第20話 さらばトゥエルブ、永遠に
ウルフの思いは固かった。
茉理とは、ふだんは軽口をたたきあい、罵倒しあう仲である。
それ以上に、ここまで協力して生き延びてきた、唯一無二の相棒という側面が強い。
どちらかが欠けていたら、おそらくここまでうまくいっていない、という自覚がウルフの中にわずかではあるが存在していた。
狂気的な自己陶酔者であるウルフにとって、茉理は恩義に値する相手だという、特別な感情を抱いていた。
だからこそ。
「死ね」
「いい覚悟である。すこしは力を解放してやろう」
茉理が解放された。とはいっても、トゥエルブの能力だろうか、茉理は気絶したようで、体はまるで動かなかった。
トゥエルブだろうと神だろうと、ウルフはやるべきことをやるだけだ。
魔法を連続でぶっ放し、肉弾戦も同時に持ちかける。
戦闘のスピードは、ゆるやかになるどころか、加速することをやめない。
カメラは戦闘の様子を捉えようと必死に働いてはいるものの、想定を遥かに超えた動きに、さすがに限界も近いというものだった。
・あれ
・暗転?
・カメラ故障したんか
カメラに不具合が起きた。茉理のカメラも、ウルフのものもダメになった。
視聴者の間ではざわつきが起こった。ウルフは、そんな些細なことに気をかける余裕もなかった。
「その程度か」
「まだまだだ」
体が悲鳴を上げつつあることに、ウルフは気づいていた。
改造されて顔が狼であったり、身体能力がずば抜けているとはいえ、ウルフはやはり人間なのだ。
トゥエルブは強者である。強者といっても、戦闘パターンの癖というのが存在する。
ウルフはそれを見抜きつつあった。トゥエルブにとっても同様であったから、ウルフは戦いづらくて仕方ない。
細くて脆い蜘蛛の糸をたぐるように、ウルフはわずかなチャンスを掴み取った。
「そこ!」
見えたのは、トゥエルブの心臓だ。手刀でねじ込む。
生々しい音とともに心臓を取り出すと、そのまま踏み抜いた。
ばたり、と体が床に打ち付けられた。
「こちらが一歩上手だったな」
警戒体制を緩めぬまま、トゥエルブの死を確認しようとする。
(心臓を取ったのだ。奴とてただの人間であれば、ここで死んでいて当然というところ)
ただの人間であれば、死んでいるはずであった。
はず、であった。
「心臓を一個抜かれたくらいで、私が死ぬと思ってもらっては困る」
トゥエルブの声は掠れていた。それでも、まだ生命の兆しは残っていた。
「私はすでに、人間をやめているといったはずだ」
高らかな雄叫び。
トゥエルブの肉体が膨張する。体の中を蠢く、人ならざらぬものがはっきりと表に出ていく。
体は三倍以上の大きさになっただろうか。
キメラと呼ぶに相応しい姿に、トゥエルブはなっていた。
狼の牙、鳥の羽、蛇の尻尾、虎のようなしなやかさ……。
組み合わせによっては逆効果にもなりかねない。トゥエルブの場合、キメラたることが弱点にならないような体になっている。
「ば、バケモノが」
「お前も狼の顔を持つ改造人間である。私との違いなど、ないに等しい」
相手はもはや人間ではない。
ただのモンスターだ。
ここに来て、ようやくカメラが回復した。
・とんでもないバケモノおるやないか
・まじなの? え?
・盛り上がって参りました
「茉理、動けるか」
「脳内シミュレーションはバッチリ。あとは体が追いつくのを待つだけ」
「上々だな」
最終形態とも思える姿になったトゥエルブに対して、ウルフと茉理は、各々思うところがあった。
いちおう、すこし前までは自分の上についていた元人間である。完全に心の整理がついているはずもない。
「かかってこい」
「茉理!」
「わかってる!」
トゥエルブの動きは予測不能だった。
制御の効かなくなった飛行機と同じだった。はちゃめちゃな軌道でウルフたちを狙う。
攻撃を加えようにも、次にいるであろう場所がわからなければ、反転してしたたかに打ち砕かれるのを待つだけだ。
よって、ふたりになった利点を生かすことにした。
「茉理は奴を詰めろ」
「ええ」
「詰めたあとは、俺が援護する」
「いけるの?」
「ウルフを舐めてもらっちゃ困るという話だ」
・珍しく熱いウルフ
・いつものような余裕がない……本気の目をしている
・もうわけわからないけど、とにかく頑張ってくれ!
茉理の魔光剣がついた。これが入れば、トゥエルブはひとたまりもあるまい。
そう思って、茉理は飛び出した。
「考えなしの余計な攻撃を」
トゥエルブからすれば、茉理の軌道は読めていた。先読みされ、反撃を食いそうになる。
「くっ」
避けようとすればするほど、トゥエルブのペースに持っていかれる。逃げることだけになってしまえば、ジリ貧であることくらい、茉理はわかっていた。
「助ける!」
ウルフが動いた。
いささか無理があった。改造人間としての力を解放しすぎているから、体にこたえている。
自分の体に負担がかかることは承知の上で、作戦通りサポートに入る。トゥエルブが自分のペースに持っていくことに気を取られていると見越したウルフ。
「見えた」
一瞬の隙を、ウルフは見逃さなかった。
「あっ!」
トゥエルブの羽根が切断された。血が噴き出るも、トゥエルブの攻撃の手は止まらない。
「まだまだだ」
いったん優勢となれば、ウルフの調子は上がってくる。そうすると茉理もつられて上がってくるというもの。
前方向に気を遣いながら、トゥエルブを削っていく。
体をだんだんと裂いていく。攻撃を食らわせるたび、ウルフたちは有利になっていった。
むろんトゥエルブは抗戦した。ウルフたちが、勝利を確信したために高揚していたこと、これが仇となった。
確かにトゥエルブは強い。
彼の構成員たち全員の能力を有しているとの噂もあるほどだった。
が、能力の多寡だけで戦闘というわけではないことを、トゥエルブは死を目前にして知ったのだった――。
「うあああああああ!!」
それは、人が死を目の当たりにしたときの叫びだった。
人間をやめてもなお、トゥエルブの精神は人間のままだったのである。
モンスターと同様に、トゥエルブは灰になって消えた。
「逝ったか」
「ええ」
「終わったんだな。俺たちの戦いが、ひとつ」
「そう思って、いいのよね」
「当然だ」
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