混乱 後編
彼女の落下死は運命だったのか、それとも誰かに仕組まれたものなのか、考えていても仕方がない。
程なくして警察がやって来て、ブルーシートで遺体を覆い隠す。
通報したのは、教頭先生だろう。
花壇の手入れが好きな教頭先生は毎朝、花壇に水を与えている。落下地点は、花壇に近い所だったから多分そのはずだ。
しかし結局の所、警察が捜査をした所で何も手掛かりは無く、生徒一人一人に事情聴取をするという話にはなったものの、親からの苦情の声により学校側が独自で行うという事になった。
前例の無いことではあるが、やるしかない。だけど、生徒に疑いの目を向けて話すのはとても面倒だ。
「そういう事だから、悪いけど一人ずつ面談するよ」
教室でこの事を話すと、生徒達はみんなして嫌そうな顔した。話したくない事があるのか、それとも疑われている気がして嫌なのか、どちらにしてもやる事はやらなければ。
「それじゃあ、出席番号順に応接室にお願いね。まずは会田くんからね」
朽城はそう言って、一番目の生徒と一緒に教室を後にした。
悲報にも程がある。笹岼は、まさか先程まで話していた友人が、屋上から落下して死んでしまうなんて考えもしなかった。
彼女は、悔しさのあまり涙を流した。
「なんで・・・・・・なんで・・・・・・」
そんな彼女の姿を見て、黒原は肩に手を置き「大丈夫?」と心配そうに声をかける。
「う、うん・・・・・・」
「ねえ、良かったら向こうで話さない? 黛澄さんの席が空いてるから、端っこの席だからさ」
「うん、ありがとう」
黒原は笹岼の手を取り、黛澄の席まで案内する。友達と別席で楽しそうに話す黛澄を横目に、黒原は黛澄の席に笹岼を座らせた。
笹岼の様子は思った以上に重症で、どうにも話題を振るには勇気がいる。五分ほどの無言の時間を有して、やっと口にしたのが、どうしたの、という質問の定型文だった。
すると、笹岼は泣きながら「話したら悪者になる」そう告げた。
どういう事なのだろう、彼女が落合に何かをしたというのか。もしかして、自殺を促す発言をしてしまったのか、真実は彼女から聞き出すしかない。
「大丈夫だよ、私は笹岼さんの味方。私にも同じように言ってくれたでしょ? だから、何があっても一緒にいるよ」
そう言うと、彼女は口を開いた。
落合と笹岼が友達であった事、高校に入って落合の事を知らんぷりしてしまった事、クラス中から煙たがれて自殺をしようとしていた落合を止めた事、全てを簡単に話した。
黒原は納得した。納得した上で複雑な気持ちに駆られ、胸の中心をぎゅっと握る。黒原は悲しい気持ちと、そこに不思議と現れた嬉しい気持ちに戸惑っていた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
そう彼女に言うふりをして、自分を落ち着かせるように言い聞かせていた。この時、黒原はなぜ嬉しい気持ちが現れたのか、理解することが出来なかった。
もし無理矢理、その気持ちについて答えを出すとしたらなんだろう。
その時、ふと夢の事を思い出す。
そういえば、秦野美織が最後に言っていたあの言葉、あれが近いのかもしれない。
───────彼は、私のものなんだから。
これではまるで、彼女の死を喜んでいるみたいじゃないか。どんなに嫌な事をされたとしても、他人の死を喜んではいけない。
そんな事をひたすら考えると、笹岼が息を吐くように口に出した「罰が当たったのよ」という一言に納得がいった。
そうだ、落合さんは黛澄さんを自分のものにする為に、他人を蹴落とそうとする残忍な人間だ。悪い事をしたら、誰だってその報いを受けなければならない。だから彼女は、周りからの非難の声を受けて、自分からその命を絶ったんだ。
黒原も、笹岼の後に続いて口にする。
そう、彼女は罰が当たったのよ。
黒原は、真っ黒な瞳で自分の手のひらをじっと見つめていた。
しばらくして、黒原の番が回ってきた。朽城からは落合から受けていたイジメについて、事細かに質問された。
黒原より前の人達の戻りが遅かったのは、これが理由だろう。自分達が疑われまいと、教室で起きていた事を全て告げ口してくれたのだ。
質問には、平気、大丈夫と答えはしたが、さすがに心配された。
クラスのみんなも心配して声をかけてくれたが、むしろ今更何を言っているのかと腹が立った。
横目で見て笑っていたヤツらがよく言う。
わざわざ笑顔を作ってみせたが、嬉しくもなんともなかった。
帰り道ではその話題は一切なく、花撫に加えて珍しく笹岼の姿も隣にあった。
笹岼は生徒会に所属して忙しい身ではあるが、今回の一件でしばらく休む事になった。靴箱で笹岼の姿を見るやいなや、黒原が一緒に帰ろうと声をかけてみた。
今はその帰りで、駅のパンケーキ店の話で盛り上がっている。
「───────それでさ、みおりんはいつもホイップクリーム増量するんだよねー、元々いっぱい乗ってるのにだよ?」
「黒原さん、甘党なんだね。私はあまり得意じゃないから、ホイップクリーム増量なんて無理に等しいわ」
「そうなの? 笹岼さんも甘党だと思ってた。でも、洋菓子というよりは和菓子が好きそうなイメージがある」
「だね、笹岼さんはどっちかというと和菓子派で、縁側でお茶しながら串団子とか食べてるイメージがある」
「それは・・・・・・否定できないわね」
恥ずかしそうにメガネを指先で上げる笹岼の頬は、赤く染まっていた。図星だったようだ。イメージとはいえ、好きな物を言い当てられたのが少し恥ずかしかったのだろう。
笹岼は背筋を伸ばして、いいじゃない別に、と言ってぷいっとした。
この時、花撫はふと彼女に質問をする。
「笹岼さんって、元々メガネしてたっけ?」
確かに、彼女は同じクラスになった頃からメガネを掛けていなかったはず。今更どうしてメガネを掛けているのか、黒原は不思議に感じた。
「たまたまだよ。ちょうどコンタクトが切れちゃって、この前注文したからそれまでの辛抱」
「もしかして、高校デビュー的な?」
花撫が茶化すように笹岼に聞く。
「まあ、そんな感じかな。私、メガネをかけると、より真面目に思われちゃうからあまり掛けたくないのよ」
「確かに、私もメガネは掛けたらそういう印象持たれちゃうと思って、一本も持ってないんだよね。だから基本的に、コンタクト付けてるよ」
「え、みおりんもコンタクト付けてるの? 二人共、視力悪いんだね。勉強のし過ぎだよ」
「乙葉は、勉強しなさ過ぎだよ」
黒原が言うと、花撫は何故か嬉しそうに、それほどでも、と後ろ髪を撫でる。
この時間が一番楽しい、友達とゆっくり歩いて雑談を交わしながら自然と笑顔になる時間、これが黒原にとって幸せに思えた。もっと言えば、ここに黛澄さんもいれば、なんて思ったりして、淡い気持ちを空に打上げる。
今日も晴天、落合の事で担任から質問攻めにされて嫌な気持ちでいっぱいだったが、この時間があるのなら別にどうだっていい。
とにかく、心が落ち着く時間があれば頭痛も無ければ息苦しくもない。
そうだ、せっかくならもっと気持ちをスッキリさせに行きたい。
黒原はそう思い、二人をゲームセンターに誘ってみた。ゲームセンターならシューティングゲームやコインゲーム、プリクラで楽しめるし思い出も作れる。
彼女の提案に、二人は首を縦に振り仲良く寄り道をするのであった。
ゲームセンターにはいつ頃から行っていないのだろうか、確か高校の受験勉強を始める前から行っていない気がする。あれから何か面白いゲームは増えたのだろうか。
懐かしくも少しわくわくしながら、黒原達がゲームセンターに向かうと。
「あっ、あれって姫鞠姉妹じゃない?」
そう言って、花撫が姫鞠姉妹を指す。
「本当だ、二人してガチャガチャやってるよ」
「声、かけてみる?」
「やめときなさい、姉妹仲良く遊んでるんだから水を差すような事はやめましょ」
せっかく楽しんでいるのに、と笹岼は気を利かせて花撫を静止するが既にこちらに気付いていたようだ。二人がじっとこちらを見つめている。
「あ、気付かれちゃったよ」
思わず手を振る黒原に、姫鞠日向の方が手を振り返し、月詠がおいでと手招きをする。
二人のもとへ駆け寄ると、ガチャガチャを指さして月詠が一言「回して」と口にした。
「え、どうして?」
黒原が聞いてみると、日向が代わりに答えてくれた。
「月詠がこの、猫が三日月の上で寝てるキーホルダーが欲しいって言ってて、五回くらい回してるんだけど全然出なくてさ」
「そうなんだ。でも、私そこまで運ないよ?」
「いい、早く回して、ください」
「んー、あとで文句言わないでね」
ため息を一つついて、ガチャガチャを回して出て来たカプセルを月詠が取り出す。外見からは入ってる物が何なのかさっぱり分からず、開けるまでのお楽しみだ。
カプセルを開けると、ビニールで包装されたキーホルダーを見て月詠は目を輝かせた。
「当たった・・・・・・」
その一言で、全員がお互いの顔を見合わせて「やった!」とハイタッチをして喜んだ。
「良かったね、月詠。ちゃんと黒原さんにお礼言うんだよ」
月詠の背中を擦りながら、日向が母親のように言うと、しゃがんだままの月詠が上目遣いで瞳をうるうるさせながらお礼を言う。
「・・・・・・ありがとうございます」
思わず黒原は、彼女の頭を撫でた。こんな可愛い生き物見た事がない、触れた事もない。髪もサラサラで手触りが気持ちいい、こんな妹いたら絶対手放したくない。
月詠の頭を黒原は、震えるウサギを落ち着かせるように撫で続けていると、月詠がその手を掴んでゲームセンターの中に連れていこうとする。
「ちょっと待ってよ、どこに行くつもりなの」
「運がいいから、他のも手に入るかなと思って・・・・・・ダメ、ですか・・・・・・?」
「ううん、行こう!」
内気だが勢いのある彼女の行動に、嫌な気持ちは全く抱かなかった。むしろ、手を握られているこの瞬間がとても嬉しいとすら感じていた黒原だった。
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