第11話 東京ダンジョンをついに出る配信後!

 ウルフたちが東京ダンジョンの最深層を攻略したこと。


 それは、ダンジョン界隈に大きな衝撃を与えた。


 いままでのところ、ウルフの人気は上位層に入る程度ではあったが、それほどでもなかった。


 キューブ状の階層ボスを倒したことで、ウルフは真に実力があると認められたようである。


 ・え、あいつを倒しちゃったの? まじ? え?

 ・ウルフって強かったんやな……

 ・偽物は前提として実力は本物やな


 同接数は、ふたりのコラボ配信としては最高の値を叩き出した。切り抜き動画も軒並みいい視聴数を確保している。


 切り抜き動画に対し、ウルフは「むろん全額俺の金だろう」と赤染の前でいい放ったことがある。


 赤染は「ありえない。無難に折半か全額あげます! が一般的よ」といったことで、折半にしようという話になった。


「やはり配信というのは楽しいな。投げ銭だけでなく、他者に俺たちの勇姿を編集させることでも金が得られる。ある種の不労所得じゃないか」


 配信が終わった後の第一声がそれだった。


「モンスターを討伐する、という仕事はしてるじゃない」

「朝飯前だ。あと忘れていたが、赤染に悪態をつくことだな」

「いい商売ね」


 皮肉めいた口調で、赤染はつぶやいた。


 赤染は、そんな商売の先輩である。ダンジョン配信者という職業に誇りを持ってはいるものの、思うところもあるにはあった。


「今回も投げ銭は上々。高額なものもちらほらと」


 またしても【東京を泳ぐ鮫】からの万単位の投げ銭を見つけ、さすがのウルフも不審感を抱いた。


「どうも、一部の視聴者は、投げ銭で破産したいらしい」

「また例の人?」

「まあな。前には貯めた金を切り崩しているといっていたが……」


 特定の配信者に、何度も高額な投げ銭をすることは、不思議なことではない。


 いちファンとして素晴らしい行動だろう。「お布施」と揶揄やゆされようと、それで幸福感がえられるなら。


 ときには度を越してしまい、生活が破綻する者が出ているだけで、限度に注意すればいいという話だ。


「限度を越している気がしてならん」

「貯金の基準が違うんじゃない?」

「かもな。いずれにしても怪しいわけだ、警戒はしておく」


 いったん【東京を泳ぐ鮫】は放置、という結論になった。


「全層、いちおう攻略成功ね」

「移るか」

「あんたは大丈夫なの、顔」


 ウルフは、名前の通り狼の顔をしている。


 この顔を人間態に戻せるのは、一日に三分だけだ。別の日への繰越はない。


 他のダンジョンがある場所まで、三分程度では辿り着けやしない。


「執事に頼るしかないな」

「私が呼ぶわ」


 執事は、特務機関に所属していたときからの世話になっている人物であった。


 特務機関に携わった人物の中では、数すくない生き残りとあり、実力は折り紙つき。


「……ダンジョンを出てすぐのところに、いつもの黒い高級車を出しておくって」

「助かるな」


 赤染が執事と連絡をつけ、結果を告げた。


 ダンジョンをでて、車に乗り込むまで人間態になるのが、別のダンジョンまでの移動としては最適解。


「あと、ダンジョンの方にもちょっと話を通してあるから、スムーズにいけるらしいよ」

「手回しの早いジジイだ」


 執事の人脈は、ウルフとて尊敬に値する、としている。


 ダンジョン絡みの人物をはじめ、とりわけ裏世界に関する者との繋がりが多い。


 関する、ということで、一見カタギの仕事に携わっているような者とも繋がっていることもあった。


 雑務という点において、執事は非常に優れている人物だった。


「時間に合わせて地上に戻るか」

「そうしましょう」


 ショートカットできるコースを使いつつ、ウルフたちは地上を目指した。


 ペースを調整しつつ、いいタイミングで上までくることができた。


 道中、ウルフの異形に「あれ? もしや」という声がちらほら上がった。


 素早い移動ゆえ、声をかけられたわけではないものの。


 浅層の探索者にもウルフの名が広まりつつあるという、いい証拠ではあった。


「久々じゃない、人間態に戻るのは」

「ほぅ、戻ったくらいで惚れるなよ」

「ばっかじゃないの?」

「俺はいつでも真っ正直だ」


 人目のつかぬところ、かつ地上にできるだけ近い場所。


 そこで、ウルフは唱える。


「解除」


 狼の顔が、飴細工のように溶けて人間の顔へと変わる。


 試しに近くの水晶に顔を近づけ、ウルフはまじまじと自身の顔を眺めていた。


「懐かしい、やはり俺は――」

「黙りなさい、ナルシスト」


 いわれて、ウルフは振り返った。


 数秒間、目があう。


 赤染は固まってしまった。


「どうした? 俺の顔がまたイケメンになったか?」

「ノーコメント」

「そういうな」

「一瞬、おかしな考えが頭に浮かんだの。一生の不覚だからいいたくない」

「俺の顔に罪はない」

「別に関係ないから。無駄口を叩いてると、公衆の面前で狼顔を晒すことになるけど?」


 それから、黙って車まで直行した。


 乗り込んでからは、「配信も公衆の面前みたいなものじゃないか」と、いい訳にもならぬこともウルフはつぶやいた。ひとり言として。


「お待たせしました」

「いつも通り早い仕事ぶり、ありがたい」

「恐縮の限りです」

「まずは、拠点に戻ろう。話はそれからだ」


 新たなダンジョンにそのまま向かう、という線もあった。


 が、きょうの変身解除の猶予は残りわずか。


 いまは今後の去就を定め、準備を整えるのが先という結論になった。


「では、俺たちのアジトへ行こうではないか」

「かしこまりました」

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