世での準備が1人の計3人。


 その中で『裏木うらき』さんっていう異世界組の人がNileのスタッフとパイプを持っているため、まとめて購入する代わりに割引をしてもらったという経緯だ。

 すでに現世組の『呼息こそく』さんがハートを購入済であり、転生する際にそれぞれ『いいね』を割り振ってもらえる手筈になっている。


 そんなことを考えながら受付を済ませるとカプセルの設置場所に通される。

 案内された部屋には数百のカプセルが設置されており、同じように異世界転移する人も同じかそれ以上にいた。

 恐らくここまで見送りに来た人もいるのだろう。


 そこで肩を叩かれる感触に振り向くと。


「やあ零太。いよいよだな!」

「裏木さん! そうですね! もうワクワクしちゃって……」


 そんな話題を中心に花を咲かせているとスタッフが転生時間になったことを告げる。

 その声を皮切りに周りも我先にとカプセルの中へ入っていった。


「さぁそろそろ時間だしカプセルに入って、後の話はあっちでゆっくり話そうか!」

「はいっ!」


 異世界への期待に胸を弾ませ、指定されたカプセルの中へ入るとメッセージが表示された。


『頑張って来いよ』


 優斗からのメッセージだ。『いいね』はなくとも、心が温まることを実感した。


 さらにウィンドウが表示がされる。

 WEB通話だ。

 母ちゃんかな? と思ったら相手は呼息こそくさんだ。


「よ~零太。出発直前に悪いな」


「いえいえ! 落ち着かないので助かります!」


「でも、何も知らずにこのままってのも悪いと思ってな~」

「――え?」


 その時、カプセルが眩く輝きだした。

 いよいよ異世界転生が始まるのだ。


「お前から受け取った金は裏木のライフになるってな」


「な……何を言ってるんですか……?」


「1年以上の付き合いだよな。いや~長かったよ……俺らみたいなのが成り上がるにはバカを捕まえるしかないんだけど、賢いやつが多いから結局騙されたのはお前くらいだったからよ~」


「だ、だから……何を言ってるんですか……?」


 カプセル内でなかったら、この眩暈に倒れていたかもしれない。

 それほどのショックが全身、敷いては脳内を駆け巡っていた。


「うん。だから言った通り。俺たちの金で買った『いいね』は全て裏木に付ける。だからお前に付ける分はないってことだ~」


「お……お前ら……――騙しやがったなッ!!」


「ゲハハッ!! この時代にこんな単純な手に騙されるほうがバカなんだよなぁ……まぁ異世界で楽しく――ああ、ライフ0個だから転生失敗か。まぁ運が良ければナメクジになれるから頑張って生きてくれな~塩に注意だぞっ」


 その言葉と共に通話が途切れた。


 ――許さない……ッ!


 なんて思ってても何も解決しないのは分かっている。

 だが、もうカプセルの中にいる以上、祈る他何もできない。


 どうするどうするどうする……どうしようもないッ!!


 誰でもいい……頼むから誰か1個でいいから押してくれ……!

 絶望の中で瞼を力の限り閉じながら祈っていた時だった。


 機械音が鳴り響き目を開けた時、眼前のディスプレイに浮かんでいたのは『いいね』が押された旨を告げるポップアップウィンドウだった。


 誰が!? 誰が押してくれたんだ?


 ハートマークの下に浮かぶ名前を目に捉えた時、充血した瞳から止め処なく涙が溢れ、幾筋もの軌跡となり頬を伝うことを実感した。


 そこに表示されたのは母ちゃんの名前だ。


 今から何かを伝えることはできない。

 でも、決意を固めるには十分だ。

 必ず異世界から帰りハートに費やしたお金を100倍、いや1000倍にして返して見せると……。


 さらに表示されたウィンドウから種族『ホビット』を選択し瞼を閉じた。

 こうして胸を弾ませていた異世界への転生は、想定外の出来事と共に始まりを迎えることになったんだ。

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