第15話 今後を考える配信中!

 ウルフが鳥飼とりかいダンジョンでの配信を開始した。それは、彼と赤染がこのダンジョンに慣れたことを意味している。


 完璧主義者のきらいがあるウルフにとって、視聴者の前でポカをすることは受け入れがたい。事は慎重に進めてきた。ようやくの配信開始である。


「オラッ!」


 全力前進、拳と蹴りと突き。剣や魔法に頼ることなく、己の体で敵を粉砕する。人間とは違う色の血が吹く。あまりに速さに、モンスターの骨など砕け散ってしまうのだ。


 いま戦っているのは、オークゴブリン。その名の通り、二種類のモンスターのどちらともつかないような見た目をしている。


 体の大きさは、オークのそれだ。成人男性をはるかに凌ぐ。二メートル以上だ。肌は緑色に近い。オークらしい色合いも含まれている。


「遅い!」


 次々と、ウルフはモンスターを葬っていく。一瞬の隙も見せない。気づいたときには、モンスターは死んでいるのだ。


 ここ一帯は、キメラともいうべきモンスターが多かった。これまでは、わかりやすく名前を付けられるものが多かったので、ウルフも赤染もいささか困惑気味だ。


 とはいえ、複数のモンスターの特徴を有していようが、倒さねばならぬ敵であることに変わりはない。鮮やかに討伐をこなす様は、視聴者を魅了していた。


 ・もっと高性能なカメラを買え、俺たちにもわかる戦闘をしてくれ

 ・俺ですら見逃しちゃうよ〜

 ・茉理ちゃんはきょうも絵になるなぁ

 ・やっぱ魔光剣でドラゴン戦法しか勝たん


 対して赤染。


 魔光剣を振りかざし、肉厚なモンスターを骨まで貫通して切断している。剣は、赤染の意思で変形できる。


 剣はうねりうねって長く伸び、同時に何体ものモンスターを攻撃範囲内に収めている。この戦い方は、いつの間にか「ドラゴン戦法」と名付けられていた。


 カメラを通した映像だと、魔光剣の形が竜のように見えたこと。そして、あまりにも強く凶暴だという意味合いを込めた、「ドラゴン戦法」である。


「ラスト!」


 赤染は、力強く踏み出した。剣は斜めに入り、オークゴブリンをふたつの肉塊へと変えた。


 サアァ……。


 倒したオークゴブリンたちが、灰になって消え失せる。そのうちの二体は、魔石を残した。今回の報酬だ。


「数撃ちゃ当たる戦法だな。そこそこの金になるだろう」

「美味しい焼肉くらい、行けるんじゃない? もちろん、あなたと行く気にはなれないけど」

「当然だ。俺とて願い下げだ」


 ・茉理ちゃんが焼肉に同席する価値のない女だって?

 ・断ってくれて助かるけど、なんか腹立たしいな

 ・安定のウザさ


 ウルフの選択に対し、コメント欄では意見が割れていた。最善の行動をとったと思っても、すべての視聴者に受け入れられるとは限らない。


「無駄話はこの辺にしておきましょう。あなたに余計な時間をとられたら、人生がもったいないもの」

「喜んで時間を投じてくれると思うがな。茉理がいうような思考の持ち主が、わざわざ俺の配信に来るだろうか?」

「私の配信でもあるもの」

「俺の配信でもある」

「……はいはい、偉い偉い」


 蔑むような視線、呆れたような口調、なにもかも諦めたかのような態度。


 ・ドS茉理様に感謝、感謝

 ・きょうはこれで(以下略)

 ・はっきりいってそそる


 意外や意外、コアな赤染ファンに刺さったようである。コメントが加速する。変態は見つかったようだ。


「これは俺と茉理の連携プレーだな。なにがあるかわからぬものだ」

「一度でいいから、ボッコボコに殴りたいものね」

「やれるならやってみるといい」

「口の減らない男ね」


 視聴者数がぐっと伸びた。赤染としては、むろん複雑な気持ちを抱いていた。カメラの奥から、性的な視線を浴びせられている。


 とっくに慣れたことだと赤染は思っていたが、原因がウルフとの会話によるため、負の感情は大きかったのだ。


「次はこの層のボスらしいな。部屋は罠だらけだから、見る価値はあるだろうな」

「簡単にいうけど、戦うのはあんたと私だからね。余裕ぶっこいている場合じゃないわよ?」

「安心しろ。準備は整えてある。試験前日の、全能感に浸っているときのそれだ」

「それは準備がなっていないときに生じる謎の自信じゃない……」

「俺の実力が、準備の役割を果たしているのだ」

「ノー準備ならノー準備といいなさいよ……」


 ・テスト前日の謎の余裕で草

 ・ウルフは自信満々にいうから、用意周到かとばかり……

 ・↑ ウルフにそんなことが可能だと?

 ・頼むからずっと成長しないでほしい……世間からズレまくってるウルフが至高なのよ


「コメント欄も、好意的な反応ばかりでうれしいな」

「嘘でしょう?」


 ウルフの端末を通して、コメント欄をチェックする。やけに流れが遅い。いささか不自然というものだ。


 試しに、茉理の端末でウルフの配信を開く。コメントの流れるスピードが違う。


「あなた、なにか自分のアカウントに細工をしているの?」

「非好意的な言葉は、俺の辞書にはない。それは配信サイトでも同じだ」

「つまり、禁止ワードを設定してるってこと?」

「俺のアカウント上だけではな」


 ・れっきとした情報統制やないか!

 ・独裁者ウルフなんだよなぁ

 ・アンチコメントを受け入れないのは甘え


「なんだか意外ね。鷹揚として受け入れそうなのに」

「俺が悪意あるコメントによって苛立ち、活動停止になったらどうする? 俺や茉理の配信を楽しみにしている者がかわいそうだろう」

「ちゃんと考えてるのね。視聴者にそういった裏事情を伝えるのはどうか、という点を除けばね」

「視聴者は俺の家族のようなものだ。家族に隠し立てることはない」

「真摯なのかアホなのか、世間知らずか正直者か……ウルフのこと、私はわからなくなりそう」


 ・常識や良識のかけらもないのは笑う

 ・一周回って好きまであるな

 ・わりと繊細じゃん

 ・アンチコメ増えるから逆効果やろ……いや、ウルフにはノーダメか


「俺はこういう生き物だ。勝手な期待や失望など、馬鹿らしいというもの」

「あなたって、こうやって明け透けにものをいうから友達がすくないんじゃないの?」

「友達はいなくとも、視聴者という家族は大勢いる」

「友達がすくないのは認めるのね」

「……」


 ・ナイス、茉理ちゃん

 ・急所をつかれたウルフさん(笑)

 ・やめろ、その技は俺にも効く……

 ・ドSな茉理さんのせいで、ドMの扉が開かれそうで怖い


「この話はここまでだ。ともかく、次の行動を考えるとしよう。せっかく配信を再開できたわけだからな」

「そうね……ダンジョン配信者らしいこと、したいとは思うわね」

「らしいこと?」

「企画とか、コラボとか、案件とか……」

「いろいろ考えてみるか」

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