くろこさぎ

紫花 陽

第1話 狂気

 雨で濡れる校庭、どんよりと空気が重たい校舎に鐘が鳴り響く。時間としては午後十七時頃である。冷たい雨が強く降り、放課後に部活動を行う所も少なく、残っている生徒や教師も少ない為、静かでいて、殺風景であって、不気味な校舎が出来上がる。

 加えて、より不気味さを増すように雷の音が校舎を震わせるというギミックも、自然に追加された。

 その日は、これ以上ないほどに不気味で恐ろしい状況が出来上がっていたのだ。


 学校では必ず、使わない教室というのが一つは存在している。その教室は鍵がかかっておらず、誰でも気軽に入れる。普段は教師に固く禁じられているのだが、こんな日に限って誰もいないはずの教室から話し声が聞こえてくる。


「何、あんた私に文句でもあるってわけ?」


「はい、そうです」


「あんたね、私が彼との距離が近いからって何が悪いって言うの? 私はね、彼の事が大好きなの。わかる?」


「分かっていますよ。そんな事」


 苛立ちを感じさせる女性の声と、反対に冷静な口調で単調に話している女性の声が聞こえてくる。どうやら恋愛の話で口論をしているようだ。

 苛立っているのは、ミニスカで茶髪、クラスの中心にいる存在の女子だ。

 一方で冷静な方はというと、丁寧にクシで溶かした綺麗な長髪に、顔に似合わない丸メガネという、あたかもクラスの端にいるような女子だった。


「彼女でも何でもないのに、どうして腕を組んで体を密着させる必要があるのかと聞いているんですよ」


「は? そんな事分かりきってることじゃない! 彼はもう、私の物同然だからに決まってるからよ! 大体、あんたみたいな魅力すら感じられない芋女が、私みたいなイケイケ女子に話しかけること自体が間違ってるんですけど」


「そうですか。それは失礼しました」


「分かったなら、もう二度と話しかけてくるんじゃねえぞ? この芋女!」


 冷静な彼女に対して怒号を浴びせ、肩にわざとぶつかっては教室を出て行こうとする自称美少女。だがしかし、引き戸を開けようとするがピクリともしない。


「なにこれ、開かないんですけど。おい芋女っ! 扉を開けろ! 今すぐに!」


「彼を諦めてくれたら、その扉は開きますよ?」


「意味わかんねえこと抜かしてんじゃねえ! さっさと開けろよ!」


 美少女は怒号を浴びせつつ、彼女に掴みかかる。そのまま倒れ込み彼女に馬乗りになる。それでも背中をうちつけてしまい、多少痛そうな顔をしたが、彼女の表情からは何も感じられない。

 そんな彼女に対し、苛立ちを覚えた美少女は、また怒号を彼女に浴びせる。


「クソッ! ムカつく顔しやがって! うぜえんだよっ!」


 溜まったストレスを吐き出そうと、腕を大きく振り上げ、勢いよく下ろしては彼女の頬を平手打ちする。掛けていたメガネが壁に飛んでいき、弾力のある頬を弾いた音が教室内に響き渡った。

 美少女は一度では飽き足らず、再度腕を大きく振り上げる。相当、彼女の態度に苛立ちを覚えたのだろう。次に構えたのは拳だった。


「そのきめえ顔、ボコボコにして変形させてやんよ。せいぜい私に感謝するんだなあ!!」


 そう言って、拳を振り下ろそうとした瞬間​─────自称美少女の首から血飛沫が舞った。


「あっ・・・・・・がっ!」


 馬乗りになっていた美少女は、そのまま横に倒れ、吹き出す血を必死に止めようと両手で抑える。

 ずっと倒れていたメガネ女子は起き上がり、飛んでいったメガネを拾ってかけ直す。割れたレンズの先には、狂気に満ちた彼女の瞳が覗いていた。


「ごめんなさい。私は、冷静に話を進めて終わらせたかったの。なのにあなたは、大事な私の顔を・・・・・・傷つけた」


 そう言う彼女の右手には、血が滴るカッターの刃が伸びていた。


「お、おばえええ!! ごばあっ」


 美少女は、血液が逆流し口から溢れ出す。もういつ死んでもおかしくないほどに、大量出血をしている。

 その光景を目の当たりにして尚、レンズの向こう側にある瞳は、狂気に満ち溢れていた。


「死んでくれて結構。私は、私の邪魔をする人は許さない。​─────だって彼は、私のものなんだから」


 そうして彼女は死に際の人間に対し、ニッコリと笑って見せた。

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