第3話 席替え

 白綺によるくじ作りを待つ間、朽城は黒板に四角く書き並べた席に、番号を適当に振っていく。全部で三十二番、悩みに悩み全ての番号を振り終えたところで、白綺のくじが作り終わる。


「先生、作り終わりました」


「はい、ありがとう白綺さん。それでは出席番号一番の人から順に、くじを取りに来てください。中身を見るのはみんなが取り終えた後です。では、出席番号一番の人お願いね」


 朽城の合図で、出席番号順に一人一人取りに行く。生徒はみんな何かを願いながら、一つ一つくじを引いていく。

 バラバラに置かれているため、どれが当たりくじであるのかはさっぱり分からない。だからこそすぐ引けばいいものを、たかが一枚のくじを引くのに一分も使う生徒もいる。

 それだけ、この席替えにかけているのだろう。確かに上手くすれば、美男美女の隣に座ることが出来るという宝くじ要素もある。

 しかし、中には席替えなんてどうでもいい、また次もやるでしょと興味のない生徒もいる。その中の一人が黒原だ。


「じゃあ次の人、黒原さんどうぞ」


「あ、私か。はいっ」


 あまりにも興味がなくて、黒原は朽城の声を聞いて立ち上がる。

 教卓には残ったくじが、無造作に並べられている。彼女はその中から、迷いもなく端っこに残っていたくじを手にする。それを両手で持って席に戻った。


 黒原は、席について肩を撫で下ろす。全員がくじを取り終えるまでとは言われたものの、彼女の中の好奇心が中身を見ようか否か葛藤している。

 結局、すぐに好奇心に負けた。

 机の下から物を取るふりをしながら、くじを開いてみた。番号は三番、黒板に書かれた席でいうと、窓際の一番後ろの席だった。


 よし、外の景色を見ながら授業受けられる。あとは隣か・・・・・・番号は十五番、あんまり目立つの人の隣は嫌だから、乙葉か知らない普通の人が隣ならいいな。

 人見知りであまり目立ちたくない黒原は、自己紹介で把握した目立ちそうな人が隣に来ない事を心から祈るのだった。


 そうして、最後の生徒まで引き終わった所で朽城が合図をする。


「ではこれで、みんなくじを引き終えたね。じゃあ一斉ので、引いたくじを開いてみようか! 一斉のでっ!」


 クラス全員が引いたくじを開き、自分の番号と黒板に書かれた番号を照らし合わせる。するとどっと教室が騒がしくなる。

 満面の笑みを浮かべる者もいれば、落ち込んでいる者もいる。

 朽城はそれらを見て、とても懐かしそうに眺めていた。自分の学生時代のことを思い出していたのだろう。


「うんうん! さて、みんなの座る位置もわかった事だし、荷物を持って移動しようか」


 朽城が手を叩くと、生徒はみんな荷物を持って移動し始める。

 黒原は席替えなんてどうでもいいと思っていたが、意外と緊張するものだと改めて実感していた。早くなった脈を抑える事が出来ない。

 今までであれば、知り合いばかりの教室で誰が隣でもいいと思っていたが、今回に至っては知らない人がクラスの半分を占めていた。

 それに、性格が強めな生徒がいるわけで、この移動の時間の中でモヤモヤとした嫌な気分になってしまった。


 黒原が席替えで指定された場所にたどり着くと、その隣の席に座る男子の姿が見えた。顔を見て驚いた。

 恐れていた事が起きてしまったのだ。

 そこに座っていたのは、女子全員の目を奪うほど格好良いと評判の黛澄翔であった。


 ​─────げっ、目立つ人だっ。これじゃあ私の一年間が予期しない展開を迎えてしまう。とりあえず挨拶だけでもしとこ。


 黒原はよそよそしくも、社交辞令をしっかり行う。


「ま、黛澄さんだっけ。黒原です。よ、よろしくね」


「黒原さんが隣の席なんだね。うん、よろしくね。黒原さん」


 ぎこちない彼女の挨拶に、彼は優しく微笑み挨拶を返す。


 ​​────さすがイケメン、私なんかのレベルが話しかけても動じず、優しく微笑み返してくれるなんて。


 黒原が席に着くと、黛澄は黒原の方に顔を向ける。すると口元を片手で隠し、小声で愚痴をこぼす。


「黒原さんで良かったよ! 実はあまり派手な子とかうるさい人が苦手なんだ。特にずっとこっちを見てくる白綺さんとか、あんまり好きじゃないんだよね」


「あ、そ、そうなんだあ・・・・・・」


 黛澄さんって意外と草食系なのかな? 白綺さんって誰もが彼女にしたい人、第一位だと思ってたんだけど。


 黛澄のイメージとは違う好みに黒原は驚いていた。

 そして、ふと白綺の方を見てみると、黛澄を瞳に焼き付けるようにじっと見つめている。そして、黒原に目線をずらすと殺気を感じる程に冷たく鋭い瞳で睨みつけてきた。


 蛇に威嚇をされているような気分になり、身の危険を感じ黒原は体を窓の方に向ける。


「どうしたの? 黒原さん。僕、なんかした?」


「いや、してませんけど、周りの目が怖くてしょうがないので」


「ん? どういうこと? よく分からないんだけど」


 この鈍感イケメンめ。

 この時、黒原は他人を恨むことを久しぶりに思い出した。

 知らない誰かと関わると、望んでいない事が起きてしまう。ずっとそう考えていた彼女は、知らない誰かと関わらず、そして目立たず、青春時代を送りたいと思っていた。

 そのような生活を送ってきたからか、他人に感情を抱くことなどほとんど無かったのだ。

 あくまで感情を抱くのは、長く一緒にいる友達や家族のみ。だからこそ、他人に対して負の感情を抱くのは久々なのだ。


「さあ! 席替えも終わった事だし、隣同士、もしかすると知らない相手かもしれない。もしくは、仲の良い友達かもしれない。どちらにせよ、これから一年、良ければ二年、更にその先まで共にする仲間になるかもしれない。だから喧嘩とかしないで、友達としてみんな仲良くしていこうね! いいかい?」


 朽城は教員らしい言葉を生徒に投げかけた。聞いた生徒達は、各々頷いたり嫌そうな態度をとる者もいた。黒原にとって朽城の言葉は、他人行儀であって心に微細にも響かなかった。


 こうして、高校二年のホームルームは終業の鐘と共に終わりを告げ、改めて新しい一年が始まったのだ。


 この後は簡単なレクリエーションとして、新しく入ってきた入学したての一年生に向けて、部活の勧誘を大広間で行う。

 各部活、新入部員を手に入れるために入念に準備をしていた。部活存続もそうなのだが、優秀な人材を手にしたいという欲が、彼らのやる気をより引き出している。


 一方で、それに参加しない帰宅部の生徒達は、早めの帰宅を推奨される。どうやら自由参加らしい。

 足跡を残すために、二年から部活に入っても良いし、面倒であるなら、他にやることがあるのなら入らなくてもいい。基本部活に入らないといけない学校が多い中、これまた自由な校則である。


 もちろん、部活に入っていた方が戦績はなくとも、今後の受験や就職に役立つ。だがしかし、それがわかっていてもやりたくないと怠慢が勝ってしまっている生徒もいる。

 黒原もまたその中の一人だ。

 彼女は今、部活動も何もせず授業が終われば帰宅する。そこにセットでついているのは、花撫だった。彼女は野外活動で夕方からテニスを習っている為、彼女と一緒に帰るのが日常である。


「ねえ、みおりんは部活とか習い事とかやらなくていいの? 帰っても暇でしょ? 絶対やった方が身になるって」


 花撫は、友達である黒原の心配をして質問を投げかける。その質問に対して黒原は横に首を振った。


「ううん、いいの。やる気がないまま入って、やる気のある人達の迷惑になるより、元々やらない選択をしていた方が迷惑にならないから」


「そう・・・・・・かなあ? まあ、みおりんが決めることだから、別にいいんだけどさ。今後、同じ大学に進むとかになった時、みおりんが苦労すると思うと心配でさあ」


「乙葉に心配されるほど苦労はしないよ。勉強はやろうと思えば出来るし、まだ夢なんて大それたものを持ってないから、先が見えてないだけで​─────」


「もう! 深く考えすぎだよ! とにかく、やれる事はやらないと、大人になったらやれない事もあるんだからさ! 今のうちだよ、今のうち!」


「うん、でもいいや。私は何事もなく普通に生活出来ればいいからさ」


「そっかあ」


 何もやろうとしない黒原に対し、花撫は少し寂しそうにしていた。しかし、すぐさま表情を明るくして時代劇に出てくる悪代官のように、黒原に問いかける。


「じゃあさ、今日の席替えで隣になった黛澄くんのこと、みおりんはどう思う?」


 すると、黒原は唐突に冷静さを欠いて怒りを露わにする。


「そう! それが問題なのよ! 学生生活を平凡に過ごしたいというのに、なんであんな奴が隣に来ちゃうのよ! 場所が良くても太陽が近くにあったら影にいても目立っちゃう!」


「そうだねえ、みおりんは平凡に過ごしたい人だもんねえ」


「それに、学校のトップにいるあの白綺さんにも睨まれたし・・・・・・はあ、私の青春はどうなってしまうんだろう」


 黒原は手持ちのカバンをダラりとさせ、天を仰ぎ、ゾンビのようにうめき声を上げていた。


「ちょっとちょっと。ウォーキングデッドじゃないんだから止めて止めて」


「うううううううう」


「​─────分かった。今日はみおりんに付き合うよ。私を好きな所に連れてって」


 と花撫が口にすると、黒原はパッと明るくなり蘇る。


「いいの!? やったね! じゃあ今からCDショップ見に行こ! 好きなアーティストの曲が今日発売するから、喉から手が出るほど欲しいんだよねえ」


「はいはい、それでみおりんの機嫌が直るなら、私はついて行くよ」


「ありがとう! 乙葉はやっぱり優しいね。その優しさに感謝しなくちゃね」


「本当だよお。あ、でもその前に腹ごしらえしようよ。お腹が空いてしょうがないんだよね」


 そう言って、花撫は自分のお腹をさすって腹の虫を落ち着かせている。


「うん、いいよ。そういえば、この前美味しそうなハンバーグ屋見つけたから、そこ行ってみようか。お値段もリーズナブルだったよ」


「食べられるなら何でもいいよ。とにかく、私のお腹を満たせてくれえええ」


「じゃあ早く行こっ!」


 そうして、二人は仲睦まじく学校帰りに寄り道をすることにした。

 校則で禁止されている訳でないが、教師は口を揃えて止めなさいと言う。だが向こうは口酸っぱく言うだけで、巡回などをしている訳では無い。

 例え、途中で出会ったとしても笑顔で生徒を見送る。上辺だけの先駆者だ。

 だからこそ彼女達は自由に動ける。


 まず二人は、腹の虫に餌を与えるために昼ご飯を食べに行く。黒原は先程、リーズナブルなハンバーグ専門店があると言っていたが、結局メニューを見た限りでは最低で千円分が財布から飛んでいく。

 花撫は、メニューと財布の中身と交互ににらめっこする。彼女がお小遣い制である事を知っている黒原は、もしかしてと思い申し訳なさそうに言う。


「ごめん乙葉、お小遣いピンチだった? あれだったらお店違う所にするけど​─────」


「いや、違うんだよ」


 そう言って、メニュー表の写真を二つ指でさす。


「このチーズハンバーグとロコモコ丼で迷ってて、手持ちの一万円札で買うとチーズハンバーグは小銭ができて、ロコモコ丼はお札で帰ってくるんだよね。小銭増やしたくないし、どうしようかなって思ってさあ」


 うわっ、始まったよ。乙葉の面倒なところ。

 黒原は一瞬、彼女の細かい所に嫌悪感を覚えたのだが、友達だからこそこういう時の対処を持ち合わせている。


「乙葉、そういう事を考えるんじゃなくて、今自分が食べたいのはどれかで選びなよ。そうしないと、いつか食べたい物や好きな物手に入らなくなっちゃうよ?」


「そうだね! じゃあチーズハンバーグにしよおっと」


「じゃあ私は、おろしハンバーグにする」


 お互いに好みのハンバーグを頼んでは笑顔で向き合う。その後、運ばれてきた料理を一口ずつ分け合い、単調で下手な食リポをしては楽しむ。

 次に向かうのは、黒原が言っていたCDショップ。近場で店舗が大きく、品揃えもいいと評判のある店だ。店主も優しく、通い続けるとたまに安くしてくれる。


 着いてすぐに、彼女達が向かったのは邦楽のコーナーだ。JPOPが好きな黒原のお目当てである、二人組の男性バンドの新曲を探しにきたのだ。


「あ、あった! じゃあ買ってくるから!」


 黒原はCDを手に取ると、すぐさまレジへと走り去っていった。


「行ってらっしゃい! 相変わらず行動が早いなあ、みおりんは」


 花撫は彼女の行動力に呆れながらも、自分の好きな男性アイドルのCDを眺めて待つ。

 するとその時、肩を二回優しく叩かれる。誰かと思い振り向くと、そこには黛澄が笑顔を向けて立っていた。

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