第2話 はじめまして
高校生である
彼女の唯一の楽しみといえば、音楽を聴くこと。ジャンルは問わず、その時の心境や場所によって携帯に保存した音楽を聞き分けている。
勉強中は気合いを入れる為に応援曲を。
登校中は少しでも学校の事を忘れる為に、のんびりとした曲を。
一人でどこかに出掛ける時は、ドラムやギターが激しいロックな曲を。
「今日は何を聴こうかなあ・・・・・・。今日は緊張をほぐすために、盛り上がる曲聴こうかな」
なんて言いながら、登校中に選曲し高校に通う毎日を送っている。
基本的に目立ちもせず、適当に毎日を過ごしていく内に、思い出も特に作ることも無く学年が上がった。
彼女の通う高校では、学年が上がるごとに生徒の入れ替えが行われる。初めてのクラス替えで落ち着きのある彼女だったが、やけに緊張してしっかりと睡眠を取ることもままならなかった。
しかし、クマが出来たままでのクラス替えだったが知り合いが多く、仲良くしていた友達も同じクラスで心の底から安心していた。また平凡で、あまり目立つことも無くゆっくりと日常が送れる。
───────そう思っていた矢先である。
クラスの女子全員が、奇声を上げて教室の入口で騒ぎ立て始めた。一方で男子全員は不満気な表情を浮かべ、やけくそな態度を取っている。
彼女はよく分からない状況に、ただ困惑していた。そんな彼女を、一人の女子が手招きで呼んでいる。
「ちょっと、みおりん早く来て、はあ、やあ、くう!」
黒原を呼ぶのは、親友である
彼女とは高校一年の時に出会い、席替えで隣になってからずっと仲が良い。授業中に寝ていた花撫が、ノートを貸してほしいと頼んできて貸したのがきっかけだった。
鉛筆で何度も重ね塗りされたアーティストの名前を見た花撫が、このバンド知ってる意外と音楽聴く方なんだね、と話しかけてきて、そこから話が盛り上がった。みおりんという愛称はその頃からだ。
花撫の明るい性格は、今でも黒原の助けとなっている。そんな彼女の手招きは、新たな刺激を引き寄せてくれる気がして、つい体が動いてしまう。
「なに? どうしたの?」
「いいからいいから」
「もう、一体なんなの?」
何事かと女子全員が集まっている所に向かうと、一人の男子に群がっているのがわかった。
そして、彼女が彼を見た途端、彼女の胸に鋭くとがった矢が刺さったかの如く、強く痛みを感じた。何だろうと軽く胸をさする。
この感覚は、彼女にとって久しぶりの感覚であり、これが一体何なのかさっぱり思い出せなかった。
名前の知らない彼は、運動部にいそうな雰囲気を漂わせている。短い髪を整髪料で立たせ、見た目とは裏腹に制服は真面目にしっかりと着ておりネクタイも締めている。加えて、群がる女子全員に優しく微笑んでいる。
イケてるメンツとはこの事を言うのだろうと、その時黒原は納得した。
「ね、ねえ、あの人ってなんて名前?」
ふと、隣の人に聞いてみるがタイミング悪く、彼の後ろに困った表情をしている男性教師の姿が見えた。
「あのお、みんな席についてもらってもいいかな? ホームルーム始めたいんだけどお」
すると、群がっていた女子は口々に愚痴を吐露しながら、バツの悪そうに自分の席に戻っていった。彼は胸を撫で下ろし、自分の席につく。黒原も今は大人しく席に戻る事にした。
そして、高校二年になり初めてのホームルームが始まる。
「さあ、今日から新しいクラスですが、知り合いとかいるかな? まあいると思うけど。今日からは、お互いにあまり知らない人もいると思います。ということで────」
男性教師はチョークを手に取り、黒板に大きく乱雑な文字で『自己紹介』と書いた。
「今からみんなには、一人一人自己紹介をしてもらいます! 内容ですが、少しでも会話が生まれるように、名前と好きな事を一つ言ってってください。じゃあまず、お手本として先生からいくよ?」
そう言って彼はまた、乱雑な字で自分の名前と担当教科、好きな事を一つ書いていく。
「今回、初めてクラスを担当します。僕の名前は、朽城建太といいます! 朽ちる城と書いて『くしろ』です。僕はよく小さい頃に、朽ちた城を建ててるのか? お前ダサいなとか言われてちょっかい出されてたけど、別に今は気にしてないので、じゃんじゃんいじってくれてもいいよ!」
彼の見た目はそこまで格好よくはない。教師特有の堅苦しいスーツを着ており、彼の雰囲気に合った四角い黒縁メガネを掛けている。
朽城は、真面目そうな雰囲気であるからこそ、気に入られようと頑張る姿は、その雰囲気と合わず微妙な空気を生み出してしまうのかもしれない。
彼のような人ほど、生徒にとっては嬉しくもあり、相談のしやすい先生であると少しばかり信頼が生まれる。しかし、いじってはいいよとはいいものの、こういう人ほど、この先生徒からいじられることはほとんど無いだろう。
「あ、それと担当教科は数学で、好きな事は映画を見る事です。よろしくお願いしまあす!」
そう言って朽城がお辞儀すると、クラス全員が拍手を浴びせる。
「じゃあこんな感じで、出席番号一番から順に自己紹介をしていってください」
と言うと、クラス中に一気に緊張感が溢れ始めた。朽城の自己紹介で、緊張感が解けていたのだろう。安心しきって体を丸めていた生徒は、背筋を伸ばし椅子に深く腰をかける。
そうして、自己紹介は順々に始まった。
緊張感が漂う中、一人ずつ自己紹介が終わる度に堅い拍手が送られる。
クラスの中には、確実と言っていいほど目立つ人が一人はいる。
「それじゃあ次の人─────」
「はい・・・・・・姫鞠月詠と言います。好きな事は読書です。よろしくお願いします」
彼女は身長も低く、クラスの男子は横目でちらちらと見ている。どうやら人気がありそうだ。
腰まで届きそうな三つ編みの黒髪で、特徴的なのは、右耳の耳たぶから可愛らしい鞠のピアスを垂らしているところだった。
それを見るなり、黒原はこの学校の規則の緩さに尊敬を覚える。続いて─────。
「姫鞠日向です! 好きな事はダンスです! 月詠とは双子の姉妹で、この鞠のピアスの位置で見極めてください! ちなみに私が妹です!よろしくお願いしますっ!」
黒原は、姫鞠姉妹の顔が似すぎていて、逆に気持ちが悪いと感じてしまった。
結び方とピアスの位置を一緒にして、同じような喋り方にしたら見分けがつかない。
それに、こちらも男子受けが良さそうな性格である。元気で明るく、趣味であるダンスで可愛さの中にかっこよさも兼ね備えている。
ここまでで、黒原は既に胃もたれを起こしていた。自分の前の人に自己紹介する人が、こんなにキャラが濃いとなると、自分も印象に残るような自己紹介をしなくては、という責任感が押し寄せてくる。
しかし、黒原の頭では大して面白いことも思いつかない。そして、黒原の番がくる。
「く、黒原美織です。音楽を聴くことが好きです。よ、よろしきゅお願いします」
────やばい、緊張のあまり噛みまくった。
黒原はお辞儀をして周りを見ると、温かい拍手をもらえたのだが、数人は少し笑っているように見えた。原因は最後に噛んだ事が悪かったのだ。恥ずかしくなり、赤くなった顔を仰ぎながら着席する。
視線の向こうで、花撫がこちらを見て笑っているのが見えた。
「笑わないで」
と囁き声で言うと、花撫は笑いながら囁き声で「ごめん」と返す。恥ずかしい思いで頭をいっぱいにして、今しがたの自己紹介の内容を脳内でリピート再生している。
その間に、他のクラスメイトの自己紹介はどんどんと進んでいく。
「笹岼梓乃と申します。好きな事は勉強です。よろしくお願いします」
淡々と話す彼女は、
いつも肩まで伸びた黒髪を目線の邪魔にならないように、花びらの装飾がついたピン留めで留めている。
笹岼の容姿は良いが、性格は厳しめで一部男子から定評があるのだが、生徒会の所属しているというのもあり、高嶺の花という部類に入っている。
続いて─────またも目立つ人物が自己紹介をする。
「白綺眞樹です。好きな事は・・・・・・そうですね。オシャレをすることと、スイーツを食べる事です。よろしくお願いします」
彼女に関しては、ほぼ全員の男子が鼻の下を伸ばし、近くの男友達と嬉しそうに彼女の事を話していた。それもそのはず、簡単に言えば、この世を容姿別のピラミッドに分けたとしよう。彼女はそのトップに君臨する程の美女だ。
そのおかげで、少しお嬢様気質のある彼女は、高校一年の時から容姿も勉強も運動も何もかもが完璧と言っても過言ではない。男女問わず人気も良く、周りからの憧れの存在でもある。
これらのせいで、自分に自信がたっぷりなのが態度から明白に分かる。腕を組み、周囲を見下ろすその瞳は、笑顔とは裏腹に冷えきっている。
しなやかで長い綺麗な茶髪を巻いており、蝶をモチーフとしたネックレスを大きく育った胸に目がいくようにつけている。誰が見てもそう見えるだろう。
黒原は、性格が強めなクラスメイトを目の当たりにして、今年はどう過ごしていこうか頭を悩ませていた。
来年もクラス替えで人は入れ替わるのだが、この一年で悪い噂が立っては、最後の一年を無事に過ごせる保証がない。
いつものように平凡に過ごそうと思えば過ごせるのだが、多分それ以上に周りに気を配らないと嫌な事に巻き込まれるのではないか。彼女はそう考えていた。
だがしかし、彼女にとって、そんな学園生活を脅かす最大の天敵が目の前に現れるとは思いもしなかった。それは彼の存在だった。─────
「黛澄翔です。好きな事は音楽を聴くことです。よろしくお願いします」
別に好きという感情はない。だが、黒原は彼の事がどうしても気になってしょうがないようだ。それに、趣味が自分と同じ事に喜びすら感じている。
黒原が、先程の女子の群がりようを思い出す限り、もし友達という関係になってしまったら、自身の学校生活を危険に晒してしまう。結果、彼に近づいてはいけないという考えに至った。
こうして、黒原が彼の事を考えている間に自己紹介は終わりを迎え、教室全体に漂っていた緊張感は、いつの間にか消えていた。
自己紹介で始まったホームルームは、残り時間三十分も残っている。生徒は、残りの時間に何をするのか朽城の方を見て指示を待っている。だが朽城は、正面の壁を見つめて固まっている。
「さてと・・・・・・何しようか・・・・・・」
やっと口を開いたかと思えば、やる事が決まっていなかったらしい。
「自己紹介だけで一時間終わると思ってたんだけど、ダメだったね。こんな早く終わるもんなんだねえ。残り三十分くらいかあ、何しようかあ」
と朽城が悩んでいると。
「先生っ!」
白綺が手を挙げる。どうしたのと朽城が聞いてみると、彼女は立ち上がって色気のある口を開く。
「よろしければ、今から席替えなんていかがですか? お互いに知らないもの同士ではありますが、出席番号順のまま新学期が始まるのは違和感があります。せっかくなら運試しのように席を替えて、新学期を始めてみても面白いのではないでしょうか」
彼女は席替えを提案すると、黛澄の方に一瞬目線を送った。真面目で優秀でお嬢様の彼女だからこそ、選ぶ男も上玉なのだろうか。
黒原が予想するに、彼女の狙いでは席替えをして彼の隣に座る予定だろう。そして、独占し我がものとする。
お高くとまったお嬢様がよくやりそうな手口だなと、黒原はしみじみと思う。
それっぽいことを言った白綺の提案に、朽城は嬉しそうに答える。
「良いねえ! やろうやろうっ! 確かに僕の時は新学期入っても、席替えなんて半年後だったからなあ。よし、今替えちゃおっか!」
「でしたら、公平にくじ引きで決めませんか? 私が今から簡単に作りますので、一人一人引いて、引いた番号と同じ番号の席に座るというのはいかがですか?」
「うんうん! それがいいね! みんなもそれでどう?」
と、朽城が問う前にすでに教室全体は盛り上がっていた。近くに座っている友達と、各々自分の願望を話していた。
隣の席になれたらいい、知らない人の隣は嫌だ、窓際の席がいい、一番前の席は嫌だなどと、口々にものを言うが願望であり、あとはくじ引きによる運任せである。だがその緊張が堪らず興奮するのだろう。
朽城はそれを見て、嬉しそうな顔をしている。
「・・・・・・聞くまでもなさそうだね。では、残りの時間は席替えで!」
そうして、新学期初の授業で白綺の思惑により席替えをすることとなった。
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