第2話 ゼウスの遊び

この不思議な体験を1番に話す相手は彼女のサキだと決めていた。

小出サキは2年ほど前から付き合い始め、今は同棲をしてまだわずかだった。


「その箱の重さって結構重かったの?」

「いや、500mlのペットボトル2~3本ぐらいかな」


ダイニングテーブルの向かいに座るサキは何やら考えこんでいる。

見た目は真面目なサキだが、中身は楽観的で破天荒なことろもある。

そういうことろが本田にはない部分として惹かれる魅力の一つだった。

しかし珍しく考え込んでいる。

一緒に夕飯を食べながら話していたが、いつしか箸が止まっていた。


「どうした?変な話好きなのに珍しく黙ってるね。」


本田は箸を止めずにサキに問いかける。

いつものように彼女の笑顔が見たいのだ。

しかし考え込んだ表情のまま、サキは答えた。


「それ、似たような話をネットの掲示板で読んだ事があるの。」


サキは元々オカルトやホラーが好きなのでよくネットで検索したり本などを読む。

付き合い始めた当初は少し遠慮気味で話していたみたいだが、今では本田の事を良き理解者として自身の趣味を公言している。

最近ではよくオカルト雑誌の内容やネットで見た話しなどを本田にする。

しかし本田は今回のような話を聞いた覚えがない。

サキが普段本田に話しているのは数ある話のうちのほんの少しなのだという事を実感した。


「1年ぐらい前に読んだ掲示板だからあんまり覚えてないんだけどね。投稿者さんの家に荷物が届いたらしいんだけど、注文した覚えも誰かから荷物が届く予定もなかったから不思議に思って、面白半分で掲示板に投稿する事にしたらしいの。」


本田は今度こそ箸を止め、サキの話を聞き入っていた。


「最初の投稿は、謎の荷物が届いたから開けていく、みたいな感じで、何件かコメントがついてて。次の投稿が、開けたら中にこんなものが入ってたって写真付きで投稿されてて。その投稿を見た人がコメントで、ひな人形の胴体だって言い始めて。しかもその投稿者さん曰く、段ボールが重たい気がするって。」


この途切れ途切れな感じがする話し方はサキの癖だった。

普段会話をしていても度々こんな感じで、語尾が宙ぶらりんになる。

しかし今回はいつもより余計にそう感じるのは思い出しながら話しているからだろう。


「段ボールが重たい気がするって投稿に、結構コメントがついてて、気のせいだとか中身が不気味だから怖くなって思い込みでそう思うんだとか、二重底になっていないかとか段ボールが濡れてるんじゃないかとか。」


本田は話を聞きながらなんとなくコップの水を飲む。

つられてサキも一口水を飲み、話を再開する。


「でね、コメントの中に、段ボールのナミナミの中に何か入ってるんじゃないかってあったの。段ボールって、断面を見たらわかるけど、紙と紙の間にナミナミの紙があるじゃん。」


サキが指先で波のようなしぐさをしながら言う。

確かに段ボールは波型の厚紙を平たい厚紙で挟むような形でできている。

段ボールにもAフルートやBフルートなど色んな種類があり、用途などによって使い分けると、段ボール工場でバイトしていた先輩から聞いた事があった。

サキは本田が波型をの部分を理解した事を認識し、話を進める。


「そのナミナミの間に何か入ってないかってコメントが大いに盛り上がって。結局投稿者さんもそのコメントが盛り上がったから、段ボールを解体するって言いだしてね。で、段ボールの表面をめくったら、出てきたの、血が。」


「は?え?血?」


本田は困惑気味に聞き返した。

段ボールは紙製でしかも両端が切れていて液体が入るなんておかしい。

ましてやいきなり血なんて、というのが本心だった。

それを察してかサキが詳細を話始める。


「正確にいうと、透明の細いストローに赤い液体が入れてあって、それを段ボールのナミナミの部分に1本ずつさしてあったみたいな感じで。その透明のストローの両端は溶かしてくっつけてあったの。ヘアアイロンか何かで挟んで。それが何枚かの写真付きで投稿されてたから掲示板は大盛り上がりで。」


薄いプラスチック製のストローの片方をヘアアイロンで挟んで溶かして閉じ、中に液体を入れて残った片方を同じ手順で閉じる。

そしてそれを何十本も繰り返して作り、段ボールの波型で刺していく。

そんな面倒な作業を一体何のために。

そう考えているうちにまたサキが話始めた。


「でも、その話全部、釣りだったの。」

「え?何?ツリ?ツリって何?」


いきなり言われた言葉に本田は困惑した。

もちろんフィッシングであるとするなら釣りという言葉は知っている。

しかしおそらくその釣りではないだろうことは話の文脈から察していた。

本田には聞きなじみがない言葉に思える。


「釣りって、よく2chの掲示板で使われる言葉っていうか行為みたいなものなんだけど、簡単に言うと嘘なの。みんなを面白そうな話題で釣って、食いつかせてコメントを盛り上げさせる。それで最後は嘘でした、釣りでしたってオチにするの。掲示板見てると割と多いの、釣りって。」


本田が知らない世界がそこには広がっていた。

いかにサキが普段からネットを活用してオカルトやホラーを探しているのかがわかる。


「って事は、その段ボールもその投稿者本人が自作自演で作ったって事?」

「そう。暇人だよね、あんな手の込んだ事するなんて。血に見せたストローの中身は絵の具で色付けした水だって。」

「でも、サキのいう通り、似てるよ、この話。段ボールの中身は、雛人形の胴体と頭って違いがあったけど、でも雛人形ってところが一緒だし。」

「でしょ。だからなんだか気味悪くって。だって私が読んだあの話は釣りだったのに。」


簡単なつくり話としては面白いし、実際、掲示板でみんなを盛り上がらせただけはある。

わざわざ写真付きで投稿していたのだから相当気合の入ったネタだったのだろう。

すっかり話に夢中になっていたが、考えながらまた箸を進め始めた。

するとサキも一緒に箸を進めながら提案してきた。


「あ、その掲示板見る?多分見つけられるよ。」


そういいながら箸をおいて席を立った。

ダイニングキッチンを出て短い廊下へ消えていく。

おそらく寝室へノートパソコンを取りに行ったのだろう。

本田とサキが一緒に寝る寝室は、玄関から一番近い部屋だった。

その部屋の隣にトイレとお風呂場があり、玄関から向かって一番奥が、今いるダイニングキッチンになっている。


「おまたせ、食べながらでいい?」


予想通りサキはノートパソコンを手に持って戻ってきた。

サキのノートパソコンにはお菓子のおまけでついているシールや、コンビニのおにぎりの値引きシールが貼られていて一目でサキのだとわかるようだった。


「俺も食べながら見るよ。」

「うん、検索するからその間、食べてて。」


そう促され、サキの作った夕食を食べる。

今日の夕食の献立は、白ご飯、みそ汁、ホイコーロー、コロッケ。

ジャンルがバラバラな献立も、彼女らしかったしどれもおいしい。


「あった、これこれ。投稿主さんの名前は、ゼウスの遊びさん。スレッド名が、見知らぬ荷物届いたから開封していくけどパンドラの箱か?だって。」


本田はかじったコロッケを皿に置き、サキの持ってきたノートパソコンの画面に視線を向けた。

向かいに座るサキはお互いが見やすいようにノートパソコンのを自分と直角にした。


「これ、この写真、俺が見た感じに似てる。こんな風に、別に何にも固定されず、緩衝材もなくただ入ってたんだ。この胴体が俺の時は頭だったけど。」

「この投稿者さんのが立てた他のスレッドも、全部釣りみたい。ほんと暇人だよね。」


本田には難しい話に聞こえたが、サキは独り言のようにつぶやいていた。

サキも食事を再開しながら、二人で他の釣りスレッドも読んでいく。

そんな中で本田は自分が体験した話は誰かのいたずらか、模倣犯だろうと考えていた。

もしかしたら誰かがこの掲示板を読んで面白く思い、真似して適当に実行したのではないだろうか。

だとしたら、そいつもよほどの暇人だと本田は思った。

しかし真相が気になる。

おそらく模倣犯が面白がって、人形供養をしている寺に送り付けたのだ。

そうに違いない、と思うほどに答え合わせをしたくなっていた。

次にあの寺に配達があれば、その時に住職に聞こう。


「きっとこの投稿を見て面白がった奴が真似したんだね。でも俺も気になってきたから、今度あのお寺に配達に行ったとき、住職に聞いておくよ、段ボールの事とか。」

「うん!私も気になる!」

「ごちそうさま。おいしかったよ。」

「おそまつさま!話しながら食べてたらお腹いっぱいになっちゃった!」


本田は自分のスマホを片手にソファに移動し、そのままスマホでさっきの掲示板を検索していた。

もう一度内容をゆっくり読み返したり、投稿者のほかのスレッドも読んだりしているうちに、いつのまにかうたた寝をしていたのだった。

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宅配ドライバー 春野くも @haruno-kumo

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