第18話 あの男に中断される決闘配信
有名配信者、ダンジョンプレイヤー相馬。
彼はウルフを挑発した。
「いかせてもらおう」
ウルフは踏み込んだ。一気に加速する。拳が相馬の顔に触れそうになる。
「口だけの奴ではないようだな、ウルフよ!」
相馬がいい終わったときには、攻撃のやりとりは終わっていた。
拳が顔面の骨を砕く前に、相馬は手のひらを顔で隠していた。防御のためだった。
相馬の動きを、ウルフは見ていた。このままでは防がれる。思って、腕の動きを変えようとする。あまりに短い時間のなかで、下した判断。
――拳、入る……!
ウルフに油断が生まれた。この速さ、一歩先をいく動き。相馬がただのモンスターであれば、奴は無惨に敗れ去るほかなかったはずだ。
はず、であった。
「……!?」
拳は、頬を打たなかった。
ウルフが打ったのは、相馬の展開したシールドだった。魔力を使って作り上げた、即席の防御機構である。相馬は剣を片手で持ち、反対の手で魔法を組み上げていたのだった。
面を食らったために、ウルフは相馬に時間を与えてしまった。相馬からすれば、反撃のチャンスだ。
ザッ、と地面を削る勢いで後退する。相馬は、弧を描くように剣を振った。ここでが退かなければ、ウルフは真っ二つになる。
剣が回る。シュン、と空気を切る音。剣が斬ったのは、直前までウルフがいた空間であった。剣はわずかにウルフの体毛を捉えたにすぎなかった。
「やるな、この俺に傷をつけるとは」
「そちらこそやる……仕留め損ねたのが悔やまれる」
「動きを見るに、割と本気だったようだな。相馬よ、安心しろ。俺はせいぜい、本気のうち一ミクロン程度を覗かせたにすぎない」
・とんでもなく煽るね
・自分は耐性がないのに、人に対しては煽りまくる男
・危うくモニターぶん殴るところだった
・煽りたい者同士、仲良くやってろ
「小癪な!」
第二撃。
左手に炎の球を生成。これを放出。そして走り出す。
炎と炎の間をかき分け、相馬は走る。笑いながら。強い相手との戦いに、相馬は興奮を抑えることができなかった。
「いい顔だ。戦いとはかくあるべきだからな。いくぞ、茉理」
「ようやく私の出番ね」
・茉理ちゃんを空気にしてはいけない
・やばい奴らをぶっ潰せ、茉理ちゃん!
・↑ ウルフもぶっ潰される対象で草
ウルフの合図を受け、茉理も動く。作戦は明確には決まっていない。
ただ、作戦が決まっていないときにするべきことは決まっている。
技のコンビネーションを重視しろ、互いに迷惑をかけるな、相手より自分の命を優先しろ。
この三箇条である。あとは、臨機応変に動くのみだ。
「やめろ、このおっさんがっ!」
魔光剣。強く引いて、パワーで押し切る。
「ふっ、誰がこのおっさん、だ。人生の先輩にきく口か!」
・おっさんが地雷な相馬さん
・別に怒ることじゃない
・羨ましいな! 茉理ちゃんからおっさん呼ばわりなんて、いくら金積んでもしてもらえないんだぞ! わかってんのか?
剣と剣が交わる。
一方は魔剣。もう一方はただの剣。
魔力が削りとられる。火花が散る。比喩ではなく、本当に散っている。
力が拮抗しあっている。なかなか勝負がつかない。
「いい魔力だ」
「あなたの称賛の言葉なんて、いらない!」
相馬の動きが固まったのを見て、密かに動いていたウルフが行動に出る。
次は蹴りだ。助走をつけて、だんだんと近づく。狙うは足。動きを封じようという魂胆である。
「同じ真似が通用すると思ったか」
相馬は、魔力を操作する。手は塞がっている。ゆえに、足で。
「面白い。魔力については無知だが、足でも操れるのか」
足で魔力を練って、ふたたびシールドが現れる。単に蹴るだけでは、先ほどと同じ轍を踏むだけだ。
「無意味なことを」
「俺がいつ、同じ戦法を取るといった?」
踏み込んで、ウルフは飛んだ。
「ッ!?」
相馬は驚いてしまった。どんな技が来るのか、次にどうすべきか。考えなければ。
このために、茉理への意識が薄れた。ウルフと茉理、両方に、かつ同時に意識を割いている。仕方ないといえばそれまでだ。
だが、ここは勝負の場である。一瞬の気の緩みが、敗北への道につながりかねない。
相馬ひとりに対して、敵はふたりいる。ただでさえ不利な条件で戦っているのだ。冷静さをすこしでも失うのは、まずい。
「甘くなってるわよ、あんた!」
魔光剣の出力を上げる。茉理の体に負荷がかかるが、勝利が目前とあれば、一時の負荷など受け入れられる。
相馬が、押される。
・いっけー!!
・やれるぞ、ウルまつコンビ!
・このままやっちまえ!
応援のコメントが、ウルフと赤染の配信では増えていた。
このままいけば、ウルフたちに勝利は与えられよう。
「この勝負、俺たちがいただいた!」
ウルフはいった。これに対し、相馬は茫然とするかに思われたが。
腕につけた時計型端末を見ると、相馬は笑った。負けが近づいているのに、達成感に満ち満ちた顔だ。
(なにを笑っている? ついに壊れたか?)
ウルフは、相馬と同様、疑心暗鬼になった。
それが、いけなかった。
攻撃を仕掛けようと、ウルフが相馬に向かって落下していこうとしたとき。
不思議なことが、起こった。
シュン、と風を切る音。見知らぬ物体が、茉理に近づくと。
茉理は、姿を消した。
正確には、消したのではない。ウルフの背後に移動したのだ。
ウルフは、攻撃を中断せざるをえなかった。相馬から距離を取り、後ろを振り返る。
黒いペストマスクをつけた男が、茉理を羽交締めにした。
マスクの、長く尖った鼻が鈍く光る。目の部分に空いている穴からは、ウルフのよく見知った目が覗いていた。
「おいおい、これはどういうことだ?」
マスクの男は、無駄な反応をしない。黙って聞いている。
「あんたは死んだはずじゃなかったのか?」
ウルフは、いささか震えながら、マスクの男を見やる。
「特務機関最高権力者、トゥエルブ」
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