宅配ドライバー

春野くも

第1話 パンドラ

配達員は決して荷物の中身を知ることはない。

お客様の荷物の中身は、洋服、本、おもちゃ、靴、電化製品、様々なものだろう。

それらを知ることなく、指定された住所へただ届ける。

それが配達員の仕事なのだ。


「この荷物、ここに来るまでずっと変な音がしていたんです。」

配達員の本田は、配達先の寺の住職にそう打ち明ける。

住職は袈裟姿で穏やかな笑みを浮かべていた。

袈裟とは僧侶の身にまとうもので、本田にとってはお坊さんの制服ぐらいにしか思っていない。

住職はその袈裟の袖から印鑑を取り出し、荷物の伝票に判を押しす。

「音、とはどんな音でしょう」

「カタカタ、ガタガタという感じで」

本田は判の押された伝票を受け取りながら言った。


 ここへ来る道中の車内、荷台の荷物から聞きなれない音がしていたのだ。

本田の運転する車は軽バンだった。

その軽バンの後部座席をすべて取っ払って荷物を積んでいる。

そのため、運転席からでも荷物の状況を軽く確認することはできた。

音ともなれば、耳を澄ませばよく聞こえる。

最初は荷物同士がぶつかる音か何かかと思っていたが、そうではなかった。

音のなり方が不自然だし、信号待ちで停車中でも音は聞こえてくる。

そして何よりこの寺に届けたこの荷物が、午前中最後の荷物だったのだ。

その最後の一つをここへ運んでいるとき、音は次第に大きくなっていき、不気味さを増した。


「これからも頻繁にうちへ配達してもらう事があるでしょうし、先にお伝えしておきましょう。決して怖がらせようとしているわけではありません、怖がらずに聞いてください。」

住職は優しい笑みを崩さずに話始め、本田は黙って聞くことにした。

「この寺では人形供養を行っています。全国から色んな人形やぬいぐるみなどが送られてくるのです。色んな、というのはもちろん、いわく付きのものばかりです。亡くなったお子さんが大事にされていたぬいぐるみや、実家の屋根裏から見つかったという日本人形など、詳細を話せばもっと長くなるようなものばかりです。少し前までここへ配達してくれていた前任の方も、最初のころはあなたと同じような反応でした。」

住職の話を聞き、本田は内心、いい気分はしなかった。

誰だってそうだろう。

知らず知らずのうちにいわく付きの人形やぬいぐるみを運んでいたのだから。

しかもそのいわく付きの荷物から、不気味な音が鳴っていたのだから尚更だ。

しかし本田は心の底から怖気づいたわけではない。

本田はもともと怖がりな性格でもないし、幽霊や怪奇現象を信じるタイプでもなかった。

「なるほど。2週間前このエリアに配属されるとき、前任者からの引継ぎがなくて、

その話は初耳でした。」

住職は少し驚いたようではあったが、優しい顔のまま話をつづけた。

「あなたはなかなか肝が据わっていらっしゃる。怖がらないのですね。」

「仕事なので」

本田は短く返し、愛想笑いをした。

「そういえばまだ名前を聞いていませんでしたね。これから何度も配達をしていただくのに。」

それはこれから何度もいわく付きのものを運ぶ、という事だと本田は理解した。

荷物から音が鳴るぐらいは我慢できる。

いわく付きでも自分に害がなければ特に気にすることでもない。

「本田です、本田優矢といいます」

「本田君、もしよければ荷物を今から開けますので一緒にご覧になりますか」


住職は奥の部屋からカッターをもって玄関に戻ってきた。

一緒に荷物の中身を見ませんかと聞かれ、普通の配達員なら断るだろう。

しかし興味が沸いた、好奇心が勝ったのだ。

幸いにもこの荷物は午前中で最後の荷物であり、時間にも余裕がある。

なにより、ホラー好きの彼女に聞かせるネタが手に入ると思ったのだ。

本田自身は心霊体験などをしたことはない。

そのため彼女に聞かせる話はネットで見つけた話や人から聞いた話だった。

しかし今回は違う。自分が当事者になれるのだ。オリジナリティがある。

怖いもの見たさ、というのもあっただろう。

色んな事を考えてるうちに、住職が枕ぐらいの大きさの段ボールを開けようとしている。

「では開けましょう」

カッターの刃は簡単にガムテープを割いていく。

住職は丁寧に、真ん中と左右の封を切った。

ゆっくりと段ボールが開けられ、中が見えた瞬間、言葉にならない声が出た。

「いっ・・・!」

中に見えたのは、日本人形のようなものの頭部だった。

体の部分はなく、頭部が上を向いて入っていたせいでその首と目があってしまった。

先に声を出したのは住職だった。

「さすがに驚きましたね。首だけとは珍しい、こんなのは初めてです。ほとんどの荷物には手紙も同封されていて、どんな理由で送ってこられたのか書いてあるんですが、見たところこの荷物には手紙もなさそうです。」

住職が話すうちに落ち着きを取り戻した本田だが、まだ心拍数は高いままだろう。

人形と目が合うというのは想像よりも気味が悪い。

「これは日本人形でしょうか」

本田は住職に聞く。

「おそらくこれは雛人形の女雛です。詳しくはわからないですが、髪と穏やかな顔を見ると、おそらくそうでしょう。」

ひな人形の特徴ともいえる十二単がないにも関わらず、首を見ただけでわかるとはさすがである。

本田はすっかり感心していた。

「すぐにわかるなんて、さすがですね。それにしても首だけって、気味が悪いです。これからもこういうものをここへ運ぶんですね、ははは」

冗談めかしてわざとらしく笑う。

住職は変わらず穏やかな顔で、袈裟の袖から小さな赤いお守りを取り出し、本田に手渡した。

「一応持っておきなさい。」


さっき見た人形の首が忘れられない。

しかしよく考えるとあんな大きな箱に人形の首だけが固定もされずに入っていれば、中身が動いて音ぐらい出るだろう。

当たり前のことで、別に怪奇現象でも心霊現象でも何でもない。

しかし何だろう、この違和感は。

あの人形を見たときから何か違和感を感じていた。

運転席へ乗り込み、さっき住職にもらったお守りを見つめる。

あの荷物の送り主は、なぜ中のものを固定しなかったのだろう。

通常であれば、中身が動かないよう緩衝材を入れたり、包んだりする。

もっと言えば、あんなに大きな箱じゃなくもっと小さな箱でいいのではないだろうか。

人形の頭部だけなら、ティッシュ箱ほどの大きさ、いや、もっと小さな箱でも良い。

箱が大きくなれば、それだけ送料も違ってくるのではないだろうか。

自分は配達員であり荷物の受付はしたことがないので、送料のことまでは正直詳しくないが、どちらにせよ無駄が多すぎる。


そこまで考えて、違和感の正体に気が付いた。

不自然なのだ。

箱の大きさ、箱の中身、箱の重さが。

箱の中はほとんど空洞で緩衝材さえ入っていなかった。

人形の首もさほど重量はないはずだ。


なのに、あの箱は少し重かったのだ。

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