第14話 激アツスピーチではじめる鳥飼ダンジョン配信!

 コウモリ戦を無事に終えたウルフたちは、依然探索を続けていた。


 その中で、罠を踏んでしまうことは避けられなかった。


 とはいえ、踏んだ瞬間に即死を強いられる類のものには、なんとか触れずに済んでいた。


「危険すぎる罠は、もう調べがついているからな」

「いまの時代は便利よね。インターネットがあるのだもの」


 危険極まりない罠というのは、道端に紛れ込んでいるようなものではない。すくなくとも、鳥飼とりかいダンジョン内においてはそうなのだ。


 広々とした空間に、ポツンと鎮座している怪しげな岩。


 光る壁の中で、一箇所だけなぜか別の色を発している箇所。


 モンスターの動きを見たところ、不自然に避けている場所。


 おおよそ、こんなところである。調べるまでもない。明らかに箇所がいけないのだ。


「まぁ、それ以外は罠が多すぎて、収拾がつかない。森の中で、微生物一匹殺すことなく歩くのが不可能なようにな」

「たとえが悪いけど、伝わるわ」


 たとえが悪い、という言葉に、ウルフは反応した。悪い意味で。


「なんとも腑に落ちない発言だが、まあいい。それに、トラップの位置もランダムとくれば、当然ともいえよう」


 些細なトラップに関していえば、不定期にその位置は変動する。ゆえに、慎重な探索者とあらば、常に最新の情報をチェックする。リスクをすこしでも避けるために。


 あまりにも危険なトラップは、その場所を変えたことがない。むろん、この先がどうなるかはわからないが……。


「このダンジョンの仕組みが、ようやくわかりかけてきた」

「私も同感ね」

「そろそろやるか」

「配信?」

「いうまでもないだろう」


 ここ最近、配信者であろうウルフと赤染は、ダンジョンの調査に明け暮れていた。


 さすがに、配信したくてたまらないと、ウルフもうずうずしていたところだ。より配信歴が長い赤染は、それ以上に首を長くして待っていた。


 ふだんは傲岸不遜なウルフが、やけに鳥飼とりかいダンジョンに慎重になっていた。これは。赤染にとっては不満のタネになっていたのだ。


「やったー! しゃあ! ヒャッホ〜」


 年齢相応に、赤染は喜んだ。


 ウルフの様子など、まったく気にする様子もなく、自分の世界に浸った。


 赤染は、まだ現役の女子高校生なのである。ウルフの悪影響もあってか、やや年齢不相応な振る舞いを半ば強いられていただけだ。


「珍しいな、若くていい」


 いわれて、赤染は冷静さを取り戻した。緩んでいた表情を引き締めて、不機嫌そうに口を開いた。


「あなたも、私と大して年齢としが変わらないんじゃなくて?」

「その通りだな」

「なら、たまには若々しく振る舞ってみたらどう? あなた、おっさん臭さがひどいわよ。発言も振る舞いもなにもかもね。アンチコメントにも、そう書いてあったわ」

「考えてみろ? 犬の十八歳は、人間でいうと、ヨボヨボの爺さんもいいところだ」


 そういって、ウルフは苦笑いした。


「あなたは狼でしょう。犬ではないわ」

「似たようなものではないか」

「それに、私はあなたのことを人間と思ってるって、話したばかりじゃない?」


 コウモリと戦った後、赤染はウルフに語ったのだった。


「俺の思想の自由を侵害しないでほしい」

「自分の信念というものがないのかしら、まったく」

「俺はいくつもの信念とやらを持ち合わせているだけだ。一個だけにせねばならぬ理由など存在しない」


 赤染は天を仰いだ。


「口が減らない男ね」

「俺のような狼男が、ひとりくらいいてもいいじゃないか。な、

「へ?」


 ・これが、ウル染コンビの日常か!

 ・あんま配信と変わらないな

 ・なんだか板についてるってもんだ


 ウルフは、腕につけている時計型端末を見せつけた。


 流れるコメントが意味するのは、現在ウルフが配信中ということに他ならない。


「……ねぇ、怒らないから教えて。いつから配信していたの?」

「俺が配信することを許して、茉理が欣喜雀躍としていたときだ。目を盗んでな」


 ・ウルフ、最低だな(もっとやれ)

 ・喜んでるときの茉理ちゃんが見れたから、いつ天に召されても文句はいえねえな

 ・生まれて初めて、俺たちはウルフに感謝しなくちゃいけないかもしれない


「ほら見ろ。俺たちの視聴者は、俺の行動に感謝の意を示しているじゃないか」

「そうね。そりゃ結構よ! でもね! やり方ってものがないの!? あなたって、人の心がないの!?」

「狼に人の心を推し量れとは、これまた茉理さんは困った人だ」

「ウルフって奴は……」


 ・お前は人間だよ

 ・自分が狼顔だからって狼を名乗るもんじゃないよ

 ・もうモンスター倒してなくてもいい気がしてきた

 ・これってカップルチャンネル?

 ・↑ありえないありえないありえない! これはウルフの横暴にすぎん!! 


「というわけで、視聴者諸君。待たせたな。現在、ここは鳥飼とりかいダンジョンだ」


 ・うせやろ!?

 ・【悲報】ウルフさん、赤染茉理を道連れにしようと目論む

 ・本物を名乗ろうとして、ついに超難関ダンジョンに潜るとか、こいつ頭おかしすぎだろ


 コメントの流れが加速する。驚きの声が上がっているのだ。なにせ、あの鳥飼とりかいダンジョンである。


 ウルフが宣言するまで、気づくものはそう多くなかった。ダンジョンの構造というのは、似たものがすくなくない。


 ダンジョン配信好きがウルフと赤染の視聴者には多いとはいえ、実際に潜っているのはごく少数。


 実際に潜ってみないと、ダンジョンの違いを判別するのは難しい。


「これは決して、ウルフのホラ吹きではないわ。私たちの意思で、ここにきた」


 赤染も、自身のチャンネルで配信をスタートさせていた。


 ウルフとの茶番のときとは打って変わって、赤染は真剣そのものだった。視聴者も、次第に彼らの言葉を信じる方向に傾いている。


「いろいろ交渉であるとか、やることが多くて報告が遅れてしまったな。申し訳ない」


 ・まぁ、あのダンジョンに潜るんだ、仕方ないな

 ・ウルフの偽物、ほんと何者なんだよ

 ・この偽物、もはや本物より本物に近づいてるんじゃないか?


 鳥飼とりかいダンジョンに潜るということの意味は、ウルフの思っている以上に重いことだった。


 ここではかつて、幾人もの上級探索者、それもダンジョン配信者が、命を落としてきた場所なのだ。


 いかに強いウルフとて、ここなら死んでもおかしくない。


 それが極めて起こりうる恐れのあるものと推測していた。


「だが、とにかくこれだけはいわせてくれ」


 ゴクリ、なんだなんだ、というようなコメントが相次ぐ。


「俺は本気だ。ここに茉理を連れ回しているんだ。責任を持って攻略するつもりだ。俺たちは生きて、笑顔でこのダンジョンを攻略してみせる。だから、応援してほしい。なぜなら――俺がコードネーム【ウルフ】であるからだ!」


 力強く、熱意のこもった言葉に、視聴者は震えていた。


 いつもはウルフを小馬鹿にしている視聴者さえ、この言葉には感銘を受けずにはいられなかった。


「きょうこのときをもって、鳥飼とりかいダンジョンでの配信を開始する。画面の前のお前たち。心して見るように」


 ウルフ信者とウルフアンチの数は、このときを境に、大きく形勢逆転となった。

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