第21話 悩み事

 秘密は誰しも持っていて、それを口にする事はない。秘密というのはそういうものだ。言いたくないから口にせず、心の奥底にしまって平然を装い毎日を過ごす。いつかそれを口にするまで抱え込む。黒原もその一人だ。

 彼女は、御国と話した内容を来る日も来る日もふと思い出しては、悩み考える。そして、この悩みは解決しない限り、ずっと自分の中に遺物として残り続ける。そして、それが夢と繋がるものならば尚更、嫌になる。

 休み時間の間、花撫と話していてもそればかりが頭をよぎる。


「みおりん、さっきから暗いけど大丈夫? また頭痛? 辛くなったら言わないとダメだからね」


 親友に言うか言わまいか、言えばスッキリするのはわかっている。だけど、言ってしまえば何かが変わってしまう気がして、それが恐ろしくて、つい口に出すのを躊躇ってしまう。

 黒原は首を横に振って、苦笑いをする。


「あ、うん、大丈夫。何も無いから気にしなくていいよ」


 花撫は疑いの目を向けて怪しい、と一言、顎をさすりながら探偵のように告げる。本当に大丈夫だから、と伝えるのだが、彼女は信じていないようだった。

 一日中そんな感じで、悩みながら時間を潰していき、今度の文化祭での出し物について授業の一環としてクラス会議をした時も、上の空だった。


 出し物は決まらず、次回のクラス会議へと延期となったが黒板を見るなり、相変わらずの面々揃いだった。メイド喫茶、映画館、漫才、ミュージカルといったクオリティが求められるものばかり。チョコバナナや焼きそばと、屋台向けの案も出されたがそれには落ち着かず、色々と出し合った結果、候補に残ったのは三つだった。

 焼きそば、メイド喫茶、唯一異色を放っていたコスプレ焼き鳥屋。三つ目に関してはアニメが好きなクラスメイトの立案で、上手いことみんなに強く印象与え、候補として生き残った屋台だ。

 この候補の中から、次回のクラス会議で出し物が決定する。というのにも関わらず、ほとんど上の空で参加していなかった黒原は、内容をよく理解しておらず、休み時間になってどれにするかと日向や月詠、花撫にも聞かれたが迷っているという一言で、どれに票を投じるかを決めかねていた。


「そうだよねー、迷うよねー」


「メイド喫茶・・・・・・やってみたい、かも」


 腕を組み迷っている日向を横目に、月詠が手を挙げて恥ずかしそうに言う。彼女は退院してから、以前より明るくなった気がする。笑顔を絶やすことが減ってきたのが証拠だ。


「月詠ちゃんがメイドに!? 眼福とはこの事か」


 月詠のメイド姿を想像して、花撫は手のひらを蝿のように擦り付けて拝んでいる。それを見て、月詠は小声で、気持ち悪い、と囁くと花撫は、ごめんなさい、と椅子の上に正座をして謝っていた。

 この時間が、あれを伝えてしまったら無くなってしまうかもしれない。そう思うと、黒原は怖くなってスカートを強く握った。


 放課後になり、ほとんど生徒が部活へと走って向かう。日向と月詠は用事があると先に帰ってしまい、笹岼は生徒会で忙しく、黒原と花撫は、今日もいつも通り二人で下校する。


「みおりん、一緒に帰ろう」


「うん、帰ろう」


 通学バッグを手に持ち立ち上がろうとした時、床にハンカチが落ちているのに気付き拾い上げる。


「あれ、落し物かな」


「名前書いてない?」


 一度ハンカチを広げ、表裏を確認してみると端の方に〈S.M〉と書かれていた。黒原がすぐに思いついた名前は、白綺だった。白綺眞樹、名前の頭文字だとしたらぴったり合う。それに、クラスでこの頭文字の名前の人物は一人しかいない。


「誰のか分かった。ちょっと届けてくるから、先にファミレスに向かっといて、後から追いつくから」


「ちょっと、みおりん!」


 黒原はそそくさと、花撫を置いて白綺を探しに走って教室を出ていった。白綺が向かう場所は、だいたい検討はついている。特に生徒会などの特別な委員会に入っているわけではないし、先生に用がなきゃ職員室に向かうことも無い。彼女は真っ直ぐに体育館へと向かった。

 向かっている途中、黒原は白綺に相談事をもちかけようと考えていた。部活中かもしれないけれど、少しだけ時間を作ってもらって、真実を打ち明けるべきかどうかを聞いて欲しい。


 体育館にたどり着くと、中に入っていく女子生徒の姿が見えた。黒原は、すいません、と声をかける。


「どうしたの? 何か用?」


 名前も分からない短髪ですらっとした長身の、たぶん先輩だろう。噂で聞いたことがある。バレーボール部の選手は皆、スタイルがよく美少女が多く集まっていて、男子から人気の部活だと。この人もまた、自分より綺麗でかっこいい。


「ねえ、どうしたの? ボーッとして。私の顔になにかついてる?」


 心配そうに顔を覗き込み、目の前で手を振られる。


「あ、ごめんなさい。あの白綺さんに用があって来たんですけど、今、大丈夫ですかね」


「眞樹? ああ、今いないよ。部活前に必ず、校庭をランニングで二週してるんだ。伝言があるなら伝えとくけど」


「そう、ですか・・・・・・」


 なんだ、相談できないじゃん。そう思うと気持ちが沈んで、急に湧き立つこの変なプレッシャーに押し潰されそうで、肩に重しが乗っかったような気がする。

 途端に表情が暗くなり、それを察した先輩は、「大丈夫?」と黒原の肩を掴んで体を支える。


「すいません、ありがとうございます」


「気のせいだったらごめんだけど、悩み事でもあるの? それとも単純に体調が悪いだけ? もし良かったら、私が力になるよ」


 いや、と断ろうと思ったが、今の黒原には名前も知らない先輩のその一言が、救いの手だった。はい、と頷くと先輩は、じゃあそこで、と体育館の横にある段差に腰をかける。黒原もその横にちょこんと縮こまって座った。


「まずは名前を教えて。私の名前は南條凪湖、三年のバレーボール部部員です。あなたは?」


「私の名前は、黒原美織です。高校二年で帰宅部です」


 同じ内容を繰り返して自己紹介を交わした二人は、ぎこちなくも本題へと入る。


「それで、美織ちゃん。あなたの悩み事って何? こうして時間をつくるってことは、体調が悪いわけじゃないんだよね。せっかくだし、話してくれたら嬉しいな」


「あの、南條先輩は、親友にも言えない秘密ってありますか?」


「唐突だね。それは、信頼をおける人にも言えないような秘密なの? もしそうだとしたら、私は言うかも」


「えっ、話すんですか? もし話して、親友がいなくなったりしても良いんですか?」


 すると、南條はすらりとした綺麗な足を抱えて、こちらに笑顔を向けた。


「そうなったら、そうなったでしょうがないと思う、かな。私は話す相手が限られてるし、秘密はあまり抱え込みたくない主義でね。確かに、離れていく人はいたけど、それよりも、自分の心をスッキリさせる方を優先しちゃうのかも。それに、秘密を話して離れていく親友って親友とは言えないも思うんだよね。自論だけど」


「南條先輩の言う通りかもしれないですね。私も、あまり抱え込みたくない方で、親友の乙葉には何でも話してます。最近、乙葉の様子が変な時があるので、遠慮して話せませんが」


 南條は首を傾げて、変な時ってなに、と質問を投げかける。


「同じクラスの黛澄さんの名前を出すと、急に態度が変わるんです。太陽が出ていたのに、突然曇り出すような感じですかね。黛澄さんの事を好きだからかもしれないんですけど」


 黛澄という名を聞いた瞬間、南條の眉毛がぴくりと動き、話を聞きながら何度も頷いていた。


「知ってるよ、黛澄くん」


「知っているんですか?」


「黛澄くんは、イケメンで優しいって評判良いからね。三年でも狙っている女子は多いよ。眞樹も、黛澄くんの事が好きって言ってたし。でも・・・・・・」


 と言いかけた途端に、さっきとは打って変わって暗い表情に変わる。強い風が一回吹き、厚い雲が地を照らしていた太陽を隠した。


「でも、やめといた方がいいよ。黛澄くんの事、諦めた方がいい」


 一体どうしてなのだろうか。南條の言うやめとけというのは、狙っている相手が多いからなのか、もしくはすでに確定で付き合っている人がいるからなのか。いやでも、付き合っている人がいるなんて情報は聞いたことがない。


「なんで​───────」


「なんでかは言えない。ごめんね」


 被せるようにして、質問を拒絶された。本当は聞きたかったのだが、それ以上に追及することはしなかった。黒原の中で、悩み事の答えはもうすでにもらっているからだ。

 黒原は立ち上がり、南條に深々とお辞儀をする。


「すいません、お時間頂きありがとうございました。もうそろそろ部活行かないとですよね。私はこれで失礼します」


「ううん、こちらこそ何も上手いこと言えなくてごめんね。少しは力になれたかな?」


「もちろんです。ありがとうございました」


 もう一度、南條にお辞儀をしてその場を後にする。覚悟は決まったから、あとはタイミングだけ。いつにしようか。今すぐには、準備が出来ていなくて伝えられない。内容をまとめて、気持ちを作ってから伝えよう。

 靴箱までの廊下を通っていると、掲示板に文化祭の文字が見えた。文化祭、この時に伝えようかな。でも、もし居なくなってしまったら、私は文化祭を親友なしで楽しむことになってしまう。それは嫌だ。

 それなら、準備期間ならどうだろう。その間に一悶着あったとしても、どうにか関係を修正出来るかもしれない。何があってもうまい事いくかもしれない。


「よし、決めた。あとは気持ちと整理だ」


 ハイリスクであることは承知の上、平和な青春時代が終わりを告げてしまったとしても、これだけは話してスッキリしたい。自分勝手で我儘な自滅覚悟の一手。


 それから、今か今かと黒原はタイミング見計らっていた。結局、文化祭の出し物はメイド喫茶に決まった。文化祭の準備期間となり、放課後に予定がない生徒が集まってレイアウト作りに励んでいる。

 黒原と花撫は、日向と月詠と共に看板作りをしている。赤と白のペンキを使って目立つようにと、サインポールのようなデザインの上に喫茶店の名前を書いていく。

 喫茶店の名前は〈レトロ〉、様々な店名が候補として上がったが、どれも目指す喫茶店の雰囲気とは合わなくて、落ち着いた感じのオシャレな喫茶店というコンセプトに一番見合う名前が月詠のあげた〈レトロ〉だった。


「あの、こんな感じでいい、ですか?」


 月詠が茶色と黒色のペンキで汚れた手で、額の汗を拭きながら、一息入れる。


「うん、大丈夫だよ。月詠ちゃん、やっぱり文字書くの上手だよね」


「月詠は小さい頃から字が綺麗だから、書き初めとかで金賞取ることもあったよねー」


 日向は自分の事のように自慢げに話す。


「お話中悪いんだけど、日向ちゃん、こっち手伝ってくれるー? 上手く骨組みがくっつかないから、支えて欲しいんだけどー」


「ごめんごめん、今行くー」


 花撫に呼ばれて、日向が駆け寄る。すると、あっ、という声と共にガシャンと大きな音がする。足元に赤いペンキが入った小さなバケツに気付かず、日向が倒してしまったようだ。中身がこぼれて床に広がっていく。


「あ、ごめん! 今、雑巾持ってくるね!」


 大股で赤いペンキの上を跨ぎ、急いで雑巾を取りに行く彼女のポケットから、形を切り取る時に使っていたカッターがペンキの海に飛沫を上げて落下した。

 刃が真っ赤に濡れて、ギラギラと蛍光灯の明かりで反射していた。ズキンとスイッチが入ったように一瞬、頭に強く痛覚が刺激される。そして、走馬灯のように記憶がほとばしる。

 ああ、思い出した​。私はやっぱり​───────。

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