第12話 月と太陽 前編

「はー、楽しかったー」


 バジャマでベッドに飛び込む、仰向けになって一枚のプリントシールを目の前に上げる。それは、久しぶりにはしゃいで楽しかった思い出を切り取った写真だった。

 流行りのポーズで撮った一枚は全員が一番可愛く写っていて、黒原にとってお気に入りの一枚だ。


「楽しかったなあ、まさか月詠ちゃんがあんなにはしゃぐ子だとは思わなかったよ。UFOキャッチャーで欲しいぬいぐるみがあった時、血眼になってやってたもんなあ」


 月詠の意外な一面、大人しそうな雰囲気から一変したぬいぐるみ獲得への情熱に、黒原は驚かされた。チラッと見えた財布の中身は残り少なく、それでも両替しに行って必死に取ろうとする姿は、まだまだ子供と言える純粋さが残っていた。

 やっと取れた時の喜び方も、可愛くて仕方がない。ぬいぐるみを抱き締めて顔を埋めながら、溢れんばかりの笑顔を見せてくれた。あんな笑顔を見せられたら、誰だってイチコロだろう。

 黛澄さんだって、一撃で彼女に惚れるはず。そういえばと、日向と休憩中に話した事を思い出す。


 ​───────月詠は、黛澄の事が好きなんだ。


 知っている、何故か情報を手にしていた笹岼が話した事を覚えている。元々調べていたのか、その事を以前に話してくれた。イジメの犯人は誰だったのかを当てる時に教えてくれた容疑者達の中に、月詠の名前も入っていた。

 関連付けて思い出していくと、落合の顔を思い出しては胸が痛む。だが今は思い出に浸りたい、嫌な思い出を思いだしたくない。


 それにしても、後に続いた日向の言葉に驚いた。よく話す姿を見るからと、協力して欲しい、とまで言ってきた。私じゃ力になれないよ、とは言ったものの、彼女は諦める気は無さそうで、少しでもいいから、とダメ押ししてきた。

 仕方なく了承はしたけど、私も黛澄さんの事が好きだから、正直、彼に近付けさせたくないとも考えてしまう。一体どうしたものか。

 黒原は、思い出に浸る予定が頭を抱えてしまう。


 ​───────そうなんだ、人気だもんね。


 彼の事を好きになるのは当たり前だと相槌も打ってしまったわけだし。


「黒原ちゃんって、さっき乙葉ちゃんから聞いたんだけど、黛澄の事嫌いなんでしょ?」


 これにも快く相槌を打ってしまった手前、仲を壊すような、やっぱり私も黛澄さんの事が好きなんだよね、意見を変えることはできない。後に引けないこの状況、まるで逃げ場のない崖の上に立っているようだ。

 だが、引き受けてしまった以上どうしようもない。とりあえずは、二人の仲を取り持つとしよう、そこからどうするかは後で考えよう。


 ​───────そうだ、一旦気分転換しよう。


 黒原は勉強机に座り、引き出しから一冊のノートを取り出した。まだ未使用のノート、いつか使う事を考えて多めに買っておいた残りの一冊。マジックを手に握り、大きく「日記」と表紙に書いた。そして、一ページ目に今日の日付と出来事を書き残した。

 いつか忘れてしまうかもしれない今日の事を、また思い出せるようにしっかり書き残しておこう。

 落合の死に関して、仲良くなった笹岼との事、そして姫鞠姉妹の事。ここでペンが一旦止まる。


 月詠は黛澄の事が好きで、黒原も黛澄が好き。それなのに、平凡な黒原は美少女の月詠の応援をする。なんて無様で優しい友人なのだろう。自分の置かれた状況に、思わず笑いすら込み上げてくる。

 隣になって耳元で囁いてくれた、黒原さんで良かった、という言葉。彼が教科書を忘れた時、触れてしまうほど近い距離にいた。その彼が私を元気付ける為に、わざわざ部室まで連れて行き、気持ち良い風に当たりながら一曲ギターで弾いてくれた。


 これ程に近い距離にいるのに、自分から遠ざけるなんて馬鹿がやる事だ。好きな気持ちは誰にも負けないはず。


「よし、絶対、振り向かせるから」


 覚悟を決めた黒原は仲を取り持つ事も忘れずに、またノートに向かってスラスラと思い出を書いていった。

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