第13話 鳥飼ダンジョンに潜る配信前!
数え切れぬほどの罠! 厄介なモンスター! 高い致死率!
この三つのマイナスポイントで悪名高いダンジョンとはなにか。
泣く子も黙る、
「なるほど、これは東京ダンジョンとは勝手が違うわけだ」
「いったでしょう?」
「東京ダンジョンに戻るか」
「珍しく弱気ね」
「苦戦するところを、すこしでも視聴者に見られたくないからな」
「まだ配信してないから、別にいいじゃない」
赤染茉理とウルフの両名は、すでに
登録や説明といった面倒な作業は、執事が裏から手を回したおかげでほとんどカット。つくやいなや、ダンジョンに潜ることができた。
浅層は雑魚敵しかいないと読んで、最初からある程度深い層の攻略をすることにした彼らだった。
当初は余裕に満ち溢れていたウルフも、倒しにくい敵の連続にうんざりしていた。
敵の体力がさして高くなくとも、攻撃が入らなければ、戦闘は長期化する。
すくない攻撃でサクサクと敵を狩ることに慣れているウルフにとって、知恵を使って戦闘を避けようとする、もしくは戦闘の妨害に躍起になるモンスターは新鮮だった。
うまくいかないことに対して、ウルフはいささか気分が悪いというものだった。
「モンスターがうざったいのはいい。問題は、ダンジョンが親切ではないということだ」
「罠が多いものね……」
最後の一撃を加えようとしたら、ダンジョンの罠が発動して座標移動を強いられることがあった。
罠が発生する場所は決まっているが、初見ですべてスルーするというのはきわめて困難だ。
一回の戦闘において、必ず一回は罠の洗礼を受けねばならない。
「慣れるまで、時間がかかりそうだな」
「慣れた頃にはダンジョンを完全攻略しちゃうんじゃない?」
「なら配信はできないな。それは困る。しかし、俺の醜態を晒すわけにはいくまい」
「完璧な戦闘なんてないわ。ときには妥協も必要よ」
「だな。とはいえ、最低限、人様に見せられるくらいに、このダンジョンにおける戦闘技術を習得してからにはしたいが」
「それには同感ね」
ウルフは苦言を呈していたが、決してまるで歯が立たぬ、というわけではない。着実に攻略の糸口を掴んではいた。
誰もいないところで拳を振るう。素振りのようなものだ。動きのキレは鈍っていない。
「次に進むか」
「そうね」
現在、絶賛攻略中のふたりである。
つい先ほどまで、モンスターと戦闘を繰り広げていた。もう休憩は充分であるらしい。
歩いていると、ややあって、コウモリ型のモンスターがダース単位で出現した。
「トラップに注意しろ!」
「当然よ!」
彼らにとっては、
どんな罠が待ち構えているかなど、知ったことではない。彼らに求められるのは、罠にはまったときに、いかに戦況を立て直すかの一点にある。
赤染の魔光剣が煌めく。縦横無尽に動き回るコウモリを、ダンスのステップの要領で切り刻んでいく。
光る刃を受けたコウモリは、一瞬にして灰となって消える。一般的には厄介な敵ではあるが、彼女の魔光剣の前では、さしたる敵とはなりえないのだった。
「やるな」
「【血祭り】を舐めないで頂戴」
「なるほど、武器がいいらしいな」
「あなたの口の悪さよりかは、ね」
このような軽口は、他人から見れば一種の誹謗と捉えられよう。ふたりは
もっとも、武器の強さと口の悪さを比べるのはいささか野暮な真似ではあるが……。
「邪魔くさいな、消えてくれたまえ」
飛び回るコウモリに体ひとつで挑むのは、一見難しいように思われる。
「ちと黙っていただこう」
多くの困難は、ウルフにとって、たやすいものと読み替えられる。今回も例外ではなかった。
ウルフはよい眼を持っている。コウモリの動きから隙を見出して、適切な攻撃手段を取る。
殴る、蹴る、潰す、手刀をお見舞いする……。
無駄のない華麗な動きで、コウモリは次々と討伐された。討伐されるたび、コウモリは仲間を呼び寄せた。
このダンジョンにおけるコウモリは、群れをなして動くのだ。
「このまま徹底的に潰す」
「私もそのつもりよ」
コウモリの群れが迫ってくるのを追いやろうと一歩を踏んだ、そのときだった。
「……なに?」
「まさか!」
ウルフと赤染は、同時に罠を踏んでしまったのである。
踏んだ場所に、赤い光が浮かび上がる。光は、複雑な模様を描く。できあがったのは、魔法陣だった。
キュイン、とでも形容すべき音が鳴ったと思うと。
ウルフと赤染は、先ほどとは別の場所に転移していた。目の前には、獲物に攻撃をしかけんとするコウモリの姿があった。
「なんの!」
特務機関の暗殺者特有の反射神経を発揮し、赤染は剣を振り抜いた。
至近距離に迫っていたコウモリも、近くにいたものも巻き添えにした一閃であった。
「遅い」
視界が開けるや否や、ウルフも動いた。彼我との距離がいかんであろうと、ウルフは恐れ小ののくことはない。
それに、これまでかかったトラップに比べれば、対処しやすい類のものであった。
より手際よく、モンスターを灰とする。
次から次へと増えていた敵も、立ちはだかる両者の実力を、身をもって体感したらしい。いよいよ撤退した。
「やれやれ、自ら死にゆくほど、頭の回らぬモンスターばかりでもないらしい」
「人間だけが有能と思い込むのは、危険かもしれないわね」
「まあ、俺の場合、もはや人間を名乗ってよいのか怪しいところだがな」
ウルフは改造人間――そんなこと、赤染は百も承知である。
人間の顔に戻せるのも、一日のうちのわずか三分。
ほとんど狼顔であるウルフを、人間と呼んでもよいのだろうか?
「私は、あなたが人間だと思うわ」
「お情けか?」
「いいえ。だって、ウルフはウルフだから」
「実に独創性に欠けることをいうようになったな」
「あなたが奇抜な人間すぎるのよ」
「理不尽なことを、茉理はいうのだな」
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