第17話 喧嘩の売り買い配信内!

 赤外線という罠を、己のフィジカルを生かして乗り切ったウルフ。彼はまたしても、視聴者にありありと実力を見せつけた。


「突破して、宝という宝を手に入れたのはいいが……」

「こんな罠を仕掛けるようなモンスターでしょう? 厄介なのはいうまでもなさそうね」

「問題ないな。最終的に倒せばみな同じというものだ」

「結果より過程を重視すべきものよ、この場合は」


 ・暴論で草

 ・ウルフみたいに実力者じゃなけりゃ、ただの詭弁なんだよねぁ

 ・そんなのみんな知ってんだ! できないから困ってるんだよ!


 赤外線を突破した後に待ち受けているのは、扉だった。


 そこを開けると、財宝が山のようにあった。これを全て回収したところ、ふたたび他の扉にぶち当たったのだ。


 膨大な量であったが、アイテムボックスという技術のために、収納は楽々できた。異空間に物をしまえるのである。


「進むか、退くか。ふたつにひとつ。どうする?」

「そうね……」


 立ち塞がるのは、頑丈そうな赤い扉である。東京ダンジョンであれば、なんの警戒もなく開けてよかっただろう。


 しかし、ここは鳥飼とりかいダンジョンである。どんな罠が仕掛けられているかなど、わかったものではない。


「進むわ。ここで撤退しているようじゃ、レベルは上がらないものね」

「よくいってくれた」


 ウルフは親指を立てた。


「よし。ここから先は、いつもより慎重にいく」

「あなたがそういうなんて、珍しいわね」

「命には変えられないからな」

「でも、私たちは行く。とんだ矛盾ね」

「すべての探索者に当てはまるだろうな。地獄に喜んで行くような連中ばかりだ」


 ・たまに真理をつくウルフさん

 ・そりゃそうだよなぁ……探索者なんて、ほんと酔狂者しかいかん地獄やし

 ・金がわんさか眠ってるけど、地獄には違いない


 ウルフは常に自信に満ち溢れているが、同時に慎重さもいささか兼ね備えている。配信を開始するまで、しばらく準備期間を設けていたのがいい例だろう。


「どっちが先陣を切る?」

「あなたでしょう」

「ほう」

「赤外線の突破を始めたのはあなたよ。責任くらい取りなさい」

「道理だな」


 かくして、ウルフは扉を開ける役を仰せつかった。


「行くぞ」


 ・ゴクリ……

 ・気をつけてね、茉理ちゃん

 ・こっちまで緊張してきたな


 ウルフは扉に手をかける。彼のパワーは、常人のそれを遥かに凌ぐ。ただ開けるつもりだったものの、扉はひしゃげ、鈍い音がした。


 重く分厚く堅固なはずの扉は、ペラペラの紙とさして変わらなかった。ウルフにとっては。


 ・感覚バグる

 ・扉くん、無事死亡

 ・こいつ人じゃねぇ! ほんとに人じゃないけどさぁ……


「誰かいるのか」


 扉をこじ開け、最初に目に入ったのは。


 まさしく階層ボスを倒し、剣についた血を振り払う探索者の姿だった。


「……あっ? 誰だお前」


 不機嫌そうに、男は答えた。


 背は高く、筋骨隆々。左目に、モンスターの爪でやられたような痕が残っている。いかにもというような風采である。


 ・やばい人きちゃ

 ・あれか、やばい人同士は惹かれ合うってやつだ

 ・目と目が合ったらバトルしかない


 ウルフは黙っていた。モンスターの死骸が、灰となって消えていく。砂が流れるような音がやむと、ウルフは口を開いた。


「俺はウルフだ。コードネーム【ウルフ】。元暗殺者だ」

「ウルフ?」


 男は、しばらく考える素振りをした。


「思い出した。配信で話題の奴か。自分を伝説の暗殺者と信じてやまない、狂信者らしいともっぱら嘲笑の対象さ。ハハハ、こんなところで出会えるとは、面白いもんだぜ」


 低く、ドスの効いた声。ウルフは怖気づくことなく、冷静に次の言葉を紡ぐ。


「ほぅ、現在配信中だが、そのような暴言をしてもいいのか?」

「問題ない。俺は世間知らずのガキに、現実を教えてやっているだけだ。むしろ褒められるべきだろう」


 ウルフに遅れて、赤染が入った。


「やはり、赤染茉理もセットか」

「食事のメニューじゃないんだから――ダンジョンプレイヤー相馬」

「嬢ちゃん、俺のことを知っていたか」

「ええ、有名だもの」


 ダンジョンプレイヤー相馬。


 罪を犯すことにためらいのない人間だ。前科は当然ある。それなりにいい年齢としだ。小さな頃から、何度も警察の世話になっていた。


 そんな彼に生きる道をを与えたのは、ダンジョンだった。


 釈放され、自由の身になった相馬を待っていたのは、大ダンジョン時代。


 いままで罪とされていたことが、モンスター相手であれば、かなり許される。罪に問われるどころか、攻略を賞賛される。


 ――やるしかない。


 滾る情熱が、ダンジョン攻略に活かされ、ついには配信への道を切り開くこととなった。結果としては、成功。ウルフや赤染より登録者が多い。


「そうか。いずれにしても、初対面での印象は最悪だ。喧嘩を売られても困る」

「ケケケ。狼青年こそ、大人や社会を舐め腐ったような態度を取る。前から気に食わぬ相手とは思っていた」


 相馬は、剣をウルフに向けて構える。


「やる気か、おっさん?」

「ウルフ。別に鬱憤を晴らそうというわけではない。ただ、実力の確認、そして根性を叩き直そうという大人の温情だ」

「ほぅ、なんとも間接的な。ちょうどいい。相手となろう。この青二才、ウルフがな」


 ・売られた喧嘩を買っちゃダメ!

 ・やっばり敵はいた

 ・絡んじゃいけない男に手を出しちゃったか


「茉理、ここは下がっていろ」

「いいや、ふたりで来い。私が望んでいる」

「え? 私も?」

「いいから付き合え、弁解は後からする」

「……仕方ないわね」


 ウルフは拳を握り。


 赤染は魔光剣を展開した。


「いつでも来い、ぶっ潰してやろう。大人としての責務を果たす」

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